第41話 温泉の町。其の1。湖の向こう。
アンリエット達は、また馬車の旅を続ける。
7月20日。
フェリシエンヌの故郷であるノォーミク公爵領へ向かう旅である。
見習い騎士の五人は体調も良い様子だ。ここに騎馬が二頭、増えて居た。
ルシール皇女とジュリエットであった。
「何処まで騎乗で行けるか試したい」
ルシール、久し振りの我が儘だ。
もしも帝城の侍従長が居たのなら、
「アンリエット様と遊ぶ様に成って、姫様は我が儘に成られた」
と、ぼやいたであろう。
兎に角、馬車に乗らず騎乗の人だった。
昼、休憩の為井戸の在る所(馬車で半日の距離毎に井戸が在る)で、ジュリエットは皆の食事を作るのだった。
見渡す限り草原である。
この国は、羊と草原の国なのだ。
当然、何処にも薪は無いのだ、数日分の薪は馬車に積んで在る。
最近、アンリエットに教えて貰った『亜法』で、ジュリエットは難なく火を起こすのだった。
羊の塩漬けの塩を数時間前から水で薄めたワインに漬け抜いていたのだ。
塩抜きのワインに更に水を加え、塩を抜いた肉と乾燥野菜、更にじゃがいも等の根菜を加え弱火で「コトコト」煮るのだった。
最後に香草を入れ野菜スープが出来た。
「以前、ルシール殿下から聞いた通り、本当に美味しいですね」
コレット先輩は、満足そうに言ったのだった。
「携帯食で、こんな味が出るとは思わなんだ」
ファテノークの騎士団にも好評だ。
そんな道中、盗賊にも魔獣や魔物に会う事無く六日の旅でノォーミク湖の湖畔に着いたのだった。
尤も、盗賊の類いは、屈強な戦士揃いの商隊たる遊牧民が闊歩する草原では、生息不可能なのだ。
◇◇◇
ルシールとジュリエットの騎乗の旅は「お股が痛い」の一言で、早々に終わった。
と言うか、一日で断念したのだった。
二頭の馬は最初の休憩所の警吏の詰所に預けた。
六日後、南北に長いノォーミク湖に着いた。
「おう、フェー姫さんにアンリ姫さん。今年は随分と遅いお越しで………、って、フェリシエンヌ様、いったいどうしたんですかい?」
渡し船の管理小屋の男性が、お腹を包帯でぐるぐる巻きに成ったフェリシエンヌを見て驚いたのだ。
アンリエットが経緯を説明し、
「本当に済まなかった」
この国の王女に頭を下げられた男性は恐縮しつつ、自分達の姫様であるフェリシエンヌを気遣い、渡し船の一番揺れの少ない中央の客室にフェーを案内したのだった。
そして、船は馬車を乗せ、半日以上掛けて対岸のノォーミク領の領都ノォーミクに着いたのだった。
ノォーミクの町は王都シルヴァーヌに比べ、のんびりして居た。
町のあちらこちらから硫黄臭のする湯気が上がっている。
「名物の『温泉玉子』如何ッスかー?ってフェーちゃんだよお。…って怪我ぁしてんじゃん、大丈夫かい?おろーアンリ姫さんも一緒かい?」
「おー、姫さん達が来たのかい?そちらの嬢さん等はどなたです?」
「へえー、帝国の皇女様と貴族さんですかー。ようこそ、温泉の町ノォーミクへ!『温泉まんじゅう』試食なされ?」
平民も貴族も王家や皇家も関係無い。と言った感じの住民達だ。
(こう言うところで育ったフェリシエンヌだから、おおらかなのだろう)
そう思うルシールであったのだが、あの襲撃の時、アンリエットを守る為、自分の命すら投げ捨てるフェリシエンヌでも在るのだ。
(何て悲しい。何て運命を背負って居るのだろう。果たして私は兄上達を守る為、命を投げ出す勇気は在るのだろうか?)
ルシールは一人、物思いに沈むのであった。
その横で、おまんじゅうを喉に詰まらせ、もがき苦しむジュリエットであった。
お陰で、ルシールの物思いは霧散するのであった。
その夜、ノォーミクのお屋敷、では無く町の人々の憩いの場である『大衆温泉』に案内された。
案内するのはフェリシエンヌだ。
大きな浴槽であった。小さな子どもからお婆さん迄湯船に浸かって居るのだ。
勿論、大衆温泉に入って居るのは、領民、貴族では無い平民なのであった。
「あら、フェー姫ちゃん。大丈夫かい?我等の姫ちゃんが怪我だなんて!」「フェーちゃんお帰りぃー」「フェーちゃん、少し大きく成ったねえ」「勉強どうだい?フェー姫ちゃん」
自領であるから、フェリシエンヌは人気者、と言う以上の人気だった。
コレットの伯爵領で時分はどうだった?
