第84話 神国と砂漠と海辺の小国。其の13。突発的な大逃走。
「航路そのままあぁー」
「マジかぁ船長っ!」
泣きの入る航海士ウスターシュ。
ふぅおおおおおおおおおおおおおおおぉぉーっ
「うおおっ、スッゲー咆哮。おい、あれーがぁー『ベヒモス』かぁー?」
「知るかっ」
リュンヌで、連行した『闇市場』の幹部三人と下っぱ二人。尋ねるだけでは答え無い。
「しゃべんねーなぁー。…おーい、ジーンさん達連れて来てぇー!」
ギュスターグは水夫の一人に命じた。
甲板でアンリエットは、動く小山から丸く大きな頭が出ているのを見た。
「あの本の挿し絵の通り、やっぱり『亀』にしか見えない」
「『本の挿し絵』とは、神国で見たのかや?あの絵の通り『河馬』っぽいのう」
「『かば』ってどんな生き物なの?」
「今度、アンリエットに『動物園』を案内するのじゃ」
アニエスの言う『動物園』がどの様な物なのか、アンリエットの疑問は益々増えて行く。
ベヒモスの丸く大きな頭の口が大きく裂けた。
ふぅおおおおおおおおおおおおおおおぉぉー
――――――――――――――おおおぉぉーーー。
咆哮が木霊し、その足下で大小様々な動物や魔物達が逃げ惑う姿が見られた。同時に聞こえた声。
(あたま、割れるううぅ。あたま、痛いいいぃ)
「大丈夫なのアニエス?」
「何がじゃ?」
「だって今、『頭痛い』って……」
アニエスもだが、アンリエットの周りの者は皆、「言ってない。知らない」と言うのだった。
「お連れしヤしたー」
ジーン、マリエ、フェリシエンヌ、アンリエット、ヴィクトリア、アニエスはギュスターグ船長の所に来た。
ラ・フォーレ号の綺麗何処揃い組。ふと思うギュスターグ。
「(あんまり気にしなかったがぁー、ジーンさんって結構ぉー黒髪美人だぁーよなぁー。マリエさんも可愛い顔して…白黒真珠姫とか居んから、目立ってねぇーんだ)
マジ、別嬪だぁーなぁー」
「なんでしょうか?船長」
「ジ、ジーンさん!?あ、あ、コイツ等の尋問と言う名の拷問をお願いしたくー」
「了解です。…では、痛みに耐えられ無く成ったら質問します」
ギィヤアアアアアァアァァァァーーー…。
「答える答えるから、質問してえぇぇぇ!」
「船長お願いします」
「答えろよぉー。アレはぁー『ベヒモス』か?」
「ベヒモスじゃ、妾の国の者は大抵知っておるでな」
「って、アニエス姫ぇー、知ってるの?ジーンさんも知ってたーの?」
「はい、先程アニエス殿下に」
「拷問の意味は無い?」
「そう成りますね。では、次の方から本番ですか?行きます」
ギィヤアアアアアァアァァァァーーー…。
「さて、まだ大丈夫の様ですね?」
ギィヤアアアアアァアァァーーー…。
「痛い熱い答えるぅぅぅ後生だぁぁぁ」
ギィヤアアアアアァアァァーーー…。
「答えるって言ったのにぃぃぃ「答えるって言っもまだ、質問していません」」
ギィヤアアアアアァアァァーーーァァー…
「いったぁーい、質問して下さいぃぃぃ」
「どぉーやって起こしたんだぁー?『ベヒモス』」
「『明月』様が、その対象に合う『精神派』で直接心に呼び掛けてんだって話しだよううう痛いぅぅぅうえっうえっ。痛いよおおおおぅ」
「船長。見張りの野郎、伝声管で一報伝える直前、頭痛を訴えたんです。アンリエット姫はあまりの痛みに嘔吐したんですよね?
