第43話 族長。
まさか、とは思ったのだ。
またしても、ナデージュ達が、『貧民街』のお世話に成って居たのだ。
「やあ、久し振り!」
「あのねぇナディーちゃん、ここは宿じゃぁ無いのよぅ?」
「全く、困った生徒さんですね」
「学園長ー、あんたが言うなよっ」
事情を察したコレットが容赦無いツッコミを入れた。
悪びれる事も無く、その後、学園長とナデージュはアンリエット達の馬車と共に白亜の王宮へ入ったのだった。
◇◇◇
夕方、少し早めの夕食会である。
アンリエット父子とルシール皇女、ジュリエット嬢、コレット達五人、それと長命種の二人も食卓に着いて居た。
実は、ルシールは羊料理に飽き飽きして居たのだ。
だが、帝国皇女たる者、そんな不満等、尾首にも出さないのだ!
「ところで、ノビューキ殿。族長の選定の儀はどうでしたか?」
国王代理のライアンが『ヨルドの森』の状況を知りたかったのである。
「はい。滞り無く選定されました。試練にも耐えましたですし、ねえナデージュさん」
「…え?それってどう言う意味ですの?」
「ジュリちゃん、恥ずかしいんだけど、私が『ヨルドの森』の新族長。って事なんだ」
えええええええええーーーーー!!!
「って、え?何?そうなの?ビックリだよおー」
「アンリさん。落ち着いて!つまり…、と言うか、冬の時からそう成る事を予期して居たのでは無いですか?学園長…。あっ、ノォーミク夫人も知って居た?のですね」
ルシールは、確信して居た。
あの時、エレオノールは言ったのだ、「必ず『ヨルドの森』に行くのですよ。これは王妹命令です」と……。
ノビューキは既に『後継者』を決めて居たのだ。
「でぇ、『選定の儀』とかぁ『試練』ってなあにぃ?」
フェリシエンヌの質問に一瞬、言い淀むナデージュ。
「…それは、一族の根幹に関わる事なので、言え無いんです」
「もうマリエ姉のところと言いぃ、ナデージュの森と言いぃ、『秘密』がカッコイイって思ってるのぉかしらぁ…」
「まあ、何はともあれ族長就任おめでとう!ナデージュ族長」
「ライアン閣下、有り難う御座います」
「と言う訳で御祝いだ。取って置きの酒を…、と思ったのだが、飲めるのはノビューキ殿と私、だけの様だ。…ああ、コレット嬢達はもう成人ではないか?」
「どうだ?」と飲酒を薦める国王代理を丁寧に固辞したのだった。
◇◇◇
翌日、アンリエット達は、旅の疲れが出たのだろう、昼過ぎ迄、熟睡した。
その夜は、アンリエット達の『歓送会』が行われた。
羽目を外す様な輩は居なかった。
とは、行かないのが、男子たる者の定めであるのだ。
「君って、帝国の伯爵令嬢なんでしょう?私も王国の伯爵の子息なのだよ。良かったら……」
「私、処女じゃあ無いです。それでも宜しい?」
コレットの告白に伯爵子息は「コソコソ」退散するのであった。
「全く、国が違っても男って生き物は変わら無いわね」
コレットが、そんな評論をして居た時、ナデージュも男子に捕まって居た。
「やあ、冬期休暇の時も居ましたね?名前は……、ナデージュ、さんでしたか?長命種の…。そう言えば、『ヨルドの森』の族長が、決まった。と聞きましたが…」
「その族長は、私です」
「…ええええーーー!?」
そして、彼は退散した。
『ヨルドの森』は、長命種の自治領である。その族長と言う身分は、『自治領主』なのだ。
『伯爵位』と同等の身分であり、世襲せずとも長寿の人種であるところの『長命種』である。
何百年と言う時間の伯爵位。
『永年爵位』と言っても過言では無い。
ナデージュは、そんな大きな身分を持ったのだった。
アンリエットは、窓の外、西の空を見上げて居た。
「…先生に会いたいな」
「もうぅ、アンリちゃんってば、そればっかぁ。声に出てたわよぉ?」
