第7話 真珠、帝都防衛。その3。
◇◇◇
東門に着いたアンリエットとエミール皇子は、門兵に門を閉じるさる。
帝城に入り、事情を粗方説明し皇帝への謁見を求めた。
そして全ての門を閉める事、早馬を出して近隣に駐屯する領軍、国軍の騎兵を帝都に集めて貰うよう頼んだ。
勿論、必要な手続きは行っていない。事後承諾だ。
謁見の間に通される前、控えの間に通されるアンリエットとエミール。まあ、此れはどこの城でも同じなのだが…………。
控えの間に宰相が入って来た。急ぎと言う事は既に分かっているのだろう。何せ早朝に第四とは言え『皇子』を伴って来たのだから…………。
理解の良い宰相である事を祈るしか無い。『異層』の事は伏せて事態を話そう。混乱に拍車が掛かる。と考えるアンリエットである。
なので、「歩兵五千で30分掛からず東門と南門に到達する事と自分に秘策が有るのだ。」と言う事を伝えるに留めた。
そして、今から行う事について承諾して貰い、都軍一千は東門、国軍一千を南門側から敵を挟撃、近衛は全て城郭内部に展開を、と伝えた。そして、アンリエット自身は、エミール皇子の付き添いの元、東門の上の市壁へと登ったのだった。
◇◇◇
日が昇りきってしまった午前6時40分。アンリエットの目に写るのは揃いの鎧を着た凡そ五千の軍隊。
数人、騎兵もいた様だ。
勿論、それは『表層』『異層』が等しく見えているアンリエットの視界である。
「『生体』だけ戻します。じゃあ、――――――行きまーす!」
アンリエットの近くの帝都の兵士、下士官だろうか。が、「出るぞー!」と大声を上げた。すると、南門方向へ市壁の上の兵士が、伝言ゲームの様に順に、「出るぞー」「出るぞー」と叫んで行く。
国軍都軍の兵士達の目の前の景色が一瞬、暗転する。
そして、彼らは見た。素っ裸の男達を、何事が起こったのか解らなく混乱して立ち尽くしている男達であった。
◇◇◇
全裸男の群れ。
但し、アンリエットには男の群れの足元には沢山の鎧や 剣や盾、槍等も見えているのだが………。
五千対二千数百。普通に考えれば数的に帝都の兵が負ける。
だがどうだろう。防具も武器も服さえも着けていない五千人。対する二千人の武装兵だ。
国軍と近衛隊、警吏の混成部隊は南門から、都軍は東門から裸の軍隊を挟み込む形で迎えた。
時間は掛かるだろうが、負ける事は無いだろう。
おそらく全員無傷…、とはいかないだろうが、殆んど捕らえられるのは必須であろう。
◇◇◇
「現在、『全裸の男』4,891名拘束。内重傷者280名、死者14名。全員、身元を示す所持品無し。
逃亡者…。全裸で、全裸で東方へ逃亡している敵軍残党十数名、現在二個小隊が追っています。市壁内に逃亡した敵兵は確認出来ませんでした。国軍都軍に死傷者無し。
現在、帝都臣民には屋外へ出ない様に通達。後程、アンリエット嬢の能力で遺留品をそのう、『現世』へ戻す?様にと、戻す。と仰られております。報告は以上です」
謁見の間は、ファテノーク王国のお城とくらべ、広かった。プラティーヌ城より豪華な感じだ。
武官から状況報告が終わり、皇帝はアンリエットへ視線を移す。
「其方がファテノークの姫アンリエット、で、あるな?」
「はい」
「まぁ面を、上げてはくれまいか?」
ゆっくりと顔を上げたアンリエット。
「ほぉ母王によう似ておるな。ところで今後だが………。」
「はい、………私の従妹が間も無く戻って参ります。その後、街中の敵兵捜索に移りたい。と言うのも、先程申し上げた通り、私が直接目視しないと誰にも分からないものですので…………。」
そこに近衛が入って来て、宰相に何事が報告している様子。
アンリエットは開いた謁見の間の入り口を振り向くと、そこにフェリシエンヌが立っていた。
「其方の待ち人か?であろう。前に其処なエミールの(誕生)パーティーで見掛けておるしな。フム。ところで捜索にいか程の時間が必要か?」
「ワタクシが実際に目で捉えなければ、捕らえられません。その為、全ての街中の道を見て廻ります…。ですので4~5日程頂きたいと思います。」
あの軍隊は『ミュロ伯爵領』の領兵と言う事だ。
財政の苦しく成った『北ミュロ』の統治者、ミュロ伯爵の指示だった事は、複数の証言から得られた。
捕らえられた全裸の兵士達の尋問は、思った以上に進んでいる様だ。
「帝国に楯突く必要があるのだろうか?」と思うミュロ領軍の士官が数多く居たと言う事実と、アデリーヌ学園の卒業生が士官に幾人か居たからだ。