ひょっとしたら…」
「なんでぇー副長ぉー?」
「副長さんはぁ『精神派』と言う物が広範囲でぇ人にもぉ影響を与える力がぁあるのではないかぁ?ってぇ懸念してるんですぅ。まあ当たりです多分」
「そぉーなのフェーちゃん様ぁー」
「アンリちゃん、狙い打ちでぇ、三度目よぅ」
「完全にアンリエット様を捕縛するつもりですね。『明月教会』の教会の場所へ乗り込んで、こちらが教会幹部を捕らえて仕舞えば良いんですねフェー先輩!」
「全く持ってぇその通りぃ。ではぁ拷問の続きですぅジーンさん」
「了解です!」
「恐ろしいのじゃ、容赦無いのじゃ、怖過ぎなのじゃあ」
『南町』は半島南端の小さな出島であった。
半島とは石橋で繋がったほぼ円形の島だ。
島の北側は高さ15メートル程の市壁が半円状に建ち、島の東西迄、徐々に高さを下げながら続いている。半島からの魔物の進入を防ぐのが目的であろう。
その『南町』南に港がある。
入港するラ・フォーレ号から見た町の様子は、『大混乱』としか表し様の無い状態だった。
「港ぉーに接舷するの、無理っぽいですー。どぉーしますアンリ姫ちゃん?」
「ん。ラ・フォーレ号は、あたし達が戻る迄、ここで待ってて」
アンリエットの申し出に最初、難色を示したギュスターグなのだが、アンリエットは、頑固だった。
「ヤロー共ぉー!錨下ろせぇー!!!」
いかりーおろおーーせえぇぇーーー!
「オレぁー、ホントぉーはよー、姫ちゃん達の役に立ちたてぇーと思ってる。何も出来ねぇーからー姫ちゃんの帰る船としてここで待ってるさぁー」
アンリエットは、獣や魔獣の突発的な大逃走も始まっている。空を飛ぶ獣や魔獣もいる。だから、危なく成ったらラ・フォーレ号は逃げて欲しいと言った。
それから、「ありがとう船長さん」と言い、自分の身近な者。フェリシエンヌとジーン、マリエとで『転移』しようとしたのだが……。
「待って!」
ヴィクトリアが、甲板を走って来るのが見えた。不意に体当たりされたアンリエットは、「ぐはっ」っと後頭部から転倒し一瞬意識が飛んだ。
「私も行きます!」
と言うヴィクトリアの後ろにはベルナール、ジェラルドとナルシスも付いて行く気満々な様子だ。
「出遅れたな皇子様?」
アンドレが言う通り、エミールは苦笑していた。
「気持ちはありがとうなんだけど、『明月教会』の目的はあたし。あたしの問題に皆を巻き込みたく無いのっ」
「今更?」「もうとっくに巻き込まれてます」「我が主は、アンリエット様のみ」「臣下としてお供致します」
と口々に言うのであった。
「エミール、何か言う事、ないか?」
「イヴァン、今はいい…」
◇◇◇
半島最南端の町、『南町』は混乱の只中にあった。
「もう、北は持ち応えられへん!」「アカン!市壁、崩れ始めてますわ」「船やっ、早う船乗って逃げなあかん!」「港やー!港に走るンやー!」
人々は港に殺到していた。
町の住民であるシローの家、『ルブック雑貨店』は、町のやや北寄りの西地区にある。
父に言われシローは、荷物をまとめていた。
「おとん、売り上げ金の箱重ぉて、よぅ持てん」
「商売人やったら、そんなんゆうたらあきまへん!根性やっ!」
「商売人はおとんで、ボクはただの子どもやん!」
「急ぐでぇー。シロー早よう」
ォォォォゴゴゴォォォォォ、ゴドドドォーォォォーーーンン
地響きが鳴り、町の北側から大きな音が聞こえた。市壁が崩れたのだ。
市壁で押し潰される獣もいるが、それでもそれを上回る数の獣が大挙して押し寄せたのだ。忽ち、町の北側の家屋は潰され更地に成る。逃げる獣の上に逃げる獣が逃げ込む。
大型のヒグマや大型水牛、タラスコンと言う六本足のワニに似た魔獣が最初に押し寄せて来た。
「アカン、シロー店戻んでぇー」
「無茶苦茶や!……おとん!前!前やっ!」
シローの父ダイゴが前を向くと、そこには六本足の魔獣タラスコンが、居た。
手負いらしい。前足の一本が無くなっている。
手負いのタラスコンは、目の前の食事を無視出来無いらしく、ダイゴに向け突進した。
「おとぉーんっ!」
一瞬、シローの視界が暗転した。大きく口を開け、ダイゴに襲い掛かっていたはずのタラスコンは消えていた。
代わりに暗い銀色の髪の少女がタラスコンのいた場所に立っていた。
『転移』後、タラスコンを『異層』へ移したのだ。
「おじさま、お怪我はありませんか?」
ポカーンと口をだらしなく開けたダイゴ。だが、速効起動のダイゴ。
