第66話 姫の喪失。其の5。きょうだい。
7月2日の午後のお茶の時間、国境の町ニェールに着いたヴァレリー公爵令嬢ヴィクトリアとアンリエット領主館文官ベルナール。
早速、アンリエットの情報を集め様としたのだが、書簡に書かれた以上の情報は無い様子。
「これからどうします?ヴィクトリアちゃん」
「私もどうしたら良いか分から無いです」
「「はああぁー」」
東門の入り口の道端に座って二人してため息をついたところで、名案が湧いて来る。なんて事は無く、空を見上げるのだった。
「そこで何をしている?」
ちょっと貫禄のある厳めしい顔の軍人が来た。
何処かで見た様な人だ。
「貴方は、領軍の………」
「ニェールに駐屯している大隊のフレデリト・ド・フロトンだ。貴殿等は、その制服はアデリーヌの生徒だな?それと領主館の文官殿か。
なに用でここ迄……。まあ、訊かずとも姫様の事であろうが……」
ニェール迄来た理由を話すベルナールである。
「フェリシエンヌ様方が、ワロキエに入って捜索している事だし、行き違いに成っては大変であろう」
フレデリト大隊長は、この町で待つようベルナールとヴィクトリアに言うのだった。
町の東門付近の家屋の焼け跡は残って居るものの、魔物等はすっかり片付けられていた。
ある程度原型を留めている魔物の死骸は、参考に取ってあると言うので見せて貰う事にした。
町の東側の城郭の外にアンリエット領領軍の設営地がある。
その士官の会議用天幕に魔物はあった。
『虫』の様な生き物には、複眼の付いた頭から角の様な毒針が50センチ近く延び、足は無数に生えて居て、ムカデの様に長い体躯なのだ。
そこに黒っぽい羽が四枚ある。
その、大きな虫は身体を切っても死なないらしい。頭を確実に潰さないと絶命しない生き物である様だ。
だが、その『虫』は頭が潰れて居らず、青緑の体液が顔とおぼしき目の間にこびり付いているのみであった。
「ああ、状態が良いのはフェリシエンヌ様のヤった虫です。『蜂』、フェリシエンヌ様の故国ではこの虫をそう呼んでいるそうで、その急所がここだと言う事です」
「フェリシエンヌ先輩はこれを退治した事があるんですね?」
「そう聞いてます。アンリエット姫様もですが、ルシール殿下とジュリエット嬢、ナデージュ殿も一緒に討伐したとの事です」
「あのー書簡の報告にあった。『通常の出現とは違い少数だった。通常は2~500体の発生だが、今回は百体前後であった』と言うのが気に成ったんですが…」
「ええ、実際、人為的に呼び寄せられたのです。近くに生息地も無かったです。
姫様の侍女ジーン殿が言うには洞穴や深い森の奥に生息してると、それとこれはジーン殿やフェリシエンヌ様も首を傾げて居たのですが、『山の物と少し違う。色と大きさが』と仰ってました」
「後、何らかの方法で、虫を運んだ物があった筈だ。とも書いてありましたが、その運んだ場所とか、分かった情報をお願いします」
「実はまだ見つかって居ません。運んだのなら馬車でしょうが、道から魔物が放たれたとして、馬車の車輪跡の特定は難しいです。
国境の向こうと成ると、怪しい馬車の隊列、憶測ですが二頭立て馬車4~5台、四頭立てなら3台の隊、その馬車隊が実在したとしても、それを見た者がいても聞く事が出来ません」
実際、討伐した魔物の死体を数えたら82体だったと言うフレデリト隊長であった。
それでもニェールの住民6名と大隊の兵11名が亡くなり、住民と兵士の20人が未だ治療中だと言う話しだ。
例の『虫の実』にどの位の距離からその『蜂』が引き寄せられるのかも分から無いのだ。
(『おそらく狙いはアンリエット姫様』。どう言う根拠でフェーちゃんは言ったのだろう)
ベルナール以上に考え込むフレデリト大隊長だった。
「ところで隊長さん、なんなら僕が、国境越えて尋ねて見ますよ。『怪しい馬車』の事」
ベルナールはそう言うと、野営の準備をするのであった。
「ヴィクトリアちゃん、何で付いて来るの?危ないんだよ?大体僕、自分しか守れないよ」
「ワロキエの国境の町迄馬車だと二日って聞きました。ですから頑張れば今日中に着きますよね。それに兵隊さんに剣も借りました大丈夫ですわ」
「って、剣借りたって……。実戦した事無いでしょ?」
「あら、ベルティーさん、貴方より強いかもですよ?」
こうして、ヴィクトリアとベルナールは、ワロキエ側の国境の町マントに着いた。
「用意しといて良かったワロキエ硬貨。ってヴァレリーのお金でも良かったの?」
門兵とのやり取りで、折角用意したお金が役に立たなかっただけでは無く、ニェールの両替商に取られた手数料一割を損したのだ。
しかも町中でもヴァレリーのお金が使えると言う。
