第65話 姫の喪失。其の4。染め粉パート2。
「フェーちゃん、もう俺の馬、泡吹いてる。少しでいい、休ませてやりたい」
アンリエット領領軍の若い兵『ジャノ・ド・ルソー』はフェリシエンヌにそう言うと、馬から降りた。
同僚のオスカーの馬もバテぎみであった為、二人はやむ無く降りて歩く筈であったが、ジャノの馬が進まないのである。
6月35日、もう二日以上、馬達は酷使されている。
「一旦、休みましょう、フェリシエンヌお嬢様」
「已むを得ないです。フェリシエンヌ様、小休止です」
老兵ジェラルドはジーンの提案を受け、フェリシエンヌの指示を待たずに馬から降りるのだった。
仕方無く、フェリシエンヌも休憩する事に同意し、木陰に腰を卸した。
フェー御付きの侍女マリエ、テター子爵令嬢ジュリエットは、「行く先に集落がないか調べる」と言って進んで行ったので、残った者は疲れ切った馬達をなんとか水場に連れて行くのであった。
「焦る気持ちは分かります。斯く言う私も…、私自身焦って、居ても立っても居られ無いのです。
我が主の姿も声も……何処にも無いのです。フェリシエンヌお嬢様、お願いです。気を納めて、落ち着いて行きましょう」
そう言ったジーンの顔は十分に憔悴している様であった。
もしアンリエットであったなら、どの様な行動に出ただろう。
(アンリちゃんなら……、やっぱ、あたしとおんなじに焦って空回りしてたわね)
ふふっ、っと笑うフェリシエンヌであった。
(そう言えば、さっきの水場、池って言うか『溜め池』っぽかったわね?)
フェリシエンヌはもう一度、馬の居る水場へと行った。
水場では、領軍兵の三人が、馬に水を与えながらブラシで手入れをしていた。
「すみません。全部任しちゃってぇ……。貴殿方の事も馬の事も、何も考えずぅ連れ回すばっかりでぇ……」
「いいーんですよぉフェーちゃん」
「そうです、使われてなんぼの我々です」
「それに、領主……代官ですな?アンリエット様は我等の主で、その主の大事なのです。一兵卒である私が、主の危機に駆けつける。
良いではありませんか」
「それによ不謹慎かもだけど、お姫様を救うナイトに成れんだぜ?これ程の誉れは無ーよぉ。
と言うか、本当にアンリエット様は俺等の救世主様なんだ。
俺みてーな名ばかりの貴族がよ、領地も無ー貧乏男爵の倅が、あのまま北ミュロだったら母さんと二人死んでた、と思うよ。そンだけ税金が凄かったんだ。
それが、姫様の統治で救われたんだぜ?俺、母さんと新しい貧民街に住まわして貰ったンだ。
軍学校で半年教わって姫様の兵隊に成れて、今こうして姫様の懐刀とお話しさせて貰える。労って貰える。
俺はアンリエット様フェリシエンヌ様の為ならどんな事だって出来そうだよ」
「そうですね。あの日あの場所で、『救済はしない。手伝うのが私』と言った。
でも、救われたんだ我々は…我々北ミュロの領民は……」
「失礼ながら……… 、こんな小娘に何が出来ると言うのだ?と思ったものだ。だが、あの貧困に困窮した領地を立て直したその手腕、あの噂は本当だったのだ。
五千の大軍を退け、人身売買阻止と違法競売を潰した武勲。何と言う英雄的活躍。
それにあの演説で『自分の成す事を成せ』そう仰った。だから、私は成す。姫様を探す事を成すのだ。
私は私の姫様、アンリエット様に生涯の忠誠を誓います」
「ってジェラルドさん老い先短いンじゃ、生涯が安いぜ?」
「おい、失礼だぞジャノっ」
「あのぉー、熱くぅ語って頂いている所ぉ、申し訳ぇ無いんですがぁ、ここ『溜め池』じゃぁ?
