第87話 誕生パーティーの朝。
アンリエットがアンリエット領領都『アデリーヌ』に戻った7月20日から10日後の30日、フォーレ商会の商船『ラ・フォーレ号』は、南ミュロ領領都バルサザーに帰港した。
フォーレ商会のバルサザー支店の二階会議室では、フォーレ商会の御曹子アンドレが抱きすくめられていた。
「よく無事に帰ったな!アンちゃんっ」
感涙に咽ぶのはフォーレ商会の商会主、『マキシム・フォーレ』会頭。アンドレの父親である。
「アンちゃん…」
「アンちゃん…」
「「「「アンちゃん(笑)」」」」
「わ、笑うなっエミール!姫様達までえぇー。もう父さん、『アンちゃん』は止めて、ね?」
帝国の財務官アンドレ(22歳)は、どうしても『坊っちゃん』であった。
「本日で、アンリエット様との契約は終了です。尚、復路に於いて知り得た情報についての料金は、いりません。これは、私共からのサービスです」
道中一緒だった商人シリルは、「破格のサービスです」と言ったのだが、アンドレの「シリルさん、俺等が飯食う序に見たり聞いたりした事、まとめただけじゃねーか」と言う発言を聞き、アンリエットは思った。
(ただ同然の物事をさも、商品の様に言い、「サービス」と言って、恩を売る。この厚顔さが、『商人』なんだ。こう言う『付加価値』をも儲けにする商人とは侮れ無い人達だなぁ)
社会勉強に成ったアンリエットであった。
ところで、復路での情報とは、『ワロキエ』の現状である。
明月教会が放ったとみられる魔物『蜂』の襲撃を受け、王の居城は崩壊し、城の周辺にある貴族街、官庁街も岩城の崩壊に巻き込まれ全滅した。王都ワロキエの町自体もがかなりの被害であったのだ。
都の物価は、食品を中心に5~10倍に上がり、散発的に暴動や略奪が横行していて、かなりの数の住民が王都を捨て、周辺の町や集落に逃げ出していると、シリルは語った。
「ワロキエの状況は以上です。まあ、近い内に帝国、ファテノークに救援の打診が在る。とは思いますが、国王不在で覇権争いは避けられ無いでしょう。難民も大挙して押し寄せて来るのではないかと、考えます。
もう既に、このバルサザーにも船で難民が来てます。この港も先週から入港制限を始めています」
「実を言いますと…その情報自体、知ってまして……。かえってスイマセン。
その事と含めて今後、ワロキエの国内の争いで発生する難民の受け入れの為、南ミュロ領にワロキエの難民野営地の設営と食料物質の確保を皇帝陛下より厳命承っています。これから南ミュロ領の代官と設営規模、物資の搬入等々の詳細を詰める予定です。
それと治安維持の為、2~3日中に国軍がバルサザーとその周辺の漁村に到着予定に成ってます。暫く混乱が続くと思いますが…」
「アンリエット様は、皇帝陛下への報告とかで、ある程度の情報が、あったんですね」
「そうですケド、ワロキエの物価とかの情報が聞けて助かります。何れ、ファテノークにも難民の受け入れが必要に成るでしょうから、食品とか物質の持ち出しの参考に成ります。ハハ…」
(物資の持ち出しなら、物価関係無いですアンリエット様。変な気を使わなくても…)
等と思う商人シリルであった。
◇◇◇
旧ミュロ王国北部。その後、色々あって今は『ヴァレリー大公領、アンリエット領』である。
代官アンリエット=シルヴァーヌ・ド・ファテノーク伯爵の治める領地で、主な産業は農業。
ルイ皇太子の治める『ヴァレリー公爵領』とは違い今迄誰も見向きもしなかった『トウモロコシ』『米』『大豆』等と言った穀物の他に『じゃがいも』等の芋類を生産している。
では、東のサトウ山脈で、産出される代表的な物は……
と言う内容の試験問題を入れたのは、エミール先生だった様だ。
ヴィクトリアのときの入学選考試験問題の一つだ。
さて、今年の入試の問題は、どんな問題が出るのか、不安なのは、試験を受ける子ども達だ。
その入学希望者は、500名弱。定員120名の凡そ四倍。
昨年の奇策、帝都ブレの旧アデリーヌ学園、現ヴァレリー学園に押し込む。と言うのを今年は出来ないのだ。
だが、そこは抜かり無く『二次募集』と言う制度を作った。ヴァレリー学園が……。
アンリエット達生徒会は、入試の試験官としての役割があったのだが、あまりにも有名人過ぎて試験どころでは無くなってしまう。
やらせられないのである。
毎年、生徒会メンバーだけでは賄いきれないので試験官の募集を上級生(三年と四年生)にかけている。
勿論、お小遣い程度の賃金は出るので応募者が多数いたのだ。
だが、応募者の中に入っては成らない人物がいた。
平常運転ジュリエットである。
その日の内にサラサ先生に拳骨を喰らっていた。
合格者発表の8月6日を前に合格者の人数の絞り混みにアデリーヌ学園の教職員は、苦慮していた。
今年度最下位である135位合格者の点数を合否線の基準にすると、来年度入学者数は127名前後と成る。
ここで少々、問題が起こる。
「あくまでも定員は守るべき派」と「優秀なら入学させるべき派」の教員の対立だ。
結論の出ないまま翌日持ち越しと成るところで、学園長は言った。
「教員数と予算上の兼ね合いもそうですが、何よりここは『帝立』アデリーヌ学園なのです。国の意向を伺う必要があります。ですが、学園長権限と言う物もあります。
そこで、私の考えで、合格者の線引きを行います。合否線上の五人、入れます。従って合格者は128名。決定です。そして来年度…、再来年度ですか、の定員を現在の120名5組を145名、6組にします」
話し合いが持ち越され無くて「ホッ」っとするエミール先生であった。
アデリーヌ学園に併設されている領主館でアンリエット達は待っていた。
そのまま帝都へエミールを『転移』する為だ。
「アンリさん待たせました。ルシールも待ったかい?皆さんもお待たせしました。では行きましょう」
7月35日の午後8時の出来事であった。
◇◇◇
翌朝早くに起きたアンリエット。
去年迄使っていたベッドだが落ち着かない。
(やっぱり領主館の居室のが良いのかな?)
