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黒銀の王女の物語。  作者: 潤ナナ
第三章。
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第85話 神国と砂漠と海辺の小国。其の14。皇河馬獣。




 アンリエット、フェリシエンヌ、ジーン、マリエ。

 四人は半島南端の町『南町』から北西に向かって歩いていた。

 目標である『ベヒモス』は、はっきり言って探さなくても見えている。あの小山だ。


 小山の高さは40メートル程。丸い大きな顔、短い四肢、背中には『甲羅』。誰が見ても甲羅。やはり『亀』である。

 それが、『皇河馬獣(ベヒモス)』だった。

ふぅおおおおおおおおおおおおおおおぉぉー。。。

(嫌だ嫌だ。もう嫌だ!あたま、痛いの嫌だあー)


 ベヒモスの咆哮と同時に、フェリシエンヌは、激しい頭痛を覚え頭を抑えていた。ジーンとマリエは、身構えて、攻撃に備えている。


「ねえ、聞こえた?『頭痛い』って?」

「いいえ、聞こえませんでした姫様」

「アチシも聞こえねえッス。嬢タン、大丈夫ッスか?」

「私、あの咆哮聞く度、頭割れそうに成るぅ」



 咆哮と共に頭に響いて来る言葉。

(これは、言葉?じゃ無い。言葉じゃ無くて気持ち?ベヒモスの心だ。心が聞こえてたんだ)

 アンリエットは、思考する。

(どうしたら心に対し会話をするか…。)

 アンリエットは、試行を決断した。


「フェー。フェリシエンヌお願い。何かあったら、あたしを探して。絶対見つけてね。じゃあ『異層』にあの大きな亀と行ってくる。あたしの身体、守って待っててねっ」

 7月18日早朝の事だった。



◇◇◇

 7月15日の夜、神国ルナールでアンリエットの報告書を預かった『ヨルドの森』族長ナデージュ。

 翌朝、『シズガミの里』へ戻ると、ヴァレリー帝国皇女ルシールを伴い、帝都ブレへと『転移』した。


 皇帝陛下との謁見に際し、先触れ(など)不要。と言う訳にはいかないのだが、謁見の申し込みや順番待ち等不要と言う訳でも無いのだが、そこは「それはそれ、これはこれ」と言う感じに謁見の間への控えの間で、二人は暫し寛いだ。


「なあルシー、私って陛下とお話しするの初めてなんだけど…何か注意する事とかってあったら教えて欲しいんだ」

「いつも通りのナディーさんで平気ですよ?……。多分」

「最後の『多分』ってのが気にな…」

 唐突に謁見の間に通じる扉が開かれ、二人の名が高らかに告げられてしまった。

 ナデージュはルシールに付いて謁見の間の赤いフワフワな絨毯を歩き、ルシールに習って片膝を付き、下を向いた。


「ルシールよ暫くであったな」

「はい。ご無沙汰しておりました」

「して、其方がヨルドの森族長殿であったか。ナデージュ殿」

「はい。ヨルドの森族長フェルディナンの子ナデージュです。以後、お見知り置きを」

「そう畏まら無くとも良い。それに顔を上げてくれねば、其方の顔を覚えられぬわ」

「はい」

 そう言ってナデージュは顔を上げた。


「報告書の通り、アンリエット殿が一方的に『明月教会』に狙われ、結果この自体に成った。と言う事で間違いは無いのだな?ルシールよ」

「その通りです。ですが、ワロキエ王国の崩壊、大公を詐称した『ダキア大公国』崩壊。間接、直接的にそれを行った『明月教会』の魔物を使った行為は許される物ではありません」


「だが、アンリエット姫がいなければ、そもそもこの様な事態には成らなかったのではないか!?」

「そうだ、あの田舎娘がいなければ」


「黙れっ、痴れ者共。ならば問う。貴殿等が2~3人いなければ、帝国の出費も少しは押さえられよう。そう、新しく開墾出来る土地が増え、幾人かの新しい貴族が誕生したかもな?