そおなら近くに畑ぇ、集落がぁ在ると思うのぉ?」
「「「え?」」」
「嬢タン、居ないッスね?」
「フェーちゃん居ませんですの?」
ジュリエットとマリエの馬は居なく、二人は歩いて戻って来た。
ジーンは二人に事情を聞いて、他の皆を呼びに溜め池へ向かった。
溜め池に馬を残し、戻った領兵ジャノとオスカー、老ジェラルド。そしてフェリシエンヌにマリエは言うのだった。
「大きな村が直ぐそこにあったッス」
と言う訳で、フェリシエンヌ達はマリエの言う村に向かった。
疲れている馬には乗らず、引き連れて行った。
周りを木の柵で覆った村で、家屋は4~50棟は在りそうな所である。村の中程が広場に成っていてそこを囲む様に商店が並んでいた。
その中の宿屋とおぼしき家屋の出入り戸を開けたジェラルド。
「いらっしゃーいませー」と少女の声。
「お邪魔するよ?」
「よーこそ、中央市場へ!」
「「「ええ?宿じゃ無いの??」」」
「中央市場亭って宿屋ですが?」
(((紛らわしいわ!!)))
「七人なのだが構わないですか?」
「はい大丈夫です。空いてますし。男性と女性でお部屋、分けますか?」
「そうして頂けると助かります。
それと、馬の世話を……、所で金銭がヴァレリー帝国の物なのですが……」
「おとーさんに聞いて来ます。お客さんお待ち下さーいね?」
フェー達と同い年位の少女はカウンター奥の出入り口から中に入って行った。
暫く待ち、宿の主人であろう大男がカウンターに来た。
「おいおい、随分と物騒なお客だなーおい」
言われて見れば、平服とは言え皮の胸当てや肩当て、腰には剣や戦斧、オスカーに到っては背中に長剣を担いで居るのだ。
ジュリエットは槍を持ってたし……。
「強盗か?」
「我々は『ハンター』なんです。驚かせて仕舞い申し訳ない」
ジェラルドは胸の内ポケットから金属プレートを出しながら言ったのだった。
プレートには何やら名前の他に何桁もの数字があり、五つ穴が空いていた。
ハンターギルド発行のハンター証なのだそうだ。
「ああー成る程、ハンターでしたか。安心しました。
で、馬ですね。厩はこの店のそこ出て左にあります。厩番がおりますんで、声掛けてやって下さい。
それと、一泊食事付きで銀貨一枚なんですが、ヴァレリー銀貨だとお客さんが損して仕舞います。
両替商は今この村に居ないんです」
「大体の相場は分かりますの?確かワロキエ、対ヴァレリーの相場は1対1.3でしたわ」
「良くご存知で……って子どもぉ?賢いお子さんですねー。ですが、相場は大体そんな所です」
「そぉするとぉ七人でぇ、、、ヴァレリー銀貨約五枚と三分の一ねぇ?おまけしてぇ銀貨六枚払いますぅ」
とフェリシエンヌが言ったものだから主人と少女は驚いた。
賢い子がまた一人、と……。
馬の預りは一頭大銅貨二枚、七頭で14枚なのだが、五枚でいいと言う主人に甘えた。
夕食の前に宿の中庭で、フェーとジュリエット、ジーンとマリエが、素振りや軽い手合わせをしていたところに宿の少女、おそらく宿の主人の娘がやって来た。
「何かやって見せて」と言うので、6~7メートル離れた所からマリエが投げナイフとクナイを投擲しそれを全てジーンが短刀で受け落として見せた。
「わあああー凄い凄い!」とあまりにも喜んでくれるので、思わずジュリエットが、「真剣勝負で手合わせしますわ」言うと、フェリシエンヌに槍で突きかかって行った。
それを短刀二本で受け流し、更に突進するジュリエットの槍を軽くいなし、ジュリエットの喉元に短刀を突き付けた。
「スッゴーいっ」と言う少女の座る反対側から「おおおおおおーーーー!」と言う声が聞こえた。
そこには、領軍兵の三人が目を見開いていた。
「フェリシエンヌさ……さん、少し手合わせをお願い出来ますか?」
と言うオスカー。早速と、120センチの片歯の長剣を構える。
「何時でもぉいいよぉ」
その声を合図に上段から振り下ろす。いなされた剣はそのまま横から切り込みに行くが短刀一本で受け流された。
何処から打ち込んでも突き込んでもいなされ、オスカーが気付いた時にはフェリシエンヌの短刀が革の胸当ての前にあったのだった。
「…参りました」
一瞬の出来事だった。長剣をいなし続けていたフェーの身体が、「スッ」っと消えたと思ったらオスカーの急所に短刀を当てていたのだ。
オスカー本人もだが、他の二人も驚いていた。
「これ程、とは」
「……成る程、『黒銀姫の懐刀』と言われる訳だぜぇ。カッコいいなぁ、フェーちゃん」
「お客さん、凄い凄い!」とはしゃぐ宿の娘、フェリシーと言う名なのだが、その子にジーンが「この辺りに大きな町はないか?」と尋ねた。
すると「馬車二日の所にブロイと言う町がある」と言う。南の方には?と聞くと、
「港の町ワロキエ、国の都だよ。あたしも一度行った事があるの馬車で三日くらい」
と言うのだ。
そこで、夕食の席でジーンはフェリシエンヌに聞いた。
「姫様はどちらの方へ向かったと思いますか?」
「んとぉ、分から無い。ちょっとぉ宿の主人に聞くのが早いかもぉ?
