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あなたの帰りは死んでも待ちます

  あなたの帰りは死んでも待ちます


 「あのさぁ、お盆開いてる?」


「は?」


 私がお皿を洗いながら聞き返す。七月の終わりのことだ。


「今年のお盆が休みになったって言ってたろ? 実家帰るのか? それともなんか別に用事あったりする?」


「なんですかいきなり、特に予定はありませんよ。斉藤さんはご実家に帰られるんでしょ?」


皿を水切りに置き手を拭きながらキッチンをでた。


「なんかさ、向こうでいろいろ起きたみたいなんだよね。」


彼は笑いながら私に言ってきた。


「また水族館の時のようなことはごめんです。未だに私の仕事、むりくりなスケジュールでやってるんですから」


「いいじゃん。」


食後のアイスを食べながら彼は言った。


「要件を先に教えてください。」


「それがね、家を解体したいんだけどできないんだ。」




 と言われ私は来てしまった山間部の家。


「ここがご実家ですか?」


山の中にしては大きすぎる平屋であった。


「いや、ここは親戚ん家。俺の実家は取り壊す家の方。」


そういいながらもう一つの建物に指をさす。


「何で実家の方が取り壊されるんですか?」


「もとは別邸だし、老朽化? じっちゃんもばっちゃんも死んじゃって、父さん母さんは仕事で東京にずっといるし。」


斉藤さんは家の敷地内に適当に車を止め、降りながら話をする。


 私が車を降りて一番始めに視界に入ったのは犬。


 犬である。


「斉藤さん。」


「ん?」


「テロを連れてこない方がいいというのはこのワンちゃんのせいですか?」


家を出る前念入りにテロはダメと言われたことを思い出す。


「やっぱり次郎か…」


「やっぱりってなんですか?」


まさかと思って犬を凝視する。よくいる柴犬だ。茶と言うより黒に近い毛並で眉毛がある。多分、柴犬だ。


「それがさ、次郎も歳で少し前に死んじゃったんだけど夜な夜な次郎の鳴き声が聞えたり、散歩中の犬が何もないとこを吠えてきたりするから親戚たちは次郎がまだじっちゃんの帰り待ってんじゃないかって話になってさ」


なんでいつも本題を先に行ってくれないのだろうか?


「それで私呼ばれたんですか? 解体工事はどうなったんですか?」


「それも蔵に解決してもらえたらしてもらおうと思って」


私はがっくしと肩を落とす。私は良いように使われている幽霊レーダーか! ってんだ。


 「(せい)一郎(いちろう)くん、帰って来てたんなら早く入らないと熱いよ。」


見知らぬおじさんがこれまた知らない名前で斉藤さんを呼んだ。


「ああ、叔父さん。お久しぶりです。」


「中で二葉(ふたば)たちが待ってるよ。そちらがお連れ様かな?」


私の方を向いて聞かれる。当たり前だ。ここに他人なんて私だけだろうから


「蔵星乃と申します。」

私は軽いお辞儀をする。


「聖一郎くんの彼女にしては真面目そうな人だね。」


「え!」

今のは私の聞き間違いか?


