第37話 アンリエット領。其の2。富める者。
学食の朝は早い。
今朝も4時に起きたジュリエット・ド・テター男爵令嬢。
眠いが、身体は動く。
クロワッサンブームの象徴たる長い縦ロールの金髪を三角巾に納め白いエプロンを着け、野菜を刻む。野菜を刻む。野菜を刻む。アン=マリー先輩は、芋を剥く。ひたすら剥く。
町のパン屋に一日最高1000食の供給は無理。
従って、パンも自家製…学園制だ。大きめの焼き窯を二基用意してある。万全だ。
調理主任はマリー・クリバヤシ様だ。
「あ、あのジュリエット様…さん、そんなに気張ら無いで、少し休憩とか…」
「あたくし、大丈夫ですの!これでも小さい時からお食事作ってましたの。だから平気ですわ!」
「…無理、しないでね」
ひたすら野菜を刻むジュリエットは、嬉しそうだ。そして何故か誇らしげなのだ。
ジュリエット嬢って、何時もこんな感じの子ねえ、とマリーは思うのだった。
◇◇◇
旧北ミュロ領領都ミョスレ。現在は、アンリエット男爵領領都アデリーヌ。
アンリエット領の南端近くの小さな湖を北に持つ町だ。
帝都ブレから馬車で三日の位置。海迄三日。そして隣国ワロキエ王国とは馬車で四日と言う場所だ。
「其方に残りの褒美をやろう。宰相これを…」
3月20日安息日の昼、ブレ城謁見の間でアンリエットは皇帝陛下にそう言われた。
宰相から受け取ったそれは…。
爵位章と紙だ。
「陛下、爵位を受ける前に他の書類も見せて下さい」
「な、なんたる無礼かっ。陛下の温情にその様な…」
アンリエットの行動に怒り心頭な貴族が言って居るが、そんな事は関係無い。
その紙に書かれて居る事が本当ならあまり流暢に考えて居る時間は無いのだ。
それからのアンリエットの行動は早かった。
明らかに連作による障害。
治安の悪化が無かったとしても、収穫量が減っている。南部も同様だが、北は深刻だ。
じゃがいもと大豆、トウモロコシ等の種を片っ端から買い集め、農作物や稲作の知識の有る学師を帝都から呼び、そして、それらが全て集まる前に北部一体を廻ったのだ。
廻り終える頃、用意した種芋等の配布も終わり、別動で先に稲作の作付指導をしていた学師と合流。水田の様子を見て廻り、出来るだけ、農民一人一人に声を掛けた。
「不安でしょうが、上手く行けば今年は無理でも来年以降は安泰です」
こうして怒濤の3月が過ぎたのだった。
アデリーヌ学園の引っ越しもあり、学園として3月末の中間試験は、日程を4月の中旬とした。
中間試験もアンリエットは学年一位。二位フェリシエンヌ。
三位ロイクも変わっていない。
そして、ナデージュの五位も不動だ。
何と、朝夕忙しい筈のジュリエットが、四位に食い込んで居た。
「侯爵様に報告を…侯爵様に報告を。…ウォンウォン」
この子って何時もこんな感じだねー。と皆が「よしよし」と嬉し泣きのジュリエットの頭を撫でるのであった。
ルシールも頑張った。総合十位だったのだ。
◇◇◇
ミョスレ改め領都アデリーヌ。その北地区。貧民街に成ったその場所に仮設の住宅を六棟建てる予定だ。
その為廃家の撤去作業のを行うのだ。期限有りだが雇用には繋がった。
子どもも多く居た。
10~11歳の子どもの為、幼年学舎が必要だった。
12歳以上の子ども達の中には幼年学舎に通わせる必要の有る子、つまり読み書きの出来ない子ども達だ。
それらの子ども500人弱。
アンリエットに抜かりは無い……。筈だった。圧倒的に教員が足りない。建材も教材も何もかも足りないのだ。
「なら、二毛作にしちゃえば?」
フェリシエンヌの言う通り、一日に二度、授業を行えば良いのだ。
だが、普通の幼年学舎の教員は、午後は午前の授業の整理や明日以降の準備をするものなのだ。
どのみち教員不足、労働力は十分に有るのに大工と石工が足りない。何より余分な資金が圧倒的に無いのだ。
珍しく一人で昼食を取るアンリエット。ふと顔を上げた。何か嫌な気配を感じた。
学食の外の更に外の広場は、今では北地区の貧民街の子ども達の仮住居に成っている。
だが、そちらでは無い。
反対側、学舎の中庭辺りにその嫌な気配が渦巻いて居る。
人の欲望?恨みの塊なのだろうか。赤黒い人の感情が集まって居た。
そこに向かって歩き出すアンリエットだった。
「アンリちゃん?どこぉ」
アンリエットを見失なったフェリシエンヌ。
「アンリさんなら先程迄…、あら、食器を片付け無いなんて、アンリさんらしく無いわね。どこ行ったのかしら?」
フルールさんも不思議そうに小首を傾げた。
フェリシエンヌは怒りを顕にした。
一番の警護役の自分がアンリエットを見失ったのだ。怒りの炎が目視出来るかの如く凄まじいものだった。
辺りに居る生徒達の幾人かは確実にチビった。
アンリエットは中庭に出ていた。
いや、城の中だった。
