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13 カルネアデスのサメ



「王様の姿が見えませんよ!」

「落ちたんだ、あいつら!!」


 二人揃って叫んだ。なんとかサメの直撃を避けて、水上バイクで走行を続けながら、それでも周りにパリピ三世とピークさんの姿が見当たらなかったから。


 かろうじて、雨の中に水上バイクのハンドルの欠片が浮かんでいるのが見える。


「いま助けに行くぞ!!」

「ま、待ってください!」


 アクセルを吹かそうとしたゼットから、ハンドルを奪う。右旋回。サメの追撃レーザーを何とか避けた。でもそれも見えないような錯乱した様子で、ゼットが叫ぶ。


「邪魔すんな! 見捨てる気か!?」

「見捨てない気ですか!?」


 じっ、とゼットの目を見て僕は叫んだ。


 だって、どうする気なんだ。水上バイクの片方は壊れて、こっちのバイクは二人乗り。かろうじて掬い上げられたとしても一人を乗せるのが精々だろう。パリピ三世かピークさんのどちらを助けるか選ぶしかない。もしくは、どちらを見捨てるか。


 しかも、それだって一番上手くいった場合だ。バイクがバラバラになったっていうことは、たぶんそれに乗っていた二人だってバラバラに吹っ飛んだ可能性が高い。


「どうせもう助かりません。それに、あの二人はゼットのお姉さんを殺した仇でしょう」


 この場には二人しかいないから。

 だから、僕が言うしかなかった。


「あの二人は、僕ら二人が命を賭けなくちゃいけないほどの相手ですか?」

「…………悪魔だ、お前は」


 苦々し気に言って、ゼットはハンドルを切った。またレーザーが来る。それを避ける。繰り返しながら、距離を取っていく。


 悪魔か、と僕はその言葉を噛みしめる。

 でも、そんなに大した存在じゃないっていう思いも、心の中にある。自分と他人を比べて、自分を取る。それの何がおかしいんだろう。自分に近しい他人と、自分に遠い他人。その二つを比べて、前者を取ることに、何の間違いがあるんだろう。


 もちろん、さっきピークさんの手を引いて走ったみたいに、僕にだって誰かを助けようという気持ちはある。だけど自分や、自分にとって大切な人たちの命を危険に晒してまでそれをしようとは思わない。それって悪魔どころか、すごく人間的な決断なんじゃないか?


「た、助けてくれェーーーッ!!」


 そのとき、叫び声がした。

 もちろん、男の声だった。金髪の男。無様に濡れて、水面から顔を出している。


 パリピ三世だ。


「しゃ、シャークハート!! 助けてくれ!! お前の姉のことは公式に謝罪する!! だから、だから……」


 助けてくれ、と大声で、彼は叫んだ。

 それは、彼と何の関係もない僕の耳で聞いてもわかる、命乞いだった。

 王としての、そして権力者としての虚飾の全てを剥がされて、大自然の暴力の前に裸一つで放り出された、幼子のような姿だった。


 ぎゅっ、とハンドルを握るゼットの手に力が籠もる。


「俺はよ、レリア」


 雨の中、静かに、それでもどういうわけかよく通る声で、彼は言った。


「はらわた煮えくりかえるくらいあいつらのことが嫌いだよ。クールぶっちゃあいたが、親父より俺の方がブチギレてた自信がある」

「いきなり自分語りを始めないでください」

「だから、正直言ってこう思ってる。『いいザマだ』『悔い改めろ、クソ野郎』ってな。……だけどよ。俺の心は、こうも叫んでる」


 ちょっと、と言って僕はゼットの背中をぺちぺち叩く。ちょっと、いきなりなんかクライマックスに入ってるんじゃないよ。やめてくれ。せめて僕を巻きこまないでくれ。


「『助けを求められて無視するような、情けねー自分にはなるな』ってよ。俺は自分の心に嘘は吐かねえ。お前の命、俺に預けてくれ、レリア!!」

「嫌です」

「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!!」

「嫌だって言ってるでしょおぉおおおお!!!」


 アクセル、急加速。

 もう僕には止められない。ブレーキをかけてやろうかと思ったけど、上手いことゼットが背中でガードしていて届かない。ふざけんな。全然僕のこと信用してないじゃんか。え? 単に手足の長さの問題?


