第78話 神国と砂漠と海辺の小国。其の7。邂逅。
「………。先生?先生だ。先生、先生、先生!!!」
「姫様、一体どうされたのですか?」
「あそこ、あの船に先生が居るのっ―――――――――」
突然騒ぐアンリエットの姿が、「フッ」っと消えた。
7月8日の早朝。
アンリエット達は、燃えカスの町『ゲタエ』に『転移』したばかりだった。
アンリエットは、昨日中にファテノーク王国から騎兵を馬付きで100名。事務官と行政の出来る文官、更に使用人の教育係としてシルヴァーヌ城から三名の執事を運んで来たのだった。
元々の執事頭セザールは、賃金を誤魔化していたのが発覚。勿論、一緒に付いたジーンのお手柄だ。裏帳簿をセザールの目の動きで発見したのだ。
侍従頭フェルマンも厩番達の賃金を抜いていた。
即、解雇。暫く地下牢に入れておく事にした。
と言うのが、アンリエットの昨日の仕事だった。
因みに、すっかりアンリエットを怖がってしまった姫神子アニエスはにアンリエットは、言った。
「アニエスのミドルネーム、『エステル』って、あたしのお母様の名前なの。知ってるんでしょうアニエス。アニエスを見ると、あたし、胸のこの辺りが暖かく成る。だから、怖がられてると悲しいし、アニエスが大好きだからいっしょに居ようアニエス」
殺し文句であった。
フォーレ商会の武装商船『ラ・フォーレ号』の甲板上からゲタエの惨状を只、見ている事しか出来ない男達。エミール皇子とフォーレ商会の御曹司アンドレと小貴族の二男坊イヴァンの三人。
「全滅してんのな」
「アンドレ、声に出さなくても、そんなの、一目瞭然、ってヤツだ」
「あんな魔物に襲われただけなのに……。僕は……ん?」
突然、エミールの視界が真っ暗に成った。
「っせい、先生、先生、先生ぇぇぇ!!!」
エミールの首に抱きついた小さな身体。フワリと香る女の子特有の香り、「ギュッ」っと抱きついた暖かい身体を取り敢えず持ち上げ様とするエミールであったが、離れない。
「逢いたかったの逢いたかったの。あたし、先生が好きなの、大好きなの、先生、先生」
「分かった、分かったから。僕はね、君を探しに来たんだ。取り敢えず分かったから落ち着こう。ね、アンリエットさん?」
「嫌あー!離れない、離れない。もう絶対に」
エミールが宥めている間、友人二人は「何、ベタ惚れじゃん」「エミールの趣味って言うより黒銀姫の想い人って感じ?」とか無責任な事を言うのであった。が、騒ぎを聞き付けると人が集まるもので、船員の殆んどが、この帝国第四皇子の奇異な状況を楽しんで見ていた。
船員ギュスターグは、楽しく状況を見ていたが、一向に抱きついたまま、離れ様としないアンリエットに業を煮やした。
「おう、噂の『理不尽姫』さんよお、オレぁーの船で、好き勝手されっと、船長ギュスターグの権限で、下船願う事ん成るぜ?身分に関係無くだ。それが海に生きるオレぁーの掟だ!」
抱きついていたアンリエットの力が緩み、「スタッ」っと甲板に足を付いた。そして、顔をハンカチで拭うとギュスターグを向いて頭を下げた。
「ギュスターグ船長。貴方の大切な船に無断で乗船した事。更に船長閣下のお時間をワタクシの為に割かせた事、謝罪致します。既に行った事柄の謝罪等無意味と仰るのなら、どの様な罰でも受けさせて頂きたい」
「ぅええっ!?……(どうしたらいいの、この場合)」
と副長に向かってハンドサイン。
「船長。一言、『許す』で良くない?」
水夫、船員達が、一斉に笑った。
「こりゃあ一本取られたぜ船長ぉ」「やっぱ、理不尽だよなあ」「朝から、笑わせて貰ったぜ、ありがとよお」「最高な嫁だなあ」「しっかし、ホント、お人形さんみたいって表現。俺初めて分かったわー」
そこに『転移』して来たフェリシエンヌ達。厳つい男達のど真ん中に佇むアンリエットを見て驚いた。
と言うか、驚いたのは厳つい男共だった。
