第86話 動物園の河馬。
航海士のウスターシュとの航海日程の打ち合わせを終え、アンリエット達はラ・フォーレ号からアニエスの母国『神国ルナール』へ跳んだ。
「アニエスただいま帰ったのじゃ。母上は変わらずご健勝の様でなによりじゃの」
「うむ、アニエスも息災じゃった様子じゃのう。して『明月教会』の調査はどうじゃった?」
捕らえた五人も大して重要な情報も持っておらず、『明月教会』の大本が大陸東の国であると言う『憶測』であり、結局のところ、真相は解らず。と言った、収穫の無い内容をアニエスは語った。
「まあ、そんな物じゃろうて。それとアンリエットよ。ナデージュから伝言じゃ。……ワッチは主等の掲示板では無いと言うに!兎に角、伝言じゃ『今晩もう一度ここに跳ぶので、待っているように』と言う事じゃ。と言うたとたん、来た様じゃ」
見ると謁見の間に入って来る人、ナデージュだった。
「やあ皆、久し振り。ええと、女皇陛下、アンリエットを借ります。あーエミール先生も一緒に。シズガミの里経由で、『アデリーヌ学園』へ行きます」
「あ!入学選考試験ですね?僕、すっかり忘れてました」
((本当は忘れて等いなかった癖に!))
アンドレとイヴァンは心の中で思うのであった。
学園長とエミールをアデリーヌ学園に送り届けたアンリエットは、『シズガミの里』で休憩した。
夕食を振る舞われたのだ。
「リュンヌの『カライ』も美味しかったけど、このごはんも中々美味しいね」
「これ、トウモロコシのパンですの!『アンリパン』とは違う作り方で、石灰を使って…」
等々、色々な調理法を嬉々として語る子爵令嬢『ジュリエット・ド・テター』であった。
アンリエットは思った。
(本当、ジュリは今後、どんな女性に成るんだろう?武芸を極めて行くのか。はたまた学問で身を立てるのか。それとも領地経営に凄い興味を持っているから、為政者を目指すのか………。
まあ、ジュリエットだし、料理人?……には納まら無いよねっ)
「食事が終わったら、シズガミの族長様がお会いしたいと仰ってましたわ」
そこに三人の女性がジュリエットの側に寄ってきた。
彼女達はアンリエットを見て、目を見開き、驚いた様子だった。
「お客人、食事は如何で……おおっ、久しいなローズ=マリー」
「サロメ、彼女は、彼女であるはずは無かろう?」
「そうだサロメ。彼女がローズ=マリーであるなら、それこそ我等の存在の根幹が揺らぐのだぞ」
「あのう、ええっと、あたしはアンリエットと申します。この様に座ったままでの挨拶をお許し下さい。ローズ=マリーって?」
「キョトン」として居るアンリエットにサロメと呼ばれた女性が言う。
「知らんのか?『ローズ=マリー=シルヴァーヌ・ド・ファテノーク』ぞ?……とは言えもう300年は立つのだな。知る方が稀有よな」
「その方、あたしの御先祖?王家の系譜は、何度か見た事はありますが……居た様な気もします。ローズ=マリー……。『シルヴァーヌ七世』だったかしら?」
「何世かは忘れたが……。ローズ=マリーは、ソナタの様な銀髪でな、否、もう少し赤みがかっておってなー」
「『赤みがかっていてローズ=マリーとか笑わせる。赤黒髪の何処が、赤いバラかよ』とか良く言っておった。善き友人だ」
「彼女の先達、あ、いや先代な。その先代が彼女等に取って長生きでなぁー。ローズ=マリーは結構頻繁に旅しておったわ。自由奔放な我が友」
「ローズ=マリー自身の統治が短かったのであろう。記録も少ない筈よな。我等は同い年だった。互いに異なる時間を生きる身だ」
「ヨシノよ。だがこうして彼女の血は脈々と受け継がれ……」
「だが、自由奔放勝手気ままなローズ=マリーは子を成さ無かったではないか、サロメよ」
「そうおだった!ならば、ここなアンリエットは、何処の血だ?」
「ええええっ!王家断絶の事実ですかぁ!?」
ファテノーク王家の断絶の事実等無いのだある。
「ローズ=マリーには年下の同胞が幾人かおると聞いたぞ?」
「「おお、そうおだったっ!」」
食事を終えたアンリエットに三人が自己紹介をした。
サロメ、ヨシノ、イチョウと名乗り、アンリエットもきちんと名乗った。
「やはりソナタは『銀の系譜』であったか。ローズ=マリーのヤツ、あんなに男漁りをしておって、子を成さぬとは……」
「な、なんて不潔なのですの!?」
「ジュリエットよ。お前も自慰位行うであろう?」
「わ、わた、わた、わたくし、その様な行為等……」
「恋愛とは、そう言う物ぞ?気持ち良い事と好きな異性。切り離せぬのだ。『気持ち良い』の無い恋愛は無い。ジュリエットよ、大いに励め!」
「何を励むのですのぉぉぉ!!?」