そこは見馴れぬ城の中だった。そして、城主…多分、王であろうその人のどす黒い欲望がアンリエットに見えていた。怒り、欲望、憎しみ、絶望、妬み、嫉み。
そして、その感情の染み着いた王。入って行った地下通路に付いて行こうとして、アンリエットは気が付いた。
「しまった。あたし『異層』に居たのねっ。どの位深く移ったのかしら?今は『表層』よね?今来た道戻らなきゃ」
だが、気が付いた時には既に地下。
中庭にそんな地下への入り口など、見た事が無い。暗闇の地下道をアンリエットは壁伝いに歩いた。
「力を上手くコントロール出来ないだなんて!無意識に異層に移っていただなんて!今後の課題ね。…今はこの暗闇から出なくちゃ、反省処かーーって、行き止まり?」
益々焦るアンリエットである。
「…ここ、どこ?暗い。見え無い。先生、せんせー、せんせぇ。見え無いよぉ」
出口を探すが分からない。
「開けて開ーけーてー助けて、助けてせーんせーえええええーー!!!」
アンリエットは泣きながら、「エミール先生、エミール先生ぇー」と叫び続けた。
どの位、叫んだのだろう。
急に頭の上の土砂が崩れ、アンリエットは、土まみれに成った。
頭上のそこには温かい日の光と汗だくのエミール先生の顔があったのだ。
エミールは、土だらけのアンリエットを穴から抱き上げた。アンリエットは、ただただ先生の胸に顔を押し付け泣きじゃくったのであった。
「アンリさん、アンリさん。大丈夫。大丈夫だからね?もう怖い事は無いですよ。僕が居るから、ね?安心して。ほら、綺麗な髪が泥だらけですよ?」
それから暫くの間、アンリエットは抱きついたままに成って居たのだった。
少し嫉妬の炎を撒き散らしながらエミール先生の後ろに立つフェリシエンヌである。
◇◇◇
医務室で、落ち着いたアンリエットは、エロイーズ養護教諭に退室を願い、それまでの経過を二人に話すのだった。
「あの欲望は王の物だった。恨み怒り悲しみは、臣下…、いいえ、民の物だった、のだと思う。
欲望って、どんなに満たされても、どんなに富んでも満たされない物なのかしら?」
「きっとそうだよ。だけどね、一人だけ満たされても、それは孤独だと思うよ。僕は…」
「そんな事よりアンリちゃん。『異層』どの位潜った?」
フェリシエンヌは、まだ怒って居た。今度は自身にでは無く、アンリエットに対してだ。
「…ごめんなさい。でも無意識だったの。もっと冷静に成る。上手くコントロール出来る様にするわ」
「分かった。じゃ、本題」
エミールは思った。
(フェリシエンヌさん、普通に喋れんじゃん)
「時と場合によるんですぅ。それとぉキャラ付けは必要ぅ」
と言った後、フェリシエンヌは本題に入った。
「エミール先生ぇ、ここミョスレの町ってぇ元々は王都だったんでしょうぅ?」
「ああ、大ミュロ王国ですね。もう40年程前ですね」
「前の領主館で伯爵邸だったぁその前はぁ、ミュロ王国ぅ王城だったぁ
。つまりぃ、欲望の先にはぁ?」
「…。何でしょう?分かりません」
「…先生ぃ、マジ、鈍いですぅ」
こんな感じで、医務室での秘密の会議…のつもりだったアンリエットの考えを読め無いエミールのせいで、秘密に成った様な成らなかった様な話しは終了した。
◇◇◇
「こ、これは!」
エミール先生、ビックリだ。
深夜、夕方のうちに約束させて、向かった場所。昼間、アンリエットが閉じ込められた……自分から閉じ込まった地下通路の行き止まり。
果たして、ミュロ王国時代の宝物庫であったのだ。
と言うより、金庫と言った感じだ。
ミュロ金貨しか無かった。
若干帝国金貨もあったので北ミュロ伯爵時代の物もあったのかもしれない。
「君達は、これの…、この存在に気が付いた。と言うのですか?」
「私はぁアンリちゃんの話しからよぉ。ところでぇこの金貨どうするぅ?」
フェリシエンヌの質問は確認だ。アンリエットには十分分かって居るのだった。
◇◇◇
「これより、この触れ書きを各都市、各町の関係ギルドに配布。早馬にて早急に配布せよ。これはあたしの勅命である!」
そして、昨夜のうちに引き上げたミュロ金貨の鑑定を行った。
鑑定と言っても重さを量っただけだ。
思った通り、帝国金貨と比べ金の含有率が低い。
「三分の二ってぇところね。それでも、ファテノークの国家予算の4ヶ年分よぉ?」
「つまり、資金ね?」
「そう言う事ぉ」
アンリエットとフェリシエンヌは、そう言うと、領主室金庫の扉を閉めた。
『『幼年学舎』教員を求む。
教職員採用に際し、現行で職務中の者は採用せず。但し、幼年学舎卒業資格の有る12歳以上の者も条件次第で仮採用とする。尚、採用試験の日程は、4月27日午前9時。会場、アンリエット領領都アデリーヌ学園にて。【領主アンリエット・シルヴァーヌ・ド・ファテノーク】』




