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11 バイクで行くぜ



 馬鹿でかいサメがピークさんに向かって一直線に向かってきている。


「こ、こっちです!」


 どっちだよ、と自分で思いながら僕は彼女の手を取って走り出した。とりあえず奥。よく漫画なんかだと「ここは勇気の前進だァーッ!」みたいな感じで難を逃れるシーンが見られるけど、今回ばかりはそうもいかない。これ以上踏み込んだら普通に飲み込まれて死ぬ。その異様に多い歯で全身をばきばきに砕かれて死ぬ。


 プールサイドを走りまくった。もうぺっちゃんぺっちゃんブーツが鳴っている。ただでさえずぶ濡れだったそれがさらに濡れていく。サメは後ろから迫ってきている。


「ゴァアアアアア!!!」

「きゃぁああああああ!!」


 これは当然のことなんだけど、いや当然のことなのか? 知らないけど、この謁見の間にいるのは僕とゼットと、パリピ三世とピークさんだけじゃない。他にもいっぱい、ほとんど布を身に纏ってない女の人たちがたくさんいる。


 いや、じゃあみんなのために立ち向かえよって思うかもしれないけど。

 人間、身の丈っていうものがあるんだよね。


 いまピークさんの手を引いて走ってるのだって実際のところ僕がやれる範疇のことを超えてるよ。だから助けだって呼んじゃうね。


「ゼット!!」

「レリア! 後ろから来てるぞ!!」


 わかってるっつーの!

 後ろをちらっと見る。手を引かれてつんのめるようにして走るピークさん。バックンバックン食われて全身から内臓をぼろぼろ落としていく女の人たち。サメの歯が掠っただけで首がポンポン宙を舞う。僕らの後ろから血のシャワーが迫ってきている。


「――うわっ!!」


 しまった!

 後ろを見ていたせいで何かにつまずいてしまった。


 プールサイドで頭を打ったりしたら命に係わる。そして僕が転ぶっていうことはピークさんも転ぶってことで、咄嗟に僕は頭を手で守りながら背中で受け身を取るようにして、あえてピークさんの手を引き寄せて自分の身体がクッションになるようにして――――、


「ふぎゃ!!」


 思ったより衝撃はなかった。

 ていうか、全然なかった。


 やわらかいものとやわらかいものでホットサンドメーカーみたいに挟まれた、って感じ。上から来るものがやわらかいのはともかく、下はどう考えてもやわらかくないはずなのに。そして僕はやわらかいものとやわらかいものに挟まれたところでそれなりに怯んじゃうくらいには貧弱で、


「レリア! 床にキックだ! こっちに滑ってこい!!」


 だから、ゼットの声に従った。


「うりゃあ!」


 プールサイドに足をつける。そしてできる限りの力で蹴りつけてやる。


 そうしたら、スーッと自分がものすごい速度で動き出すのがわかった。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫、レリアさん?」

「だ、大丈夫です……」


 ピークさんが僕の上からどいてくれて、こちらこそすみません、と言いながら身体を起こしたら、自分の状況がようやくわかった。


 フロートマットだった。あの、海とかプールで寝そべってくつろぐためのカラフルなアイテム。僕らはそれに乗って、高速でプールサイドを滑っていた。オリーブオイルでも引いてあるのかな?


「こっちだ!」


 ゼットが言う。後ろからはサメがものすごい勢いで迫ってきている。そうとわかればこっちにだって考えがあるぞ!


「ピークさん、指を貸してください!」

「ゆ、指!?」


 はい、と差し出されたそれを見れば考えたとおりだった。こういうタイプの人は絶対ネイルのために爪を伸ばしてると思ったんだ。


 その指を掴んで、フロートマットのお尻の方にぶっ刺して穴を開けさせてもらった。


 パンパンに膨らんでいたフロートマットからぶをををを、とものすごい勢いで空気が洩れていく。風の分の加速が加わって、僕らはものすごい勢いでゼットたちの場所に突っ込んでいく。


 どんがらがっしゃん。

 僕のことはゼットが、ピークさんのことはパリピ三世が受け止めてくれた。


「ナイス指示、ゼット!」

「ナイス機転だぜ、相棒!」

「お、王! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……。それより、なんだあのサメは!」


 サメはぐしゃぐしゃにそのあたりのものを口の中でミキサーにかけながら突進してくる。まるでサメ嵐だ。ゼットとグータッチで健闘を称え合う時間もない。


「パリピ三世! この水上バイクは動くのか!?」

「あ、ああ。一応……」

「そうとわかればこっちのもんだぜ!」


 言って、ゼットは水上バイクに跨ってキーを差し込む。捻る。どぅるるん、とエンジンが動き出したのを見て、僕はその後ろに跨ってぴったりと密着する。


「王様たちも、早く!」

「急げ、サメが来てるぞ!!」

「な、何がなんだかわからねェーッ!!」


 パリピ三世はパニックに陥っている。そりゃそうだ。これでパニックに陥らない人間がいたとしたらむしろ日常生活に支障を来してると思う。乱世の英雄みたいなのは近所に住んでると普通に異常人間だ。


