10 サメが持ってる再入場チケット 略してサメ入場チケット
「全滅みたいですね」
「滅入るぜ、マジで……」
僕らは二人で屋根裏部屋にいる。
たった今の電話については、解釈の仕様が一つしかないからもう語ることすらしない。だって、全員流されて、サメに襲われて、それで生きて帰れるわけがない。
つまり、僕ら二人でなんとかするしかなくなったわけだ。
「どう思う?」
と、ゼットは僕に訊いてきた。
「どうって言われても……」
僕は肩を竦めて答える。
「絶体絶命、っていうところでしょうね」
じっ、とゼットは僕の足を見た。
「やっぱりそいつは、結構深手みてーだな。いくら銀盾英雄でも、その怪我をした状態じゃ厳しいか」
実を言うと、さっきの怪我ももらった傷薬のおかげでほとんど完璧に塞がってはいるんだけど、実際いつ傷口が開くかはわからないし、あとそういう風に勘違いしていてもらえるならこっちとしても助かるので、そうですね、って感じの顔だけしておいた。別に直接そうですね、とは言わない。極力嘘は吐かない。身の安全のために。
「何はともあれ、今ここに生き残っているのは僕ら二人です。知恵を出し合って、力も合わせましょう」
「ああ、それには同感だぜ」
で、とゼットは言う。
「どうする? 立ち向かうか?」
「…………そうですね」
僕はとりあえず、答えを保留にして頷く。僕がレリア自身だったとしたら、その答えに何の躊躇いもなかったとは思うけれど。
「それも大いにありうる選択肢だと思います」
「その言い方は、他にも考えがあるやつの言い方だな」
「一応。……別に、何も一人で立ち向かう必要はないと思いませんか?」
「というと?」
「謁見の間は二十階でしたよね」
ついさっきのことだ。十万記念の銀盾を貰いにいった謁見の間。パリピ三世が酒池肉林を繰り広げていた場所。
「思うに、この城で最も警備が固いところといったらそこでしょう。独自に私たちだけで動くより、生存者全員で足並みをそろえた方が効果的だと思います」
「…………チッ」
バリバリ、とゼットは濡れた髪を搔き乱しながら、
「確かに、お前の言うとおりだな。姉貴を処刑したやつらと力を合わせて、なんてーのは虫唾が走るけどよ。虫唾くらいで命が買えるなら安いもんだぜ。……それに何より、あの優しい姉貴に国を亡ぼすなんて重たい役目は任せたくねーしな」
そうと決まれば、とゼットは立ち上がった。
「早速あのパリピ野郎のところに行くとするか」
そして、もう一度僕の足をじっと見て、
「どうする? 抱えていくか?」
「いえ。お気になさらず。歩いたり泳いだりくらいはまるで問題ありませんよ」
うう。
どんどん罪悪感が溜まっていく。
<゜)))彡
「懐中電灯があって助かりましたね」
廊下は暗い。ホラーゲームみたいな視界の中で、僕らは歩いている。
「ああ。一応俺の方の携帯は持ってきたが、いざというときに充電が切れちまいました、じゃ話にならねーからな」
「ちなみにそれ、防水ですか?」
「……どうだったかな。姉貴と揃いで買っただけのやつだから、あんまりよく知らねーんだ」
へー、仲良し姉弟。
でもそういうエピソードを聞いちゃうと、最初とさっきに流し聞いてた婚約破棄の話が重みを増しちゃうんだけど。やだな、僕とレリアくらい仲良い姉弟だったりしたら。普通に同情しちゃう。
ぞぉぞぞぞぞ、と階下から水の音がしてくる。海の声によく似ていた。これだけ音が出ているなら、さすがに上の階にも伝わってそうだと思うけど。
「あの、もしかしてあんまり上階に人はいないんですか?」
「ん? ああ、そうだな。十階くらいまでに大体今は集中しちまってる」
「へー。何か理由が?」
「昔はもっと執務室も多かったんだがな。パリピ三世がプライベートフロアに改築しまくっちまった。事務室みたいなところは下の方か、それか別館だ」
「となると、このあたりには避難漏れみたいな人たちはいないわけですか?」
ああ、その心配をしてんのか、とゼットは頷いて、
「いないと思うぜ。たとえいたとしても、ちったあ音もしてるしな。二十四階の防災センターあたりに纏まってるんじゃねえか?」
「へえ、そんなのが?」
「ああ。他の机とパソコンを動かしゃいいのと違って、設備をごっそり動かすのは手間だからな。あそこだけはまだ上階に設置されてんだ。なんなら見ていくか?」
いえ、と僕は首を横に振った。
「あんまり寄り道してしまうとパリピ三世のところに行くのが遅れてしまうかもしれません」
