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崖下の死体

  崖下の死体


 今年も残り僅かとなった十二月の半ば海岸沿いでロケをしていた。


冷たい海風が肌を撫で寒さを一層引き立てる。


 現在取っているドラマは来年の新春過ぎに大賞受賞作品として放送される。


 私、蔵星乃の脚本が初めて本格的な映像に変わるのだ。






 始まりは入社前だった。


大学の映画研究サークルで女優兼脚本をしていた。


その映像と脚本をバイトで局に出入りしていた時に見せたのが始まりだった。


伊藤さんや赤木さんに見てもらうため預けた私の作品がなぜかディレクターさんの目に入ってしまったのだ。


次のバイトで入った日は作業どころではなくダメだしの嵐。


だがそれはこのディレクター剣持(けんもち)さんにしては珍しいことだったらしい。


剣持さんは気に入ったものはよりいい物にしようとムチャな注文を付けたりほぼ全部にダメだしをしてくるらしい。


でも気に入らないものはほかの人に任せてしまうような人。


そんな人に新人でもない大学生にこんなに注文を叩きつけることは今までなかったという。


そして私のシナリオは剣持さんの勧めでその年の三月末が期限の局が行っている新人賞に応募することになった。


話は大きな屋敷で起こるミステリーホラーものだった。


入社してからは噂で審査の現状が入ってくることがあったが怖くて耳を塞いでいた。


そんなある日剣持さんが大喜びで私の部署にきた。


「お前よくやった!」

それだけでは落ちたのがいいところまで行ったのか曖昧なところであった。


「ど、どっちの意味で?」


「俺が直々に着てやったんだ察しろよ。大賞おめでう!」

その声にわぁっと拍手が起きた。


「本当ですか⁈」

飛び跳ねる勢いで私は喜んでしまった。




 それからシナリオは幾度もの修正にあった。


元の設定はそのままにロケ地の関係、役者の関係、今後の天気の関係、放送次期の関係から私の初期の脳内妄想の形にいろんなものが継ぎ足され消えて行った。






 そして今日から撮影開始である。


 ディレクターは剣持さん。


スタッフは顔なじみばかり、私は今回脚本家として撮影に同行しているのだがついついカメラのセッティングの声がかかると動いてしまう。


そのたびに


「お前はいかなくていいだろ。」

となぜかいる斉藤聖に止められる。


 今回役者はほとんどが新人か剣持さんの友人という俳優さん、声をかけ安いギャラでも出ていいよという人たちである。


 その安いギャラで出てくれるのがこの斉藤さんとその友人の()津谷(つや)(じゅん)さんと河合(かわい)侑也(ゆうや)さんである。


 そして重要な役どころ、女優の相葉(あいば)(こころ)さんは現在売出し中の新人で話では斉藤さんが出るということで事務所の方が送り込んできたらしい。




 話の流れはこうだ。


 まず斉藤さん演じる主人公は何者かに襲われ瀕死の状態で病院へ、目を覚まさないまましばらくの時がたつ。


 そんな時、主人公の住んでいた屋敷内で起こるきかかいな現状にそのほかの住人はおびえて暮らす。


 ある日使用人の一人は主人公を屋敷内で見たという。

だが病院へ確かめればまだ目を覚まさず動くなんて無理な状況。

それは使用人の見間違いだったということにされる。


 使用人は「あれは絶対に主人公だった」とその姿を探す。彼の消えた部屋、そこに入るや否や使用人の悲鳴が屋敷内に響いた。


 そこに駆け付ける住人。見たのは一人の人間の死体。


 また主人公が屋敷内に現れた。

今度は最初に主人公を目撃したという使用人が死んでいた。


 また主人公は屋敷に姿を見せる。

住人は怖くなり逃げ出す者もいた。

だが逃げ出せば必ず死への扉を叩いてしまう。


 次々と死んでいく屋敷の人間。

近所では主人公の生霊が自分をこんな目に合わした犯人を捜しているのではないかと噂が立つ。


 屋敷に残るは三人の人間となったその日。

主人公は目を覚ました。


 怪我も回復しておりすぐに車椅子で屋敷に戻った。


 主人公は自分がいない間の出来事にさも初めて知ったように驚く。


