第32話 白亜の町。其の5。難民。
「け、結構キツいですが、なかなかコツが掴めた様に思います」
「そうですな。ルシール様、良い身体付きです。なあアレクセイ」
「ゴーティエの言う通り、中々の身体付きです。…ムッ・・・・身長155センチ。…78ってところです」
「なっ。何故、私の胸囲をっ」
アレクセイの神眼が炸裂し、アンリエットとナデージュが落ち込み、ジーンとマリエの鉄拳制裁が二人の親父に降りかかる。
と言うのが、ここんトコの毎朝の鍛練の定番メニューになっていた。
◇◇◇
「ここが…、本当に『貧民街』ですか?」
ヴァレリー帝国の皇女ルシールはショックだった。
自国の貧民街とは比べ物に成らないのだ。同行した分隊長や部下達も同様に、目を見開いて驚いていた。
場所は清潔で、皆、笑顔。普通に生活出来うる環境、皆ギリギリではあるものの満たされている様子なのである。
帝都のそれは皆、虚ろな目をしている。
そして、スリや盗み等で生活する犯罪の温床の場所なのである。
だが、ここは違った。『炊き出し』に皆、並んでいる。
「ひめさまー」「フェーちゃんっ」「お兄ねーさんも来たぁ」「姫様じゃ無い姫様だー。姫様のお友達の姫様なの?」
「「オセロ、キター」」
(なんとも元気な子ども達であるなあ)
分隊長は微笑んだ。
ルシール達が、ここ王都に滞在して四日目の1月13日。安息日である。
「南東区の南門に比較的近い所へ、ここを引き払っての移動です」
と、アンリエットは、ルシールに説明する。
ルシール達が、この王都に到着した日、疑問に思ってた『貧民街の拡張』の事であった。
移転する娼館や飲み屋は同じ東南区の中央通りから一本入った所へ、地区役場は貧民街跡地に移動、と説明する。
「疑問ですが、これら…貧民街の維持や移転、建築等々は都の税ですか?」
「詳しい事は、後で城の担当官に聞いて?あたしが知ってるのは、王国と商人達が三割づつ、都は四割。但し都は『債権』を発行してる。って事。これは建設と建物なんかの維持費よ?
それと移転費。食事や衣類なんかは、市民の現物の寄付と教会の寄付金。商人も売れ残りの物とか持ち寄るの」
「そんな事をして、一体、なんに成るって言う…」
「お母様の言葉を借りると『人的資源』って言うんだケド。分かりやすく言えば、労働力」
分かった様なそうで無さ様な顔のルシール。
「あれですな?一昨日、学園長殿が仰った。南部の橋の修繕とかの人足ですな」
「短期的な人材って意味ではぁ、そうですぅ」
と付け加えるフェリシエンヌ。
嬉しそうにする親父は分隊長である。
「長い目で見ると…。商売人にも成る。売る人、作る人、加工する人。と、同時にお客が増える。って事でしょ?」
「そ、ナディー大当たり!実は学師や教員もミュロの難民に多いんだって、知識階級って真っ先に危険を察知するんですって」
意外な所で勉強出来たルシールは、質問する。
「盗み等の犯罪は無い、のかしら?」
「無い訳じゃあ無いケド、貧民の子に限った事じゃ無いわ。他所の国から盗み目的で来る者の方が多いって父が言ってたし…それに前、ルシーにあたしは言った。
『教育』が大事だって」
「…?」
「つまりね、読み書き算術が出来ると、力仕事以外の仕事も出来る様に成るのよ?商人の所で丁稚や商店での丁稚って具合に子どもでも出来る様に成るでしょ?」
納得したのである。ルシールには思いも付かない考えだったのだ。
他に尋ねた事も父に、皇帝に伝えるべきだ。そう考えた。
だが、アンリエットは、言うのだ。
「お母様…、先の女王はその前の女王から、この事業を引き継いだの。今の形に成るのに五年掛かったと言っていた。建物場所の確保は直ぐ出来るケド、民の意識はそう早く成らなかったって。
だから王女の時の母とフェーのお母様が休息日に今皆がやってる『炊き出し』を手伝い始めて、やっと民の寄付や商人の出資が本格的に成ったって言うわ」
そうなのだろう。
帝都民は、犯罪の温床、近付いてはダメな場所と言う意識だ。大人に成る前から、ゴロツキ、チンピラ。女の子なら娼婦だ。そう決まっている。見目良い子どもなら、商品だ。
それが帝都の考え…、ひょっとするとしなくとも、それが世界の認識だろう。とルシールは思う。それが事実だ。