それは驚いた。綺麗な少女達が何も無い空から表れたのだから。つか、おっさん二人と青年もその中には居るのだが、人間とは不思議なもので、見たい物しか見えないものなのだ。
「どどどどうやってどうしてそこに居るのぉ?」
素っ頓狂な声を上げた船長ギュスターグであった。
落ち着いたギュスターグと水夫や船員に説明する狐人の姫神子アニエス。
「はあ」「へえー」とか言ったり、無言で感心する船員達。
そして、もうお決まりに成った「本物の『双子の真珠姫』だ!初めて見た」と言う声が、あっちこっちから上がるのだった。
「主等本当に有名なのだのう」
「そうよお、凄いでしょう」
「ヴィクトリアや、何故にお主が自慢気なのじゃ?」
「いろいろご迷惑もお掛けしましたので――――――――――――――。これお納めください」
一瞬消えたアンリエットが、羊を五匹連れて来た。
のだが、生き物なので、動く。甲板上を逃げまくり、結局、迷惑を掛けるアンリエットであった。
「最近、姫様のポンコツぶりに拍車が掛かっている気がします」
「ジーンよお、本来の姫さぁーってこれなんじゃないッスかね?」
「そうですねぇ。マリエの言う通りかも…」
「アンリエット様、可愛いんですけどぉ」
ヴィクトリアもそうとう壊れ掛けだな。と思った侍女二人であった。
さて、海の男達は魚を捌くのは得意だ。だが、陸の生き物の捌き方、なんて知らない。
船の料理長も分からない。
「アンリエット姫様ぁ。せっかく頂いて悪いんですが、恥ずかしい話しあたしゃ陸の生き物の捌き方なんて知らねんでさー」
「そう言う事なら、私がやりますよ」
そうアンリエット達には、現役ハンターの老ジェラルドがいた。
「まあ、何時もなら時間があれば、血抜きの時、血も取っといて後で使うんですが、今日は贅沢に行きましょう」
と言いながら、どんどん捌いて行くのだった。
その横で、捌いた肉を調理しやすい様に切り分ける料理長と部下二人。ある程度、切り分け作業を部下に任せ、料理長はスープ作りに入るのだった。
こうしておそい朝食をたらふく食べた船員達にギュスターグは船の修理と甲板の掃除等の作業を指示し、副長と船医、それとフォーレ商会の商人のシリル、それとエミール達を船長室に通した。
アンリエット達九人も通された。
元々はエミールの依頼で、バルサザーを出航したのだ。
そして依頼である『アンリエットの捜索』だったので、バルサザーに戻れば、依頼完遂である。
そこで、アンリエットは、新たに依頼をする事にした。
『明月教会の本拠地探し』である。
取り敢えず、今迄の経緯を話そうとしたところで、船長から「待った」が掛かった。お互いに自己紹介がまだだったのだ。
自己紹介は最後、アニエスの番に成った。
「妾は『神国ルナール』の第一皇女。立場的にアンリエットと同しじゃ……」 と始まったが、好奇心旺盛な商人と御曹司アンドレ。質問攻めが待っていたのである。
「正直、疲れたのじゃあ」
「でも交易に繋がるのでしょう?」
「おお、ヴィクトリア殿の言う通りじゃ。妾では気が付かなんじゃ」
((((いや、そこは気付こうよ。一国の姫なんだし))))
皆、心の中で、ツッコんだ。
アンリエットとジーン、ベルナールは、船長室で、商人シリルと商談をした。
ラ・フォーレ号はフォーレ商会の商船である。シリルは商会の定めた期限内で、自由采配の権利を許されていた。
商会の定めた期限と言うのは、月初めから35日迄。毎月一日が更新日と言う事である。
全く余裕のよっちゃんなのだった。
交渉は成立した。アンリエットの資金力と言う力技では無く、純粋に交渉によって、である。
ジーンが付いたのは、当然、アンリエットの『常識の無さ』を懸念したからだった。
「依頼料として金貨60枚。明日から1日毎に金貨17枚。停泊中も含む」
と言うところで決着した。
最初いきなりアンリエットが、「依頼料は王き…」王金貨と言おうとした為、ジーンは交渉からアンリエットを外した。
