第19話 恋する真珠。
◇◇◇
6時30分。何時もの様に女子寮外の井戸げ水を汲み、顔を洗う。
今日から12月。井戸水は冷たい。
「こんな時こその私の『魔法』だっ!」
間違えた。凍らせた。
「どうだ私の『魔法』は凄いだろう。」と独りごち、凍った水を捨て、もう一度汲み上げ顔を洗ったナデージュだった。
「お早う御座いますフルールさん。」
「何時も早いですねナディちゃん。お早う。」
学食のフルール(15才)とすっかり打ち解けているナデージュ(12才)だ。
まだ、朝食の始まる時間に間があった。朝食は45分からなのだ。
『何時でもご自由に』と貼り紙のある下に置いてあるティーポットに茶葉を入れ、横にある大振りな木で出来たケトルを傾け、ティーポットにお湯を注ぎ自分のコップにお茶を入れるのだった。
因みに、『木で出来たケトル』であるが、内側は綿と磁器と金属が層を成した入れ物に火に掛けた金物のケトルを納め入れる。と言う優れ物なのだ。
保温性の高いケトルである。
そして朝食の時間までの数分、ナデージュはお茶を楽しむのだった。
「ああぁ。お股が痛い。」
◇◇◇
「「「お早う御座います!」」」
「待ってたよ。姫様があちらでお待ちだ…って、そこにも姫様が居らしてたんだった。殿下…皇女殿下がお待ちだ。うん、これで行こう。」
今日は、修練場では無く帝国図書館の前庭で『護身術』を習うのだ。アンリとフェー以外。
正門から入れて貰い、歩く、歩く。遠いのだ。
アンリエット達は少しだけ考え違いをしていた。
帝国図書館は確かに学園図書室と隣接、…合体している。
では、学園図書室は学園のどこに位置するか。
昇降口から入って左学舎の一番奥。
そして、帝国図書館は、お城の東の端。
「遅いです。まぁ、5分遅れですけど。」
「早めに着いたと思ったんです。思ったよりこの場所、遠いんだね。」
「あら、私直ぐ着きましたよ。お城出て直ぐでしたの。」
「自分チの庭先と一緒にすんなっ!」
ナデージュ、皇女に文句を垂れた。
「それでは、何から始めましょうかルシール皇女殿下。」
「堅苦しいのは無し、って昨日も言いましたでしょうジーンさん。」
「ハッ。では今日より我が主、アンリエット姫様に習い『ルシー』と呼ばせて頂きます。」
フェーは「それはいくらなんでも砕き過ぎぃ。」と呟いた。
こうして、三人の鍛練が始まった。
◇◇◇
8時10分、1年1組の教室にアンリエット達はいる。
『護身術』やれなかった。お股が痛くって。
今日、教わったのは『股関節』の体操の仕方。それだけだったのだ。
今、教室の窓際後ろにいる。
ルシールとジュリエットの席のあるそこで5人お喋りをする朝の定位置なのだ。
因みに、毎朝ルシールに席を奪われ、やむ無く教室の後ろで男子と雑談しているロイクくんだが、定位置は変わっていない。
教室内に生徒は5人だけだ。まだ早すぎなのである。
「お股の運動の練習しよ?」
「お股って。フェーせめて『股間』のって言った方が…。」
「股間では無く『股関節』と言うのが適切ですの。」
「じゃあ、ちょっとやろうかルシーさん。」
「そうですねナディーさん。えーと何か敷物を…。」
お姫様は、そのまま床に座るのははしたない、と思うのかそう言って躊躇した。
「そんなに汚れ無いさ!」
そう言って、ナデージュは床に座り両脚を広げるのだった。
「では、わたくしも…。」と言いつつ、近くの椅子と机を前に押し、場所を確保したジュリエットも脚を広げた。
はしたない。なんて思っちゃいられ無い。と思ったのか分からないが、皇女も床に座り込み脚を広げ「こう、足の親指を床に付けて…。。。」とジーンから習った運動を反芻するのだった。
と、そこにロイクが「…あ!」と言う顔をして立ち尽くす。
「ぱ、ぱん、つ…ぱんつ?」
正確には、ドロワーズである。
「ロイクくんおはようぅ!」
「おはっおはっ…!!!」
「何でこんなに早いのよーロイクくん。」
「「キャアアアアー!」」
「ゴメンナサーイ!」と走り去るロイク。
真っ赤な顔のルシールとジュリエット。
ナデージュは「やれやれ」と言う顔をして走り去ったロイクの出て行った扉を見つめるのだった。
ロイクは、ドキドキしていた。
ドキドキして昇降口に座っていた。
「こ、この胸をキツく締め付けるコレは、コレは何だ?恋、なのか?恋なのか?コレが恋!きっと恋!それも恋?きっと恋。」
「おはよーロイク。何やってんだおまえ?」
◇◇◇
「ん?黒板。先週の日付のまま、変わって無いです。今日の日直は何方です。黒板の日付変わって無いですよ?」
「今日、日直ロイクくんです。」
「ロイク、朝早く見ました。」「なんか空見てました。」
「そうか、そうですねロイクくんも色々あるのでしょう。少しほっときましょう…。 では、出席を取ります。ノエルくん。」