「王! 私が運転します!」


 意外にも、そんな状況で王様を先導したのはピークさんだった。水上バイクのエンジンをかけて、無理矢理パリピ三世を自分の後ろに引っ張り込んだ。


「行くぜェ!」

 急発進。ゼットが向かうのは、当然サメとは逆側。


 今はブラインドの下りている、海に面した大ガラス窓。


「ふっ!!」

 僕は床に落ちているビート板の一つを拾って、そのブラインドの付け根の部分に放り投げた。

 冷凍ピザよろしくヒュンヒュンヒュン、とそれは飛んで行って、綺麗に吊り具の部分を破壊してくれる。気をよくしたのでもう一枚窓に向かって放り投げる。


 ガシャン、と景気よく割れて。

 あとは、思いっきり突っ込んだ。


「うォおおおおおおお!!!」


 ゼットが叫んでいる後ろで、僕も「いぇー!」とか「ひゃっほー!!」とか、それに似た声を上げていた。


 ぶおおおおお、と風が吹きつけている。

 それをものともしないで海風の中をものすごい勢いで水上バイクが走っていく。


 後ろを振り向く。

 ぐんぐんサメが離れていくのが見える。


 代わりに、ピークさんが運転するバイクが近付いてきて、僕らに並んだ。


「おい!! 説明しろゼット=シャークハート!! あのサメはなんだ!?」

「お前の過去だよ!!」


 パリピ三世が叫んでくるのに、ゼットが叫び返す。


「過去からは決して……決して逃れられない! いくら真実を歪めて人を遠ざけようとしたって、『真実そのもの』だけは決してお前を逃がさない!」

「何を言っている!?」

「あれは姉貴だ!! お前が婚約破棄した挙句、トラックに乗せて遠い海に追放して殺した、俺の姉貴だ! お前の過去の罪が、お前を殺しに来たのさ!!」

「わ、わけがわからんぞォーッ!!」


 うむ、と僕は心の中でひっそり頷いていた。

 パリピ三世のしたことはともかくとして、パリピ三世の感想については大体同感だった。


「ま、まあいい!!」


 いいんだ。


「ともかく、あのサメをやらねばならんのだろう! どうするつもりだ、シャークハート!」

「どうって――」


 へっ、とゼットは鼻で笑った。


「どうすんだ? 相棒」

「何も考えてないんかい!」


 おい、と背中を叩くと、だってよ、とゼットは言った。


「しょうがねーだろ! あの状況で逃げる以外の何ができるってんだ!? 餅は餅屋、戦闘のプロのお前に任せることがそんなにおかしいか!?」

「私はバイト感覚でやってるだけです! そんなに期待しないでください!」

「ば、バイトで十万殺ししてるのか……?」


 これは一度、前にレリアの口から聞いていたことだから結構自信を持って言えた。「なんで魔物退治とかしてるの?」って訊いたときの答えは「遊ぶ金欲しさ」だった。あと「私エンジョイ勢だから」っていうのもしょっちゅう言う。僕とゲーム対戦して負けたときとかも必ず言う。僕なんか人生エンジョイ勢なんだけど。


 しかし困ったぞ。ゼットに名案がないっていうんだったら、このまま嵐の中を延々彷徨う羽目になってしまう。ていうか、パリピ三世のところが一番ガード固いだろうと思ったからここまで来たのに、あっさり崩壊しちゃってるし。なんなんだよ。せめて警備くらい真面目にやれ。これじゃ普通に僕らでこのサメを倒すしかなくなっちゃったぞ。


 いや、でも倒すとか無理なので。


「このまま逃げ切りましょう」

「何?」

「手持ちの札でサメと直接対決するのは無理です。このまましばらく逃げ切って、上手くタイミングを図って城まで戻るか……」

「戻るか、なんだ?」


 このとき、僕の頭の中には最悪の状況が浮かんでいた。

 つまり、このままサメを倒すだけの戦力が揃わないまま城のずっとてっぺんまで水没して、僕らも溺死してしまうというもの。もしかするとどっちにしろ最終的にはこの水上バイクで耐久レースをする羽目になるのか? いや、でも最終的にそうなるとしても、その最終段階をできるだけ遅らせるのが善手であるのは間違いないはず。


「いえ、やっぱり機会を見てもど――――」


 ぴかっ、と。

 僕の言葉は、光に遮られた。


 空で光った雷じゃない。水平に。海面と水平に、一本の力強い光が僕らと、パリピ三世たちとの間を通っていった。じゅっ、とたったの一瞬でこの黒い水を蒸発させて。あたり一面に浮かぶ死体の群れを、昼の光の下にあるように照らし出した。


 ぎぎぎ、と僕とゼットの顔が、後ろを向く。


「おい……オイオイオイ」

「いやこれは……ちょっと……」


 もちろんそこにいるのは、全長十メートル近い恐怖のサメで。


 そして、その胸ビレのあたりがもう一度きゅぅううううん、と光り出して、そこにあるものを教えてくれる。


 代表して、ゼットが叫んでくれた。




「あ、あのサメ――――レーザービームを積んでやがるぞ!!」




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