第62話 姫の喪失。其の1。虫の実。
婚約が発表された。
ヴァレリー帝国第四皇子エミールとファテノーク王国王太女アンリエットの婚約だ。
結婚はアンリエットの卒業を待って。と言う事に成った。
帝都で略式の婚約披露宴をあの日の夜に行うと言う強行であった。
疲れてアデリーヌの町に戻ったのだが、婚約の噂は直ぐに広まってしまった。
お陰で、町でもそうだが学園内でも根掘り葉掘り聞かれて、気の置くところが無い状態だ。
(いっそ遠くの町にでも行きたいなぁ)
と考えるアンリエットであった。
(さて、昼休みちょっと領主館に寄ってから学食行こう)
早速、ジュリエットが来た。
すっかり領地経営に嵌まって居る様子で、アンリエットに付いて来るのだ。
三人で領主館に行くと、
「伯爵、帝都より書簡です」
ペリーヌさんから受け取った書簡は宰相閣下から物だった。
『隣国ワロキエ王国で、不穏な動きが在る。南ミュロへの進行はあまり懸念されないが、アンリエット領は穀倉地帯であり、ワロキエに掛かる鉱物資源の豊富なサトウ山脈が列なっている。
国境付近の町等に領軍を駐屯させる様にお願いしたい』
先日から、労働奴隷としての刑期を終えた『元北ミュロ兵』が続々と戻って居る。昨年五千の軍隊で帝都を襲った兵士達だ。
はっきり言って余剰兵力なのだ。しかもほぼ全員歩兵。
最終的に戻った人数は三千と五百、千人以上が労務先に居着いたのだろう。
◇◇◇
「ジュリならどうする?」
「余剰の兵隊さんですわね?
今アンリエット領軍は警吏含めて2000。人口はアデリーヌの町が六万。アンリさん、この領の全人口ってどのくらいですの?」
「約15万人、くらい」
「子どもと仕事の出来ないお年寄りを五割とすると七万五千人、税の10%が帝国で、領の使えるのは5%ですわね。そうすると20人で一人支える形に成りますわ…………
単純に3750人しか兵士や文官、その他の政務に携わる人員が居ないですわね?そうするとこれ以上領軍は増やせ無いですわ」
「そうすると、どうしましょう」
「手っ取り早く、他の仕事を見つけて貰う訳には行かないですの?」
「こないだぁの村みたいぃな所ぉに住んでぇ貰うぅ?」
「何ですの?」
帝都ブレに行く途中寄った小さな誰も居なく成った村の話しをした。
「では、調査ですわ」
人の居ない集落は無いか調査する事にした。
それとワロキエ王国の動向を探るべく一個大隊を国境の町ニェールに送る事にしたのだ。
その際、ニェールの町及び南部の人口一万以上の町四つにアンリエットの『訓令書』を発布した。
先行して『入町税』の徴税を行う様にするのだ。
同時に入町する人間全ての『身元改め』即ち、持ち物検査と身分、何処から来たのか尋ねる事を義務付けする事とした。
これは不穏なワロキエ王国に対するものでは在るのだが、南ミュロ領民の流入の対策でもある。
『市民証』の発行も同時に行う為、各々の隊に一名文官を派遣するのだが、最早『市民証』では無く、「それって『領民証』じゃないですか伯爵?」と言うペリーヌの指摘の通りなのだった。
だが、『市民証』で通した。
「だって、御触書に『市民証』って明記しちゃってるもん」とはベルナールの弁である。
寒村以上に寂れた集落の調査も騎馬分隊を5分隊出した。一週間は掛からず調査は終ると思われた。
さて、元北ミュロ兵3500だが、先ず将士官だった者と面接した将官は一人だった。
名をナルシス・ド・メルシェと言う四十半ばの男だ。
帝国に反意は無かったと取り調べの時に言っていたそうだが、どうもそうでは無い様な色だ。
「あたしを知って居ますか?」
「ああ、我々を一度に無力化した少女だ」
「どうやって無力化したか分かります?」
「詳しくは知らない。だが、噂で聞いた通りなら、異界に我々を送って身体だけを現世に戻した。と……」
「ほぼその通りです。それとあたしは人の憎悪や欲望、嘘も見えます。では試しますね?
