第8話 真珠と凱旋パレード。
◇◇◇
安息日、明けて9月21日。
朝食はクロワッサンが当たり前の帝都のファテノーク邸。
朝食にはクロワッサン。もう二週間もクロワッサン。
絶対食べないと通学途中で食べたくなってしまうのだから仕様が無い。
きっと、久し振りに会うのだから、クロワッサン。
「「おはよう御座います」」
「おはよう御座います、ですわ。」
「お早う御座います。一週間振りです。ご健勝でしたでしょうか?」
「まあ、ジーンさんご丁寧に……わたくしなんかに気を使われて…。」
ジュリエット。ワナワナうるうるしている。
「いやいやぁ、泣かないでぇ泣かないでぇ。」
フェリシエンヌがジュリちゃんヨシヨシと頭を撫でる。
と、ここ迄は何時もの通り。
何時もと違うのは通りの馬車だ。
朝の時間は馬車で混雑している。だから歩いて通学している。すると、どうしても馬車を追い抜くのだ。
御者はまあ解る。
問題は中の人。
「お早う御座いますー。」
馬車の中の人も挨拶をしてくるのだ。
「真珠姫」「白黒真珠」「黒銀と白雪よー」「銀の双子姫」
と言った御者や中の人の囁き声が聞こえ…。いや、囁きなら聞こえない。聞こえる程の声で呟くのだ。
だが、それはいい。
問題はもう巷で噂になっているらしいと言う事がクロワッサン…、ではなく、ジュリエットから聞かされたのだ! ジュリエット曰く。
「侯爵様が昨夜仰っておられたのですけどアンリエットさん、『殲滅不可避の黒銀姫』とかお城の官職の方や貴族とか出入りの商人が言ってるとか、何かやりましたの?」
アンリエットの頬を冷たい汗が流れている。
「そう言えば侯爵様謁見の間で、『凄い口擊魔法を見たんだよー!』とも仰っておりましたわ?」
「そーなのぉ、カッコ良かったのぉ凄いのアンリちゃん!あのね五千人葬ったのよぉ!敵の兵隊さんすっぽんぽん!お城でもカッコ良かったのぉー、偉い人も葬ったのよぉ一言でぇ。すっごいのっマジっぱねーって感じよぉー!!」
(止ーめーてぇー言ーわーなーいーでーよぉー!)と心の中で叫ぶしかなかった。
◇◇◇
その日は散々だった。
学園の正門を越えられないのだ。
おそらくアンリエットを見に来た人達。貴族や商人とおぼしき人や平民の人々で学園前の通りが溢れ反っていたのだ。
そして、見てしまった高く掲げられたそれには、
『白黒真珠姫!』
『黒銀の姫と月白乙女!』
『一撃必中瞬殺翠珠の黒銀姫!』
そんな市井の民の横断幕が学園向かいの通りに掲げられ、大勢の人々が歓声を上げていた。
「銀の翠姫様ああああぁー!」「白雪の乙女サマーー!」とか「双珠の姫巫女だぁー。」「瞬殺理不尽の黒銀姫。」「黒銀翠珠の瞬滅姫」「黒銀翠玉白雪碧玉の乙女達」。
様々な名で、呼び名を叫んでいたのだった。
校舎にたどり着いても、同級生や先輩達からの黄色い声や質問責めに合い、何とか逃げ込んだ1年1組の教室でも状況は変わらなかった。
その日は、今朝の状況を知った。お屋敷の者が気を利かせ、ファテノーク家の紋章を隠した馬車でアンリエットとフェリシエンヌを迎えに来たのだった。
屋敷に帰ったアンリエットは皇帝陛下に会う為、帝城に先触れを出した。
夕方、皇帝の私室…執務室だろうか?に通されたアンリエット達。その部屋は絶対権力者の様な豪華絢爛な部屋では無く、壁に数枚の絵の額縁が有る以外、何の飾り気も無い質素な部屋であった。
「本日は、ワタクシ…、いいえ、あたしの無理を御聞き下さいまして有り難う御座います。そして昨日の謁見の際あたしの口上が、帝国延いては陛下への嘲罵とも取られかねない事である事実をここに、陳謝致します。」
「それは、もう良い。謝罪は受ける。が、おまえの言上は至極当然だ。寧ろ、おまえの立ち姿、中々絵になっておった。
フム、絵に成って無いな。絵にしよう。そうしよう。」
「え、絵?いやあの陛下、そのお話しの前に今お時間は御座いますか?」
「なんだ一時間でも二時間でも良いぞ?何なら一緒に夕餉を取るのも良いのだぞぉ。」
「いいえ、その前に、お逢いして頂きたい方が居りまして………。」
◇◇◇
夕日が西の山に沈む頃、警護の衛士を伴い皇帝とアンリエットは、城の正門(南門)から広い中央公園手前の東西に延びる大通りへ至る幅広な跳ね橋に立っていた。
予めて人払いを頼んでいたので、今跳ね橋の上に居るのはアンリエット達だけである。
跳ね橋の真ん中に皇帝達を留め、アンリエットは十数歩後ろ向きに下がり自分の右後ろを確認した。
