第88話 婚約宣言。
始業式を終え各々、自分の教室に入る。
帝国のアンリエット領領都アデリーヌの中心に在るアデリーヌ学園で、エミール先生と生徒会長アンリエットの婚約を知らない者はいない。
二人の婚約が、『公式』に内外に向け発表されたのが、6月の中旬の事。
「父上、私から報告……。お願いの儀があります。
―――隣国ファテノーク王国王女アンリエットとの婚約を御許し頂きたくエミール参上致しました!」
その日、エミールの決断に皇帝陛下は、甚く喜び、そして、…勢い?……その場のノリ?…的な何かで、『婚約披露宴』と言う名の宴会を行ってしまったのである。
婿を迎える側であるファテノーク王国が、エミール皇子とアンリエット王太女の『婚約披露パーティー』を取り仕切るのが慣例なのであろうが、ファテノーク王国の国王代行ライアンは、
「慣例とか、些末な事。夏に帝国、冬にこちらで行えば良いのだ。両国にとって吉事だからね」
と言って、不快感を表さなかった。
更に、
「どうせなら、皇子の誕生日に、改めて『婚約披露』を行っては?」
等と帝国皇帝に提案したのである。
そんな訳で、新3年1組の生徒達の話題は、その副担任と生徒の話題で、盛り上がっていた。
「貴族って、結婚の約束したら、『指輪』するんじゃないの?」
前の席から後ろのアンリエットに話しかけるロイクくん。
「そうなんだけど……まだ学生だし、目立つし、恥ずかしいし……」
「でも、アンリさんは身には付けてる。って俺、思うんだー。当たりですね?」
ロイクの勝手な断定を否定も肯定もしないアンリエットは、真っ赤な顔で、細い白金のネックレスを襟から出した。
その鎖に指輪が通してある。
白金の指輪は、翠玉2つに挟まれた小振りな金剛石が付いていた。
「綺麗………」
感嘆の声を漏らすロイク。
それを見ていたのであろう、周りの生徒達から、深いため息が聞こえ瞬間、静寂の空気が覆う。「ウットリ」している女子達。…男子も若干。
「はいっ!貴族の子女さん達に質問。婚約している人っていますか?している人、挙手で!―――――――――――――。
おぅ8人。いるんだー。凄ーい!」
ルカ・クリバヤシ。最近、美少年の皮を脱ぎ、『色男』的な男に成りつつある。
そのルカの質問に8人が手を挙げた。
「その8人に質問。それって『許嫁』?」
7人が、許嫁だと言う。
「他の貴族の子って、なんで許嫁、いないの?」
バ、バカ!聞くんじゃねーよロイク。
アチャーーーぁ。ヤらかしたぜロイク。
「許嫁とかいないよ。俺、子爵の三男だし……」
「ぼくは、男爵家の四男…許嫁とか、いないぞー」
「私、三女。男爵家、だし」
「私も男爵の三女。無理なの。って言うか男爵家の女子ってだけで貰い手なんていないの。
ましてや三女…。絶世の美女とか、深窓の令嬢的なのだったらだけど、男爵の女児じゃ『深窓』にすら成れないじゃない!ぅ、ぅう、ぅぅぅ……」
「ロイクぅー、泣かしてんじゃねーよぉ」
「で、でも恋愛?自由恋愛っての?」
バ、バカ!言うんじゃねーよロイク。
アチャーーーぁ。まぁーたヤらかしたぜロイク。
ホンッと頭のいいバカだよなー、ロイク。
「ぅうえええぇぇぇーーーん」
見ると、ルイーズさんが、メソメソ泣き出したエマの背中を擦っている。
「ど、どーしたエマさん?さっき、ルカの質問で、手挙げてたよね?許嫁いるんだよね?」
エマさんは小柄な体躯の割りにとても大きなお胸の持ち主で、大きな空色の瞳と明るい茶の髪色で、密かに男子達の人気な子。
彼女は子爵家の一人娘。昨年、遂に婿が決まったのだ。
だが、お相手は、侯爵の三男坊24歳。と、それだけ聞けば、「そんな悲観する様なお相手では無いのでは?」と思うのが普通。
タルデュー侯爵家三男ガブリエルと言う男であるのだが、(一度顔合わせしたけど、どうしても生理的に受け付けない感じ。目付きが厭らしい感じで気持ち悪い)とエマは自分の婚約者に嫌悪感を抱いていた。
だから、泣けて来たのだ。親や周りの大人に逆らえない、自由が無いのだ。
誰かが、「撃ちっぱなしガブ?」と呟いた。
「ガブ?……ああー!『撃ちっぱなしガブ』、知ってる。有名。帝都の南東地区界隈じゃ有名だぜー」
「ロイク、何それ?教えろー」
「静かにしろおおおおーーーーうぃ。ホームルーム始めっぞぉー」
そこに、サラサ先生が、教室に入って来たのだ。
エミール先生も入って来た。
「「「キャアアァーーー!」」」
さっき迄の悲壮なエマさんの話題等無かったかの如く、エミールに対し、黄色い声を発する女子数名。
で、アンリエットは、耳迄真っ赤に成って俯いている。
(教室の中には、黄色い声を上げる女子達。一方、泣いてる女子数名……。なんだこの状況?