しかも、たかだか五千の規模で今回勝てたとしても、次は何万と言う国軍を持つ『ヴァレリー帝国』に勝てる道理が無いのだ。士気が下がる事はあっても上がる材料が無い。
後は、この『内乱』の首謀者『ミュロ伯爵』を捕らえて終わりである。
◇◇◇
アンリエットとフェリシエンヌが数日休んで全裸の兵士残党(異層に移っているミュロ領兵)を探している間、学園も休校に成っていた。
当たり前である。
潜伏した危険な兵士が居るかもしれない街に生徒を出す事など出来ないのだ。
当然だが、『遠足親睦会』も中止になった。
遠足が中止になってガッカリした生徒がいる一方で、喜ぶ子達も居たのだ。貴族の子女は良い。
何故なら集合場所迄、一人一台『馬車』なのだから………。
だが、平民の子は違う。集合場所迄『徒歩』なのだ。
寄宿舎の子は歩いて丘の下の厩に着くのは一時間と数分位だろう。街の子はそうはいかない。寄宿舎の生徒よりも更に歩くのだ。
自宅の場所によって違ってはくるのだが、三時間近く歩く生徒もいるのだ。
「不謹慎かもしれないけど遠足無くなって、マジ、助かったぜ」
自宅通学のロイクくんは心の底からそう思った。
◇◇◇
「アンリちゃん、居るぅ?」
「フェー。二人いた、もう存在が、消え掛かってる。表へ戻すよ。」
衰弱しきった全裸のミュロ兵二人が路上に現れた。
衛士が追随する荷馬車にミュロ兵を乗せた。
そのまま荷馬車は帝城に向かうのだ。
ミュロ兵の体力の回復を待ち、尋問する事に成るのであろう。
尤も既に得られる情報はもう十分なのだが……。
「アンリエット様、何故何も無い所に敵兵が現れるのですか?しかも全裸で。」
「何も無い訳ではないです。今、あたし達の居る所を仮に『表層』とすると、その隣り合わせにある異なる現実、と言うか精神世界が在るんです。そこを『異層』と呼んでいるんですが、あたしは兵隊さんをその『異層』に移しただけです。で、精神と肉体だけをこちら側、『表層』に戻した。と言う事です。」
アンリエットとフェリシエンヌは、ジーン、マリエ、それと帝都より借り受けた衛士四名の計6名で帝都中を回った。
フェリシエンヌが同行するのには理由があった。『異層』に移ると、アンリエットを見る事は誰にも出来ない。
勿論、フェリシエンヌも見る事は出来ない。見る事は出来ないのだが、分かるのだ。『異層』に移ったアンリエットの居る場所が何処であるか分かるのだ。
何となく分かるのだとフェリシエンヌは言う。
『表層』と『異層』の区別がつかないアンリエットが、迷子に成ら無い為の命綱、『現世』にアンリエットを留め置く|《錨アンカー》が、フェリシエンヌなのである。
そんな訳で市壁内、帝都の街に潜んで居るかもしれない残党兵の捜索を行うのであった。
14日は北東と東地区の路地を見て廻り、翌15日は南地区の東側、翌16日南地区の西、次の日は西区。と、時計回りに探索した。
帝都はその間、都民に対し外出禁止令を発布、同時に帝都の出入りも禁じた。
当然だが、帝都の商業活動は停滞を余儀無くされる。
商店主や商人にはいい迷惑である。
そんな中、特に15日16日の二日間は二人には初めての体験だったのだ。
二人が初めて見た帝都の『貧民街』だったのだ。本物の貧民街である。
アンリエットもフェリシエンヌもバカじゃない。知識はある。自国にも有る。
だが、帝都のそれはあまりにも自国と違っていた。
外で寝起きしているであろう大人達、自分達より年下の子も多く、ボロを着て外で寝起きして居るのだ。
そして何よりも、大人も子どもも虚ろな目付きであった。
時折、ジーンやマリエを見つめて、ズボンの中に手を入れ激しく動かす男も居た。アンリエットとフェリシエンヌを凝視して、同じ様な行為を行う男性が散見された。
小さな…、アンリエット達よりも年下であろう少女が、衛士を手招きしてスカートを捲り上げ、「お兄さん。あたし買ってよぉ。」と言って寄って来る事もあった。
「何かぁ力に成れないかなぁ」
「あたし達がやれる事には限界があるし多分、やってはいけないと思うの…。フェー、泣かないで…。あたしだって…」
二人共泣きながら残兵を探した。
だがアンリエットには更に衝撃的だった事があったのだ。
『異層』の住人が他所に比べ多いのだ。表も異層もボロを着た人間に溢れていたのだった。
「表層の人も『異層』の人…『魂』もボロボロなんだわ………。」
「私に出来る事って、何かないかなぁ?」
フェリシエンヌはそう呟くと俯き歩くアンリエットを見つめるのであった。
