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14 シャークから身を守るシェルター 略してシャルター



「……サメの姿、見えなくなりましたね。パリピ三世を殺して、満足したのかも」


 一応、そうは言ってみた。

 でも、「だからポジティブに考えましょうよ」ということまでは言えなかった。流石に僕も空気を読んだ。だって、あからさまにゼットは落ち込んでたから。僕ら二人だけでも生き残れてよかったですね超ハッピー!なんてことは、ちょっと、言えなかった。


「…………ああ、かもな」


 ゼットが茫然としている時間は、そう長くはなかった。振り向いたときには明らかに無理した顔はしていたけど、とりあえず無理できるくらいの元気は取り戻したらしい。


「防災センターに行こう。このままいたら、また水没騒ぎになるぜ」

「……ええ、そうしましょう」


 そう言って、僕らはその部屋を抜け出る。ほとんど何もないように見える部屋だった。上階はほとんどパリピ三世のプライベートルームになっていたって聞いたけど、ここは何に使われていたんだろう。


 何にも使われていなかったのかもしれない、と思うと。

 あのとき、王としてのプライドが剥がれて叫んだときの、剥き出しのパリピ三世のことが、少しだけ思い出された。


 階段のところまで来れば、今は何階なのかがわかる。二十一階。思ったより、水没は進んでないみたいだ。


「……水位の上昇が止まってねえか?」

「え?」

「ここまで歩いてくるだけだって、今までだったら結構水嵩増えてただろ」

「確かに、そうかもしれませんね」

「本当に、成仏したのかもな。姉貴のやつ……」


 二十四階まで、何事もなく上がることができた。もうほとんど、僕はゼットの背中についていくだけだった。


 防火扉みたいな、立派な扉がそこにある。ごんごん、とゼットがそれを、手の甲で叩いた。


「おーい、誰かいるか! シャークハート公爵家のゼットだ! 避難しに来た、開けてくれ!」


 しばらく何の返答もなくて、痺れを切らしたゼットが「まさか誰もいないのか?」と言って扉を開けようとして、それからようやく中から人が出てきた。


「お、おぉ……ゼット様、無事でしたか!」

「おう。そっちこそ、生き延びてたみたいじゃねーか」


 知り合いですか、と尋ねれば、「内務官の一人だ」とゼットが答える。どういう仕事をしてるんだか知らないけど、まあ役人の一種なんだろう。ここにいるんだし。


「どうぞどうぞ、中にお入りください。お連れの方も合わせて随分濡れていますな。今、タオルもお持ちしましょう」

「悪いな」

「すみません、ありがとうございます」


 ぺこぺこ頭を下げる僕の横で、ゼットは堂々としたものだった。自分のために他人が働くということに微塵も疑問を抱いていない様子。うーん、育ちの違い。


 中には結構な数の人がいた。もちろん、城全体でこれだけしかいないって言われたらびっくりする程度には少ないけど、さっきまでの、見る人見る人みんな死んでる、っていう状態と比べれば、遠い異国の砂漠の果てに村を見つけた、くらいの気持ちにはなった。


 タオルで身体を拭いて、ストーブの火に当たって、ようやく人心地がついたころぼそりとゼットが言った。


「俺はさ……」

「?」

「本当に、姉貴を殺したあいつらのことは許せなかったんだ」

「…………」

「けどよ、いつかは許したいと思ってた。ちゃんと自分のしたことの重さと向き合わせて、改心させて、そのうえで、許したいと思ってたんだ。一生誰かを許さないって思いは、どう考えたってただの生き物一匹には重荷になるからな」

「……そうですね」

「でも、そんなの甘っちょろい妄想に過ぎなかったのかもな。……失われたものは、二度と戻らない。思いも、命も……。姉貴が死んで、親父が死んで、仇も死んだ。残ったのはやり切れねーって感情と、記憶って名前の呪いだけだ」


 そっすか、という気持ちで僕は聞いていた。

 人の言うことにあんまり感情移入するとつらくなりそうだったから。大変だなこの人、という感じの温度で、それを聞いていた。残念ながら僕は自分のことでいっぱいいっぱいなので、他人のことにまで痛められる心がないのだ。