 てか、さっきから聖一郎くんって⁈


「斉藤さん!」

私は小さな声で斉藤さんに聞いた。


「あ、俺の本名聖一郎。長いから一文字目の(せい)(ひじり)って呼んで芸名に使ってんだ。ここではそう呼べよ。」


そんなこと言われても

「斉藤さんは斉藤さんですし… ってそっちもですが彼女ってなんですか?」


叔父さんの言ったこと文句をつけるように言うと

「そういうことにしないと今夜泊まるところないぞ。」


まさかの展開の私の顔は一人百面相する。


 家屋に向かって歩く。


 大きな日本家屋で木の表札には「齋藤」と入っていた。


「あれ? 斉藤さんって簡単な方の斉じゃなかったんですか?」


「書くのが面郷臭いから簡単な方使う癖ついてて、事務所の履歴書にもそっちを書いて出しちゃったんだよね。まあ、どうせ芸名なんだけどさ」


へぇ…


 と感心しながら家にお邪魔する。


 「せいくん!」


戸を閉めるなり中から走って現れたのは十歳ぐらいの男の子だった。


「二葉! 身長伸びたな!」


 勢いで抱きつく男の子二葉くんの頭を撫でながら斉藤さんは言った。


「二葉、この人が蔵だ。仲良くしろよ。」


「やだ。」

バッサリ。と一瞬で切られた。


 私の顔はおそらく無表情で固まったままなのだろう。隣で爆笑する斉藤さんがいた。


 ばたばたばたと廊下を走ってくる軽い音が数人分近づいてくる。


「せいくん!」


「せいちゃん!」


男女子供が五人現れた。


「驚きました?」


斉藤さんの叔父さんの声で現実に帰る。


「聖一郎くんの父親、私と兄が結構歳が離れているんですが、私以降はあまり離れることなく、そのため同じぐらいの歳の子が六人。聖一郎くんはよく一人で帰って来ていたので皆の兄としてよく面倒無見てくれているんですよ。」


「意外です。」


ボソッと内心思っていることが口から出ていた。


 斉藤さんはゾロゾロと子供たちを連れ家の中に入っていく。




 家の中はある意味遊園地であった。


 ここに来て二時間ほどたったが斉藤さんは笑いっぱなしで子供たちの相手。


私はなぜか台所に立っている。


「手伝わせちゃってごめんなさいね。」


「いえ、いつもやってますし」


エプロンを借りてまだ名前すら聞いていない女性たちと並ぶ


「星乃ちゃんってあの週刊誌に載ってた子?」


「え? あ、はい。でもそういう関係と言うわけではないく」


「テレビで面白いのやってたわよ。あの水族館の大水槽に手を当てて愛をささやき合うと別れないって」


 あれか?


 数枚載っていた写真の中にあった人魚と話している処であった。


 それが今では恋愛成就のおまじないになっていたとは、メディアは怖い。


「別れるどころかあの時はまだ付き合っては…」


と言ったところで今付き合っているわけではないし今後付き合うつもりもない。


 私は天ぷらをひっくり返しながら言ったは良いがどう切り返されどう答えるべきか考えていた。


「うまそうじゃん… ってあっち!」


斉藤さんが私の肩から顔を出し油きりをしている天ぷらを一つ取って口に運んだ。


「斉藤さんつまみ食いはいけません!」


「いっぱい作ってんだからいいだろ。」

そういうと台所を出ていく。


 隣でくすくす奥さんに笑われた。

「私何か間違ったこと言いました?」


「フフッ、違うわ。ここに居るのほとんど齋藤だから紛らわしいわね。って思って」


「あ… すみません。ですが名前を呼ぶのは仕事の関係上ちょっと…」


今更名前で呼ぶのも何か嫌だ。


それにどっちで呼べばいいのかもよくわからない。


「お仕事何されているんでしたっけ?」


「テレビ局のスタッフです。入社早々斉藤さんの出演されるドラマに当てられてしまって… あ、すみません。」


「芸能人と付き合うのも大変ね。」


「そうですね。」


本当にいろんな意味で大変だ。


 天ぷらを油きりのトレイに移す。天かすを捨ててまた新しい食材を揚げていく。




 その晩は宴会であった。


 斉藤さんのお父さんは八人兄妹で長男は家を継ぎ、次男である斉藤さんのお父さんは出席されず、三男から五男の方は次男と十歳離れた年子の兄弟。長女から三女までは程よく感覚が開いているらしい。