「そう言えばサロメ。ノブユキ殿が来ておるが……」
言われたサロメの頬に赤みが差す。
(あー、サロメさんって学園長が好きなのね。赤く成って可愛い……。300歳越えのおばあさまに可愛いは無い。ババアが恥じらい………)
アンリエット思考様式へ移行。固まる。
「サロメは、ここでは外様でな。15か16歳の時、ローズ=マリーと『ヨルド』からシズガミに来たのだ。ヨルドに居た時から族長の息子ノブユキを慕っておった様だ。今宵は伽のチャーンスぞ!サロメっ」
残念ながら、サロメにその機会の訪れぬ事が、起動したアンリエットによりもたらされたのだった。
そしてジュリエットは、呟くのだった。
「わたくし、自慰とか知りません。自慰とか知りません知りません」
『シズガミの里』の族長マサカズとの会談で、アンリエット自身、非常に危機的な状況にある事を知った。
『明月』は現在『青月』に在る。『青月』が見える限り、明月の『精神攻撃』が何時でも可能であると言う事だ。
『青月』の公転周期に関係無く、一日の半分は全天的に攻撃可能なのだ。何せ空に在るのだから……。
「気を付けよアンリエット姫。補助無しの『瞬間移動』が出来る今、『明月』と人種の呼ぶあやつに取って、どんな事をしてでもお前を得たいと考えているのだ。心せよだよ?」
◇◇◇
「うっわあああーー!大きい猫ぉー可愛い」
「看板の説明を読まぬかアンリエットよ。あれは『豹』と言っての、ネコの近縁ではあるが、肉食の獰猛な……って聞いておらぬ様じゃ」
7月19日、アニエスはアンリエットに約束した『動物園』へ案内していた。
『動物園』は、一般に公開された神国臣民の娯楽の一つでもあり、飼育員等は、子ども達の成りたい職業の一つ。…尤も貴族の三男以下や農家の二男以下の子どもの逃げ込む場所と言う側面も在るのだが……。
兎に角、娯楽ではあるが、運営費は掛かる訳で、入園料は高い筈なのだが、一律二割の入園料で入れるのである。但し、貴族皇族は正規の料金なので、一部貴族等には、『臣民割り引き、貴族高上げ』と揶揄されている。
と言う話しをアニエスは言った。
「だがの、貴族は面倒臭い輩での、影で文句は言うが見栄の為、奮発するのじゃ。入園料の他に寄付金も置いて行く。まあ寄付が慣例に成ってしまってのう……。全く笑ってしまうわ」
そう言う世界じゃ。とアニエスは、話しを締め括った。
動物園は、その種類毎に一つの敷地を占有している為、かなり広い様だ。
さっき見た『キリン』等、群れを成して広い敷地内を移動しているのだ。
「魔獣の『タラスコン』見たいね?ええーと『ワニ』って言うんだ」
「食べらますの?」
「寧ろ妾達が食べられるのう」
「あれでも、鳥ですの?」
「ペンギンじゃ。海に潜って魚を漁るのじゃ」
「脂身が多そうですの!」
「ジュリエットよ。動物園の動物は基本、食べてはダメじゃ」
ジュリエットは、基本的にジュリエットだった。
先にも触れた様に動物園は広い。徒歩で見て廻れる所では無い。
その為、馬車が運行されている。園内を巡回馬車で廻るので、好きなところから、と言う訳に行かず。目当ての『かば』が見れたのは、昼休憩の後だった。
「あれが、『かば』なの?」
「そうじゃアンリエットよ。よう似ておろ?『皇河馬獣』にのう」
「ええぇー似て無い。寧ろぉ、『爬虫類館』のカメの方がぁ、『ベヒモス』っぽいぃ?」
「だよね、フェー」
「いやいや、そっくりじゃろう、顔とか…」
「私も姫様と同じく、『カメ派』です」
「同じく、『カメ派』ッス」
「よう見るのじゃ。歩き方と言い、立ち姿と言い、妾は断然、『カバ派』じゃ!」
「あのー、『甲羅を着たカバ』とか『カバっぽいカメ』で良いと思いますよ」
「ヴィクトリアよ、問題はそこじゃ。当然妾は、『甲羅を着たカバ派』じゃ」
「『カバっぽいカメ』で、妥協しようと思ったのにっ。アニエス頑固過ぎっ!」
「その言葉、そっくり返すのじゃアンリエットよ」
不毛な言い争いは、続く。
「姉様方は 、彼の『皇河馬獣』をご覧に成られたのでしょう。私も見てみたいです。さぞや大きく立派な生き物なのでしょう」
「エカーズよ、大きかったのじゃ。咆哮も大迫力じゃったのう」
「エカルラトゥ=フレーズ殿下、巨大でした。成る程、上位の魔獣であろうとは感じました」
「寧ろ、獣や魔獣の突発的な大逃走が脅威だったんです。町の大半が瓦礫に成りましたのよ?」
「ジーン殿もヴィクトリア殿も羨ましいです。ああー見たい見てみたい」
「エカちゃん、不謹慎です。皇女でしょう」
「そうは言うけど…もうジャンヌの意地悪っ」
静かに『かば』を見ていたアンリエット。
「でも、程無く着ます。『ベヒモス』」
え?それはどう言う意味?