だが、変える事も出来る。それを知ったのだから…。
◇◇◇
毎日が楽しく過ぎて言った。
アンリエットもフェリシエンヌは勿論。ナデージュはヨルドの森に友達と言われる存在は居なかった。
年上の子どもは居た。長命種は極端に出生率が低いのだ。
自分は四年ぶり子どもなのだそうだ。
初めての友達と過ごす長期のお休み。楽しく無い訳が無い。
そしておそらく、一番楽しんで居たのがルシールだった。
最初「姫様のお友達の姫様」と貧民街の子ども達から呼ばれて居たのだが、直ぐ「ルシーちゃん」と名前で呼ばれる様に成ったのだった。名前呼びするのは、家族以外では居なかった。
学園に入る迄、幼年学舎は行って無い。皇女だから宮廷学師が先生だった。宮廷内皆、「姫様」「殿下」であったのだ。
知らない経験が盛り沢山のてんこ盛り。
毎日早起きをし、皆で鍛練をする。昼前迄お勉強をアンリエットやフェリシエンヌとナデージュに教えて貰ったり。昼食後は、乗馬も練習した。
勿論、宿題もした。
宿題は二つ、『読書感想文』と『自由研究』。
ナデージュもルシールも自由研究のテーマは、既に決まっていた。
と言う訳で、毎日では無いが城の裏手の官庁街にある図書館に通うのだった。
それでも一国の姫である。
護衛として騎兵隊分隊(徒歩だから衛士)五名が着いて来る。平服で…。
だが、姫であるルシールの立ち振舞いは、平民のそれでは無い。
「何処かの貴族のご令嬢様かしら?」
と誰しも思ってしまうモノだった。のだが、何時しかそんな存在も当たり前に成ってしまうものなのだ。
そんなルシールだったが気になる事が一つ。
どうもナデージュと見る本が被っている様な気がするのだ「まさかね?」とその時は思っていたが………。
「どうせなら、ジュリさんも連れて来たら良かった…」
と、ルシールが呟いた。
すっかり忘れていた。もし、食事にクロワッサンでも出ていたら、もっと早くジュリエットの事を思い出して居たかもしれなかったのに!
「次回、夏期休暇に声掛けよう。ルシーさん」
その時、私は居ない。と言う言葉は言わないナデージュであった。
毎週休息日は、皆で、貧民街の炊き出しを手伝った。時間が大きく空く時、子ども達と遊んだり、時には移転先に荷物を運ぶ手伝いもした。
困った事に、ナデージュは娼婦達に人気で、彼女だけは娼婦の相手(いかがわしい事では無い)をする羽目に成ったのだった。
◇◇◇
そんな毎日を過ごす女生徒達とは離れ、学園長ノビューキは、帝国から派遣された技師と過ごしていた。
古代語の翻訳だ。
技師は、図書室。
町の一般の図書館では無く城の地下にある『王家の図書室』での観覧を許されて居た。
最下層は許されては居無いのだが…。
その図書室の書物の中に『手早く、手動で文章を作成出来る構造』と古代文字で書いてある物を見つけたのだった。
国王代行ライアン殿下の許可を得、城の学師に手伝って貰い、どの様な機構で有ることは解った。
だが、古代文字である。自分達には手が余る。
そこに学園長である長命種の人が来たってんだから、喜んじゃったのだ。
翻訳されるに従い構造を理解し、制作してみる事に成ったのは、2月の初旬であった。
只、それが『印刷機械』では無く文章作成の機械『たいぷらいたー』と言う物だったのは残念だったのだが、技師的には十分魅力的な機械であった。
学園長も楽しんで翻訳した様子だった。が、少々浮かない顔に成っていた事に誰も気が付かなかった。
◇◇◇
学園に戻る日の前日、細やかに送るつもりで開いた会は、結局大きなパーティーに成っていた。
聞き付けた貴族、主に商隊を束ねる族長達、その拠点を守る貴族。そして商人達。
今回は、新年に間に合わ無かった貴族も参加していた。
その中にタクーアーシィ侯爵も訪れて居た。
当然、その子女も来ていたのだ。
ルシールは、王都シルヴァーヌに着いた翌日の歓迎パーティーの参加以来、二度目の夜会の参加であった。
「ドレス二着で済んじゃった」
と胸を撫で下ろした。
アンリエットは、パーティーに出て会場の中であの日の想いを思い出していた。
「先生の事ぉ、考えてるのよねぇー」
フェリシエンヌは言うのだった。