 奥さんたちは料理やお酒を運んだり子供たちの世話をしたりで忙しそうだ。


 現に私も今三女さんの生まれたばかりの赤ちゃんにミルクを与えている。


 ふすま越しで早くもどんちゃん騒ぎなのが解る。


斉藤さんと歳の近い従兄弟さんたちはほとんど男で成人しているということもありそれも加わり忙しさは倍になったという。


「星乃ちゃんありがとね。変わるから何か食べてきたら?」


「ありがとうございます。でも台所まだ忙しそうなのでそっち行ってきます。」


この人数が飲み食いすればいくら作っても足りないだろう。子供たちもいる。


「働き者でいいわね。聖一郎くんにはもったいない。」


「そんなことありませんよ。」


彼女ではないと断言したいもののそれを抑え表面的に答えて席を立つ。




 時刻は午前三時を過ぎた。


 子供たちはしっかりと布団の中と言うのに大人たちは居間で雑魚寝である。


 奥さんたちの話ではお盆中は毎日こうなるらしい。


 食器を下げながら酔いつぶれた人を踏まないようにする。


「これが最後です。」


おぼんに乗せたグラスを台所の机におく。


「後片付けならやっておきますよ。みなさんお子さんもいますし明日もこうなら寝ておいた方が」


夜更かしはなれている。そのせいで肌荒れは酷いが…


「そう? それじゃぁお言葉に甘えて、星乃ちゃんの寝る部屋は子供たちが寝ている部屋の隣だから」


「わかりました。ありがどうございます。おやすみなさい。」


「おやすみ」


 食べ残りを一つのお皿に集めラップかけ冷蔵庫に入れる。


大皿ばかりを水切りに並べていく。


置くところのなくなったグラスは洗って机に置いていく。


全部の食器が洗い終わったところでそれを拭いて食器棚に戻す。


気が付けば時計は五時前になっていた。


そういえば子供たちの朝食ってどうなっているんだろうか?


それより前に開いた一升瓶を外に出しに行っておこう。


音をたてないようビンのケースを持ち裏口から出てケースを置く。


ついでにいっぱいになったゴミ袋を外のゴミ捨て場のボックス内に入れておく。


 パンがあるわけではなさそうなためお米を炊いておいた方がよさそうだ。お米を研ぐ。


「そんなことまでしなくていいよ。」


少し呆れた声の斉藤さんが台所に入ってきた。


「子供たちは酔いつぶれと違ってちゃんと朝になったら起きてくる。なのに何もないっていうのは酷いんじゃないの?」


私は冷蔵庫を見ながら言う。


「なら作るのは味噌汁だけでいい。お前あんま料理作んな。」


「は?」


冷蔵庫の前で私は固まった。


「不味かったですか?」


昨日私が作ったのは天ぷらと煮物と出汁巻き卵ぐらいだった。


あと、から揚げも作った。


不味く作ることは逆に難しいものな気もするが何やっちゃったかな?


「不味くはなかった。てか、いつもうまいよ。とにかくお前は客なんだからあんま動き回んなくていいよ。」


そういいながら私の横から冷蔵庫に手を伸ばしわかめと豆腐を出していった。


「これでいいよ。」


まな板に置いて台所に出ていった。何がしたかったんだ?