「おおきに。助けてくらはったん嬢ちゃんですやろ?ホンマおおきに」
「……??」
「アンリちゃん、『オオキニ』ってぇ、ありがとうって意味よぅ」
「あ、そうなんだぁ。じゃあ、おじさま、どういたしましてっ!」
シローは、驚いた。
黒銀色の髪の少女に続いて、白い…夜空を照らす『青月』の様な髪の少女が現れたのだ。
そして二人の顔はそっくりなのだが、シローの驚きは、その肌の色だった。
白陶磁器の様な真っ白なきめ細かい肌。生を受けてまだ十年、シロー少年が初めて見る肌の色だったのだ。
老戦士がへたり込んでいたシローの手を引き、立たせてくれた。
だが、シローは少女達を見詰めていた。
「教会を探すにしても、この状況ではどうにもなりますまい」
ナルシスに首肯するアンリエットであったが…。
「あの、おじさま『明月教会』の場所って知りませんか?」
「それやったら、東区北の………。あきまへん。ありまへんわ。とうに潰れてはります」
獣や魔獣の大逃走で、北から順に町は更地と化していたのだった。
今や魔獣の群れは、港をも蹂躙し始めていた。
「アンリちゃん、取り敢えずぅ、だけどぉ町、何とか出来ない?」
「んんー。エミール先生、矢を真上に放ったら何メートルの高さ迄飛びますか?」
「どの位だろう?僕も分からないけど、多分アンリさんの希望に添う事に成ると思うよ?ヴィクトリアさん協力お願い出来る?」
エミールは、少し大きめの矢尻の矢を出した。信号用の矢である。
ヴィクトリアは矢尻に手を翳す。「ボッ」っと言う音と共に矢尻から赤い煙が出た。
「アンリさん、行くよ!」
弓から放たれた矢は空高く赤い尾を引いて登って行く。
と、矢が弾けた。赤い大きな煙が空に咲いた。そしてアンリエットは消えた。
遅れて、「パアーン」と言う音が空から聞こえた。
『赤い煙』に跳んだアンリエット。転移して直ぐ落下に転ずるが、慌てず、目標の魔獣、獣を目で捕らえ順に『異層』へと送る。
そして、目標を定め転移。
「わあっ!」
よろけてエミールは尻餅を付いた。アンリエットを抱き抱えてだ。
「ただいま!大体、上手く出来たよ先生。でも、あまり大きくなかったり、目視出来なかった魔獣は残しちゃった」
「後は、町の住民が行う仕事です。アンリエット様、教会に向かいますか?」
「いいえ、あたしは、『ベヒモス』に向かいます。皆は、教会へ行って下さい」
「し、しかしそれでは御身が…」
「ナルシスさん、心配掛けますが、大丈夫。だと思います」
「私共は、姫様と参りますが、宜しいですね」
ジーンとマリエは、アンリエットと行くつもりだ。
「ヴィクトリアさん、僕達は、教会だよ?いいね」
「…はい、お兄様」
「エミール、どうすんだ?」
「アンドレ、気を使うな。僕は、教会へ行く。イヴァンもいいね」
「ところで、もう一人の姫様がおりませんが」
「え?ジェラルドさん誰の事。って、アニエスね。ちょっと待ってて―――――――――――」
10分近い時間、アンリエットは、戻らなかった。
その間、住民の父子、ダイゴとシローと話しをしたフェリシエンヌ達。
「……へえー、東の国と西方諸国相手の商売なあ。
ねえ。もし、分かれば、東で売れる商品とかって教えて欲しいんだけど?」
「西には、『時計』、これ定番です。東が欲しがるモンゆうたら、鉱物資源、石炭でんなぁ。嵩張るよって、えらい苦労してはるらしいですわ。東の商人」
感心するアンドレであった。しかし、この情報に何の裏付けも無い事は知らない。なんせ、ご教授するのはダイゴ、雑貨屋の主人なのだ。
「…なのじゃ、いやなのじゃ、怖いのじゃあー」
「貴女は、『蜂』から連なるこの案件の調査に来たルナールの名代なのでしょうアニエス?」
「じゃが怖いのじゃ恐ろしいのじゃ」
「いい加減にしなさいアニエス。貴女もあたしと同じ国を背負う人でしょ。そんな事でどうするの?国主が国難から目を逸らす、逃げる。困るのは貴女の臣民、民なのよ?」
「分かったのじゃ。頑張るのじゃ。妾こそ神国ルナールの皇女アニエスじゃ!怖るる事等何も無いのじゃ。と言う感じで良いかの?」
ラ・フォーレ号に転移してアンリエットは、アニエスを捕まえるのに苦労した。
一言、『苦労』で済ます程容易い捕獲劇で無かったのは、アンリエットの表情と、あまり聞いた事の無い彼女の苦言に現れていたのではないだろうか……。




