01:サメがすぐに出てくると思ったら大間違い サメ映画でサメが出演する時間はほんのわずかに過ぎないので
「お兄ちゃん。小説家になろうで大量にポイントを稼いで書籍化を狙うために大手動画配信プラットフォームに流れる美容広告のシナリオを研究して人間理解を深めてるところ申し訳ないんだけど、ちょっとお願いしてもいい?」
「レリア。これすごいよ。飲んでるだけでめっちゃ痩せるんだって」
「綺麗に引っかかってないで」
僕が部屋でぼんやり動画を見ながら人生を無駄にしていると、コンコン、と扉をノックして返事を待たずに妹のレリアが入ってきた。今日も今日とてツーサイドアップでゴスロリを着て眼帯もしてどう考えてもアニメキャラから多大な影響を受けた格好をしている。去年まだ学園に通っていた頃は制服の縛りがあったから全身のいたるところに包帯を巻いているくらいだったけど、今年に入ってからはどんどんファッションがエスカレートしてる。
「そもそもお兄ちゃん、もうそれ以上痩せたら骨と皮だけになっちゃうでしょ」
「でもほら、三十代を超えると急に太るっていうじゃないか。僕ももう十七歳になるし、今のうちに将来のことを考えて効くやせ薬と効かないやせ薬の区別をつけておこうかと思って」
「運動習慣をつけるか定職に就くかどっちかした方がいいと思う」
うむ。大変ごもっともなご指摘だ。隣の家のお兄さんは就職してからというもの毎月二キロずつ痩せていってるしな。僕も痩せたくなったら就職してみよう。今のところ就職活動すらしたことがないからどういう勝手なのかはよくわからないけど。無職だけど。妹から貰ってるお小遣いで日々を過ごしてるけど。
「私の代わりにちょっと出かけてきてほしいんだけど」
「いいよ。どこ?」
「王城」
王城?と僕は首を傾げた。
「とうとう武力革命に成功したの?」
「お兄ちゃんの中で私がどういう人間になってるのか気になるけど……。違うよ、表彰されることになったの。『魔物十万匹ボコ殴ったで賞』」
「何それ?」
「ググって」
目の前にパソコンがあるんだから、と言われたので、言われたとおりに僕はググった。
『魔物十万匹ボコ殴ったで賞』。魔物を十万匹ボコ殴った人間に授与される賞らしい。へえー。名前からはとても想像がつかなかったよ。
「『およそ人間が獲得可能な賞ではない』『行政の無駄を象徴するクソ制度』って書いてあるけど」
「ほら私……ちょっと、人とは違うから」
「うーん。アンニュイな表情で言われるとお兄ちゃんとしては『そんなことないよ』って言ってあげたくなるけど、ちょっと普通に常軌を逸されてると何とも言い難いよ」
レリアはすごい子だ。そのすごさのあまり、ご近所というかこの街一帯の人々はレリアのことを『生まれる前にこの世に持ってこれる才能を全部引きずって持ってきた子ども』と呼ばれている。ちなみにその兄の僕は『何もかも忘れて生まれてきた子ども』と呼ばれてる。余計なお世話だよ。せめて『妹のために何もかもを背中に残して生まれてきた超絶シスコン太郎』とか呼べ。
そんなレリアはその有り余る才能を生かしてこの王国にひっきりなしに湧き出る魔物をボコったり、魔物の巣に突っ込んでいってボコったり、あとはなんかこう適当にボコったりしてお金を稼いでいる。そして僕はそんな妹の脛を齧り散らかしている。だからお願いされたら全部聞く。そうすることでしか僕は自分の快適な家庭内での立場を守ることができないのだ。
「授与日が指定されてるんだけど、友達と映画に行く約束をもうしちゃってて……」
「いいよいいよー。いつ?」
「二時間後」
「もうちょっと早く声をかけてもらうことはできませんでしたか?」
