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故障①

  故障①


 ロケ中携帯を落としてしまった。


 皆が探してくれたものの私の携帯の充電が切れたため呼び出し音という手がかりもなくなりあきらめて帰りに携帯ショップで買い替えることになった。


 新作の携帯が並ぶ中最近では珍しい〇(ぜろ)円携帯を見つけ、どうせ電話とメールしかしないということで購入した。


 だがやめて置けばよかったんだ。


面倒事に巻き込まれた。




 深夜。熟睡していたのを着信音で邪魔された。

「――もしもし?」


非通知のそれに不機嫌な態度で出る。

『兄さんだけど今新宿にいるんだ。』


「悪戯なら切りますよ。」


そういうと先に向こうに切られてしまった。


 時計を見れば四時四十四分。


悪戯だ。




 翌日。夕方、局で編集作業の手伝いをしていた時のことだ。


 着信。


「もしもし?」


『兄ちゃんだけど今中野なんだ。』


「あの、どなたですか?」


『兄ちゃんだよ。』


そういって切られた。


 「どうした?」


「いえ、兄と言う人物から電話が」


携帯を見ながら答える。


「お兄さんいるの?」

ドラマスタッフ宮城(みやぎ)さんが聞いてきた。


「随分と前に死にました。」

私はそういうと作業を再開する。


「酷い嫌がらせだな。」


「そうですね。」


 兄さん。



兄さんはなんで死んだの?



 なんで私を一人にしたの?



 そんな思いをしていたのは中学までであった。高校に入り勉強に部活にと忙しくしていたら過去を振り返ることは極端に減った。


 多分私は意志の片隅に追いやったことにして忘れたことにしていたんだ。



弱かったから、私は弱いから…。




 深夜。


またも電話が鳴る。


非通知だ。


「もしもし」


『兄さんだけど今…』


「私今職場だから」

そういって切った。


 兄さんならこんなことしない。多分しない。


 兄さんが壊れたのはいつからだっただろうか?