「はい。」
「トーマくん。」
「はーい!」
「ロイクく……。はぁ、まだですね。ではアンリさん…。」
「…。」
「アンリエットさん。」
「…。」
「アンリエットさん?」
フェリシエンヌがアンリエットの背中を指で突々いて「アンリちゃんアンリちゃん!」と呼ぶ。
エミール先生がアンリエットの横に立ち顔を近付け、尋ねる。
「アンリエットさん?具合でも悪いのですか?」
「ポー」っとゆっくりエミール先生を向くアンリエット。
エミール先生の顔をジッと見つめるアンリエットは、赤い顔で「せんせい………。」と呟いた。
「状況に対処するのだ。アンリエット『あちら』へ戻るのだ」
亡くなった母の声が聞こえた気がした。
現世に帰還するアンリエットの思考。
「おっお早う御座います。エミール先生!」
「おや、お顔が赤いです。お熱は?」
と、先生はアンリエットのおでこに自分の額を当てた。
ハヒッハヒッヒハーと声に鳴ら無い声を出すアンリエット。
その後、訳が分からないまま医務室のベッドに横たわって居たのだった。
◇◇◇
アンリエットは気が付いた。
「天井、白い…。。。」
「ああ、起きたか。アンリエットさん熱は無い様だよ。授業に戻るかい?」
「はい。えーと、ここは?」
「医務室だよ。私は養護教諭のエロイーズだ。」
「エロイ先生、あたしどうしてここに?」
「エロイ…は止めてくれ、何かやだ。エミールが『生徒が倒れた』って君を運んできたんだよ。」
ちょっぴり赤くなり、俯くアンリエット。
「女の子だねー」と囁くエロイーズ教諭。
「後、15分位で一時間目が終わるから、それから戻んなさい。」
「分かりました。ありがとうございます。お世話掛けましてホントにありがとうございます。」
「王族らしく無い。感謝の言葉を言うなんて、なんて…ぁあー!かっわいいいーわああー。本当可愛い。君可愛いよおー。エミール君の言う『真珠』ちゃん!マジいいわあああー!」
エロイーズ教諭はアンリエットを抱き締めたのだ。
既視感を覚えるアンリエット。
この暴力的な双丘は!この有無言わさぬ精神破壊兵器は何なのだ?
そしてアンリエットは、再び気絶した。
◇◇◇
「運動の授業で転んだやつ、連れて来たんですけどぉ。先生ー居ますかあー?」
アンリエットは、気が付いた。
「天井、白い。。。」
「先生…居ないみたいだ。膝、大した事無いなレオ?」
「消毒の薬だけでも…………く、黒銀の真珠…何故、何故、僕の前に白雪も、そして君も現れた!これは天命?」
現れたのでは無く始めから医務室のベッドに休んで居た。と言う事実を無視する生徒会役員(庶務)三年生のレオ。
前出は17話……レオ・アベル・ド・モンターギュ。大変御都合主義のバカは奴、だ。
「こんにちは。…先輩ですね、初めまして、あたしアンリエットと申します。」
「…ああ、ぼ、僕は三年のレオだ。モンターギュ侯の子息だ。嫡男だ。」
「あ、あたしは。隣国ファテノークのプラティーヌ大公、アンリエット・プラティーヌ・ド・プラティーヌでもある。」
そうなのだ。アンリは、王都プラティーヌを含む、プラティーヌ大公領領主アンリエット・プラティーヌ・ド・プラティーヌであり。ファテノーク王女で、そして王太女なのだ。
親の威厳を借りて偉そうにする輩には偉そうにしたくなるお年頃なアンリエットだった。
「え?大公、って?王女じゃあなかった?」
「ええ、先輩の仰る通り王女です。」
「『大公」って何?」
「大公は大公です。爵位がお分かりにならないのですか先輩?因みに、立太女に成った時、大公位と他、幾つかの爵位を賜っております。内、侯爵位もありますわ。九歳の時です。」
「ええと、あ、アンリエットさん大公様でしたか、は、ははっ」
アンリエットは、ベッドから降り「三時間目、始まっちゃう。」と言いながら、医務室を後にした。
「レオぉ、所詮、高嶺の花なのさっ!」
「はっ、ははっ、ははは。」
◇◇◇
「大丈夫ですの?」
と、一夜干しのイワシを啄むジュリエット。
今日の昼食は焼いた干しイワシと野菜スープ、黒パン。寄宿舎暮らしのナデージュも同じメニューなので、きっと今日の『日替りランチ』なのだろう。
「大丈夫よぉ?アンリちゃん。」
「大丈夫なモノか、朝から焦点合ってない。と言うかそうボーっとしています。」
「えぇとね、何って言ったかなこう言うの。『犬も喰わぬ』じゃぁ無い、…そう『お医者様でも治んない』って言うやつ?」
「私、分かんない。」
「ナディちゃん、あのねぇ恋してるのアンリちゃん。キャハ!」
何気に鋭いフェリシエンヌはコソコソ言うのだった。
「まさか。ロイク?」
「「「無い。ロイクだけは無い。」」」
ルシールのボケに総ツッコミが炸裂した。
そんなロイクは二時間目から授業に出たのだった。




