廃ビル壁の大男
廃ビル壁の大男
四月の中頃のことだ。
週刊誌に斉藤聖・一般人と度重なるデート休館日の水族館で抱き合うと大きく報道された。
それは水族館の写真を始め
その後のスーパーでの写真、
偶然お互いの手持ちが少なかったことで同じタクシーで帰った時の写真などなど、
仕事で偶然一緒になった時の写真ばかりであった。
しかも記事には彼女の方が斉藤さんの家の近くに越してきたとあったが私は偶然隣だっただけでしかももう五年も住んでいる。
その日は休みであったのだが局に呼び出されてしまう。
「どういうことだ!」
とお偉いさんに言われてもそれは彼の気分しだいで私に同行していただけのこと、私は仕事をしていた。
「蔵は三カ月の減給と斉藤聖の出る撮影に参加することを禁止する。今週中に仕事を引き継ぎ一カ月の休みを取るように」
とのこと…
「一カ月もですか⁈」
さすがに長いのではないだろうか?
「そうだ。ついでにだがこれに目を通しておくように」
そういわれ渡されたのはとある映画スタジオのマークの入った封筒。
「一カ月大事に使いなさい。」
休みを与えて置いて万遍の笑みの上司。
仕方なく私は机について今やっている作業をメモにまとめる。運よく今年は新人の指導に当たらなくてよかった。
それにしても一カ月は長い。私の再来月の生活どうしてくれるんだ。
叔母さんのところにでも久しぶりに帰ろうか?
結局正月休みはなく帰っていない。
そんなことを考えながら渡された封筒を開ける。
「嘘‼」
私は声を上げながら立ち上がり一瞬で視線が集まる。
恥ずかしくなり私は小さくなりながら椅子に戻る。そして上司を見るとなぜがグッジョブとサインを送ってきた。
いらないよ!
そんなフォローにならないことしなくていいよ。
私はもう一度ゆっくりと中の手紙の文面を呼んだ。
「このたび突然のお手紙差し上げます。」
から始まる文章。
堅苦しいので簡単に訳すと
「先日放送された御局のドラマ拝見させていただきました。そこで脚本が蔵星乃さんとわかり過去の応募作品の中からあなたの物を見つけました。今回特別賞として映画化を検討されないかとお願いの便りにございます。」
訳した分、文章がおかしいことは気にしないでおこう。
A4の封筒の中身は企画書とシナリオに赤ペンで直しが入ったものなどがあった。
休みに入ってすぐだ。映画撮影スタジオに私は向かった。
ここには局にシナリオを送った後すぐに自分一人で作ったものを送った。
剣持さんの意見も何も入っていないシナリオ。
ドキドキと不安と興味が渦巻く。
「失礼します。蔵星乃です。」
ノックの後そういうとドアが開いた。
「お待ちしていました。」
若い男性に出迎えられた。
「どうぞ」
彼にソファーに案内される。
「私が今回蔵さんの作品を映画にしたいと申し出た木手という者です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
座った状態でお辞儀する。
「さっそくですが手直しされた脚本はお読みになりましたか?」
「はい。もちろんです。」
引き継ぎを急いで終わらせ仕事をしているふりをしながら赤い文字を追った。
「あなたにとって不都合なところは?」
「これと言ってとくには、ロケーションの変更は仕方ないことですし登場人物が減ったことにも問題はありません。確かに移されたセリフはどれも誰がいってもいいようなものでしたし」
「ありがとうございます。実を言いますとロケ地もスタッフももう決まっているんですが何かご要望は?」
物腰柔らか気に聞かれるも局以外の撮影のかかわったことがないためよくわからない。
「得にこれと言っては、ドラマの方がとても親しい方が監督をされたのであそこまで自由にできるとはもとから思ってませんし」
「そうですよね。それでは明日厳選した役者の中から配役を決めます。立ち会いますか?」
「できるのならぜひ」
明日の予定を聞き私はスタジオを後にした。
家に帰る。
玄関でいつのもように出迎えてくれるテロを抱き上げ靴を脱ぎ中へ入る。
「夕飯何にしようかな?」
キッチンに入りながら言うと
「俺オムライス。」
「あー、そうだね。オムライスにしよ… って何してるんですか⁈」
いつから居たのか室内に斉藤さんがいた。
「お前窓開けっ放しはないだろ? 女の一人暮らしに、ここ一階だぞ。」
と平然とした顔で言われる。
これは庭に洗濯物を見られたのではないだろうか?