………ハッ!まさかエミールの婚約に涙している女子がいる、のか?)
盛大に勘違いしているサラサ先生である。
「出欠を取る。先ず泣いてるエマ!」
「はい…グズッ。グズッ」
「進級して目出度いのに、何故泣いてる、エマ?そのー、あれだ、無理……しても、言え!」
泣き止まないエマに代わり、ルイーズがあらましをサラサ先生に伝えると、「ガブリエル?……ガブ、ぁぁああっ!」サラサ先生が大声を上げた。
「ああ、あれだ、あたし、『早打ちガブ』知ってる。帝都の南界隈じゃ有名なヤツだった。………うわあー、ガブリエルの名前出るとか、笑うぅ」
サラサ先生のせいで、益々泣くエマ。
「あー、悪かった。先生が悪かったよエマさん。まあ、安心していいぞエマ。そのガブリエル、もういないぞ?………。って言うんじゃなかった。当人に直接言うとか、バカかあたしはぁー、スマン……。んんー。。。
エミールぅー。エミール先生ぇ、エマ連れて帝都発行の『月刊瓦版』見せてやってくれ。教職員室にあるやつ、(エマ、気分害すると思う)宜しく。な、エミール先生」
「エマさん、行きましょう」
エマの肩を抱いて教室から出ていくエミール。
「でえー、そこ二人。ニコルとリアーヌの泣いてた理由は?」
「婚約者がいないから」
「私も、でずぅー」
あー、そんな事かぁーーー
「二人共、大丈夫。そのウチ何とか成るってもんだ。安心しろ!」
「………出来ません。。。安心出来ません。説得力ありません。大丈夫と思えません。サラサ先生に言われても…」
「先生のお心遣い感謝致します。でも、今年25に成る先生に言われても、絶望感だけが涌き出て来そうです」
ニコルとリアーヌの二人は益々悲壮感漂うのだった。
そして、サラサ先生は行き遅れ感に苛まれていた。
一方、エミールに付き添われ教職員室で『月刊瓦版』9月号の該当記事を読んだエマ。
倒れて、医務室で療養と成った。
『撃ちっぱなしガブ』『早打ちガブ』と揶揄されるガブリエル・ド・タルデュー。他に『やり逃げガブ』の二つ名で呼ばれていた有名人なのだ。
要するに、買ってヤって払わない常習者なのだ。
『撃ちっぱなし』で逃げ、『早打ち』過ぎて、逃げられ、と言う人物で、売春婦の元締め等に前々から注視されていた。そう言う人物であった。
父親のタルデュー侯爵が、7月16日『不敬罪』で、降爵とまでは行かないが、官職剥奪の上謹慎処分と成った。
弱り目に祟り目、と言う訳では無いが、三男ガブリエルの遺体が8月25日早朝、帝都南東地区の下水道内で発見された。
事故か他殺か、はたまた自殺かは不明。との記事だった。
◇◇◇
「エミールのやつ、男らしく成ったと思いません?オーギュスト兄さん」
「マティウスもそう思うか。自分で行動し、魔物との実戦。そして失敗。
男を磨くに、良い経験をしたのだからなぁ」
「オーギュスト。我等が弟は、愛しいと想える者と巡り逢ったのだ。それだけでも男に成ったのだ。
ところで、珍しい客人が居るなぁ」
「今回の調査で知り合ったと、ウチのイヴァン…エミールに同行した近衛の者が言っていたが……。私は初めて見るよ狐人族は」
「マティウスは兎も角、オーギュスト、覚えて居らぬか?私が成人して直ぐ位に開催された西方諸国会議に来ておったぞ?」
三人の皇子が雑談をしているところにフェリシエンヌが狐人族を伴って来た。
「ルイ皇太子殿下、オーギュスト殿下、マティウス殿下。お久しゅうございますぅ。ご健勝で何よりですぅ。
あのぅ紹介します。神国ルナールのぉ…」
「初めましてなのじゃ、神国ルナールの皇女アニエス=エステル・アマガミじゃ。してこれは妹じゃ」
「第二皇女のエカルラトゥ=フレーズ・アマガミです。以後お見知り置きを」
緊張しているのか、二人の尻尾が「ピーン」と硬直している様だ。
8月1日、帝都ブレのお城の大広間で、エミール22歳の誕生パーティーが催された。
皇帝陛下の挨拶やエミールの謝辞も滞りなく行われ、会場は互いの親睦を深め様と挨拶や雑談に興じている。そんな時間。
エミールは、アンリエットを伴い主だった内外の賓客との挨拶を交わしていた。
そして----。
「これより、ヴァレリー帝国第四皇子エミール殿下とファテノーク王国王太女アンリエット殿下の婚約披露と成ります」
式典官の采配で、臨席している貴族、豪商や他の要人は左右に別れ、真ん中に道を作る。
楽団の奏でに道を歩くエミールとアンリエット。
壇上の前で二人は立ち止まり、そして宣言を皆と聞く。
「神国ルナール第136代女皇イズモがエミール・ド・ヴァレリーとアンリエット=シルヴァーヌ・ド・ファテノーク。ここに二人の婚約の成立を立会人として宣言する。そこな皆が証人じゃ。
----乾杯っ!」