 そして、その新しい貴族が言うだろう。『この土地も地位もあるのは、あの傲慢な貴族共が十年前に失脚したからだ』と……。同じ論法よ」

「くっ、第二皇女の分際でぇー」

「娘の父である皇帝の前で言うかタルデュー侯爵。随分と不敬だな。衛兵」

「「「ハッ!」」」

 タルデュー侯爵は退場した。


「皇帝陛下、直接言葉を交わす事を……あっもう交わしてた…………どど、どうしよう」

「陛下、ナデージュ族長から直訴したき事がある様です」

「許す。申せ族長ナデージュ」

「ありがとうルシー。ええと、古の時代より長命種の一族、と言うより。長命種の使命の一つとして伝えられて来たこの事態。この事は予想されていました。

 世に混乱を及ぼすであろう伝承に付いて、現時点で開示出来る事では無いのですが、陛下個人には知って頂きたい事を400余年の生を続けている前族長の子息、ノブユキ殿から書簡を預り持ちてございます」

 宰相にノブユキの書簡を渡すナデージュ。


「今、見ても?」

「いいえ、陛下。余人の入らぬ所でお読み下さい」

「ウム。大義であった。ルシール、ナデージュよ。この後、昼の予定はあるか?」


 この後、ルシール達は皇帝と三人の会食と成った。

 ナデージュはこの時、皇帝の執務室隣の衛兵の控室への『転移』許可を貰う。

 ノブユキの手紙の解説が必要と成る事を見越した陛下の提案だったのだ。


「じゃあルシー、私はシズガミの里へ行くけど」

「私も当然行きます。ところでさっきの書簡。内容は教えてくれないのよね?」

「ああ、こればっかりは教えられない。結構、掟とか決まりとか。色々と縛りがあるんだ。だけどねルシール殿下、貴女が望むと望まぬと、何れ知りたく無いと言っても知る時が来る。覚悟だけはしておいて下さい。

 じゃ、跳ぶねっ」



 シズガミの里。とある調理場では、里の女性達がジュリエットの相手をしていた。

「香草や香辛料の種類が多くて嬉しいですわぁ」

「人のお子は、覚えが早くて良い。お前は筋が良い」

「うむ、手際も良いぞ?どこで習うた?」

「人のお子は、女親とも一緒に暮らすものぞ」

「わたくしの母…女親は料理等出来ませんの。ですから独学。見よう見真似ですわ」

「まだ、齢13と聞いたが、やはり人のお子は、覚えるのが上手いのだな」

 それからの二日間、ジュリエットは調理に便利な『亜法』を教わり、香辛料と香草の使い方を習い。それらの種を別けて貰い感涙に頬を濡らすのであった。

 ジュリエットは何処に居てもジュリエットであった。


 この『シズガミの里』滞在中の三日間に神国ルナールの第二皇女エカルラトゥ=フレーズ・アマガミの失踪事件があったのだが、この話は何れかの機会に語る事があるであろう。



◇◇◇

 アンリエットの身体を膝に抱いているジーン。

 アンリエットの身体は温かく、心臓の鼓動も規則正しい。

 只、目を覚まさないのだ。

 目前に迫る『皇河馬獣(ベヒモス)』もアンリエットが眠るのと同時に動かなく成った。


 微動だにせず。既に一時間、沈黙している。

 フェリシエンヌは只、アンリエットを見ていた。マリエも同様に只、見詰めていた。


(こんにちは…じゃあ無い。おはよう亀さん。亀さんじゃ無いのかな?ええーと、かばさん?じゃあ『ベヒモス』さん、かなぁ?)

 『異層』。アンリエットが言う、直ぐ隣の現実では無い現実の世界『アストラル界』。アンリエットが今いる世界だ。

 表現が悪いのだが、『ベヒモス』もアンリエットがアストラル体だけを拐って、この異層に移したのだ。


(あたま、痛い、治った。あたま、痛い、治った)

(そう、良かった。心配したの。いきなり起こされたのだからアナタ…)

(そう、ずっと、寝てた。これからも、寝たい)

(出来るだけ、そう出来る様にあたし頑張るから、邪魔するやつを黙らせるから…ってか、会話に成ってる?亀さんの独白じゃあ無いの?)

(大丈夫、聞いてる。邪魔するやつ、誰?)

(明月って人?物?月?……兎に角、明月ってやつ。あいつ、空の上に居るから、手が出せない。だけど、黙らせる方法を考える。

 だから時間が掛かるけど、待っててくれる?)

(待ってる。時間掛かる?でも、時間、なんて、あっという間。前も、同じに、痛かった。暴れた。どうしよう?)

(そうね。んー。海は?浮かんでられる?泳げる?)

(海。大丈夫。どの海、行く、良い?)

(東かなぁ。お日さまが出てくる方よ?)