 その晩のことだ。

四人となった住人の一人が死んだ。


 主人公は自分が動けないことに二人のどちらかが殺人鬼で今日中に俺は殺される。

残りの一人もすぐに殺されるだろうといった。


 その言葉通り主人公は姿が消えた。


 屋敷近くの崖に彼の使っていた車椅子を残し、死体は海に消えた。


 残った二人は殺し合う。


 あれからどれだけの時がたったかなど二人は知らない。


 最後に残されたのは主人公の古びた日記にあった『そして誰もいなくなればいい』というの血塗れた文字だけであった。


 その後屋敷に住む人間たちはことごとく殺人を繰り返していった。

だがそれも時がたては立つほど忘れ去られることである。


忘れたころにやってくる。また、屋敷を購入した夫婦がいた。




話はよくありそうな話を作るよう言われた。


そこに私の己心的な趣味趣向を足したり引いたり、局の人に修正された話も嫌ではない。


でも、自分の作った話そのままでやってほしかったというのも少しある。


経費や私の空想にあったロケ地を探すことや新人という肩書の前にたつ壁は思った以上に大きいようだった。


でも、剣持さんは意外と私の意見を多く取ってくれた。


シナリオには細かく書かれていないカメラアングルのことや効果音、エキストラの動き、役者の動きまで希望を叶えてくれたことに喜びと驚きがある。


今まで剣持さんが監督ポジションで撮ったものにかかわったことは何度かあっただがどの脚本家ともそんなことはしていなかった。


長く彼とやっているというスタッフさんもいい雰囲気だと言った。


「リハ行まあす。」

その声についつい動く体。


「だからお前はいいだろ!」

斉藤さんは言うなり私のコートの襟を掴む。


「聖が保護者みてえだ。」

それを見た三津谷さんが思ったことをそのまま口にして斉藤さんに睨まれていた。


 「斉藤さん達は行ってください。」

私はそういい彼らの背を押す。


「じゃぁお前も来い。」


「はぁ?」


 さっきと言ったことが逆ではないか。


なんて言えるわけもなく一緒に行くことに、


 最初のシーンは冒頭に流れる自己紹介のような映像。


登場人物が多く、話を作る際死ぬまで誰にも名前を呼ばれない役もあったため殺される役者は全員このシーンに映る。


 取り方は二列ずらしてジグザグに並んでもらい二列の間をカメラが通っていく。


合図で振り向いてもらうのだ。


 一分に満たない冒頭シーン。


リハを終え、本撮影。これもすぐにオッケーがでる。



 天気が急に怪しくなってきた。


「主人公演じる斉藤くんが襲われるシーン、そこを先にとっちゃいます。」

スタッフの声に斉藤さんと相葉さんが監督の話を聞きに行く。


 「蔵ちゃん!」

別のスタッフの声に振り向く。


 視界の端に一瞬赤い服の女性が寒そうな格好で立っていた気がしたが気のせいだろうか?


 「なんですか?」

名前を呼んできたスタッフに聞き返す。


「撮影に使う小道具の箱知らない? このシーンで使う物が入っているんだけど…」


「ロケバスに積んだままなんじゃないですか?」

顔見知りのスタッフが聞いてきたので答えるも


「いや、見てきたけどなかったんだ。屋敷の方にもってっちゃったかな?」


そう思うなら探しに行けばいいのに、と思いながらもここはスタッフとして身に染みているのか


「じゃぁ私暇なんで見てきます。」

と言ってしまう。


「よろしく」

いつものように使われているが私って今はスタッフではないんだったと思いだす。



 屋敷に着いた。

中は小道具と内装物で綺麗に装飾されていた。


この時期はやっていないらしいが夏は海がすぐそこでキャンプもでき、近くの花火大会もここから見ることができるというのを売りにやっているペンションらしい。


 来たのは始めてだが初期にシナリオに書いて剣持さんに省かれた家の設定、間取り、各部屋の家具の位置が一致していて、尚且つ想像していたものそのもので若干気持ち悪いところであった。


 「あった。」

私は小道具の箱を抱える。


 ふと視界にまた赤い服が、だがいたと思われる方向を見ても誰もいなかった。


 そういえばテロはいったいどこに行ったんだ?


