第68話 姫の喪失。其の7。皇子駆ける。
国境の町ニェール、その東の城郭の外にアンリエット領軍大隊の駐屯地に成って居る。
会議用の天幕では、ワロキエ王国の『全滅した村』の報告を聞く面々が集まって居た。
大隊長フレデリト以下、領軍の中隊長五人と帝国皇女ルシール、コレット。そして、報告するのは、ロリコン疑惑を持たれてしまった文官ベルナールだ。
「昨日3日にここニェールの南東にあった村に付いてです。
村は26戸と小規模ですが、ニェールを襲った『蜂』と同じでした。
ワロキエの兵から聞いたのですが、6月35日に偶々通り掛かった民が郡軍に通報したと言う話しで、その兵が言うには35日より数日前に襲われた様だった。と……」
「そうすると見えて来る事実があるな」
「フレデリト隊長、それは?」
「何処から『蜂』が飛来したのか分からなかったのだが、ニェールと全滅した村は同じ32日だったのではないか?『蜂』は、その村寄りで放たれたのであろう。
団体の馬車から放たれたのだとするとその村が近すぎて襲われたか口封じかもしれん。例え目撃者が居なくとも、行うであろうな」
「そんな事って……」
「ですが、なんの目的でニェールを襲ったりするのでしょう?」
「そのうフェーちゃフェリシエンヌ様の言った、別の勢力の可能性と、その勢力にどんな得があるんでしょうか?ヴァレリー帝国の弱体化。それとも、ワロキエと帝国の軋轢を狙ってか?
ワロキエに取って帝国との関係悪化は、貿易的にも軍事的にもかなりの不利益に成る」
「それを望む国は……、全ての周辺国です、か?」
「だが、我が国が消えて困るのは、その周辺諸国です。小麦等の穀物は我が国に頼りきっているではないですか」
「ワロキエ、帝国のどちらか、若しくは両方の弱体化で利益を得るのが誰か?を考えるのが、良いかと」
「そうすると、帝国に頼らず経済が回っている西方諸国か?あり得ん」
議論が白熱する中 、ルシールは言った。
「皆様、ここは元老院でも御前会議でも在りません。只、事実を伝えるべく、文官ベルナールの報告を聞く、…と言う単純な集まりなのです。
言うなれば、アンリエットさんの失踪した意味とその行き先を……、考えて下さい。お願いです。アンリさんを救いたい。それだけなのです」
「………これは、フェーちゃんに口止めされているのだが、言うべき。なのだろうな。この場面では…」
そうフレデリト大隊長が言った。会議用の天幕に集まって居た全員が静まり返る程の一言である。
最初に口火を切ったのは、ベルナールであった。
「フェーちゃん、フェリシエンヌ様のそれとは?」
「フェリシエンヌ様との御約束を破る私を御許し下さい。
――――フェリシエンヌ様は私にこう言ったのだ『この事は内密に』と。だが、フェリシエンヌ様との御約束は関係無く、書簡がこのニェールに届いた。
ファテノークの王妹エレオノール様から今朝方届いた書簡にこう記されている。『アンリエットを狙う者が居る』と書かれてある。フェリシエンヌ様も出立される際、同じ事を言ったのだ。
エレオノール様の書簡には、敵の事も記されていた。『アンリエット様を狙っているのは明月教会』であると…」
「その『明月教会』、とは?……。いいや、聞いた事がある。13年前に『青月』に落ちた『明月』を信奉する信者の教会だった筈」
「只、手紙には『どうかフェリシエンヌに伝えて欲しい』と、このように記されております。『明月教会』は…」その教会は、数百年前には、既にヴァレリー帝国やファテノーク王国、ワロキエは勿論、周辺諸国にも信仰する者は居なく成って居る。
名残として、記年法に使っていて、例えば今年は明月暦3、865年だ。
『明月』が、人類をこの地に蒔き増やした神である。とされている。
その『明月教会』は、今は帝国にもファテノークにも無い。
教会が残って居るのが、東の都市国家群だと言われている。
時々、宣教師を名乗る者が各町に来る事があるのだ。
彼等は決まって、「『ダキア』から来た」と言う。
ワロキエ王国の東にある『ダキア』は、都市国家群の一つだ。
7月5日、朝早く、ルシールとコレット率いる近衛分隊、ヴィクトリアとベルナールが『明月教会』のある可能性の南東の都市国家群に向け出立した。
◇◇◇
7月3日の昼、王都ワロキエの町。中央市場の北、商業区の軒を連ねる露店の一画。
「では、やはり東門に居た両替商方の所に戻りますわ。フェーちゃん、この方、『ボッタクリ』ですの」
「待って、待ってくれ嬢ちゃん。本当に相場が変わったんだ。今は、1対1.2なんだよ」
「嘘、ですわ。新しく鋳造された通貨も在りませんし、金の含有率も帝国の物は変わっておりませんの。
わたくしは狂信的な愛国者では在りませんが、『ヴァレリー金貨』は信用出来ますの。
ワロキエ金貨1に対するヴァレリー金貨は1.3。
寧ろワロキエ金貨の信用度をご心配された方が宜しいのではないですの?」
「ったく、俺も舐められたモンだぜ。
おおい!小娘二人だ。何処かに連れてっちゃって下さい」
その露店商が言うな否なや、通行人を装って居た男三人が、ジュリエットとフェリシエンヌに襲い掛かって来た。
「へへっ、あんまり傷付けンじゃねーぜ?たっぷり楽しむンだからよー」