「だからって入ってこないでください。私は斉藤さんのせいで給料減らされるは、一カ月も休みにさせられるは、大変なんですから」
と洗濯物のことは置いておきここ数日のことをぶつけるように言うと
「でもその休みで映画の撮影するんだろ?」
「どこで知ったんですか?」
「うちの事務所の新人がキャストに選ばれたっぽいんだよ。役は決まってないみたいだけど」
「役は明日決まりますよ。」
私は炊飯器を覗きながら言う。
そして冷凍庫を開け凍らせていたご飯をお皿に乗せて電子レンジにかける。野菜室から玉ねぎとピーマンを、冷蔵庫から卵とベーコンを出した。玉ねぎとピーマンをみじん切りしている間にご飯の解凍が終わった。
「手際いいな。」
「自炊しないと生きていけないからね。芸能人みたいにお金そんなにないし」
「俺だってそんなにないよ。」
私は彼をちらっと見て手元に視線を戻す。
「知ってます? 昨年の芸能人の推定年収で斉藤さん八位だったって。」
「あくまで推定だろ。」
確かに税金も含まれているだろうし事務所の取り分もある。
「あまりお金の話するのもあれですけど、あるからって買ったモノばっかり食べてると体に悪いですし偏った食事は早死にしますよ。」
「ほっとけ」
油を薄くひいたフライパンに野菜を入れる。
しばらくそのままにしておいて今のうちにベーコンを切ってフライパンに入れる。ご飯をほぐしながら炒めてそれにケチャップを入れて塩コショウで味を調えればライスが完成。
「斉藤さん、卵は薄焼きがいいですか? 半熟がいいですか?」
「半熟」
フライパンを洗ってまた火にかける。
ラグビーボールのように形を整え半熟のオムの方をライスに乗せて包丁で切り込みを入れて中を開く。
「おお!」
子供のように喜ぶ彼はおかしくて仕方ない。私は彼をにこやかに見る。
翌日。
スタジオに集まった若手、新人俳優たち。緊張している面持ちの者も多かった。
キャスティングは私の個人的意見と監督の承諾で決まる。
頭で想像していたキャラスターというか登場人物に当てはまる人間をチョイスしていく。
撮影が始まった。
ゴールデンウィークで休みの学校を借りて撮影が行われた。
役者に次を予期させる動きをされないようにワンシーンごとにセリフを覚え込ませる。長いセリフにはカンペが作られるぐらいだった。
愛情に近い友情と信頼関係の絆を主題に置いた学園青春シリアスストーリーのつもりで書いた。
親友に彼女が出来た。
彼女と親友どっちを優先するべきなのか。
愛情の本質を見極める。
合っているのかはわからない。
だけど進んでいく道があるなら進むだけなのだ。
道がなくなれば作ればいい。
それが正しいかは解らない。
だけど進むしかない。
そんな話である。
主人公は最終的に悩み過ぎて建設途中のビルから身を投げてしまう。
ラストは数年後。
植物状態の主人公を介護する親友のシーンで終わる。
私はふと思った。
私はどれだけ死を選ぶ、死ぬ、殺されるといったシーンを使っていただろうか? 前作のドラマだってそうだった。
復讐劇のミステリーホラー。
今作は青春とか言いつつただの二人の長いすれ違いから病んでしまって死を選ぶ。残れされた親友はある意味生き地獄だ。
自分の思考が強く作品に反映されるのは解る。