 ここについて以来見ていない。


またカバンの中だろうか?


 私は屋敷を出た。


 戻った処で撮影はまだ始まっておらず、動きの確認をしていた。


「おまたせしました。小道具です。」


「ありがとう蔵ちゃん、助かったよ。」


「いえ、仕事ですから」


 撮影が始まる。


 屋敷前の階段を斉藤さんが転げ落ちる。


階段下で痛みに耐えながら起き上がろうとしているのを相葉さんが斉藤さんの死角から鈍器で殴りつける。


 それを発見したフリをして相葉さんは屋敷に駆け戻る。


 そこでカット、オッケーが出る。


 スタントなしで落ちた斉藤さん本当に痛かったらしく顔が痛みに耐えている。


「大丈夫かよ聖? 本当に足滑らしたろ。」


「マジ痛かったわ。冬でよかった。」


三津谷さんと駆け寄るとそんな話をしていた。


「血が出るような怪我はされてませんか? 捻ったりは?」


「多分平気。ありがとな」

斉藤さんは立ち上がり歩き出す。


三津谷さんが私を不思議そうな目で見てくる。

「聖が女の子に優しいの珍し」


「そうなんですか? と、言いたいところですが斉藤さんの気分次第じゃないんでしょうか? 私には結構いじわるですよ。」


「それも珍し!」

三津谷さんをまじまじと見てしまう。


 この人はいったい斉藤さんをどう見ているのだろうか?