(海、お日さま出る方、行く)

(ねえ、アナタお名前は?あたしアンリエット)

(アンリエット。名前、知らない。人の子アンリエット、呼び方?)

(じゃあー、『亀』。あたしアナタを亀さんって呼ぶ!)

(我、亀さん。人の子アンリエット。我は亀さんだ!!!)

 嬉しそうな『ベヒモス』亀さん。

 名前を付けたとたんに知能でも上がったのだろうか。滑舌の良く成る、ベヒモス。

 否、心のやり取りに滑舌は関係無い。はず。


(人の子アンリエットよ。我、亀さんが眠りから覚め、見た人の子の姿は変わった様だ。頭の上にある三角の耳と、尻尾は失くしたのか?

 我亀さんを苦しめた人の子は、アンリエットと似た姿であった。記憶にある)

(亀さんの言う尻尾のある人種(ひとしゅ)は東の海を北へ行ったところに住んでるよ。

 もし、亀さんを苦しめた人があたしと同じ姿なら、あたし達の祖先だわね。謝るね)

(何、我亀さんを苦しめた人の子は、人の子アンリエットでは無いのだろう?謝る必要は無い。

 では、我亀さん戻るか)

 そう言うと、異層に居た『ベヒモス』は霧散した。自分で異層から表層へ移ったのだろう。


 アンリエットは………。




「ジーン、『ベヒモス』動き出したッス」

 ベヒモスは身体を東に向け動き出した。

 フェリシエンヌには、ベヒモスが一瞥してから動き出した様な気がした。


 ゆっくりと小山の様なベヒモスは、海に入って行く。

 そして、顔を出して器用に泳いでいる。

 やがてその姿は見えなく成った。


 アンリエットは未だ、目覚め無い。ジーンは、「姫様っ、姫様っ」と呼び掛ける。

 頬を叩くが、目覚める事は無かった。


 フェリシエンヌは、アンリエットの気配を感じた。

 ベヒモスの居た場所。ベヒモスの顔のあった場所にフェリシエンヌは走った。


(アンリちゃんは、ここに居る!)

 フェリシエンヌは立ち止まり、囁く。

「アンリちゃん、私の声に付いて来て。アンリちゃん帰ろう」

 ゆっくりと、「アンリちゃん、コッチ。そっちじゃ無いの、コッチ」と言い、ジーンの側に着く。

「ここよアンリちゃん!」


 ゆっくり瞼を開け始めたアンリエットであったが、いきなり「クワアッ」っと目を開けた。

「いったあーーーいっ!!!痛い、頬っぺた痛い!ヒリヒリするうぅぅぅー」

 アンリエットはジーンの膝から飛び起き、頬を擦り、「何なのー何なのー」と騒ぐのであった。



◇◇◇

 『明月教会』と思われる残骸の下から圧死した教会関係者が見つかった。


 遺体は祭壇とおぼしき場所にあったが、そこには地下へ続く階段があった。

 おそらく仲間に遅れて逃げ込むところだったのだろう。

 ベルナールはヴィクトリアの両目を後ろから抑えて遺体を見せない様にしていた。


「私から降ります」

 老ジェラルドは剣を感じて前に構え降りて行く。

 イヴァンは「皇子なんだから、後ろだ。エミール」と言い後に続いた。

 アンドレにナルシス・ド・メルシェ将軍は、「若人(わこうど)は率先するものだ」と言いながら、イヴァンの後に続く様、促していた。


 しかし、地下の部屋に教会関係者は居なかったのである。



 アンリエット達が教会跡の皆に合流したのは、昼近くだった。

 教会の場所を聞いてはいたが、見渡す限り、瓦礫の町だったのだ。目印も 近くの建物の特徴も何もあったもんじゃ無い状態だったのだから仕方無い。


 全員集まり、教会跡で張っていれば、その内に関係者が戻って来るのではないか。皆、そう思い夜の帳が降りる迄、留まった。

 結局、誰一人教会関係者は現れず。何の収穫も無く、アンリエットの『転移』でラ・フォーレ号に戻るのだった。



 船に戻ってから、ジーンのお仕事が再開された。

ギィヤアアアアアァアァァーーーァァー…。

「答えます答えま…「まだ質問していません。続けます」…ええ?」

ギィヤアアアアアァアァァーーーァァー…。

「質問下さい。お願いです!」

 ジーンは仕事熱心である。


「恐ろしいのじゃ、怖いのじゃ」

 アニエスは、何時ものアニエスだった。


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