 六時、七時と時間が過ぎていく中私は台所でパソコンを開いていた。


 七月の夏休み初日に公開された私の初の映画は予想以上に観客が入ったらしくそのおかげか今、新しい仕事の相談を受けている。


 どうも私の書く話の印章はやはりホラーでサスペンスでシリアスなストーリーを求められていた。


確かに書きやすかったが私のメンタルが少しずつ減っていくのだ。


きっと周りが解らないぐらい減っている。


「お姉ちゃん何してるの?」

ふと声に振り向く。


「おはよう。みんなはまだ起きてないの?」


「起きてるのもいるけど寝てないのもいる。」

目を擦りながら言われた。


「そっか。朝ご飯はいつもどうしてるの?」


「着替えた後」


「じゃあ起きてるみんなに着替えてきてって伝えてくれる? 朝ご飯用意しておくから」


「うん」

女の子は走って行った。


 私はお味噌汁を温め直す。冷蔵庫に入れていたおかずの残りも電子レンジで温め居間の机に並べる。


「お姉ちゃん俺の分も」


「斉藤さんは自分でよそってください。私子供たちの運んできますんで」


「ちぇち」


唇をとがらせていう斉藤さん。


「ガキですか⁈」


 廊下で数人の足音がする。


「お姉ちゃん、みんな起きた。」


「そう、じゃあみんなで居間で待ってな。持っていくから」


(あおい)手伝うよ。」

そういって台所に入ってくる。


「ほんと? ありがとう。それじゃぁお箸先に持って行ってくれる?」


「うん!」


二葉くん以外はっきり言って名前を知らなかった。


 子供たちと朝食をとる。


 食器の片づけはみんなが手伝ってくれすぐに終わった。


 「お姉ちゃん! お外で遊ぼ!」


「いいけどママたちに何も言わずに出てって平気?」


「葵ここの家の子だから大丈夫!」


大丈夫だろうがいいのか? 斉藤さんに聞いてみるか。私はきょろきょろ見渡し斉藤さんを探す。


「斉とう… せいくんも誘ってみんなで遊ぼうか?」


「うん!」

よし、これならオッケー。


 私一人で知らないところで子供を遊ばせるなんて怖いことできません。


「せいちゃん!」

葵ちゃんが探しに行くのをついて行く。




 「お姉ちゃんはあっち、葵はこっちね。」

といって、別れてから数分。


 本当にでかい家だと今更実感した。


完全な迷子だ。


「葵ちゃん、斉藤さん」


呼んだ処で反応はなくシーんとしている。


 進む廊下は庭に面しており綺麗な向日葵に青々とした木々が見える。


すごく過ごしやすそうなところだ。昨日の奥さんたちの話ではここは農園と畑で成り立っているらしく隣の民家までは車でなくては時間がかかってしまう。


 子供たちの学校は山の麓にあり毎日お父さんが出勤するときに車で送ってもらい帰りは麓の児童館に仕事帰りのお父さんが迎えに行くらしい。


 そのため斉藤さんは寮のある中高一貫の学校に通っていたらしい。


それでも休日には毎回帰って来ていたとか


 大学から東京で、在籍中にモデルを始め、卒業後に役者に転身、今に至るらしい。


 ペットの次郎も一番可愛がっていたらしく死んでしまったときは本当に悲しんでいたとか。その次郎が成仏せずにいるのだ。気になって仕方ないのだろう。


 私はできるだけ元来たと思われる廊下を進む。


だが、いくら歩いても同じような景色で途方に暮れて庭に向かって縁側に座り込む。


 「お嬢さん。一人でどうした?」


お爺さんがきた。


こんな年上の人がいただろうか?


 と思いつつも昨日宴会に参加していなかっただけかもしれないと思い。


「それがこの家大きくて迷ってしまったんです。平屋でこんなに大きいってすごいですね。」


「この家は昔江戸時代から続く建物でな。何度も増改築しているが二階を作ったことはないんだよ。」


「何でですか?」


お爺さんが隣に座った。


「この近くに江戸時代まではお城が有ったらしい。わしらの先祖はそこの分家ではあったのだが城主に嫌われこんな山奥に閉じ込めるように住まわされたんだ。この家の高さとその城の天辺が遠くから見るとほぼ同じ高さに有ったという。城主は自分の城より高いところに誰かが住んでいるということを嫌って二階が絶対に作るなという決まりをこの家に残したんじゃそうだ。」


そんなこと遠くから見なくては解らない。


「今でも守ってるんですか?」


「そうだとも、何はともあれ怒らせたのは先祖。決まりは決まり、城が崩された今でも守って行くことなんじゃ」


お爺さんはほっほっほと笑いながら庭を行ってしまった。


 「いた!」


斉藤さんの声に家の中を向いた。


「何してんだよこんなところで」


「なんかお爺さんから昔話聞いてた。」


そういいながら近づく。


「この家の話かよ?」


「そうだよ。」


そういうとなぜか顎に手を当て考える斉藤さん。


「それ、じっちゃんかも」


「へ?」


私はまたやってしまったのか?