さっき思い出したんだもん、とレリアは言う。まあこの点についてはレリアを責めることはできない。僕らの一家は全体的に権力との相性がよくないのだ。父さんは上司と口論しまくった結果ほとんど平社員みたいな給料で働いてるし、母さんは時間感覚がガバガバだからフリーランスでしか働けないし、そのうえ納期という言葉を聞くと発狂する。「納豆は半分が納期だから嫌」とかなんかよくわからないことを言ってる。レリアも学園では問題児としか言いようがなかったし、僕に至っては権力との接点自体がまったく存在しない。おしまいだよ。
国から表彰されるのと友達との映画の約束だったら表彰を優先せんかい、と思う人もいるだろう。でもうちではそういう感覚は成立しないってわけ。だから僕は動画再生を止めてこう言って立ち上がるってわけ。
「身分証だけ借りていい?」
僕のほとんど唯一といっていい特技は、妹のふりをすることなのだ。
<゜)))彡 ←サメのアイキャッチ(かわいい)
タクシー代をせびったけど「えー……」と嫌そうな顔をされたので、僕は仕方なくてくてく歩いて王城まで来た。徒歩三十分。足はもう棒みたいだ。
ざざーん、と波の音が聞こえる。王城は海辺にある。どうしてそんな意味不明な場所に建っているのかというと、こうして海を背にすることで攻撃される方向を限定することができる、これが天然の要塞や!という発想らしい。しかも背水の陣も兼ねられて一石二鳥みたいな。この国の人たちは基本的にアホしかいないと僕が考える理由のひとつでもある。最初にこれを考えたやつの頭に耳を当てたら絶対に海の音がしてると思う。つまり、貝殻みたいに中身がカラッポってこと。
もうすっかり夕暮れだった。沖の方では太陽が熟していない卵の黄身みたいにとろとろ溶け出して、水面を橙色に染めている。なんだか僕はお腹が空いてきた。中に入ったら何か食べるものを出してもらえないかなあ……。
「さてと」
僕は身分証を取り出した。それから招待状も一緒に。そりゃあ王城だもの。入るのにはチェックとかそういうのあるよねって思いながら、正門の方に歩いていった。
そうしたら、槍を持った門番の人たちの横をするーっと通り抜けられてしまった。
「…………」
え? これでいいの?
不安になって、僕は思わず、別に必要もないのに門番の人に話しかけてしまう。
「あのー」
「ん? 迷子ですか?」
「あ、いえ。この中に用があるんですけど」
「はあ」
「…………」
「…………」
沈黙。
え? いいの? 普通に入っちゃって、別にいいの?
なんて思って戸惑っていたら、門番の人も戸惑っていた。なんでだよ。僕が戸惑うのはともかくそっちがそうなるのはおかしいだろ。仮にこの入口がスルーパスで別にちゃんとした手続きを踏まなくていいって話だったとしても、僕みたいに「なんか検査とかしないんですか?」って訊きたくなる人は絶対今までたくさんいただろ。もしかしていなかったの? この国は来るところまで来ちゃってるの?
見つめ合って、門番の人が髭面の奥で頬を染め始めたのでこりゃあかんと僕は目を逸らした。
そうしたら、ピーッ、ピーッ、と背後で音が聞こえてきた。
振り向くと、大型トラックがそこにあった。
コンビニの商品搬出入に使うよりもだいぶ大きい。あの、高速道路のパーキングとかに停まってるような、何を運んでいるのかさっぱりわからないような超でっかいやつ。
「ちょっとちょっと! 搬入口につけてください! こっち正門ですよ!」
門番の人は僕を捨て置いてそっちに向かってしまった。僕は一人取り残されて、正門の向こう、「アホが考えたのか?」って言いたくなるくらい馬鹿でかい扉を手で押してみた。
ぎぃい、と大きな音を立てて開く。
「開いちゃうのか……」
色々言いたくなることはあったけど、言っても所詮は無職の独り言に過ぎないので、僕は大人しく招待状に書かれている表彰会場に歩いて向かうことにしたのでした。