私はどれだけ人が殺したいのだろうか? それとも死体がみたいのか? 自分の思考が最近大きくずれていることを実感していた。
撮影は順調に進む。
役者の目線がほとんどカンペに向いているのか仕方ないのかもしれないが思ったよりスラスラとセリフを読み上げていく。
そういえば斉藤さんと同じ事務所という役者が誰だか把握していなかった。
今は必要なくても局での仕事の関係上覚えていく方がいいだろう。企画書内にあるキャストのプロフィールを見るもふと、
「私斉藤さんの所属知らないや…」
企画書を放り出し私はカメラに足を進める。
木手さんがチェックしている映像を覗き見る。
「いいものが出来そうだ。」
私に向かっていったのか独り言かは解らない。
木手さんは次のシーンに出る役者を集める。
予想以上に順調に進む撮影スケジュール。ついに明日がラストである。
夜。
家に帰宅したところで隣の家に電気がついていないことを心のどこかに引っかけつつ気にしないふりをして自宅に入る。
遅い時間のせいかテロは出迎えはしてくれたものの早々と寝床に帰って行った。
明日のロケは建設が途中で中止してそのままのビルに重機や小道具を置いて撮影に入る。
だがそのビルはなぜか転落事故が多く五人が事故で死傷していた。
その五人の最後一人がそのビルの建設会社社長だったため建設は中止。
そのまま放置されているという。
もとからその会社は経費をケチり耐震問題で訴えられているという話も上がっていたことも中止のもとになっている。
怪我を負った作業員が口々にいう四階の魔物の存在。
現在ビルは若者のたまり場となっていたのが取り壊しを前に私の映画の撮影に使われることになったのだ。
若者たちが随分と荒らしたため数日前まで片付けに取り壊し会社の職員とスタジオの職員が数人駆り出されていたらしい。
私はまだ写真でしか確認したことないがなかなか想像の範囲内の廃ビルであった。
四階だけは誰も入らすそのままになっているらしいが撮影につかうのは階段と最上階のフロアぐらいである。
予定では主人公はすれ違いからの口論の末、建設中のビルに走り込む。
作業員が止めるのをすり抜け最上階へ、後を追っていた親友は地上で作業員に止められていた。
主人公はビルから飛び降りる。
親友の前に落ちた。
救急車で運ばれる。
病院で一命を取り留めるも意識は戻らない。
それを看病し続ける親友の姿で話は終わる。
撮影に入る前。
小道具の搬入を行う。
その作業中
「湯下が落ちた!」
そんな声が聞え皆で駆け寄る。
スタッフの湯下さんが落ちたらしい。
幸い怪我は捻挫程度で問題はなかった。
そこにスタッフの馬場さんが興味本位で四階を確かめに行こうと言い出す。
確かに気になるが全員で行くのは危ないのではないだろうか?
だが私のそんな意見は流され皆でコンクリートの階段を上がっていく。
四階は本当に何の片付けもされておらずスプレー缶やお菓子飲み物のゴミが散乱していた。
壁の落書きはグチャグチャ。
その中一つ、目立つのが大きな顔の男の絵だ。
口を開け、ぼさぼさの黒髪で目が一つ、目じり両サイドから血のような涙を流している。
耳には輪っかのピアスが付けられ怖いというより恐ろしかった。
ふと、視界に腰の高さのものが通りすぎた。
通り過ぎたほうに目をやると馬場さんの後ろに小さな女の子がたっていた。
歳は七・八歳と言ったところだろうか?