 撮影は順調に進む。


 病院でのシーンを先に取りに行っている間に雨が降り出した。


 放送に使われるのは一瞬なのに緊迫したシーンを何回も撮影。


役者さんの疲れた、というリアルな顔までも映像に残る。


 その頃には外は夕日に包まれていた。


 初日ということ、余裕のある撮影スジュールと言うこともあり、この日の撮影は終わった。


 泊まるのはペンション。


撮影に使う部屋で寝る。


この辺のペンションは全部夏場のみの営業。一番近いホテルは高くて泊まれない。


ペンション内の撮影ばかりのため荷物も置いてあるここの方が役者は便利と言えば便利、スタッフは不便と言えば不便ではある。


 ペンションに戻ってそうそう私を含めた数人のスタッフで厨房に入る。


勝手に使っていいとのことで至れり尽くせりである。


 「夕飯なんですか?」

メイキング用のカメラを持った河内さんが来た。


「雨で冷えましたし時間もあるので今日はカレーです。明日からは撮影中に作っておくので戻ってきたときには食べられるようにしておきますね。」


私は材料などの入った買い物袋を見せながらいう。


「蔵ちゃんてお母さんみたいだね。」


「そうですか?」


その時河内さんの肩からひょっこりと顔を出した三津谷さん。

「あ、蔵ちゃん。聖が呼んでたよ。救急箱持ってきてくれだって」


「へ? あ、はい。解りました。」


 他のスタッフに声をかけ厨房を出た。


 確か斉藤さんの部屋は二階の…… コンコンっ


「斉藤さん? 蔵です。」


「入って!」

言われたので入る。


「失礼します……」

開けたところで閉めた。


「蔵ちゃん?」

三津谷さんが聞いてくる。


「あの人は私で遊んでいるのでしょうか?」

三津谷さんに聞いてみたところで室内からドアが開いた。


「何してんだよ。早く入れ。」


腰にバスタオル一枚で髪を拭きながら斉藤さんは出てくる。


「ハハッ… さすがに蔵ちゃんびっくりだよねこんな格好した人間に部屋に来いなんて言われちゃ」


「違うと思うぞ。」


斉藤さんはそういった。


確かに私はそういう意味で三津谷さんに聞き返したわけではない。


以前のこともある。


私は完全にあの人間にいいように使えわれるスタッフの一人となっていると言いたかったのだ。


ある意味私と仕事現場で合うたびいい具合にマネージャーさんよりも使われている気がする。


 「で、やっぱり怪我されてたんですか?」


「さっきまで痛くなかったんだが風呂入ったらいきなりな。」

足と腕を見せながらいう。


「温まったからですかね?」

部屋に入り斉藤さんはベッドに腰掛けた。


「左肘と足首ね。」

三津谷さんがまじまじと見ながらいう。


「色変ってますよ。動かしますよー。」


「痛っ! 優しくやれよ!」


「優しさは手当に含まれます。診療には含まれません。」


「意味わかんねぇし!」


私と斉藤さんの言い合いは結構大きな声だったようでペンション内にいた者のほとんどに耳に入ったらしい。


 そしてそれを間近で見ていた三津谷さんは


「なんか漫才みたい…」


「はぁ?」

斉藤さんが聞き返す。


「二人ってさ、いつから知り合いなの?てか、蔵ちゃんていくつ?」


「二十三です。斉藤さんとは入社早々の仕事で一緒になって以来です。」


「お前二十三だったの⁈ 俺より五つも下かよ…。」


「ってことは、蔵ちゃん局じゃ新人扱い?」


「そうですね。でも大学に通っているときにバイトで出入りしていたので、バライティーですけど」


斉藤さんの腕を持っていた手を放し足首を触る。

「痛ッ‼」


「両方捻っただけみたいですね。斉藤さんのシーン少なくてよかったですね。モノローグばっかりですし」


私はそういいながら救急箱を開け包帯と湿布を出した。

「冷た‼」


「一々五月蠅いですよ。湿布を貼っただけじゃないですか。」

包帯を取り出しながら返す。


「何か言ってから貼れよ!」


「私と喋ってたんですから私が何してるか見えてますよね、文句が多いですよ斉藤さんは、それになんで有名で、剣持さんに頼まれたわけでもないあなたが安いギャラで出ることを承諾したんですか?」