 ついさっきまでぎゃーぎゃー騒いでいるパリピ三世に向かってサメが移動していたのに、今は高速移動する僕らに向かってレーザーが突きつけられている。びゅん、びゅん、びゅうん。どんどん熱線が飛んできて、ゼットが超人的な操縦テクニックを見せてそれをひょいひょい避ける。漫画とかでよくある「ここは勇気の前進だァーッ!」って感じのやつだ。そしてサメに近付くにつれて雨のカーテンがどんどん薄くなっていくから、どんどん空気膨張による衝撃波も大きくなっていく。大きくなればなるほど、海面にも激しい波が立つ。


 ゼットは、その波を乗りこなして、水上バイクで飛んだ。


「うわわわっわぁあああーっ!!!」


 この情けない声は僕。水上バイクで宙返り。さっきのいきなり吹っ飛ばされたときとはまた感覚が違う。コントロールされた飛翔だから、かえって怖い。内臓がでんぐり返る。どっちが夜空で、どっちが夜海なのかわからなくなる。


 でも、パリピ三世の姿が見えた。


 しょうがないなあ、もう!


「掴まってください!!」

「ひ、ひぃっ!!」


 身体を傾けて手を伸ばせば、それにパリピ三世が縋りついてくる。ぐぃい、と海側に引っ張り込まれそうになって、もう片方の手でゼットの身体を掴む。びくともしない。なんつー体幹だ。


 じゃばばばば、と飛沫を挙げながらパリピ三世がバイクに引きずられ始める。


 なんならこのまま引きずり倒すだけでも……と思うけど、そうもいかない。水の抵抗のせいで速度が落ちてる。このままじゃサメから逃げきれない。


「たっ、たすっ、たすけっ!」

「ふんぬぅっ!!」


 でも僕だって、伊達にゼットを冷蔵庫の上に引っ張りあげた人間じゃないのだ。片手に思いっきり力を込めて引き上げてやればこのくらい、


「あっ、ちょ、無理……」

「頼むぅ! 助けてくれぇ!!」


 そんなこと言われても。

 こっちは片手だし。冷蔵庫のときと違って踏ん張れるような空間もないし。


 ごめんなさい!

 諦めてください!


 じゃあ手を離すか、と思ったところでゼットが叫んだ。


「レリア、運転代われ!」

「マジで言ってる?」


 マジで言ってたらしい。何の躊躇もなくゼットはハンドルから手を離して、パリピ三世の腕を握った。ものすごい勢いでバイクの体勢が崩れたから、僕も慌ててパリピ三世からバイクに手を移し替える。


 いや無理無理無理! だってこんなレーザー飛んできてるの避けられないし。


 いやそうでもなかった。結構避けられた。やっててよかったシューティングゲーム。


 ざぱぁん、と背後で大きく水音が聞こえた。


「あ、ありがとう……助かった! 助かったぞシャークハート!!」

「礼も謝罪も後だ! 今は生き延びるぞ!」


 パリピ三世が水揚げされた。

 一気に速度は上がったけど、それでもこのバイクは三人乗りじゃない。重さに負けて、少しずつサメとの距離は縮まっている。


「お、追いつかれるぞぉ!」

「レリアぁーッ! 迫ってきてるぞォーッ!」

「知ってますよそんなもん!!」


 いや今度こそ無理! 車体がガタガタ言い始めてるし。もう衝撃波でズタボロになっているんだ。このままじゃ車体がレーザーで爆裂四散するのが先か、普通に四散するのが先か、どっちかの話だ!


 どうせ四散するなら、こっちから四散させてやる!


「おい、そっちは城の方向じゃないぞ!」


 パリピ三世が僕の急ハンドルに叫ぶ。もちろんわかってる。サメと僕らを結ぶ線が城の外壁と水平になるように回り込んでるんだから、当たり前だ。


「どうするつもりだ、レリア!?」


 ゼットは僕が何かをしようとしていることを理解してくれたらしい。僕を信じて、自分の運命を託してくれるみたいだ。いやー、やめてほしい。自分の運命の責任は自分で取ってほしい。


 でも今は、猫の手でもなんでも借りるときだ。


「ゼット! 私が合図したら、燃料タンクの蓋を開けてください!」

「燃料タンクぅ!?」

「どうするつもりだ!」

「ぶっ飛ぶんですよ!!」


 完璧な位置に来た。

 きゅぅううううんとレーザービームのチャージが始まる。その間に波を削り散らかす急ターンを見せて止まる。進行方向を城に向け直す。そして急加速のためにアクセルを吹かして、


