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故障②

  故障②


 撮影が終った帰りの車。高速道路を進む。


私は家を知っている斉藤さんに送ってもらうことになった。


 斉藤さんが運転し私は助手席。


後部座席に三津谷さんと河内さんが熟睡して乗っている。


 「なぁ、寝ても構わないんだけど」


「いえ、運転してもらっていますし、斉藤さんが眠くなったら代わりますし、安全のためにも」


「そうかよ… なぁ、なんで今まで幽霊とか骨の山とか見てきて怖い思いもしてるのにあんなに叫ぶことなかったろ、なんで今回はあんなに? 何かあったのか?」


この人は鋭いというのか他人にずかずか入るタイプというのか変わった人間である。


 「昔、両親が無理心中したんです…」


「え?」


驚いた様子で斉藤さんは一瞬だけ私を見て道路に視線を戻す。


「すみません。斉藤さんにこんな話しても仕方ないですね。お気分を悪くされたのなら謝ります。」


「いや、聞いて良いなら聞かせてくれよ。それでお前が今抱えてるものが楽になるなら…」






 中学の時に兄さんが両親のせいで自殺した。


 兄さんの死は母を狂わした。


家の中の時計が止まった瞬間だった。


 父の母への暴力も止まった。


父にとっての兄さんがどういう存在だったかなんて私には解らない。


ただのストレスを発散するためのものだったのかもしれない。


でもまた、それとは違うものだったのかもしれない。


私には解らなかった。


当時子供であり傍観者でしかなかった私は知らないことが多すぎた。


 私が高校に入ったばかりのことだった。


知らない男が父のもとを度々訪れるようになった。


それからだ。


父の様子が今まで以上におかしくなったのは、


 その頃から私は仕事をしなくなった両親のもとを離れて私のことを気にかけてくれる兄さんの父の妹さん夫婦のもとで暮らすようになった。


 ある日、実家に置いてあった過去の教科書を取りに帰った時だった。


二人がいるのは解っていた。


だから顔を見せなくては何かいわれるかとリビングを覗いた。


 私がそこで見たものは首をつった二人の姿。


 目の前の光景に声が出ず私はその場に崩れるように座り込んだ。


 下から見上げる形で見た二人はこういってはなんだがただの干された洗濯物に首が付いただけの人形のようだった。


 その時ドスンと一体が落ちる。


私は現実に引き戻された。


母の体が床に落ちたのだ。


「お母さん! お母さん!」


呼んだ処で返事はなく私は急いで救急車を呼んだ。




 しばらくしてついた救急車と救急隊員からの連絡で警察が来た。


 私は終始動けず、警察からの連絡で駆け付けた叔母さんすら認識するのに時間がかかった。


 母は病院へ、父はその場で死亡が確認された。


 警察に呼ばれたところで私はもう一緒に住んでおらずなんでああなったのかわからない。


叔母さんはあのまま一緒に生活させてたら私も殺されていたかもと警察に話す。


 叔母さんによって私たちがバラバラに生活していた理由が警察に伝わる。


 母は目を覚ましたものの当日の記憶が父によって打たれた薬物で混乱して覚えていないといった。


 警察も父の母への暴行を認知、薬物を無理やり投与されたということから父が母を道ずれに死のうとしたのだろうという見解を明かした。




 母が退院したのは一年半後のことだった。


大学受験を控えた私と生活させるわけにはいかないと叔母さんは母に家政婦を付け逐一報告させるようにした。




 大学受験も終わり叔父さんの伝手でバイト先も決まった。


大学が家から遠いということで安い家賃で二人が用意してくれたちょっと豪華なアパートに住むことになった。


 私は叔母さんたちのすねかじりをしている母とどうにか一緒に住もうと考え叔母さんにそれを伝えた日のことだった。


 家政婦さんから連絡があり母が自殺を図ったと聞く。


 叔母はいう。



「星乃ちゃんにあの人は無理よ。絶対星乃ちゃんがボロボロになっちゃうわ。」



 確かにそうだろう。


でも、自殺なんてことが続くとその都度叔母さんに迷惑が掛かっている。


私のこともたくさんお世話してくれている人にこれ以上迷惑を掛けたくなかった。


 母は一命を取り留めた。


 だが、その反動は大きかった。





 一酸化炭素中毒。


練炭自殺だった。


実際は死んでいないのだが、


 家政婦さんがきた処で家に鍵がかかっていなかったが母が見当たらなかったらしい。


そこで当然探す。


 寝室の押入れ。


 まさかと思いつつ探すところがなくなりそういうところまで探していたら開かない押入れに出くわした。


戸を外し中を見る。


そこには練炭と母が居たという。


 救急車で運ばれ助かったそうだ。


だが練炭などでの一酸化炭素中毒の反動は大きい。


母は見舞いに行った私が解らなかった。


高次脳機能障害



認知症


記憶障害


失語症をもたらした。


 母はもう私も兄さんも私の血の繋がった父も兄さんの父も無理心中した父も誰も解らないのだ。


私の中でなにかが落ちた。


落ちた音は固いもの同士の衝突音だったのに落ちたモノ自体は深海のような暗い水の底に沈んでいった。


 私はほっとした。


この状況を打破したい。


壊してしまいたい。


母はもうこの世に居なくていいとさえ思っている自分が居た。