普通の子供だ。
子供なのだが服がグッショリと血で濡れていた。
明らかに生きた人間ではなかった。
皆は気づいていない。
少女は馬場さんを後ろから押しているようだった。
だが馬場さんは違和感があるようだが全く動く気配がない。
少女は引き返しフロアの奥に行ってしまった。
しばらくその様子をうかがう。
馬場さんは何やら壁に開いた窓辺に座り他のスタッフと談話を始めた。
少女が戻ってきた。
誰かと手を繋いでいるようだった。
私は少し暗い奥を凝視する。
見えた。
だが、あれは見てはいけないものなのでがないかと思えて仕方がない。
一瞬で脳がフル回転をする。
ここに居るのは危ない。
私は肩から掛けているカバンの持ち手を片手で強く握った。
若干カバンが重くなったように感じたがそんなこと今はどうでもいい。
いくら頭で考えても足が言うことを聞かない。
動かない体から尋常ではない汗が出ていく。
少女と手を繋ぐ男、いや、大男はゆっくりとでも確かに馬場さんに近づいていく。
大男はきっとまっすぐ立てば天井に頭がついてしまうだろう。猫背で引きずるように足を動かしている。
長い手は少女とつないでいる。
顔はボサボサの髪でわかりにくい。
だが口が大きく裂けていること、頬に血がつたっていること、耳に大きな輪っかのピアスをしているのが解る。
まるで絵から抜け出してきたようだった。
あと少し、あと少しで馬場さんに手が届いてしまう。
声を出そうにも怖くてできない。
馬場さんを助けようにも怖くて動けない。
そして大男は馬場さんの前で止まり少女と手を離した。
両手を馬場さんにかざしゆっくり、馬場さんを外に向かって押した。
「―――――‼」
声に出せない驚きがその場に起きた。
「馬場⁈」
数人が窓から下を見た。
そして私の横を抜け走って下に下りて行った。
私は動けずそこに残ってしまった。
大男が私を見ている。
髪に隠れた大きな一つ眼で私を見ている。
怖い。
恐ろしい。
体が震えている。
涙がたまっていく。
助けて、そう思った瞬間誰かに腕を掴まれた。
私はハッとなってその掴まれた腕を見た。
そこには先ほどの少女が居た。
私のことをじっと見ている。
その間ゆっくりと大男が私に近づいてくる。
私は少女と大男を交互に見た。
少女が私のカバンに手を伸ばす。
うまく力の入らない腕からするりと抜け少女の腕に収まる。
少女は私のカバンから一体の見覚えのない人形をだした。
それを抱きしめ少女は大男のもとへ走っていった。
二人は手を繋ぎ直しゆっくりと奥に消えていった。
病院にて馬場さんは軽傷ですんだ。
風にあおられて落ちたんだろうということで話はまとまった。
撮影が少し遅れて始まった。
主人公が学校から走ってビルの敷地内に入り、作業員の隙間を縫うように階段を駆け上がっていく。
親友は下で留められてしまう
。そしてその目の前に主人公を模した人形が落下した。
人形と主人公を入れ替え撮影開始。
あたりに親友の悲惨な叫び声が響いだ。
それから編集作業やなんやかんやの相談でスタジオに出入りを繰り返す私。
そんなことをしているうちに一カ月という長いように思われていた休みがあっという間に終りを迎えようとしていた。
「そのビルって今朝ニュースでやってたとこだろ?」
「そうです。女子児童の白骨死体が四階の壁から見つかったっていう。」
斉藤さんと鍋をつつきながら会話が続く。
「ところでどの子が斉藤さんと同じ事務所の人だったんですか?」
「ん? ああ、親友の役やったやつだよ。なかなか頑張ってたろ」
確かに頑張っていたが演技が小さい気もする。
「そうですね。カンペを一番使わなかったのでこっちとしても助かりました。記憶力も良かったですし演技はもうちょっと喜怒哀楽はっきりしてもいいぐらいでしたけど」
「伝えとく…… って肉食うなよ!」
「これ、私が順備したんですけど」
菜箸で掴んだものを斉藤さんのお皿に入れる。その流れで全然口を付けていない人参もいれる。
「人参は、いらねえよ。」
「好き嫌いなく食べてください。何のために私が毎回作っていると思ってるんですか?」
私のお皿にも野菜を中心によそう。
解体工事は白骨死体が見つかる以外順調にすすんだ。今はもう更地となっている。