だからと言ってアンリエットとフェリシエンヌだけでこの場所に来て貧民街の住人を救う事は出来ない。
こう言った貧民街を訪れる行為は非常に危険なのだ。
今回、城の衛士に守られているから誰もアンリエット達を害そうとする輩が居ないだけなのだ。
もしもアンリエットとフェリシエンヌの二人でこの貧民街を訪れる事があったとすれば、間違い無く身ぐるみ剥がされていたであろうし、もっと酷い事に成ったであろう。
普通であれば、だが。
初めて見た現実に直面し、アンリエットとフェリシエンヌは戸惑うのであった。
だから、15、16日のアンリエットとフェリシエンヌは捜索の始めからずっと泣きっぱなしだった。嗚咽で時々中断しながらの捜索と成ったのである。
皮肉な事に、この二日間だけで22名の残兵を発見したのだ。
そんな中、中央地区の商店は外出禁止令が出ているにも関わらず店は営業していた。
人なんか来ないから、お店はどこも閑古鳥だ。
アンリエット達の事情を知っているであろうお店の人達は「大変ね」「頑張ってよ」「焦らずやんな」と声を掛けるのである。
「へえーあれが噂の『双子の真珠』ちゃんかい?」
「おう、そうさね。あっちの『黒真珠』ちゃんが敵兵を 殲滅したって話だ…………。
お、見ろ!」
ちょうど一人のミュロ兵がアンリエットの前に現れたところを見たのだ。「うわぁえげつねえぇ」衰弱しきった兵隊が全裸で路上に踞っているのだ。そう言う感想を持つのは至極当たり前であろう。
この捜索活動でアンリエットの不名誉な渾名が街に溢れかえる事と成るのをこの時、アンリエットには知る由もなかった。
◇◇◇
30名の残存兵を発見出来たのだが、17日に発見した兵士4名は既に死亡していた。
アンリエットは、これ以上探しても兵士が生存出来ないと考え、捜索を打ち切ると宣言した。
その日、城の謁見の間でアンリエットは皇帝陛下にこう言ったのである。
「まず『表層』つまりこちらの住人はあちらの『異層』に干渉出来ない。本来、干渉出来るのは『魂』だけです。仮に食べ物があっても手に取る事も出来ないでしょう。『異層』では普通の肉体を持つワタクシ達は、長く存在出来無いのです。」
「では捕らえずに放置で皆、死んだのだろう?お陰で物流は止まるわ、無駄な金も労力も出す事に成った。全く余計な事をしてくれたものだ。」
と言った文官に対してアンリエットは言う。
「黙れ痴れ者!貴卿は、この私が大量殺人を行う道具とするのかっ!ここは卿等の国であろう?他国の、しかも姫に対し無礼である。私を愚弄した卿、名を申せっ!!」
―――――謁見の間は静まり返った。
(やだもぉ、何これぇ、カッコいいぃぃぃーっぱねー!やっぱアンリちゃんはこうじゃなくっちゃ!もう好き過ぎて目眩がしちゃうぅ!)
後ろに控えるフェリシエンヌは、誰にも隠す事も無く、もうニッコニコな笑顔であった。
静寂の中、呟きが、謁見の間に静かに響いた。「この小娘が生意気なっ」忌々しげな言葉が、文官の声で響いたのだ。
アンリエットは玉座の皇帝を「キッ」と睨んだ。
「皇帝陛下、これはワタクシ及び、我が王国に対し越権であり、明らかに侮辱的な言動である。あたしは直ちに国元へ戻り、然る後、周辺諸国に其処な愚か者の皇宮への出入りを許す帝国の愚行を広く知ろしめるものぞっ!!」
「捕らえよ。」、皇帝は言った。
そして、憲兵二人が、凛と立つアンリエットの方へ歩き始め、先の文官はほくそ笑んだ。
「そちらでは無い!捕らえるのはアヤツだ」
と文官を指差す。
青くなった文官。「な、何故、私があー………」と言いながら引き摺り出されるのであった。
(っしまったー!ヤらかしたあああああーーーー!!!)
血の気が引き始めたアンリエットである。
「恥じを掻かせた。いや、恥じを掻いたのはこちらか…。許せ」
皇帝の一言でこの場は、納める事にした様である。
アンリエットだけでは無く謁見の間に居た全員が胸を撫で下ろしたのだった。
何故なら、あの『異層』とやらにこの身を移されたら数日後に表に戻された鎧や馬具の様な状態に成ってしまうからだ。
その鎧や馬具は、十数年?ひょっとすると数十年雨風に晒された様に錆び付き鞣し皮もボロボロだったのだ。
あの姫が怒りに任せ、謁見の間に居た自分達があの鎧の様になったかもしれないのだから…。
その後、謁見の間から退出したアンリエットとフェリシエンヌは帝都の屋敷に戻ったのだった。
皇家の馬車に揺られて………。