「…………畜生が……」


 もう一度、ゼットがその台詞を溢したころ。

 またその知り合いの内務官とやらがやってきた。


「申し訳ございません、ゼット様。お疲れのところ恐縮なのですが……」

「いや、気にするな。何かあったか?」

「実を言うと、我々は事件が発生してからずっと立てこもっているのです」


 そうだろうな、と僕は頷いた。そりゃ、こんなシェルターみたいになってるところがあってそこに逃げ込めたら、二度と外に出ない。家の中からほとんど出ないで人生をやり過ごしてる僕が言うんだから間違いない。


「それで?」

「お聞きしたいのです。外の世界の情報を」


 聞かない方がいいのに、と思った。

 聞いてないことはこの世に存在しないのと同じなんだから、知らないふりしてれば幸せなのに。


 でもゼットは普通に話してしまった。

 いきなりサメが襲ってきたこと。公爵も、パリピ三世も、そのパートナーのピークさんも死んだこと。サメはいなくなったかもしれないし、水位の上昇も止まったのかもしれないけど、二十一階まではもう水が来てるってこと。


 案の定、内務官は顔を真っ青にした。可哀想に。情報なんて毒だよ。


「……そうなると、隔壁を作動させなければなりませんな」

「隔壁?」

「ええ。元は火災が発生した時などに使うものなのですが……」


 そう言って、ゼットに伝えたのはこのフロアと下のフロアを区切るためのシャッターの存在だった。なんでも、それを使えば本当にこの二十四階から上はシェルター化できるらしい。


 思わず僕も口を挟んだ。


「それ、すごくいいですね。念のため使っておきましょうよ」

「……ええ、そうですね。もちろん、使いたいのはやまやまなのですが」

「あ、」


 そして、思わず声も上げた。

 その反応はなんだよ、と思って。どう考えてもその反応は、ボタンをぽちっと押して「やったじゃん!」ってなるようなシステムに対するものじゃないだろ、と思って。


「いや、やっぱり気のせいでした。大丈夫です、このまま行きましょう」

「実を言うと、その隔壁に異常がありまして」

「あー! そうですか、なるほどね! じゃあしょうがないですね、このまま行きましょう!」

「どうしても誰かがここを出て手動で操作しなければならない箇所が発生してしまったのです」

「いやー大変だな! そんな危険な役割を人にやらせるわけにはいきませんよね! まさかね!!」


 僕が頑張って話の流れをなかったことにしようと声を張り上げていたら、ゼットがじっと僕を見た。

 な、なんだよ。やる気か? 一言一句誤りのない主張だし、いくらでも論破してやるが? でも暴力だけはやめてくれよな。そっちの方が体格いいし。


「レリア、お前……」

「な、なんですか」

「……いや、さすがだぜ。俺も一緒に行こう」

「話聞いてました?」


 僕が尋ねると、ゼットはきょとん、とした顔で。


「ああ、聞いてたぜ。そんな危険な役割、人に任せてらんねー。だから自分がやるってことだろ?」


 い、言ってなーい!

 人の言葉を自分の善性を基準にして解釈するな! もっと人の心の中にある醜さに奥行きを仮定して日々を過ごしてくれ!


 慌てて自分の発言の解説をしようとすると、ゼットはそれを制するようにして僕に囁いた。


「……悪魔なんて言って、悪かったな。本当は、そんなこと言うつもりじゃなかったんだ……」


 うわ。

 うわー。


 別に悪魔から人に格上げ(?)されたところで何も思わないけど。

 この人、すっごい泣きそうな顔してるよ。


 うっかり泣かせちゃって悪者になりたくないなあと思って言葉を選んでいるうちに、ゼットはその内務官とやらから話を聞き始めてしまった。せめて説明が長ければその間に「いや全部勘違いだから」ってことをやんわり伝える術を見つけられたかもしれないのに、うっすいマニュアルを一枚手渡されただけで終わってしまったから、そんな隙もない。


「よし。行くか、レリア!」


 すっくとゼットが立ち上がる。

 ついさっきまでの暗い顔とは、打って変わって。


「やれることから、始めていかねーとな。これ以上何かを失っちまう前に」


 な、と語り掛けられて、肩を叩かれて、僕はこんなことを思っている。


 えー。

 マジで僕も行くの?




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