第38話 アンリエット領。其の3。嘘と真。
人の『思い』『感情』と人の『残思』をも見定める目を持つに至ったアンリエット。
『異層』とは『魂』の至る場所だと思っていたのだが、それだけでは無く『異層』は、人の『思い』や『感情』の残滓の至る場所なのかもしれない。
その残滓には『色』があった。
赤黒い感情は邪な欲望に満ち溢れている。
逆に真っ白な光は純心さを表して居るかの様だった。
フェリシエンヌの髪の様だと、アンリエットは思うのだ。
(が、しかし『黒い』企みのフェーのが多いわよね?)
◇◇◇
「確かに、ミョスレ学園は来年度、入学の募集しません」
戸惑いの色が身体全体を包む旧領都ミョスレのミョスレ学園の学園長である。
何故、入学生が居ないか?と言われれば、人口激減のこの町は子どもが少ないのだ。
一学年、定員100名、四学年で400名居る筈の生徒は、今や180名だと言う。
昨年の新入生はとうとう50人切った。との事。教員は有難い事に20人残ってくれた。…つまり、教師は減ったが、それ以上に生徒が居なく成ったお陰で、学園経営は出来ているのだと言う。
「恐らく、定員越えの入学生が、来ますよ?」
アンリエットは、そう言った。
「そんな、まさか!アデリーヌ学園さん迄、この町に来たんですよ?寧ろ統廃合の方向では?」
「『棲み分け』です。一般的な学園と、……言い方が失礼なら謝りますが、…それと学力が上の学園との棲み分けです。
それと、アンリエットさんの言う通り、入学希望者が、殺到すると思いますよ?」
と、アデリーヌ学園学園長は言う。
「恐らく、両学園合わせた入学希望者は、2倍以上に成ると見て良いと思います。ですから教員の確保をお願いします」
「まさか」と言いつつ、ミョスレ学園に戻るミョスレ学園長だった。
◇◇◇
北地区が更地に成った。
次は、仮住宅の建設予定だったのだが、計画は変更された。
『仮』を取ったのだ。
一ヶ月と掛からずに続々と煉瓦職人、石工、大工、ガラス職人と職人達が集まって来たのだ。
そして、各々のギルドを通して、アデリーヌの町の側に職人街を造る許可を求めて来たのだ。
「全く、アンリエット様の目論見通りじゃないですか!」
領主館の文官ベルナールは、そう言った。
「滅多な事は言わないで下さいね?」
「し、失礼しました」
アンリエットに笑顔で苦言を言われたのだ。
彼は注意されたが、彼に取っては『御褒美』なのだ。
(黒銀の姫様に直接声を掛けられたのだ、ときめかない男が居たら見たいね?)
アンリエットは商工その他各々のギルドに対し通達した。
「余裕を持って、土地を利用するように。他の職人。例えば鍛冶職人、石工、大工以外の職人で靴、鞄等々の職人も来る可能性を考慮して欲しい」
「…それと、市街地の整備計画を一部変更します。具体的には………」
職人街の創設。それに伴うギルド館の移転。町拡張の為市壁の増設…、現在の市壁の外(東側)に新たな町を造るのだ。
そこを職人街とし、旧東門跡に広場、領主館(アデリーヌ学園)側に各商工ギルドと遊興街を移設。
治安維持の為、警吏詰所の増設。
それは一ヶ月と掛からず、達成される事に成るのだが、今の時点でアンリエット以外誰が予期出来たであろうか……。
◇◇◇
町の宿屋は、久し振りの繁盛に沸いていた。
宿泊客が、一杯一杯なのだ。相部屋も当たり前に成る盛況ぶり。パンの発注も間に合わない。
遂にアデリーヌ学園の厨房に発注が回る事に成った。
臨時急拵えのパン窯2基、全四基のフル稼働である。
何故か最近ジュリエットはパン作りにはまってしまって居たのだ。
貴族ジュリエットは小麦粉だらけに成りながら嬉しそうだ。