こんなに民に愛されて居ただろうか?
ジュリエットが、浴槽に飛び込もうとした時、少し年上の少女に呼び止められた。
「身体を洗ってから入りなさい。それが温泉のマナーよ?」
注意されたのだ。
ジュリエットは、お姉さんに謝ってから身体を洗った。
乳白色の温泉は『乳の湯』と言う名前である。との事だ。
(この真っ白なお湯でフェリシエンヌさんの髪、白く成ったのかしら?)
コレットはそう思ったのだが、翌日案内された源泉を見て、何となくガッカリしたのだった。
源泉は『濃い黄緑色』だった。真っ白では無かったのだ。
◇◇◇
ノォーミクに滞在中、何時もの様にルシールとジュリエットはアンリエット相手に体術や投擲術の鍛練を行うのだ。
初めてアンリの剣技を見たのは、この時だった。
手数が多く、技も多彩。『突き』の早さに関して言えば、ノォーミクの兵士より速い。
アンリエットはレイピアの名手なのだった。
コレット達見習い騎士団もノォーミク領の兵士を相手に剣術を習うのだった。
そして、昼から、午後のお茶の時間迄、コレット先輩達に勉強を見て貰い、時々宿題のレポートを作成するルシールとジュリエットである。
フェリシエンヌのお屋敷の書庫で、資料の本を読むルシールであったのだが、どうも同じ本を手に取るジュリエットが居た。
何となく概視感、ハンパ無い。
冬期休暇でも、同じ感覚に成った気がするルシールであった。
温泉の町ノォーミクはのんびりして居るのだが、賑やかだ。
長期で療養する人も多いと言う話しだ。
毎日の様に遊牧民…、この国で言う『商隊』が入れ替わり立ち替わり入って来るのだった。
「ああ、長命種のお嬢さんと恰幅の良い男性だったら、二週間位前にワシ等の商隊で一緒だったよ」
南西方面から来たと言う商隊の隊長が、そう話しをした。
「今頃は、『ヨルドの森』でゆっくりしてるだろうさ」
アンリエットは安心した。
「今回、森の族長がなン十年ぶりに決まるって話しだ。ワシ等の族長の商隊が、祝いの品や、商売の好機とかで出ばってるよ。姫様は行かないンですかい?」
(そう言う話しをナデージュが冬に言ってたなー)
何と無く覚えて居たアンリエットではあったが、数日後、更に驚く事と成ったのである。
ノォーミク公爵夫妻は、掴み処の無い人達である。
それなりに領地経営も上手く(部下の文官)やって居たし、温泉等の観光資源も充実して居る。
時々、ふらっと森に入って魔獣を狩って来る事がある。
大抵の場合、妻であるエレオノールが狩って来るのだ。
ハンターギルドなる組合も在るのだが、それとは別に個人で狩りをする様なのだ。
成る程、フェリシエンヌの母親である。
そう納得するルシール達であった。
この夏、魔物が例年よりも多いと言う事だ。
『巣分け』した魔物が大量発生した様で、近隣の村の住人が数名犠牲に成ったと言う。
「魔物狩りする?」
唐突にノォーミク夫人が言った。
◇◇◇
領都の北の大きな森に魔獣や魔物が生息して居る。
発生した魔物は、大きな『蜂』だ。
大人の頭程の大きさの蜂である。その蜂が数百の規模で発生したのだ。
その魔物を残らず『狩る』のだとエレオノールは言うのだった。
「わたしも行くぅ」
と、まだ本調子には程遠いフェーが言った。
「ダメだよフェー。今度は怪我じゃ済まない。フェーは置いて行くからねっ」
アンリエットはそう言ったのだが、母親であるエレオノールは「連れて行く」と言うのだ。
「叔母上、無謀です。フェーにもしもの事があったら……」
「もしもの事が起こる様でしたら、アンリエット。貴女の警護何て出来ません。そうですねフェリシエンヌ?」
「はい、おかぁ様ぁ」
フェリシエンヌはそう言ったのだ。
(エリム衛士長の言う通り、この子フェーは本当に小さな頃からアンリエットを守る為だけに生かされて居るのだわ)
そうルシールは思うのであった。