ベルナールと二人、冷や汗モノだった。だが、アンリエットは、勉強が好きだ。ベルナールとジーン二人の商人シリルとのやり取りを余す事無く見ている様子だった。
(これで学習して頂けたら…)と思うジーンであったが、毎度裏切られている事実がある。
「ふあああー」
「随分大きなため息ですね。まあ、お気持ち察します」
アンリエットは、船長室に残り、船長達と話しをもっとしたいと言うので置いて来た。
ジーン達が甲板に戻ると、フェリシエンヌと水夫達が、手合わせをしていた。
「ジーンさん、ありゃ何ですか?」
水夫の一人がフェリシエンヌを『あれ』呼ばわりした。一瞬「ムッ」っとしたジーンであったが、理解した。
『あれ』と言うのはフェーの事では無く、フェーの無双っぷりを言っていたのだった。
「水夫24人全員、手合わせ瞬殺って、なんスか?どんだけ強いンスか?」
「そりゃあ師匠の私達が優秀ですからね」
「え?じゃあジーンさんとマリエさんはフェリシエンヌ様より……」
「強いですよ。フェー様。貴女と私でどっちが強いですか?」
「ジーンさんとぉ?ジーンさんが強いにぃ決まってますぅ」
「ね?」
「……はははっ」
「後、手合わせしてねーの、船長と副長だ。俺、呼んでくるー」
と水夫が一人船長室に走って行った。
間も無く、船長がアンリエットと甲板に出て来た。後ろからエミール達も着いて来ている。
「おまいらホントか?こんな可愛いお人形さんみたいな娘に全員負けたってぇ」
「いや、船長ぉ、マジで噂の通りだったんすよ」
「俺等、瞬殺ッス」
「噂通りなら、アンリエット様も強いの?」
と、何となく優しい声に成っている船長。
「アンリちゃん、フェーと互角かなぁ?」
「どうだろう。単純な力比べならフェーのが強い、と思うけど」
「何でも有りならぁアンリちゃんかぁ。副長さんって強い?」
「へい。この船ん中じゃあ二番っすよ」
そんな感じに副長との手合わせを始まったのだが、始めたとたんに決着が付いた。まさに瞬殺だった。
「始め」の号令直後剣を落とした(落とされた)副長の首に既にフェリシエンヌの両脚が絡み着いていた。バランスを崩した副長の胸に座ったフェリシエンヌ、その小太刀は首にピッタリ当てられていた。
「うええええええ?」
船長の驚きの声が初夏の風に乗る。
(黒真珠が、『力比べならフェーが強い』って言ってたな。ならば)
「オレぁー、アンリエット様と手合わせしていいかー?」
「アンリちゃんがぁいいならいいよぉ」
船長、姑息である。
「船長さん、得物は何使います?あたし合わせます」
「(リーチの長い物はっと)オレぁー、槍使うかなー?アンリちゃんもそれでいいかーい?」
「槍かぁ、少し苦手だけどいいですよ」
(よっしゃあ!読み通りぃぃぃっ!)
「じゃあ船長もアンリちゃんも用意はいいですか?」
「ちょっと待って。もう少し短いのじゃ無いと重い。あ、ちょうどいいのがあった。用意出来ました」
(オレぁーのより断然短いー。勝ったわ!)
「では、始めっ」
速攻槍を突きに行った船長。だったのだが、突いた場所に居たはずのアンリエットが消えた。
「あれ?おかしいな」
と声にした時、気が付いた。自分の右横に立って居るアンリエットに。そして彼女の槍の先端は自身の顎の下にピッタリと当てられていた。
「ま、参った」
船長は、本当に参ったと思った。
(確かに噂ってのは、信用出来ねーモンだが、これに関しては過小評価された噂ってこった。スゲーなこの嬢ちゃん達ゃー)
「ホント参った。理不尽な強さだ。まさに理不尽ひ……」
船長は昏倒した。
目を開けると船医の顔があった。
「あれ?オレぁー、どうしたんだ?」
船医の居室兼診察室であった。
「船長ぉ、アンリエット姫の不興を買ったんですよ。理不尽理不尽言われりゃあ、そりゃ怒ります」
「ああー、ハゲにハゲハゲ言ったら、怒るわなー」
「ぶっ殺すぞ船長よぉ!」