ジュリエットっていつもこんな感じよね。厨房の職員はそう思うのだった。
◇◇◇
4月27日、幼年学舎教員採用試験日。アデリーヌ学園に受験者が来た。
採用予定は、50名なのだが、受験者数が、528名。内、幼年学舎教諭資格者が236名。幼年学舎卒業資格のみの12歳以上が、292名だ。
資格者は、即、採用面接を始めた。
面接には、アデリーヌ学園学園長、ミョスレ学園学園長、そして、アンリエットだ。
ついでにフェリシエンヌさん。
用紙に必要事項を書いて貰い、それを元に面接する。只それだけである。
四名づつ入室なのだ。
順調に進む面接待ちの人々。警吏が、面接室に呼ばれ、採用面接を中断して連れて行かれた。何事か?と皆思うのだろう。少々ざわつくのだった。
事前にアンリは、警吏に頼んで、ここ数年帝国内の学舎に於ける事案の書類を受け取っている。
「ところで、四番さん。あなた、用紙に書いてある町で教職に付いて居たのですか?サンゴーツですか?」
相手の背後が暗く淀んで見えた。
「あなたしつこいですね。そんな町、知りません」
「では、具体的に言いますね?貴方が、二年半程前、貴方の勤める学舎で相次いで2名の女児、一人はマリー。もう一人はアネット。二人共に黒髪の女子です。その二人がいなくなってます。あなたの悪戯で、ですね?二年前のあなたは、帝都南の町サンゴーツに居たんですよ?
警吏を呼んで下さい。ジーンさん」
「御意!」
淀んだ黒。『嘘』の茶色。
男が喋る度に暗い光が溢れるのだ。
明らかに『嘘』だったのだ。
男は、悪態を付きながら警吏に連れて行かれた。
そんな事もあったが、面接は進んだ。
経歴を誤魔化す者、更には教員ですら無い者も居た。
そう言う人間は決まって淀んだ暗い光を纏って居たのだった。
そして、現職は不採用と言う触れ書きを読まなかったのだろうか。現状で、子ども達を教えて居る教員も多かったのである。
アンリエットは「予想通りだけどね」とフェリシエンヌに微笑むのであった。
だが、中には例外もある。
「確かに私は現職で教えています。ですが、ですが私の生徒に他の先生が『あなたの先生は貴族。だから平民の皆をバカにして居る』と言い含め、子ども達が授業を受けてくれなく成ったんです。
親御さんからも『辞めさせろ』って…。そんな状況で、仕事何て出来ませんですわ…。
ですから、こちらに来たんです…」
「経歴を見させて頂きましたが、『高等学舎』で教鞭を取られていらっしゃったのですよね?
今回の募集は『幼年学舎』なんですが…」
ノビューキ学園長がそう言うと、彼女ロザリー・ド・ヂュボア、ヂュボア伯爵令嬢は、「それでも良いので雇って下さい」と言うのであった。
「嘘は言って無い様です。…ではこうしましょう。ミョスレ学園の補充教師、と言うのはどうでしょうか?」
「ああ、それは良い提案です」
アンリエットの提案にミョスレ学園学園長はロザリーを採用したのだった。
「あのー、採用して頂いて、こんな事を言うのはなんですが、…私、住む所、無いんですけど…」
伯爵令嬢ロザリーの苦難は始まったばかりなのである。
◇◇◇
ロザリーの様に『高等学舎』で、教鞭を取って居た者も若干名居た。
そんな教師がミョスレ学園に16名採用された。
ロザリーはミョスレ学園に採用されたのだが、貴族令嬢の自分が平民の学園であるミョスレ学園で教鞭を取る事を怖れて居る様子であった。
「貴族だから、他の先生に虐められるかも…、生徒に無視されたりするかも…」
恐れと不安の色がロザリーを包んで居るのだった。
「では、私の方で預かりましょう」
こうしてロザリーは、アデリーヌ学園の教員に成ったのである。