「時々考えてるの知ってたよぉ?」
全く持って鋭いフェリシエンヌは「フフフゥ」と笑うのだった。
「ホント、フェーにはあたし、敵わないなー」
そこに、貴族や大商人の子息等が群がる。
今夜はナデージュもドレス姿だ。
薄い金色の長い髪を結い、ちょっぴり胸元は悲しいが薄緑のドレスを纏った幼いながら高めの身長だ。
勿論、言い寄る男性もかなり居た。
「君はアンリエット様のお友達かい?」
そうだ。と答えるルシールに、
「お姫様、私と踊りましょう」
無下にする訳にも行かないだろうと応じる皇女。
アンリエットもダンスに応じ踊っていたが、踊れば踊る程に想いが募るのが乙女心なのである。
それを横目にルシールは踊る。
フェリシエンヌは、と言うと、あのサトウ伯爵家の事案が効いたのだろう。状況を恐れ殆んど絡まれず気ままにパーティーを楽しんで居る様子だ。
ナデージュも誘いに応じ、踊っている。
「君は何処の家の子ですか?見掛けた事は無いですが…」
「耳を見て気が付きませんか?」
「それでも私は構わないさー」
と、口説かれたナデージュ。面白く無くなって、ダンスを止め、フェリシエンヌの所へ戻るのだった。
「アンリエット姫、私と婚約させては頂けませんか?」
たまに、勇敢な少年も居る。
勇敢と書いて無謀とも言うが、そんなのが来た。幼年学舎の時の一個歳上の少年だ。
学友四人が談笑している場に来たのだ。
「申し訳無いが、アンリさんには心に想う方が居るんだよ」
「それは侯爵家の長子の僕よりも相応しい人かね?」
ナデージュの答えにそう言った少年。実にアンリエットの大っ嫌いな輩だ。
「私の兄上ですの」
(何故、ナディーもルシーも知ってんのよおおおおぉぉ)
アンリエット、感情が顔に出やすい自覚は無いのだろうか?
まあ、駄々漏れだし気付かないのが不思議だろう。
「そう言う君は何処の令嬢で、その兄上とやらはどの様な人物だと言うのかね?」
「私の兄上は教師ですが、何か?」
「はン、教職風情がこの侯爵嫡男たる僕に敵う訳無いじゃないか!」
「そうですか?…フフッ。ここはアンリエットさんに肖ってみるのも一興ですね?」
と、ルシールは大きく息を吸って大声で言った。
「無礼者っ。他国とは言え、ヴァレリー帝国第二皇女と知っての狼藉かっ。名を名乗れ!この痴れ者が!名乗らぬのなら無礼討ちにしてくれる」
何時の間にフェーが渡した小刀(刃渡り30センチ)を逆手に脅すルシール殿下。
「ちなみに兄は、皇子ですよ?」
と付け加える事は忘れなかった。
後ろで真っ赤なお顔のアンリエット姫が妙に可愛らしかったりするもので、保護欲をそそったのも事実であったりする。
翌朝、帝都ファテノーク邸在外公館の交代する衛士、騎兵小隊とルシールの騎兵分隊が王都シルヴァーヌを旅立った。
そうして、泣き濡れる父達を残して、帝都ブレへと戻るアンリエット達であった。
◇◇◇
「隊長殿に言われたアレはどうなったジャック?」
「ああ、50って所だ。ジェラール」
話は遡る。
ここは『サトウ』と呼ばれる町…実際の名前はサトウでは無い町。
矢傷が化膿し熱の為、静養していた騎兵隊の一人ジャック。
ジェラールとは同僚の騎兵だ。
ジェラールは同僚の容態を見に来たのは、ついでであったのだった。
この宿を出た二日後、1月11日の昼の話である。
「絵師だが、宿の主人によると1日『五枚』は描けるのだそうだ。絵師は一人なのか聞いたら『あの絵の版権はあの絵師』なンだと」
「つまり本物って訳かジャック!後は定期購入の手続きだけ、と言う事だな?」
「取り敢えず、俺の体調も大丈夫だ。その王都、シルヴァーヌだっけ?に俺も行く」
早速、王都に居る分隊長に報告すべく、二人は騎乗し道を掛け上るのだった。
数日後、分隊長はサトウの町の王室御用達の宿に預けた荷物の他に大きな包みを受け取ると、宿の主人と契約のやり取りをした。
契約書には、こう記されていた。
『毎月小姿絵30枚(小アンリエット王女10、小アンリエット王女と小フェリシエンヌ様20)を毎月、入金確認後、料金着払いでの発送とする【版権主ジャン=ポール・キニスン】【契約者リアム・レイノア】』
分隊長リアムは「ニコッ」っと最高の笑みを浮かべたのである。