貴方に帝国に対する反意は無かった。だけど住民から略奪する意志はあった?……………分かりましたありがとう。馬は乗れますか?」
「ああ、馬に乗って指揮するでな」
「では、現隊復帰、とは言え領軍組織かなり変わってしまって居ます。ここに組織表と兵種が書いてあります。疑問点や改善策があったら言って下さい。
それと貴方は信用の於ける方なので、戻った元北ミュロ兵3500を徐々に千人迄減らしたいんです……」
「何故、国力を落とす様な真似をっ!」
「領地の民が支えるには軍が大き過ぎて支え切れなく成ったのが『北ミュロ領』と言う所、何です。
現状で支えられる領軍は3000が精一杯。騎馬2000はもう既に居ます。と言う事は後千人」
「アンリエット様、仰る事は良く分かります。貴女の評判も良いです。税金も前の領主ミュロ伯爵の時の半分以下だ。だが、私の可愛い兵達なのだ」
「もし、残り2500もの兵を養うとすれば、税は単純な計算ですが3%も上げなくては成らなくなります。
そう成ると折角回り始めた経済が停滞します。なので、2500名には自分の仕事を探して貰います」
と言う話し合いがされたのだが、半分は寄せ集めのゴロツキ連中も多い様だ。
少々治安が悪く成って来ていた。
千人隊長、百人隊長をしていた士官45名ともナルシス将軍と面接をした。内十人程は略奪を目的としている様な輩だ。この十人を放逐すれば食い積めた時にどう言う行動に出るか火を見るより明らかだった。
だが、放逐した、監視を着けて……。
財政が逼迫するが、残りの元兵士は貧民街の集合住宅に移って貰った。
翌日は『夏至祭り』で学園はお休み。
羽を伸ばすのも良いかなと、思い学園前の屋台を覗いた。
ジュリエットとアン=マリー先輩のじゃがバターの屋台も相変わらず出店していた。
すっかり定番屋台の売り物『白黒水飴』『姫ワッサン』もあった。
『アンリパン』がアッチコッチの屋台で売っていた。
「名前も色々だなあ」
『姫サンド』『アンリサンド』『姫パン』そして……、
(アンリパンの『リ』が無く成ってる!?)
『アンパン』と言うトウモロコシパン迄あった。
(先生と一緒に町を歩けたなら、もっと良かったのにね)
と思いながら歩くのであった。
アンリエットの後ろを歩くフェリシエンヌ。付き添う侍女のジーンとマリエ、そして明るい昼の日差しは、もう直ぐ訪れる夏を思わせるのであった。
六日後、領地内の調査は終わった。
人の居ない集落は三つ。一つはあの初老の男性の住んでいた小さな集落。
もう一つは、随分昔に打ち捨てられた村。そして最後の一つが、魔物に襲われたであろう集落だ。
その集落は、領都アデリーヌの南東、馬で二日のサトウ山脈の麓にある20世帯程の村だった。
村は他の集落から比較的に離れていて、大抵、馬車で一日程の距離を取るものだが、主要な町や要所と言う訳でも無いので近隣の集落は廃れたのであろう。
山脈の森から現れた魔物の全滅させられたのだろう。
入植可能な村は一つ、入植するには旨味のまるで無い所ばかりの調査結果にアンリエットは、ガッカリした。
夏期休暇も始まると言うのに、取り敢えずニェールの町に行って様子を見ようと思うアンリエットであった。
◇◇◇
「ナルシスさんいきましょう」
6月31日の朝、アンリエット達は、ニェールへ向かった。
アンリ、フェーとジーン、マリエ、ジュリエットも着いてきた。
今ルシールは帝都に帰省中。
ナデージュは、エレオノール叔母様に用が在ると言いファテノークへと行ってしまった。
ナルシス将軍には先行した大隊の陪席者として来て貰った。
途中の集落で馬を代えながらニェールの町に向かう予定ではあったが、寄り道して魔物に襲われた集落へ向かった。
確かに魔物と戦ったであろう痕跡がある。
鎌や鍬に魔物の体液や身体の一部が落ちていた。
だが、魔物の住んで居るだろう場所が分から無い。と言うか無い様なのだ。森は遠いし近くに洞穴が在るでも無い。
それに腐臭がするのは当たり前なのだが何かが違う。
「……おかしい、よね?」
「うん、変だねぇ?」
「何ですの?」
「匂いが、腐臭と違う」
マリエとジーンが気付く。
「これ、虫集めの『虫の実』の匂いッスよ?」
「ですね。確かにそれの臭いだ」
「それってどう言う物?」
「リンゴを小さくした感じの実なンスけど、採って暫くすンと臭うッス、動物や人の腐敗臭に似た臭いッス」
「こんな事誰がするのだ?」
また、魔物が寄って来るとも限らないのでアンリエット達はその集落を離れたのである。
そして、夜営の為、簡単なテントを張り食事をした。
ジュリエットの作る食事は、ナルシスさんにも好評だった。
ジーンとマリエの採ったウサギを捌くジュリエットに本当に子爵令嬢なのか。と驚いていた。
本当に何処へ向かって居るのだろうジュリエット…。