 また知らないうちに危ないことしてたのか?


「まぁいいや、みんなで山入ろうってことになったんだ。そんな恰好だと怪我するぞ。」


私は自分の服を見る。


現在膝丈のワンピースである。


と、いうか、持ってきたものはほとんどそうだ。


「私山に入るのなんて想定してなくてワンピースしかないです。」


そういうとまた頭を抱えるような顔をして


「仕方ねえな。ついてきな」


毎度のごとくそういう斉藤さんの後をついて行く。




 着いたのはどこかわからない部屋。女性の部屋だということは解る。


「いいんですか? 勝手にタンスあさっちゃって」


「ここ姉ちゃん部屋だし問題ないよ。ちなみに姉ちゃん伯父さんのとこの長男と結婚して今出産間近で入院してんだけどね。」


「いとこ同士で結婚ですか?」


平気なのかななんて思ってしまうがそういえば高校の家庭科の授業で三等親以上離れていれば法律上結婚できるとか習った気がする。


現実的にあることなんだと始めて知った。


「はい。これね。」


そういって渡されたのはジーパンとTシャツとベルト。


「多分姉ちゃんの方が蔵よりサイズデカいだろうからベルト忘れんなよ。」


そういって部屋を出ていく斉藤さん。


私はそそくさと着替えて部屋をでた。


「お待たせしました。」


ジーパンの裾を少し折る。そうでないと踏んでしまう。


「行くか。」


そういって真っすぐ玄関に行き、これもお姉さんのだがサイズを間違えて履いていないという運動靴を借りた。




 子供たちが走りながら木々の隙間を縫うように進んでいく。運動不足がここでたたる。


ついて行くのに必死になってしまった。


川でバシャバシャ遊んで森の開けた草原ともいえるぐらい広いところでゴロゴロとしながら服を乾かす。


 こんな自然の多いところで育った斉藤さんや子供たちが羨ましい。


新宿の排気ガスやいろんな匂いの混じる処で育った私とは大違いだ。


「お姉ちゃん! あれがね」


と口々にいろんなものを教えてくれる葵ちゃん。


「ほんと、蔵って体力ねえな。」


と小さい子を肩車しながら遊びまわる斉藤さん。


楽しそうでうらやましい。


森を抜けると畑と農園が広がっていた。


「ここがじっちゃんの畑と農園。今は伯父さんが管理してんだ。食えそうなの収穫してこうぜ!」


楽しそうにみんなで畑に入って野菜を確かめていく。


「せいちゃんこのトマトは?」


「せいくんきゅうりどれがいい?」


「トウモロコシあるよ!」


次々と質問に合い斉藤さんは忙しそうだった。


「はい。もってて」


と言われどんどん渡されていく野菜、野菜、野菜の山。


「蔵って茄子嫌いだろ?」


「え…! そんなことないですよ。」


何で知ってるんだろうこの人…


「その割には今まで茄子使った物食ったことないんだけど?」


「季節的な理由です。」


「なら昼飯茄子使ったものな。」


と言ってたくさんの茄子を渡され持ちきれない。


落としそうになるのを葵ちゃんが拾ってくれた。




 帰りはまっすぐ家に向かう。


起きていた奥さんたちが旦那さんたちを起こしていた。


「斉藤さんがこんなにとってきちゃったんですけどいいんですか?」


「問題ないわよ。腐るほどあるんだから、にしても茄子多いわね。」


台所でそんな話をする。


「お昼は茄子を使ったものがいいそうです。私が食べれないことを理由に」


「あらまあ、なら味噌卵でもしましょうか。」


聞き覚えのない物に首を傾げる私。


「きゅうりと茄子の炒め物よ。」


「きゅうりですか?」


え?


 きゅうりって暖めて食べるもの?