「今だっ! 開けろぉおおおおおーっ!!!」


 一瞬の出来事だった。

 ゼットが燃料タンクを開ける。バイクが高速で動き始める。サメがレーザービームを発射する。停止している対象に撃ち込むはずだったそれは、僅かに照準を外して、バイクのお尻を掠めるように飛んでいく。


 そして、ガソリンに引火して。

 爆発して。


 僕らは、流れ星みたいに宙を舞った。

 ぼっかーん、って、ものすごい音を立てて。


「あえっ!!? ひぃっ! ど、どうなって――――」

「派手にやったな、レリア!?」

「尻に火が着くっていうのはまさにこのことですね」


 ひゅるるる、と途方もない速度で僕たちは城に向かって吹っ飛んでいる。

 みるみるうちにサメの姿は遠ざかっていく。追撃のレーザーも、もう僕らの身体には届かない。


 完全に出し抜いた形になる。


 僕とゼットは、空中でハイタッチを交わした。


「さすがだぜ、銀盾英雄!」

「いや、まあ。本調子のときはもっと簡単に話を終わらせられるんですけどね」

「ところでこれ、着地はどうすんだ?」

「あ」

「ま、待て!? お前たち、考えてやったのではないのか!?」


 考えなしは無職の悪い癖。

 まあやっちゃったもんは仕方ない。後は運を天に任せよう、と手を祈りの形に組んで、僕は目を瞑った。


 そしてやって来た感触は、ぼよよん、というものだった。


 バウンド。一回、二回。ごろごろごろ、と転がって、壁にぶつかって、


「ふぎゅうっ!」


 目を開けたら、さかさまになって僕は止まっていた。

 大してダメージはない。一体何のおかげで……と思ったら、フロートマットが目についた。僕らがぶち込まれた階層は半分近く水没していたから、きっと謁見の間の窓から溢れ出たのがここまで水位の上昇とともに流れ着いてきたんだろう。どうやらあれに上手いこと着地できたらしい。日頃の行いが悪いおかげで、悪運に恵まれたみたいだ。


 見ると、他の二人も上手いこと着地できていたらしい。僕は身体を起こして話しかけた。


「大丈夫ですか?」

「奇跡的にな」

「い、生きた心地がしなかったぞ……」


 へえ。

 僕なんか普段から生きてるんだか死んでるんだかよくわからないような生活をしてますけどね。無職だから。


 こういうとき素早く動き出すのが、ゼットだった。


「よし、今のうちに逃げるぞ!」

「どこに逃げるというのだ?」


 パリピ三世が訊き返せば、すかさず答える。


「防災センターがある。あそこなら多少守りもしっかりしてるだろし……レリアもそれでいいな?」


 いいですよ、と頷いたその瞬間だった。


 さてここは何階かな、とゼットがパリピ三世から目を離した。

 そして僕は、それが目の前で起こっても、動き出せるだけの反射神経がなかった。


「え――――」


 ぐおお、と。


 サメが、パリピ三世の前に現れた。


「なん、」


 そこで、言葉は切れる。

 サメが思いっきり、パリピ三世の身体に噛みついたから。


「あ、あぎゃぁああぁああああっ!!!!」


 脇腹、肩、そして首。

 一メートル近い歯が、思いきり食い込んだ。


 一目見てわかる。

 致命傷だ。


「い、いいいぃぃいいいい痛いぃいいいいい!!!! た、たすけっ、たすけてぇええええっ!!!」


 叫び声も、たった一瞬だった。首の骨が砕ける音がして、それからはもう、声を出すだけの器官がもう残っていない。ひゅー、と剥き出しになった気管から息が洩れる。目からボロボロと涙が流れている。


「パリピ三世!!」


 ゼットが駆け寄ろうとした。

 パリピ三世が、ゼットに手を伸ばした。


 二人が手を取り合う前に、サメはパリピ三世を連れて、海の中に潜っていった。


「…………おい」


 ゼットは茫然として、行く先を失った手を、宙に持て余している。


「ふざけんな! 帰ってきやがれ!! パリピ三世! サメ!! ――――姉貴!!」


 何度も叫んで、叫んで、誰の声も返ってこなくて。


 嵐の海にじゃぶじゃぶと飛び込んで行こうとしたのを、僕が手首を掴んで、止めた。

 ばっ、とゼットがそれを振り払う。僕を睨みつける。でも、僕はその目を見てわかった。ゼットだって、もうわかってるってことに。


 だから、首をゆるく、横に振ってやれば。



「…………畜生……」



 それだけ言って、ゼットは膝を折った。




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