「ところで、兵隊さん、最近この辺で変わった事とか面白い事あったら教えてくれない?」
「ああ、あったよ。先月の終わりに……。35日だ、こっから南に行って所に村があったんだが、魔物に襲われたらしくて全滅したんだとさ。
発見されたのがその35日だってンだから、もうちょっと前かもって話しだ」
「その村って、ここからだとどの位で行けます?」
「馬車なら一日って感じだな。兄さん馬だろ?なら半日位で行けンぜ。
ほお、妹さんかい?将来別嬪さんだなっ」
「ウチの妹、可愛いんだ。じゃあありがとう」
と言ってベルナールは入町税ワロキエ銀貨一枚の他にヴァレリー銀貨一枚を門兵に渡した。
「ヴァレリーの銀貨貰っちまった。ありがとよぉ」と言う門兵を後に町へと進む二人だった。
この町は、普通の宿が二件、高級宿が一件ある。
普通の宿屋に行ったのだが一件は満室。二件目は部屋はあったのだが大部屋、つまり相部屋。
それと一人部屋だが、ベッドの他に簡易ベッドのある部屋が一部屋空いていた。
「ベルティーさん、私、ここでいいです」
「不味いですよー」
「でも兄妹ですよね?」
宿の支払いと宿帳の記入を終え、直接食堂へ行った。
部屋に荷物を置いて出掛けると荷物が盗まれる事があるのだ。
実際ベルナールは一度被害に会ってたりする。
「……とまあ、そう言う訳です。だから食事の後、部屋に行きましょう。高級宿ならそう言った心配は、無いですけど…」
「じゃあ夕食ですね。お兄様ぁ」
(んわああー、なんかイイ!イイこれ。なんだかイイわあー)
ベルナールの心は悶えるのだった。
部屋に行く前もってに飲み物を頼んだ。
自分はワイン。ヴィクトリアは、果汁水がいいと言う事で、それと荷物を持って三階の部屋に入った。
寝る前に、明日の行動の確認をした。
先ず、襲撃された村に行く、と言う事。
周辺に集落が無い事も、当然目撃者も居ない事も分かっては居るが、アンリエットの足取りの一つでも見つけられたら、と言う希望的なものではあるのだ。
もし、調査しているワロキエ王国か郡(ワロキエは地域区分を『郡』と言う)の兵士に情報を聞けたなら良いかもしれない。
そう言った感じで、明日は、早目に宿を立つ事にしたのである。
テーブルをベッド脇に移動させ、ベルナールは椅子に腰掛けた。
「宿帳には、何と?」
「勿論、偽名。ベルティー・ヴァルとヴィクトリア・ヴァル。
だけど部屋の椅子とテーブルが一個とは思わなかったよ。そのベッド、少し低いけど大丈夫?」
飲み物を飲むのには低い様だった。
「大丈夫です。お兄様。と、呼ぶのも久しぶりです」
「ああ、アンリエット様から、ヴィクトリアちゃんの兄上の事は聞いてる。君も災難だね」
「……本来なら、御家『御取潰し』なんです。でも『皇家に連なる公爵家』なんです。兄の賠償金や罰金を工面して、何とか成ったんです。
アンリエット様が一年生の時、南ミュロで『オークション事件』があったの覚えてますか?」
「ああ、あれでもアンリエット様が活躍されたと、本当に凄い方ですアンリエット様は!」
「あの事件で、ヴァレリー公爵領内の貴族が多数捕まりました。その後、直ぐ兄の事件です。私のお家は、失墜です。
御父様はすっかり覇気は無くなり、私は学園で苛められました。
でも、アンリエット様が居たから、居てくれた。
フェリシエンヌ様が『一緒に住もう』って言って下さって、あんなに御優しい二人に私は守って貰えて………。
今、私、幸せなんです…………ぅ……ぅぇぇ…ぅええぇぇん…」
「ああああー、分かった、分かったからああぁー泣かない、泣かない……(なんで、こうなったんだ?)…ほらほらぁ」
泣き崩れてベッドの下に下りたヴィクトリアを抱きかかえながら背中を「サスサス」撫ぜるベルナールであった。
翌朝、予定より遅く宿を出た二人。
昨夜ヴィクトリアは泣き疲れて眠ったのだが、目の冴えてしまったベルナールは寝不足なのだ。
ワインも身体に残ってしまって、若干二日酔いと言う最低な体調だった。だもんで。
「あまり急いでも仕様が無いから、ちょっとゆっくり行こうね?」
「はいっ、お兄様」
(ああーヴィクトリアちゃんは元気だなあー)
そんな事を思いつつ、南の町へと向かうのであった。
◇◇◇
――アンリエットよ、お前を寄越せ。――――その身体を僕達に寄越せ、―――――その身体を使うのは私達の総意だ。――――僕等が使う――――俺達が使う――――これは◇Ⅲ*@の意思。―――
「誰?あたしは、あたしよ?あなたでは無い」
『声』は、それっきり聞こえ無くなった。
(ここは何処?…………
これは潮のかおり、かな?バルサザーでもこんな匂いだったなぁ。、早く目を覚まさないと……主人公、フェー辺りに取られちゃう。ってふざけて無いで、起きないと………)