「教えて上げるからつくりましょうか。」


「は、はい…」


内心、ゲテモノは勘弁だなと思いながら野菜を洗い出し。


 きゅうりを薄切り、茄子は三枚に縦に切ってからそこそこ細めに切っていく。その間に奥さんがひき肉をフライパンで炒めていて、それに野菜を入れてさらに炒める。


火が通ったところで味噌を加えて溶き卵を流しいれさらに炒めて出来上がり。


 簡単であった。


味見したらおいしいし茄子食べられたし、あと、ポテトサラダなどをつくりお昼の順備は終わった。


味噌卵はご飯の上に乗せられみんなの前に置かれた。


「ほら食ってみろよ!」


とやけにテンション高く斉藤さんは茄子を箸でつまんで私の口元に運ぶ。


「何で茄子だけなんですか⁈」


そんなの味がダイレクトに来るではないか!


 そんなことを思っていうも


「味噌とか味付いてるから」


そういって口の中に放り込まれた。


これはなんだ?


 いつかの人参のお返しだろうか?


 茄子だけ入った口を動かし飲み込む。


「うまいだろ?」


「おいしいです。でも別に味の問題ではなく触感の問題です。」


とひねくれたことをいうとお茶碗に茄子ばかりを置いて行かれた。


 そんな様子を楽しそうに奥さんたちに見られた。




 午後である。


子供たちの誘いの声が大人たちによって消され私はまた縁側に座り、庭を眺めながらパソコンを打っていた。


 「お嬢さんは仕事熱心だね。」


お爺さんだった。


「斉藤さんに引っ張られてこなかったら集中してこっちの仕事してたんですけどね。こっち来たら来たらで楽しくて、お爺さんはずっとここに居るんですか? それともお盆だから?」