皆の顔がそう言っていた。
「あたしが、この国に行くように言ったから」
「何故じゃ?」
「あたしを見て、亀さんが言ったの。あ、亀さんってのは『ベヒモス』の名前ね。
その亀さんを昔、苛めたのが、あたしの様な姿の人種だって言う。だけどね亀さんの知ってる人種は、頭に三角の耳があって、尻尾の在るのだって言ううんで、狐人族だと思ったの。だから、この国の場所を教えた。って訳」
何してくれてんのじゃあああぁぁぁーーー!!!
夕焼けの空に雄叫びが響いた。
『皇河馬獣』体長75m、体高42m。体重は何トンだろうか。
「お主、妾達の神国を滅ぼすつもりか?」
「あのベヒモス、優しいんだよー」
「でも姫様、ベヒモス自身は優しくても最上位の魔獣です。回りの魔獣からすると、畏怖される存在です。当然ですが、突発的な大逃走が起こります。つまり、町や畑。国土が荒らされます」
一切合切、考えが至らなかった。
今更ながら、反省するアンリエットの精一杯考えて言ったのは、「ベヒモスの亀さん来たら知らせて下さい」と言う言葉だった。
「閑話休題と言う訳じゃぁ無いけどぉ、ここの動物園の動物って、殆んどぉ見た事の無いのばかりよねぇ」
「それはそうじゃ。この動物園の動物はの、400年前にノブユキ様とその弟子が、再構築した物の子孫じゃからの。自然界に何れ戻すのが目的じゃ。と言う話であったの」
「再構築?」
「文字通り、再構築じゃ。元々の物をここで構築した動物が、この動物園なのじゃ」
「姉様、姉様」
「何じゃ?エカーズ」
「姉様、第三級秘匿事項です」
「…あー。ヤってもうたのじゃあぁー」
青い顔のアニエスは、冷たい汗を掻き、「ヤバいのじゃー」と呟いていた。
「その第三級秘匿事項とは、何ですか?」
「ルシールも皇族じゃったのう。ならば知っておるかも知れぬが、皇族には民を統べるべき責務が在る。当然じゃが、国の根幹に係る物事を知らねば成らぬ。
だが、中には民を、それこそ国を揺るがし混乱に陥れる事柄もあろう。そう言う物事を段階を踏んで皇族は、知って行くし、国の中枢の臣下も役職によって知らねば成らぬ。
件の『第三級秘匿事項』と言うのは、皇族と大臣から開示される情報。と言う訳じゃ」
何故か頭を抱えているエカルラトゥ=フレーズ・アマガミ殿下。
「姉様、その辺は 、第四級秘匿事項です。臣民にも、ましてや諸外国の王族皇族方に大っぴらに言っちゃって良い訳ゃねーです」
「あー、どーしたものかのー」
だが、それでも次期女皇アニエス。かなり良い考えが閃いたのである。
閃いたのである。
「皆、よおーっく聞くのじゃ。本日妾の言った言葉は全て非公開じゃ!」
((今更、ダメだろう))
外国の皇女と王女は、そう思った。
すっかり日も沈み、皇宮に戻ると女皇イズモが会食の会場で、アンドレ・フォーレと話し込んでいる。
同席しているイヴァン・ド・ランベールに尋ねた。
「何でも、昨晩、話しをしていた『馬のいらない馬車』を昼間、実際に、見せて頂いて、そしたらアンドレのやつが、言うんです…」
「帆も櫂もいらない船が作れる。って言ったんですよね。イヴァンさん」
「当たりだよ。アンリちゃんは、噂に違わぬ賢さ、だね。エミールが、良く言ってるよ。君の事」
「先生があたしの事、話し、良く……。キャッ。
ええーとぉー、アンドレさん財務官僚ですよね。彼なら税収を儲け。と見るでしょ?国を儲けさせるには、国内でお金を回すより、外から持って来たいと、考えるでしょう。
なら、貿易です。より他所より良い条件で。より早く、確実な貿易相手が自分達である。そう言う事を考えると、帆走船は天候に左右され、ガレー船は大人数。だから船自身が動ける船が欲しいんですね」
「成る程ねえ。俺、アンリエット姫に、師事、しようかなー。なんて、ね」
そうして、アンリエットは、アンドレと女皇イズモの雑談に割り込み言った。
「我がファテノーク王家は、その内燃機関船の技術提供の用意がありますが、如何?」
◇◇◇
「アンリエットさんにも困ったものです。まさか間に合うとか……。はああー」
「学園長、明日なんですよ入学試験。準備不足の殆んどは、決裁待ちの書類だったんですから!やっと決裁降りての準備です。徹夜に成らない様、しゃきしゃき頑張って下さい!」
「随分、偉く成りましたねロザリー先生。貴女、本当に前の職場で苛められてたのですか?」
「学園長、喋ってないで、ちゃんとチェックして下さい。僕も早く休みたいんですからー」
「エミール君迄、偉そうです。あ、偉くて良いのですかねロリコン皇子?」