「殺さねーよぉ。高く売れ無くなっちまうからなぁ」
「可愛がって貰う御主人様に売る前によぉ、可愛がられ方、教えたげるぜえ?」
ナイフを持つ男に「御下品にも程がありますわ」と、ジュリエットはナイフを持つ男をいなし槍の柄で男の股間を突いた。
フェリシエンヌは一人を右手の小刀の柄で昏睡させ、もう一人を逆手に持った左手の小刀が喉元を切り裂こうと迫る。
「待ってフェー!」と言うジュリエットに制止された。
「殺してはなりませんわ、フェーちゃん!」
三人目の用心棒はフェリシエンヌの特攻に、尻餅を着いた。
その時、小雨だった空が、いきなり豪雨と成る。
夕立だ。
フェリシエンヌの茶色の髪が雨に洗われ白銀色に変わった。
ずぶ濡れの二人に周りの人々は拍手喝采だったのだが、見物人の目にフェリシエンヌの姿は噂に聞く人物を思い浮かばせたのだ。
「白?」
「白い髪」
「白の少女って」
「白髪で、あの戦闘力……」
「白髪の少女って事は…」「あの噂の…」「白い悪魔」
「噂の『理不尽姫の懐刀』、あの『真珠姫』の?」
「まずい!」ジュリエットがフェリシエンヌを自分の後ろに隠そうとするが、時既に遅し。
二人の少女の周りに居る人々の口を塞ぐ事等、無理である。
遠巻きながら、人々が集まり始めたのだ。
フェリシエンヌの存在がバレた。この場から速やかに撤収するのが最善。と考えたその時。
「…何か来るぅ?」
そう呟くフェリシエンヌにジュリエットは思わず西を見た。
そして周りの群衆に大声で叫んだ。
「皆様。逃げて下さい!『蜂』が来ますわっ!!」
西門方向から逃げて来たであろう人々が、次々に襲われているのが見える。その真上に橙色の雲が迫る。
「ブゥーン」と言う複数の羽音が次第に大きく成りつつある。
フェリシエンヌとジュリエットは西に向かって走った。
槍を振り回すジュリエット。クナイとナイフを投擲するフェリシエンヌ。
西から東に向け逃げ惑う人々。それに逆行する二人の少女。
投擲する物が尽き、小刀で『蜂』に対応するフェリシエンヌであったが、とても捌き伐れる状況ではなかった。
大通りを逃げ惑う民衆に圧され、小刀を振るえない。
ジュリエットも逃げる民衆に圧され、思う様に槍が使えない。迫る『蜂』の大群に対応するどころではなかったのである。
十分程、そんな状態で身動きの取れなかった二人で在ったが、西から逃げる人々が途絶え、少々の余裕が出来た。
「フェーちゃん、大丈夫ですの?」
「こっちは平気ぃ。『蜂』が私を避けてぇ上に行っちゃったぁ」
「あら、本当ですわ。随分高く飛んでいますの。それでも襲われている方がいる様ですわ」
「西門に行くぅ?」
「そうですわね、ですが『蜂』達は何処へ向かったのでしょう?」
誰かが叫ぶ。
「王城だ!城に魔物が向かってる!」
見ると、『蜂』の大群の大半が王城に取りついでいるのだ。
だが、未だ西門付近や他の場所で『蜂』に襲われている人々はいるのだ。
「取り敢えずぅ、やれる事からぁ殺っちゃうぅ?」
「そうですわね」
フェリシエンヌは「じゃあぁ」と言い、武器屋の看板のある家屋に入る。
暫くして出て来たフェリシエンヌは革袋を抱え、長い槍を持っていた。
槍をジュリエットに投げ、受け取るジュリエット。
「フェーちゃん、盗みはいけませんわ?」
「金貨二枚ぃ置いてきたよぉ」
走るフェリシエンヌは、迫る『蜂』にナイフやクナイ、小剣(刃渡り30センチ)を革袋から取り出し投擲して行く。
ジュリエットは『蜂』が取り着いた人を主に助けていた。
こうして西門に着いた二人であったが、西門付近は、兵士も民衆も壊滅していた。
「間に合わなかったぁ。ジュリちゃん、残った『蜂』を滅するよぉ」
「…そう、ですわね」
言った側から『蜂』が二人に襲い掛かって来た。
「向こうから来て下さるなんて時間と体力の節約に成りますわ」
「だねえぇ」
ところが、襲い掛かって来た十数体の『蜂』が暗転した瞬間に消えた。
「主等よ、門を明けてはくれまいか?入れ無いのじゃ」
フェリシエンヌとジュリエットがそこに見た物は、『キツネ』さんだった。
◇◇◇
7月3日同刻、バルサザーの港からワロキエの港、王都に向かって出航した。
「妹に出遅れるとは…、僕は婚約者なのに、情けない!」
「ホントですよねー。情けないですよねー殿下ー」
「追い討ち、掛けるな。アンドレ。確かに殿下は、情けない。でもな、あまり情けない、情けない。と、言っては、可哀想だと、オレは、思う。殿下の情けないは、昔から、だからな」
「イヴァンさんよー、多少の意地悪は許されるんだぜー。帆走船『ラ・フォーレ号』出してやったしー。勿論、持ち合わせの無い殿下の代わりに金出してやったしなー」
「…うぅぅ。。。」
帝国第三皇子エミールは、二人の友人の揶揄われながら、アンリエットが居るであろう『ワロキエ王国』の王都を目指す。
「明日の夕方にはーワロキエに着くかねー。この季節なー西風なんだよー追い風だぜー」
「アンドレ、船、速度早くて、『釣り』、出来ない。少し、ゆっくり、行かないか?」
「イヴァン、僕は一刻も早くアンリさんの安否を知りたいんだ。なんかおまえ、アンドレより酷くない?」