「もちろんきゅうりの馬に乗って来たんじゃよ。帰りは茄子の牛に乗ってゆっくり婆さんと戻るつもりだ。」


お爺さんは遠くの空を見る。


 「次郎に会いました?」


「ん? 次郎か、そういえば会ってないなあ… 次郎がどうかしたのか?」


「多分、お爺さんが帰ってくるのをまだ待ってます。死んで幽霊になってもまだ、だから家を壊すのを邪魔しているのかと」


 お爺さんたちが住んでいたのはほとんど改築などの手が加えられていない別邸。


同じ家に新婚夫婦と一緒に住むわけにはいかないと移り住んだと斉藤さんから聞いていた。


「そうか、次郎はまだ待っていたか。なら、会いに行こうかのう。お嬢さんも一緒にどうですか?」


「え?」


お爺さんについて別邸にいく。


 家の前では次郎がお婆さんに楽しそうにじゃれついていた。


「こんにちは」


「こんにちは」


お婆さんに言われ反射的に答える。


だがにこやかにお爺さんを見る姿、次郎と遊んでいた姿、それから察するに幽霊でこの人が斉藤さんのお祖母さんなんだ。


 「お世話を掛けました。ゆっくりしていってください。」


「ありがとうございます。」


「蔵?」


本当に斉藤さんはタイミングがいい。


「先に家に戻ってますね。」


二人にそういって斉藤さんの横に着く。


「誰に話しかけてんだ?」


「次郎を迎えに来たお二人です。」




 お爺さんは末期ガンだったらしい。麓の病院に入院していてお婆さんはほぼ毎日見舞いに行っていたらしい。


 そのお婆さんが昨年の夏、熱中症で倒れ亡くなってしまった。


お爺さんはその知らせを聞き、後を追うように亡くなった。


次郎は二人の帰りを待ち続けた。


待ち続けていたが体が持たなかった。


霊となってもなお待った。


大事は二人の家を壊されないよう守った。




 お盆も終わり翌日。


斉藤さんのお姉さんが無事男の子を産んだということで帰り際病院に寄った。


 夕方になり病院を後にし、がらがらの高速道路を東京方面に走る。


「斉藤さん。すごく楽しかったです。ありがとうございました。」


お盆を過ごすなんてこと今までしたことなかった。始めて家族というものが羨ましく感じた。


「なんかデートの帰りによく彼女がいうセリフだよねそれって」


「そうですけど楽しかったです。山や川なんて小学校の遠足以来ですし、みなさんとも親しくなれてすごく楽しかったでしす。」


「楽しいしか言ってなくない?」


「楽しかったんです。」


本当に楽しかった。


私は自分の家族といて楽しいと感じられたのは兄との数年間だけだった。


「なら来年も来る?」


「は?」


私はハンドルを握る斉藤さんの横顔を見詰める。


「来年も再来年来てくれて構わないけど」


「そんな、斉藤さんに彼女が出来たとき何て言うんですか?」


冗談っぽく言ったつもりだった。


なんか胸に引っかかる。


「なんだったら本当の彼女になってくれて構わないんだけど」


私は何も言い返さず近づいては去っていく街灯の明かりに照らされた斉藤さんの顔を見ていた。




 家に着いた。


あれから何も話していない。


気まずいままでいるのが何となく嫌だった。


「さ、斉藤さん。お茶飲んでいきますか?」


 自分の中でなにか必死なのが解った。家のドアを開ける。


「ただいま、テロ?」


おかしい。テロが来ない。


「テロ⁈」


私は斉藤さんのことをそのままに家の中に走って入っていく。


「どうした?」


 「テロ! テロ⁈」


暗くてもはっきり見えるテロの体。


それを探してもどこにもいない。


「テロいないのか?」



テロがいない。



 私は崩れるように床に座り込んだ。


なんなんだ?


幸せ気分に浸ったと想えばすぐに落とされる。


 「ミュー」

小さな鳴き声に私は顔を上げた。


「お前どこから入ってきたんだ?」


斉藤さんがそういいながら子猫を抱き上げ指で撫でていた。


 何が起きたんだろうか。


テロが居なくなった。


そして今、眼の前には生きた子猫がいる。




 昔にもこんなことがあった。


 一人暮らしを始めたその日。庭を一匹歩く子猫がいた。


 小さいときそのときのお父さんが拾ってきた子猫、タロ。


 その子が死んだ日、母さんは再婚した。


 しばらくして公園に兄さんと一匹の子猫を見つけた。チロと呼んでいた。


 兄さんと二人暮らしを始めるという日に車に引かれて死んだ。


 テロは一人暮らしが始まった日にきて私が入社した日に死んだ。


 この子は何の始まりを現しているんだ?


 そして何が終わるときに死んでしまうのだろうか?




 「名前どうしようか?」


斉藤さんが聞いてきた。


 私が涙の溜まった目を擦ってから立ち上がった。


「トロです。」


「なんで⁈」


「マグロのトロじゃないですからね。」


私は笑いながらそういった。




 出勤早々、私は上司のデスクへ向かった。


「おはようございます。」


「ああ、おはよう。どうかしたか?」


私の顔をちらっと見てから目の前の資料から視線を外さない彼に


「辞表置いときます。」


そういって私はデスクを離れる。


少ししてから


「蔵!」


という声に笑顔を向け


「私、アルバイトに戻ります! 荷物は後日取りに来ますんで」


その声は近くに居た剣持さんや伊藤さんの耳にも入ったようで廊下に出た瞬間


「待て」


と止められた。


「バイトに戻るのは構わないが何かあったのか?」


剣持さんに聞かれる。


「局の仕事をしながらシナリオを書くのは大変なのでバイトに戻ろうかと」


いきなりの決断に二人は


「相談なしにかよ。」

伊藤さんは苦笑いでいった。


「まあ、脚本家になりたいのならいくらでも相談に乗るから頑張れよ。」

と剣持さんに背中を押された。


「バイトはこっちで話通しておくから明日普通に出勤して俺のところに来い。」

肩に手を置きながら伊藤さんが言った。


「ありがとうございます。では、私これから打ち合わせ何で」

二人と分かれ局を出た。


 新しい生活を自分で作ってみようとかと思う。



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