包帯を巻きながら聞いたところで斉藤さんは黙ってしまった。


 「別に俺の勝手だろ…」


「そうですね。」


 黙ったまま足も同じよう湿布を貼り包帯を巻く。


「なんか蔵ちゃんのその体制いい具合にエロい」


「は⁈」


三津谷さんに斉藤さんとかぶるように声をあげた。


「だって、バスタオル一枚の男の前に女の子が座ってるんだよ。」


そういわれ一瞬固まるも治療は終わり


「ほかはありませんね。私夕飯の順備があるので戻ります。」

私は部屋を出た。




 「でもホントに何で? 俺らまで誘って聖がこのドラマ出たかったわけ?」

「知るかよ。」


斉藤はそういうと布団をかぶってベッドにもぐって行った。




 「戻りました。」


そういって入ると皆がにこやかに私を見てくる。


「斉藤くんに怒られた? 随分と仲良かったみたいだけど」

女性スタッフに聞かれる。


「仲は良くないですよ。それに怒られてもいませんし」

私はそういうと玉ねぎを炒めている人物と交代する。


 鍋にほかの野菜が入った処でまた交代。お米を研ぎ、お釜を炊飯器にセットしてスイッチを入れる。


 そこまで来ると私のやることは終わってしまった。


「蔵ちゃんも疲れてるんだから部屋戻ってお風呂入っちゃいな。」

と、気を使って言われる。


「じゃぁ、お言葉に甘えて」

そういって厨房をでる。


 速足で部屋に入る。


「テロ? どこ行ったの? テロ?」


部屋中を探す。


だがいない… カバンの中身を広げるもいない。


 部屋を出た。


部屋に入り込んでいないのを祈りペンション内を探しまわる。


 一階にはいなかった。二階の階段を上がる。


 その時トントンと肩を叩かれた。


赤いワンピースの女性だった。


セミロングの髪の間から見える笑顔どこか刹那そうであった。



 彼女の手に抱かれるテロ。


と、言うことは…私は彼女からテロを受け取る。


彼女はひらひらと手を振りながら階段を下りて行った。


 「おい」


「わぁ‼」


いきなり耳元で声がしたため驚いて声を開けてしまう。


「いきなりなんだよ!」


「こっちのセリフです!」


背後に居た斉藤さん。


「あ、テロ…」


驚いた拍子にせっかく受け取ったテロを落としてしまった。


 テロ本人は落とされたことに驚き、今の状況が把握できないといった感じにキョドっていた。


 「なんだよ。まだ猫連れんのかよ。」


斉藤さんにとってテロは幽霊だろうがもうどうでもいいようだ。


「だっていつ居なくなっちゃうかわからないから…」

というものの


「んなもんいなくなってもらわなちゃ困んだろ。」

ごもっともなことを言われる。


「でもいてもらわないと私幽霊と人間未だに区別できていないんですよね。さっきも人間かと思ったら幽霊だったし」


「いるのかよここにも」


そういえば斉藤さんと居ると高確率で幽霊に遭遇している。


「いますね。赤いワンピースの女性が、斉藤さんは取りつかれないように」


「お前もな。」


 斉藤さんと分かれ部屋に帰る。テロもそのあとをついてくる。






 翌朝。


 晴れることのない空のせいか一層寒く感じられる朝だった。


朝食の準備に起きたのは夜明け前、今日の撮影にはまだ斉藤さんは主人公ながら登場しない。


だが今日は深夜まで続く予定だ。


夜の雨のシーンが多く使われるのが理由である。


 ラップ音や奇怪現象におびえる住人を取るのだ。


 予定ではおびえているような演技をしてもらうのだが剣持さんがドS発揮でスタッフ全員グルになりラップ音や奇怪現象が現実的に起きたように見せかけその様子を録るという。いじわるに底の無い人だ…。


 「おはよう蔵ちゃん。」


「おはようございます。」

厨房に入るともうスタッフが数人いた。


 朝食はホットケーキである。


サラダとスープ、フルーツの付け合せ付きというロケ地では珍しいメニュー。


 二十人以上はいたと思われるスタップの分も作るのだ。


 バイト時代もそうだったが剣持さんが考えるメニューははっきり言って面倒臭い。


ちなみにお昼はサンドウィッチとのこと、順備が終わるころには皆が起きてくる。


役者が食事中にペンション内に撮影の仕掛けをしていく。


 食べ終わった役者から衣装に着替えスタンバイ。


そんな中斉藤さんだけは起きてこない。


撮影がないから構わないのだが朝食も取らずこもられるとスタッフ内に心配する声が出る。


「蔵ちゃん悪いんだけど見てきてくれない? 三津谷くんたち今着替えいちゃったからさ」


「わかりました。」

不服ながら仕方なく階段を上がる。


 部屋の前に来た。


「斉藤さん? まだ寝てるんですか?」


反応はない。


「斉藤さん? 入りますよ。」

ゆっくりとドアを開け中に入る。


「斉藤さん?」

ここに来て何回目だろうかと名前を呼ぶ。


 ベッドの上で布団がもぞもぞ動く。これは起こしていい物なのだろうか居たことは確認できたんだ。このままでもいいのでは?


「あ! テロ!」


てちてちと入って行ったテロを追いかけ斉藤さんの寝ている際まで来る。


 無言。


見なかったことにしよう。


私はテロを抱き上げ部屋を出た。


 私は見ていない。


何も見ていない。


幽霊に添い寝されている斉藤さんなんて見ていない。


私は階段下に向かって

「斉藤さん熟睡してます!」

と言い切る。が、


「相談したいことがあるから起こしてもらえないか?」


ガーン!


 私の顔は自分で見なくても解る。


明らかにガーン!