最近、魔物に襲われたぁ村は無いかを…」
「私が、聞いて来ましょう」
老ジェラルドが聞いたところ、そう言った話しは無いが、先月始め頃、耳にした噂で、魔物を捕まえて売買している連中がいるそうだ。と言う事だった。
「買ったら何に使うのかねえ」主人もそれ以上は分から無い様であった。
「……ですかぁー。ではぁ、王都にぃ行きます」
フェリシエンヌはそう言うと食事の続きをした。
そこにフェリシーちゃんがフェーの側に来て、
「さっきの剣、凄かったーけどー、修行の旅なのー?」と聞いた。
「いいや、依頼でね。人を探しているんだよ」
こう言う時、年配者……、と言うよりジェラルドさんの機転には助かる。と思う一同であった。
「その捜し人って、女?男?」
「女の子で13才なんだよ」
「え!あたしと一緒。家出なの誘拐?」
「分からん、だが大切な人だから…」
そう言ったジェラルドさんは結構真剣な面持ちに成って居た事もあり、なにかを察したのか、それ以上聞いて来る事はなかったのだが……。
「あのねー、ヴァレリーの人だから聞くんだけどーヴァレリー帝国に居る『双子の真珠姫』って知ってる?
黒い銀髪と粉雪みたいな白い髪の女の子の話。
黒の方はヴァレリーの英雄で何千もの敵を一人で打ち破って、白い方はその子の守りの剣何だって!
その白い子は小さな刀の二刀流で、大人相手に何十人もごぼう抜きに勝つんだー…………………って。
―――――と、まさかーおー客さん。。。」
「いいいいいい、い、嫌だなあああー、違うよおぉ。違うよねっジュリちゃん!」
「え、わたくしですの?えええ、人違いですわ。ねぇマリエさん」
「え?そッスね。白雪の姫、本人ッスよー」
「「「「おいいいいっっっ!!!」」」」
「何故、言うのだ!」
「だって、ウチの嬢タンがワロキエに居るって分かった方が、敵からの接触あるかもしれないッスよ?」
「しかし……」
「こちらが探せ無い。なら相手に来て貰うのが手っ取り早いッス」
「マリエの言う事に私は賛成します。皆様は?」
「しかし、ジーンさん、それではフェー様に危険が……(あれ?あの強さなら大丈夫かな?)…無い、ですねぇ私も賛成です」
「もしもの時は俺が……(あれ?俺より強い?)…守る必要無いですねぇ」
「って言いますか、もうバレたのですの。今更、賛成も反対もありませんわ」
まあ、その通りであった。
「ねえねえ、聞かせて聞かせて、活躍の話し。教えて」
その晩、アンリエット達との冒険の数々をジュリエットとフェリシエンヌが話しをした。
「得物、長いのにぃ変えよおかなぁ?
それとぉ『染め粉』必要かもぉ」
噂話と言う物は伝わるのが早いのだ。