と考えていると、庭先が少々賑やか。覗いて見ると、ヴィクトリアが、一人『亜法』の鍛練を行っている。
「ぼおおーっ」っと炎が上がった。
(ええーっ、何?今燃えた?可燃物あった?何か凄い。って昨夜、ヴィクトリアとナデージュも泊ったんだった)
アンリエット達は帝都ブレのファテノーク邸にいる。今年は7月中、『明月教会』関係の事件で、故国へ里帰りはしていない。
お陰で今年はエミール先生の誕生パーティーに参加出来るのだ。しかし、事件が無くとも出席なのだ。
(婚約披露宴も兼ねていると…)
パーティー事態は、夕方から始まるが、『主賓』と成ったアンリエットは朝から登城である。
「お早う御座います。姫様」
「おはようジーンさん」
「………あ、いえ。ではお召し替えを」
「ジーンさん?ジーンさんらしくもないです。言わなければ成らない事が在るなら、言いなさいっ!」
少し『らしく無い』のは、アンリエットも、であったが……。
「はい。私はもう十年アンリエット姫様にお仕えしております。主人と従者の距離感が、まっこと恥ずかしながら掴めません。
例えば、フェリシエンヌ様とマリエの関係、友人の様であり姉妹の様に振る舞っています。
従属する者としてマリエ振る舞いには、問題があると思いますが、フェリシエンヌ様は楽しそうです。
では。……と考えてしまうのです。ジーン・イヴェールは主人アンリエットと、どの様な主従関係を望むのか。と…」
「あたし自身、よく分からない。今の関係が主従のそれだと言うのなら、そう何だと思う。あたしは母を知ってるけど、お母様は女王で、ある意味母親としてはぞんざいな人だったと思う。
だからじゃ無いケド、ジーンさんを母親だって思って接して居るのだと思う。だって、時にはあたしを立てて、間違えば叱って、知らなければ教えてくれる。寂しい時はいっしょに居てくれる。母親ってそうなんでしょ?」
(ああー、この娘は私に自分の思い描く母親を重ねていたのだ。何故かストンと収まるところに収まった気がするよ)
「……それに、ジーンさん、いろいろ便利だし」
「アンリエット様、お話し合いと言う名のお説教が必要ですね?お召し替えの後、少々お時間を頂きます」
そんな訳で、帝都のファテノーク邸には、本来の主人が滞在中であった。
「おおー我が愛し子アンリエットよ!父はおはようの包容を所望する。
さて、アッくん出番であるぞ」
「御意。サーチ!身長156。………75。旦那様、まっこと残念なお知らせです。75。停滞です」
「止めろおおおーーーっ」
アンリエット渾身の飛び蹴りを軽々躱す国王代行の従者アレクセイ。
アレクセイはアンリエットのドロップキックの勢いを殺さず、空中でアンリエットの胴部分を持ち、国王代行ライアンに向かって投げた。
当然、父ライアンはアンリエットを抱き留め、「スリスリスリスリッ」っと頬擦りを敢行した。
但し、彼の中では『敢行』では無く、『慣行』らしいのだが……。
「痛い痛い痛い。髭、髭痛い。止めてお父様、止め……。止めろおおおー、……お父様、お願い」
「ムッ。アンリエットの『お願い』頂いたっ」
父ライアンの抱擁から解放され、「ゼイゼイ」と息の荒いアンリエットにライアンは、「残念な事に…」と話し始めた。
「非常に残念な事に、アンリエットのドレスを父は用意する事、叶わなんだ。だが、アッくん」
「はっ。今回のパーティー、姫様のドレスは皇帝陛下が用意するとの旨。従って、姫様の前回冬期休暇時の身体データを書簡にてブレ城皇宮に送ってあります。御安心召され」
「さっすが、アッくん」
「当然で、あります」
父親と従者アレクセイのやり取りをアンリエットは、(こう言うのって、和むよね)と思ってしまうのである。
「バカな父共はほっといて、行きましょう姫様。午前中のうちに着付け等を済ませなければ成りませんので、これからブレ城へ向かいます。皆様は、昼過ぎからですから、お間違えの無い様。では、参ります姫様」
こうして、ジーンと伴にブレ城へ向かうアンリエットであった。