 と言う顔をしているに違いない。


 私はもう一度部屋に入る。


ベッドでは幽霊の彼女が斉藤さんに何か話しかけていたが本人は寒いのか丸まって動かない。


「お楽しみ中すみませんがそこどいてもらっていいですか?」


何を楽しんでいるのかは知らないが彼女に断りを入れるとすんなりどいていなくなった。


「斉藤さん… 斉藤さん! 起きてもらえませんか? 剣持さんが話あるそうです。」


「ん? ん… 何?」


寝起きの斉藤さん可愛いな…


 なんて思っている場合ではなく


「撮影ない日にすみません。剣持さんが用事あるそうなんです。起きてもらってもいいですか?」


「ん? あぁ…」

起き上がる斉藤さん。


「何?」

そしてめちゃくちゃ不機嫌な声が帰ってくる。


「剣持さんが呼んでいるので起きてもらっていいですか? あと、」


「ん?」


行っていいか解らないが目を覚ましてほしいので


「幽霊に添い寝されてましたよ。」

と伝えると


「それさき言えよ!」

飛び上がるようにベッドから出る斉藤さん。


「もういないですよ。」

安心したのか大きくため息を吐き、目を掻きながら伸びをした。


「剣持さんだっけ?」


「はい。」

そういうと斉藤さんはパーカーを羽織り、部屋を出たためそのあとを追う。




 撮影は順調である。


相葉さんが本気で泣き出してしまうまでは、それでも剣持さんは撮影を続ける。


彼女の初めての仕事と言うこともあり付きっきりだったマネージャーは剣持さんに言いくるめられたのか何も言わない。


彼女のヘルプすら無視。


 だんだん心が痛んでいく私…。


 ようやく相葉さんのシーンが終わりネタ晴らしをすると

「酷い!」

といいつつ笑っていた。


相葉心は十七歳と若い。


学校の延長にある雰囲気でも感じたのだろうかそれまで緊張していた顔が一気に緩んだ。


 三津谷さん、河内さんも引っかかりメイキングのカメラを持たされている私にテンション高く皆が映る。


 そういえば朝っきり斉藤さんに会っていない。


部屋に戻るとカメラに映るためそれはないだろう。と、言うことは、

「蔵ちゃん、聖は?」


「さぁ? どこ行ったんでしょうね。」


そっけなく返した処で私の目は彼を探している。


 一人の時にあの赤い服の女性に取りつかれては撮影に影響が出る。


今まで自分の手で入ってきたものを出せた記憶はない。


つまり、今斉藤さんにあの霊が入られると困る。


 表面的な感情に別の感情を重ねていた。


 河内さんも加わり三津谷さんと三人で外に出た。


 雨である。


この雨で足場が悪い中あの足で出るとは思えない。


 中に戻る。

「三十分休憩!」

剣持さんの声がかかる。


今日はいつにも増して機嫌がいい。


ドッキリ撮影が随分と楽しいようだ。


 「あ! 聖、どこにいたんだよ!」

河内さんの声でそちらを向く。


「侑也と淳はここで待ってろ。で、お前はついてこい。」


「は?」


そういうと斉藤さんは私の手を引いて進みだす。


 また一瞬赤い服の彼女が視界に入った。


何か悔しそうな、悲しそうな顔で私を見てくる。


 斉藤さんに手を引かれ連れてこられたのは地下の一室。


「実はさ、やばい物発見しちまってよ… お前が言ってた女の幽霊の体かもだからお前に確かめてもらおうかと思ったんだけど怖いか?」


え?


 幽霊がらみですか?


 それなら早く言ってよ。


あの女性があんな顔してたのは斉藤さんに自分が見つかったからだったのかな?


 でも見つけてもらえたのならよかったじゃん。


と、思っているのは私だけ?