それが怖いのだ。


私は私が怖い。



怖かったんだ。




 母の日常生活への回復はこの年齢の女性にしては早かった。


母の行先について自宅、病院、施設と三つの選択肢を与えられた。


私は当然のように病院と言う選択をした。


叔母さんにも入った施設の人間にも迷惑をかけるのがいたたまれない。


 それに施設はお金がかかるし未成年だった私の名前で契約できるところが少なかった。


 施設病院への転院が済み私の生活がやっと安定したのは大学一年の終わりごろであった。


 施設病院に入って以来私は母に見舞いに行くことがなくなった。


 病院自体にはちょくちょく呼ばれて出向いてはいた。


もういい年だ。


体のあちこちがボロボロのグチャグチャなのだ。




 「母の手術に何度も立ち会ってほしいと言われているんです。でも私は一度も立ち会うなんてしたくなかった。私が行ったらあの人きっと死んじゃう。」


 少し前に斉藤さんと運転を後退した。


 サービスエリアで買ったホットの缶コーヒーがもう温い。


「合わずに死なれても後味悪くない?」


「なんでですかね。今までたくさんの身近な人が死んでいきました。みんな私の知らないところでです。なら母もそのままでいいじゃないかって私の中で誰かが言うんです。」


斉藤さんはコートの襟を立て、膝を抱えて席に座っている。


「ま、そのうち会いに行きたくなるんじゃねぇの?」


そういうと寝ると言って寝始めた。


「ありがとうございます。」


 斉藤さんは変わった人だ。


説教されたり、自分の考えを押し付けたりそんなことをしない。


一緒に居て窮屈にならない人だ。






 朝日が車内に差し込む。


写真にこの風景を収めると夕日か朝日か解らなくなってしまう。


昼と夜ははっきりしているのにこうも中間的処は区別できない曖昧なものだ。


私の心も曖昧なものだ。


斉藤さんのようにはっきりしていない。


 「斉藤さん、斉藤さん!」


「ん?」


あれからしばらく走りそろそろ後ろの二人の家を聞かなくては通り過ぎてしまう。


「あの、東京入ったんですがみなさんのお家ってどこですか?」


と聞くも


「あぁ、一先ずお前の家向かって」

と言われてしまう。


「え? あ、はい…?」

 三人とも私の家に近いのかわからないが私はまっすぐ自宅に向かった。



 「斉藤さん、斉藤さん!」


私は今回の撮影で何回斉藤さんを起こすために名前を呼んだだろうか?

「ん? あぁ、着いた?」


「はい付きましたが、二人を送らないんですか?」


「俺ん家に連れてくからいいよ。駐車場入って」


「え?」


言われた通り家の前の駐車場に入った。


「二十四番に止めちゃって」


「え?」

言われた通りに駐車した。


 「あの、もしかして斉藤さんってものすごくご近所さんだったんですか?」


「そうだよ。」


さらっと言われた… しかも


「隣じゃないですか!」


斉藤さんはまっすぐ私の住んでいるアパートの私の部屋の前を素通りして隣のドアの前に立つ。


「今まで気が付いていなかったことに俺はドン引きだよ。」


「え⁈ いつから住んでるんですか?」


「もう五年? 六年? それぐらいたつよ。」


私より長かった… しかもここが出来たばっかりの時から住人かよ…。


 斉藤さんはポケットから鍵を出しドアを開けた。


「さて、ねえドアストッパーない?」


「あ、ありますよ。」


私はちゃんとした会話ができないまま彼の言ったことを聞く。


 自分の家のドアを開けドアストッパーを彼に渡す。


「さて、お前も手伝えよ。あの二人俺より重いからな。」


どうやら二人を家に運ぶのにドアを一々開けるのが面倒臭いということか。


横着だ。


 車に戻り先に河内さんを車から出す。

「河内さん! 起きてくれませんか?」


「無理だよ。淳は時々起きてくれるけど侑也はまず起きない。マネージャーが泣く程な。」


私は溜息をついてから

「運びましょうか。」

と言った。


身長差があるため運ぶのは一苦労であったが何とか河内さんを家に入れることができた。


 三津谷さんは河内さんより軽かった。それでもほとんど斉藤さんが持っている状態なのだが…


 「ふぅー… 疲れた。」


二人を斉藤さんの部屋に運び終わって一息つく。


斉藤さんのいう疲れたには撮影が疲れたというのと二人を運ぶのに疲れたの両方の意味が含まれているようで玄関に座り込んでいた。


「ハハッそうですね。それじゃぁ私はこれで」


運んできた三人の荷物を廊下に置き私は靴を履きなおして言った。


「おお、おやすみ… あ!」


「なんですか?」


玄関前の外廊下を歩いて家に入ろうとすると斉藤さんの突然の大きな声に驚く。


「これこれ、」

とドアストッパーを渡される。


「あと、休みの日教えろ。」


「は?」


突然のことに目が点になる。


「いいな、メールしろよ。じゃあな」

と言われても


「はい?」

斉藤さんはそそくさと家の中に消えていった。

「アドレス持ってないし…」


私は携帯を開き電話帳を見る。


「嘘!」


玄関で靴を脱いでいると登録した記憶のない物を見つける。


 仕方なしに私は今月の休みをメールで送った。


 きっと携帯を届けに来た時だな。勝手に登録しやがって…。



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