2. ドラマ台本と私。
『家政婦は床』 とは、床に扮するのが得意なドM家政婦が主人公の、サスペンスドラマである。
――― 家政婦の表向きの主人は、金満デブの老害ワンマン経営者。
しかし、真の主人は、没落旧家のお嬢様で今は経営者の妻となっている、朱鷺子。
朱鷺子は、親の借金を肩代わりしてもらう代わりに、泣く泣く老害デブの嫁になったのだ……。
朱鷺子の親は、かの金満老害デブに陥れられたに違いない、と睨んだ家政婦 (朱鷺子の叔母) は、ツテを頼ってその本宅に潜り込んだ。
そして、時には掃除をしながら、時には床に扮して、金満デブの情報を集めていく。
だが、しかし。
なぜか、その都度、別の事件が起こってしまうのだ。
そして、家政婦は集めた情報と、犯人ですら引く程のMっ気で事件を解決……というのが、毎回のドラマの、主な筋立てであった。―――
「おはようございまーす!」
その日、『家政婦は床』 の撮影場に入った江都子 (家政婦役) は、いきなり、監督から 「はらっしょっぽりぃぃぃとぉぉぉっ!」 という、なんだかボリショイな挨拶を受けることとなった。
今日はドラマの中でも大切なシーン…… ヒロイン・朱鷺子の元恋人・滋流がヒロインを奪い返しに、金満老害デブの自宅に潜入した場面の撮影である。
――― 朱鷺子が滋流を、両親の借用書が仕舞ってあるはずの金庫へと案内する。
滋流は、朱鷺子のために必死で培った泥棒技術で金庫破りを開始するが、途中で老害デブに見つかってしまい、争いが始まる。
そして、金満老害デブはついに殺された。殺したのは、元恋人を守ろうとした朱鷺子。
滋流と朱鷺子は、『いつまでも互いの出所を待つ』 と誓いあい、警察への自首を決意する。
――― という、つまりはこのドラマの肝、と言っても良いほどの重要場面なのだ。
役者も監督も気合いが入って当然、ではあるが……、それにしても。
「はらしょっぽりぃぃと、ボルケーニョォォ! エクストリームにゃっぽりぃぃぃとぉ♪」
監督のテンションはとにかくおかしかった。
「監督、どうしたんですか!?」
「急ですが、今日のシーンは台本を一部変更しまぁすっ!」
「えええっ!?」
つい、素で叫んでしまう江都子 (家政婦役)。
嫌である。
台本は、渡された時から何度も読み込んで覚え、イメージトレーニングしている。
それを急に変更するなど……。
完璧に対応できるのは、某名作劇の主演を数十年も争っている2人の天才少女くらいだと思う。
……しかし不幸なことに、監督の、常ならぬテンションはまだまだ続いていた。
「神様が素晴らしいアイデアをくれたのでぇす! ま、これを読んでみてくださぁい!」
「はぁ……」
しぶしぶ、書き換えられた台本を読み始めた江都子であったが…… その手は次第に震えだし、最後には天に向かってバンザイしながら、こう叫ぶこととなった。
「はらっしょっぽりぃぃぃとぉぉぉっ!」
「そうでしょう! これぇぞ、我がドラマの理想型ぃぃっ!」
「渦巻く愛憎がより鮮明に出て、素晴らしいです監督!」
「そのとぉっりぃぃぃとっ!」
監督・不死元と女優・江都子がガッチリ握手を交わした時。
「おはようございまーす!」 と入ってきた次の犠牲者に、監督と女優は元気よく挨拶をしたのだった。
「「はらっしょっぽりぃぃぃとぉぉぉっ!」」
¤*≅¶©*@«º*≅¿≡<↑£
<うまくいったな> <うまくいきましたね>
宇宙から来たちっちゃいヤツら、©*@«とº*≅¿は、手を取り合ってピョンピョンと跳ねた。
彼らは、監督が目を離していた隙に、黒インクを塗りたくった身体でもって、台本に必死で文字をしたためたのである。
<mini視点をふんだんに混ぜた改変が、これほどまでにウケるとはな>
彼らの背後では既に、取り急ぎの読み合わせとリハーサルが始まっていた。
miniたちによる改稿は、それほどまでにキャストの心を捉えたのだ……!
<さすがは©*@«さま!>
<いやいやº*≅¿くんこそ>
<いえいえ……> <いやいや……>
仲良く忖度合戦を繰り広げて、ふたりは次の準備にかかった。
台本だけでは、ない。
フロンティア精神にあふれるminiな彼らは、『家政婦は床』 の演技にもまた、物申したかったのである……。