「大丈夫です。斉藤さんと出会ってからという物、怖い思いはたくさんしてきましたから、いろんな意味で」


「どういう意味だよ…」

ドアの前に立ち深呼吸をして自分を落ち着かせる。


「入るぞ。」


「はい。」

ドアを開ける。


薄暗い中キラっと光る物が中にあった。


「これなんだけど…… おい、大丈夫か?」



 私は目の前の光景に固まる。



 断片的な記憶のフラッシュバックが脳内を埋めていく。


動かない。


動けない体…。



 目の前の光景と過去の記憶が重なった瞬間、



「イヤァアーー―――‼」



ペンション内に私の叫び声が響く。






 気が付いたら私はベッドの上だった。


すぐ脇に椅子を置いて斉藤さんが座っていた。


「悪いことしたな。大丈夫か?」


心配そうに聞かれる。


起き上がり、ため息を漏らす。


大丈夫。


「すみません。取り乱してしまって、もう大丈夫です。」


記憶から消したつもりだったものの本人ではなくとも自分があんなに拒絶するとは思わなかった。


「あの死体な、人形なんだ。あそこまで驚くとは思わなくて…… 本当に、ごめん。」


「もう大丈夫ですから、ちゃんと見なかった私もあれ、ですし… それに今思えば何となく予想のできたことですよね。剣持さんがキャストだけにドッキリするとは思えませんし、もう気にしないでください。」


私は起き上がり布団からでて伸びをした。


 コンコンっとノックの音にドアに向かう。

「はい?」


「あ、蔵ちゃん目覚めたんだ。よかった。」

そこに居たのは剣持さんだった。


「よかったじゃありません。口から心臓出そうだったじゃないですか!」

と笑いながらいう。


「予告に使ってもいいぐらいの叫びだったよ。」


「使うなんて言わないでくださいね。そんなことしたら夜な夜な局内に侵入して今回のデータをすべて破棄しちゃいますよ。」


とマジな顔で言うと


「笑えない冗談だな…。」


「冗談じゃありません。」

乾いた笑いが二人の間にある。


 「ま、今日の残りの撮影は俺等に任せて今日はもう休みな。」


「それじゃあお言葉に甘えて寝ちゃいます。」

 ドアが閉まる。


まだ中に斉藤さんがいる。


二人の間に沈黙が流れる。


十分、二十分と過ぎたこと


「アー‼ 居心地悪! 俺帰るわ」

と言って立ち上がる。我慢には弱いようだ。


「はい、おやすみなさい。斉藤さんは明日早朝から撮影があるので」


「どこ録るんだっけ?」

スケジュール確認しておけよ。


「幽霊として現れるシーンが三パターンとラストの日記帳を持っているシーン、あと崖から落ちるところです。」


「そうだ。その落ちるところってさ」


若干不安そうに聞いてくるので


「大丈夫です。予定では崖まで車椅子で行きますが落ちるシーンはなく倒れた車椅子を崖先に残すだけです。それを生き残っている二人が発見するんで」


「ならいいや、じゃ!」

斉藤さんが部屋から出ていく。


 ずっと私の隣にいるテロに見向きもしなかった。


本当に見えないんだろうな。


なのに霊に好かれやすいとは可哀そうな体質だ。


 私が今までにない取り乱しようだったにも関わらず彼は聞いてこなかった。


 私は過去に首つり死体を見たことがある。






 「キャァアーー!」


早朝一番に聞くにしては耳障りな声だった。


 一つ思うに、斉藤さんは主人公でちょくちょく寝たきりのシーンや幽霊、生霊のようなシーンで出てくる。


だがこの出方は主人公と言えるのだろうか?


