4. ラストシーンと私。
人気ドラマ 『家政婦は床』 の撮影は順調に進み、場面はいよいよ、ラストに差し掛かった。
恒例の、家政婦が犯人に 「私を殴って自首して下さい!」 と言うシーンである。
いつもならそれで、犯人が家政婦を殴り、快感に悶える家政婦にドン引きながら逮捕されていくのであるが……
今回は、もうひと悶着残っている。
すなわち、主人の金満老害デブを殺した真犯人・朱鷺子と元恋人・滋流が、自首するか二人で逃亡するかで争うのだ。
――― 台本では、ここで、家政婦が、「奥様……罪は、償わねばなりません。私はここで、奥様が出所するのをお待ちしています…… いつまでも!」 と朱鷺子を諭すことになっている。
朱鷺子と滋流は涙ながらに 「ありがとう。これが御褒美だよ」 と家政婦を打擲。家政婦の悦楽の喘ぎをバックに、連れだって玄関を後にする……。
という、視聴者泣かせの流れなのだが。
<うーん、どうもな> <どうも、ですね>
©*@«とº*≅¿は揃って回転し、不満を表した。
先程のシーンの成功で調子に乗ったふたりは、今やすっかり総監督気分である。
<自首させるよりも、老害デブの傷心自殺を偽装させて、若いふたりはハッピーエンド、の方がウケるよな?>
<ですね! ハッピーエンドはとにかくウケますからね!>
<うむ!>
収録が進んでいる今、台本を再び変えることはできない。
それでも、このキャストの実力であれば、何かを起こせばアドリブで乗り切るはずだ…… と、miniたちは踏んでいた。
何を起こすか。それは。
<<火薬を運べ!>>
本番撮影時にキャストたちの背後で程よく爆発を起こし、思い通りの流れになるようアドリブを引き出そう、という計画である。
――― 爆発は、何度も起こせるものではない。2回目からはスタッフが警戒することを考えれば、これ1回だけ、と思った方が良い。
『家政婦は床』 キャストたちは果たして、miniたちの想いを汲んでくれるだろうか…… ©*@«とº*≅¿にとっても、これは賭けであった。
「シーン34! テイク1!」
カチンコが鳴り、撮影が開始された。
家政婦役・江都子が、決め台詞を言おうと息を吸い込んだ、その時である。
ドォォォォンっ!
轟音と共に、炎が弾けた。
(な、何があったの……っ!?)
視界の片隅に、吹っ飛んで行く金満老害デブ死体役・穴太鼓 饅を捉えながらも、江都子は必死に動揺を隠す。
――― 撮影は、まだ続いているのだ。
(きっと、監督はアドリブを期待しているんだわ…… いいわ、やってやろうじゃないの!)
江都子の女優魂が、再び燃え上がった。
(私は…… 家政婦!)
そう思ってみれば、江都子よりも動揺している朱鷺子役・滋流役もまた、実に良い演技である。
江都子は、ふたりに、にっこりと慈愛の笑みを投げ掛けた。
「ご主人様は、奥様の元恋人である滋流様の急なご来訪で、乱心。私を殴った後、火をつけて傷心自殺されました…… と、警察には申し上げましょう」
「だ、だってっ……! 罪は、償わねば、ならないわ……!」
朱鷺子役が、滋流役に抱きつき、震えながら口にする。
本番でアドリブ、という事態に余り慣れていない、年若い彼らの緊張。
それは、周囲の目には、殺人という罪の重さに震えながらも、必死で向き合おうとしている……素晴らしい演技、に見えた。
「そうだ、……俺たちが、ヤツを殺してしまったんだ……!」
「奥様、滋流様……!」
なかなか良い、調子の合わせ方だ。
<良いな!> <良いですね!>
満足して宙返りを披露する、©*@«とº*≅¿である。
しかし、江都子の演技はここで終わらない。
犯罪者のハッピーエンドが視聴者にウケるためには、彼らがどれだけ酷い目にあったか、被害者がどれだけ酷いヤツだったかを、今一度、証明する必要があるのだ……!
彼女は静かに、恋人たちを諭す。
「ご主人様は…… あなた方の心を殺してきました。あなた方だけじゃない。ご主人様のせいで、どれだけの人が苦しみ、自殺に追い込まれたことか……!
これは、そのツケに違いありません」
「「…………!」」
そうだ、とうなずくべきか、反論すべきか…… 朱鷺子役・滋流役の迷いは、これまたそのまま、リアルな演技につながっていた。
その迷いを断ち切るかのように、江都子はキッパリと、新たな決めゼリフを口にする。
「私を殴って、全てを忘れなさい!」
そして、ふたりで、新たな一歩を踏み出すのです……私を、踏みしめて……
微笑む江都子を前に、感極まった朱鷺子役・滋流役は、声を上げて泣き出したのだった。……本物の、涙を流しながら。
そして。
「エクストリームにゃっぽりーとフラァァァッシュ!! 全裸オーケストラ!!」
不死元監督からはまたも謎の声が掛かったが、心がひとつになったスタッフの面々には、ちゃんと分かっていた。
それが、『素晴らしくて素晴らしすぎる、最高のOK』 という意味であることを……。
7/10 誤字訂正しました!報告下さった方、ありがとうございますm(_ _)m