「それではお逢いして頂きたいます。ですが、もしあたしや御付きの兵隊さんがお邪魔でしたらその時は言って下さいませ」
何を言ってるのか解らないよって顔の衛士達。それらを無視してアンリエットは、
「それではお逢いして頂きますね。」
皇帝は何が起こったのか、と一瞬困惑した。
数メートル先のアンリエットやその後ろの通りに集まり出していた群衆や景色が歪み、暗転。
「あれ陛下じゃない?」「銀姫いんじゃん」「理不尽姫だあああ」「銀の翠玉姫!」「皇帝と殲滅姫が対峙してるって事は…」等々の民衆の音も聞こえなくなる。
暗転。瞬きする程の時間の後、皇帝は見たのだ。
夕日が照らす帝都の人一人誰もいない大通り、大きな公園、数メートル先のアンリエット、そしてその右脇に立つ貴婦人を……。
大きく目を見張る皇帝は、徐々に涙を流すのだった。
「ああ、ああ、あぁ逢いたかった。逢いたかった。逢いたかった、リュシー、リュシーああ、リュシー、リュシー逢いたかった。俺は俺は俺は!」
貴婦人はエミール先生、第四皇子の母であった。十年前に亡くなった第二皇妃リュシーである。
アンリエットが徒歩通学を始めた時から見掛ける様になった。彼女の言う『若いおば様』である。以前、帝城内で見た『姿絵』の人なのだ。
走り出した皇帝に慌てて追う衛士達。
そして、リュシー第二皇妃に抱き付こうとした皇帝は、愛する妃に抱き着き……。着けなかった。皇妃をすり抜けたのでした。
あれ?なんで?と言う顔の皇帝陛下。微笑む妃。「ねえなんで?」と言う顔でアンリエットを見る陛下であった。
「それはですね。ここが『異層』だから、って言うかその御妃様、実体の無い『魂』ですもの。前にお話ししたと思うのですが、『異層』に『表層』の者は干渉出来ないんです。
但し、魂には魂が干渉する事は可能です。陛下が心から願うのであれば、ひょっとすると思いや言葉が通じるかも知れないです。只、残念なのですが、そこの皇妃陛下は、本物、ではありません。本当の魂では無いのです。皇妃の『想い出』。と言いましょうか。そう言う存在です。この場所が、好きだったのでは?とあたしは思うのです。」
そして、アンリエットは、「あんまり長い時間ここに留まるとあの鎧の様に成るので…」と言い衛士達と『表層』へ移った。
表層。
大勢の民衆の目の前で彼のアンリエットと皇帝陛下達が忽然と消え去った為、大通りでは大騒ぎに成っていた。
群衆を押さえる残っていた衛士達も混乱していた。そんな衛士の一人の真ん前にアンリエットが突然現れた。
一分振りに現れたアンリエットだ。
衛士は「うわあああっ!」と仰け反った。
アンリエットの後ろには、自分の同僚達も見えた。
が、一緒に消えた皇帝だけは視界に入って来ない。
訝しむ衛士は、立て持っていた槍を彼女に向け、
「へ、陛下は陛下をどうしたっ!もしもの事があったら只では済まさぬぞっ!」
アンリエットは「キッ」と睨むと、
「愚か者!他国とは言え王姫たる私に槍を向けるとは、なんたる愚行かっ!槍を納め平伏せよ!!」
―――――ははあああああーーーー!!!
アンリエットを前にした衛士を中心に水面に波紋が拡がるかの如く、群衆が平伏していった。
夕暮れの大通りは静寂の世界になったのである。
(な、何故、こうなった。あたしがヤったのか?あたしがヤらかしたのか)
こうなっては仕様が無い。アンリエットは開き直った。
「い、今、皇帝は大事な用向きの最中である。心を静め暫し待つが良い。貴卿らの主に大事は、無い。」
―――――はっ、ははあああああぁぁーーーー!!!
翌日の通学時、その日よりえらい事になったのは言う迄も無い。
◇◇◇
9月27日。休息日なのだ。帝都の南門を北へと延びる大通り。アンリエットはそこに居た。
ちょっと、背の高い帆も何も無い馬車だ。
それは真っ白で所々金色の縁取りや金の細工が付いていて、それはそれは絢爛豪華な馬車であった。
アンリエットは綺麗なドレスを着せられ、その馬車に乗せられていたのだった。同じ格好のフェリシエンヌと皇子の正装のエミール先生と共に……。
一段下がった御者台に座る御者が「アンリエット様、只手を振るのではなく、ちょっと立って振ってみて下さいませ」と言う。
アンリエットは言われるままに立ち上がった。
――――――うわああああああああああああああああああああ!!!
割れんばかりの民衆の声が帝都中に響き渡るのであった。