 最後に生き残る二人の方が断然映像として映っている時間は長い。


しかも二人が婚約している設定だ。


三津谷さん、相葉さんの方が主演に近いかもしれない…。


「カット!」

チェックが入る。


小さなテレビに数人が集まってみる。


 朝日に透けたように見える斉藤さんの体。普通に撮影してこんなふうに映ることは稀だ。


剣持さんの予想以上の出来にスタッフとハイタッチをしていた。


だが斉藤さんのすぐ後ろ。そこに映る赤い服の彼女が私は気になって仕方がなかった。


 昼も過ぎ昨日から降り続く雨が止んだ。


これで崖のシーンが撮れる。


いそいそと支度をして斉藤さん、三津谷さん、相葉さんを連れ近くの崖へ向かう。


 荒れた波が岸壁に叩きつけられ波をつくり海が泡立つ。


潮風も荒々しく多数の方向から吹き付けてくる。


私が想像していたシーンそのものだ。


 カメラ、マイクなどの機械のスタンバイが終わる。


 斉藤さんも準備ができたということでリハなしで撮影に入った。


私の視界に入ったのはあの赤い服の女性。


彼女は斉藤さんを手招きしているようだった。


崖先に立つ彼女。


そこに向かう斉藤さん。


私の中で嫌な予感がどんどんと大きくなっていく。


 斉藤さんが崖先に着いた。


あとは車椅子を倒して戻ってくるだけだ。


なのに、なのに彼は立ち上がったっきり動かない。


何度目だろうか?


 この撮影に入って数回目の動揺がスタッフ内を走る。


 斉藤さんの体がどんどん前のめりになっていくように見える。


 その先は崖だ。


落ちることを想定していないためネットもクッションもその下には用意していないしできない。


「え? え⁈ えぇ‼」

斉藤さんが何に驚いているのかわからない。



 私の足が動きだす。



 斉藤さんは必至にバランスをとろうとするも振った雨で足場が悪い。


足が滑り斉藤さんの体が大きく崖の外に出た。


 「斉藤さん!」

私は彼に手を伸ばす。


 掴んだ処を放すまいと後ろに投げた。


 自分の行動に何となく傍観的に見ているところを見つけた。


 私は斉藤さんを後ろに投げた。


一切ブレーキは踏んでいない。


私の体は斉藤さんと入れ替わるように崖の外に出た。


まっすぐ私は海に落ちた。



 こういった瞬間をよくスローモーションだと言うがその意味が初めて解った。


 ドボーンともジャバーンともいえる水に落ちた音と体への衝撃が私を包んだ。


 私は水面に顔を出した。


「ゴッホッ…… ゴッホゴホ…」


 「蔵ちゃん‼」


頭上からの声。


波に持って行かれそうな体で岩にしがみ付き上を見た。



「イヤァアーー――‼」



声を上げるべき場面ではないのは解っている。


 だが私の視界に入ったのは赤いワンピースの首つり死体。


 私は悶えた。


何故だ?


 動けない。


呼吸が荒くなる。


服が、


引っかかっている?


「イヤ! イヤァア‼」


「蔵ちゃん⁈」

私を呼ぶ声なんて聞こえない。


私は今すぐこの状況から脱出したい。


したいのに体がいうことを聞かない。


呼吸がだんだん浅くなっていく。


視界がぼやける。


体に力が入らない。


いつの間にか岩から手を離していた。


 ドボーン。


近くで水音がした。


だがそれがなんなのか確認する力はなかった。




 デジャヴだ。


 目が覚めたら部屋だった。


寒い。


なんでだ?


 何してたっけ?


 記憶をたどる。


「イヤァアー!」


首つり死体…。


 私の声に部屋に駆け込んでくる数人。


「落ち着け! 落ち着け」


そんな声が耳元でした。


気付ば体は何か暖かいモノに包まれていた。




 無事、撮影は終わった。


警察の捜査も入り長引いてしまったものの放送には余裕で間に合うようだ。


 あの死体。


今年の夏に友人等と旅行に来た女性が行方不明になる事件が起きていた。


あの崖はめったに船も通らず、海から陸を見ることのない場所で半年間放置されてきたようだった。


 半年もすれば肉は腐り、骨となりばらばらになってもおかしくないが死体は首を吊ったままだった。


死後硬直が溶け内臓が下からすべて出ていった状態で塩水をかぶり乾燥していく。


ミイラに近い状態の死体だったという。



 残りの撮影中彼女は現れなかった。



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