「…え?そ、そお?と、ところでフェー、傷の具合はどう?まだ痛む?」
「アンリちゃん、話題ぃ変えたね?もう大丈夫ぅ。心配無いよぉ。あの犯人、どお成ったのぉ?」
「ああ、あの人、ね。農村で、10年の労働奴隷」
「それってぇ甘く無い?一国の王女。自領の領主の女男爵を殺そうとしたのよぉ?他国の公爵令嬢に重症を負わせてぇたった10年、しかもぉ、苛酷じゃあ無い農村の労働ってぇ……。普通、死罪よぉ?」
「…そう、かも知れない。甘い、と思う。だけどね。きっと人はやり直せるんだ。と思う。だから軽い刑罰にした。
それに、フェーは生きてる。そう言う事」
(優し過ぎるのよアンリちゃんは…、でも悪く無い。だから、わたしは命を張れるんだわ)
フェリシエンヌは、そう一人ごちたのだった。
翌朝、アデリーヌに向け、馬車は出発した。
◇◇◇
馬車はアンリエット女男爵領の北、サトウ川の道を通って居た。
道の南側、川と反対側の水田には、少し黄土色に色付き始めた稲穂が頭を垂れている。
その水田を北から南に馬車は下り、水田では無い畑に入って行った。
大豆や遅植えのじゃがいも畑も収穫期に成った様子だ。
畑仕事に勤しむ男性と女性が居た。夫婦であろう二人にアンリエットは、声を掛けた。
「畑の具合はどうですか?」
「こ、これは領主様!ハハー」
平伏してしまった。
「あのー、畏まらないで下さい。畑どうです?」
「ハッ、領主様。今年は豊作です」
「良かったです。何か足り無い物とか、不満は在りますか?」
すると、木の木陰で寝て居たであろう男の子が、言ったのだ。
「パンが食べたい。もうずっとじゃがいもばっか!」
「こ、こ、これ!領主様に滅多な事言うんじゃ無い!」
そうだった。
小麦の連作で土地が疲弊して居たのだ。
特にアンリエット領の北部は酷かった。
それで、この辺一帯は、根菜等の野菜とじゃがいもやトウモロコシ等の主食の代替え品に成りうる物を積極的に作付けしたのだ。
「それでは、今からそちらのお宅にお邪魔しても良いですか?あたしの一工夫で何か作ります」
畏れ多い、私等の農民の家に貴族様をー、と言うのだが、その家族の家にお邪魔するアンリエット一行であった。
その家の主人に乾燥したトウモロコシ、塩、イースト菌、バターを用意して貰った。
粉引きの臼とパン窯は村の集会所にあったのを使った。
そんな事をして居ると、村人が集まり出した。
臼で、トウモロコシの粉を引き、少し塩を入れた熱湯を粉に混ぜて、木のヘラで、滑らかに成る迄混ぜる。
村に小麦粉は殆んど無い様だった。
代わりに米粉を使った。それに人肌のお湯とイースト菌を混ぜ、先のトウモロコシの生地に混ぜ、二時間。
更に寝かせたかったのだが、あまり時間が無いので、寝かせる時間を端折ってしまった。
トウモロコシのパンは思った以上に硬く成ったのだが、概ね好評だった。のかな?
残った生地をまあるく薄く延ばして、フライパンで焼いた。
平たい生地に持って来た羊の塩漬けと葉菜とトマト、村のチーズで挟んで見た。
これは子ども達にも大人にも好評だった。
その晩は村に泊めて貰い、トウモロコシパンのレシピを村人と考えながら、じゃがいも主食の夕食を頂いた。
翌日、「アンリエット領の南部は小麦の収穫が在るので、10月には小麦のパンが食べられる。と思います」とアンリエットは、村人に約束して、領都アデリーヌに向かうのであった。
それからは、道なりに南下して、領都アデリーヌの北、湖の畔に着いたのだった。
ミョスレと言う湖にサトウ山脈から流れるミョスレ川が、サトウ山脈、山裾の石切場の石を船で運んでくれる。
領都の市壁は赤茶けた煉瓦色なのだが、新しい東側の市壁は、サトウ山脈の玄武岩の黒色に成って居た。
一ヶ月と数日ぶりの町は以前に増して賑わって居た。