「ま、さっきみてーなギリギリの勝負をするのはごめんか。それは俺も全く同感だぜ」
階段を降りる。
下りの階段だから、重力に身を任せてストンストンストン。どんどん水の音が近付いてくる。
二十階。
「……おいおい、マジでギリギリだな」
「かなり、上の方まで来てますね」
見れば、十九階へと続く階段の半分が埋まっていた。
ぐずぐずはしていられない、と二人目を見合わせて頷いて、走り出した。
謁見の間はわかりやすい。金キラぴかぴかで金ぴらキラキラだからだ。ラメ入りゴールドの大扉。走っていけば、そんなに時間もかからない。
ぐ、とゼットがその扉に力を入れれば、ぎぃいと音を立てて開いていく。
「うわっ」
そして、EDMの音が大爆発した。
思わず耳を塞いだ。さっき来たときの二倍近くの音量だ。鼓膜が揺れるっていうか、骨ごと振動で揺らされるような感覚。ずっとこんなところにいたら身体がおかしくなるぞ。
そしてそれを理解すると同時に、わかったこともある。たぶんパリピ三世は城の中でいま起こっていることを知らない。こんな音楽が流れている中では、増水していく音なんて些細なものだ。
「パリピ三世!!」
僕が怯んでいる横で、ゼットはけれど、怯まない。
大声を張り上げたけど、隣の僕の耳に届くのだって精一杯。当然、ずっと奥にいるパリピ三世まではそんな声は届きやしない。
ずんずん進んでいく。僕もついていこうかな、と思ったけど、尻込みしてしまった。だって、ついさっきだってほとんど素っ裸みたいな女の人ばっかりだったのに、今となっちゃもう……。ええ? ここって秩序と羞恥心のない大奥? さっき銀盾を貰いに来たときは「なんてめちゃくちゃで遠慮のない人間の集まりなんだ」ってびっくりしちゃったけど、もしかしてあれですら遠慮してたってわけ?
うう、と二の足を踏んだら、もうすっかり置いていかれてしまった。ゼットはパリピ三世の前に立って、何かを言われて、それに対して「んなこと言ってる場合じゃねえ!」的に腕を払うジェスチャーを見せて、うん。大丈夫そうだ。ここで待っていよう。
「あら、さっきのお嬢ちゃん」
「え」
なんて思っていたら、こっちはこっちで話しかけられた。
「え、ええと……」
「覚えてない? さっきあなたに銀の盾を渡した……」
「あ、いえ。覚えてます」
胸の谷間から出してきた人……。
思わず、頭から爪先まで見てしまった。
よかった。この人はなんとかギリギリ全年齢の恰好をしてる。かなりギリギリだけど。
ふふ、と笑われて、
「レリアさんよね。光栄だわ。この国で一番強い人に覚えてもらえてるなんて。私はピーク=フィンドール。パリピ三世のパートナーよ」
「パートナー、ってことは……」
「妃、ってわけじゃないわ。対外的に出ていけるほど、教養があるわけじゃないですもの」
わ、わ、わ、と。
思わず心の中で声を上げてしまう。この人、ゼットのお姉さんを押しのけてパリピ三世と結婚したっていう人だ。つまり、この大騒ぎの元凶。
うわー。やだなー。
どうせ出てくるならパリピ三世みたいにもっと嫌な感じで出てきてほしかった。これだとなんか、会話すればするほど僕の立ち位置が微妙になっちゃいそう。人間なんて適当に喋ってたら喋ってた時間の分、ある程度好感度が溜まっちゃうものなんだよね。どうしよう。この後ゼットとこのピークさんの間で板挟みみたいになっちゃったら。胃に穴が開いて二度と戻らないかもしれない。
「ゼットさんと一緒に来たのね」
「あ、そうで……っと。そうだ。こっちでも説明を……」
パリピ三世のパートナーだって言うなら、こっち側から説得したって構わないだろうと思って口を開きかけて、ふと気が付いた。
「あれ、なんでこの音の中で……」
「会話が成立してるんだろう、って? 女の人には秘密があるのよ。いくつもね」
「はあ……」
まあいいや、ととりあえずそこは流すことにした。考えたって仕方がない。なんか呪文を使ってるとかそういうのなんだろう。
「あの、サメが来てるんです」
「サ……メ……?」
「いや、そういう反応になるのももっともなんですけど、本当なんです。さっきからどんどん城が浸水していて、下からサメが湧いてきてて、」
「こんな風に?」
言って、ピークさんが自分の足元を見た。
僕も一緒になって、足元を見た。
ちょろちょろと水が、靴を濡らし始めている。
室内プールの方を見た。
でも、どう見たってそっちの綺麗な方から流れてきてる水じゃない。
やば。
早すぎ。
「逃げ――――」
バン、と大きく扉が開く。
メガロドンだ。