 父さんと母さんは離婚した。


子供はどうする。


そんな話から当時すでに社会人であった血の繋がらない兄は私を引き取ると言ってくれたのだ。


 小学生の私からしたら兄さんとずっと一緒に居られるというずれた考えを持っていた。


 それから二年間問題ない生活を送っていた。


だが問題というのは足音なく近づき頭上からたらいを落としてきた。


カーンといういい音と頭痛を残しそのたらいは底が抜け、水が溜められなくなったことで捨てることになった。


 小学校六年生の時だった。


学校に駆け込んできた親戚の叔母さん。


「落ち着いて聞いてね。お父さん死んじゃったの。」


子供に向かって直接的表現で伝えてきた父の妹さん。


 そのまま荷物を片付け叔母さんの車で一旦、かつての自宅に帰った。


先についていた兄さんが私を抱きしめた。


 兄さんは父の子だ。その父は死んだ。


 私は母の子だった。


そして母は見知らぬ若い男性を連れていた。


 父の葬儀中私は終始叔母さんと一緒にいた。兄は喪主の仕事がある。


 母が私を構うことはなく式の最中どこにいたのかはわからない。あの男性と外にでも出ていたんだと思う。


 式も終わり火葬にだし、四十九日も待たずに埋葬された父。そういう習わしの土地に住んでいた。


 久しぶりに学校に行った。


担任教師の生ぬるい同情というものが邪魔で仕方なかった。葬式の後しばらく兄さんは私を心配して職場を早退し迎えに来てくれた。嬉しかった。


 でもそれは一瞬で終わった。


母がまた一緒に暮らそうと言い出したのだ。


あの男も一緒に、


 でも私は知っていた。


何故母は父と結婚したのか、私の前の父とどうして別れたのか、なぜ今更私たちと暮らしたいのか。


 転校してまた戻ってくるというイレギュラーなことを六年生と言う時期に行い、尚且つ家庭環境からか教師は異様に私に気を使ってきた。


 それに比べ家の中は永遠の台風だった。


 母、兄、新しい父の三人でつくられた歪みのある愛と言う台風。


家の中は荒れ果てた。


新しい父が仕事で泊まりの日は母と兄さんの言い争いとその後の男女間の行為を思わせる声が続く。


兄さんの悲痛な叫びに私は怖くて、耳をふさぎ、布団をかぶった。


 そして新しい父が帰ってくれば兄さんが暴力を受け、母の如何わしい声が家中にこだました。


最悪の環境だった。


 母はもとから死んだ父が好きで結婚したわけではなかった。


若い男が好き。


ただそれだけだった。


血の繋がった私の父は未成年であったと祖母に聞いたことがあった。


 私の記憶にある母の恋人は皆若かった。


死んだ父と結婚する前にも父親となった人物はいた。だがその人は母に離婚届を突き付け出て行った。


母は俗にいう美魔女だと思う。


見た目の年齢と実際の年齢に差がある。


母は恋人に私のことを聞かれると前の男の連れ子で可哀そうだから一緒に暮らしていると平然と嘘をつく。


 そんなある日母は兄さんを見つけたのだ。まだ高校生だった当時の兄さん。ストーカーという罪を犯してまで兄さんのことを調べつくし、死んだ父に接近した。


 子持ち同士結婚までは早かった。その時には兄は大学生になっていた。


 兄さんは父っ子だった。


小さい時から二人で生活していたということもあり親思いの優しい人で小学校に入学したばかりの私の相手もしてくれた。


 でも兄さんを独占することはできなかった。朝起きれば母がいて、父がいて、


 父が仕事に行き大学に行くのに時間の余裕があるときでも私が学校。


その間母が兄さんとずっといた。


 兄さんが帰ってきてからは母が父の帰宅まで独占。


父が帰ってくれば父に独占される。


 唯一兄さんと一緒に居られるのは水曜日の学校帰りの公園。


家に帰れば母に取られてしまうから兄さんに嘘をついてもらって二人で遊ぶ時間を作ってもらったのだ。


 だから二人のもとを離れ、兄さんを独占できるとわかった時は本当に嬉しかった。


 だから新しい父の存在がプラスされたこの生活は台風だ。


 風雨が鋭く刺さる。


体に刺さる。


心に刺さる。


鈍くなんてない、はっきりとした痛みが台風の中にいる三人に、特に兄さんに集中的に刺さる。


 それから兄さんが壊れるのはあっという間だった。


 母も美魔女なんて跡形もなくなったただのおばさんになった。


 父の仕切る()空間(くうかん)に家はなった。


中学に入った私は殻にこもった。


目立たず存在を隠すように生きて行った。


家でも学校でも何が起きても私は傍観者だった。


 兄さんの心の叫びが聞こえるところに居たのにそれに耳を塞いで逃げたのだ。


 兄さんは仕事帰りの駅のホームから自ら線路に飛び込んだ。



それが新宿駅だった。






 携帯を替えてから五日たった。


計七回電話があった。


八回目のコールが鳴った。


「もしもし」


『兄さんだけど今家の前にいるんだでも…』


「ごめんね。私もうその家に住んでないの。でもね、お帰り兄さん。」


『あぁ、ただいま星乃。』


電話が切れた。


 その時インターホンがなった。

「はい」


「お届け物です。」

その声に玄関のドアを開けた。


「お届けしてやったんだ判子以外にも何かよこせ」

そこに居た人間を殴ってやろうと思ったが顔が仕事道具の役者にそんなことできない。


「斉藤さんがなぜ私の携帯を?」

一先ず玄関に上げる。


「今撮影に使ってるところで偶然見つけたから届けてやったんだ感謝しろ。」


「ありがとうございます。ミルクティーでも飲んでいきますか?」


「もち。」

斉藤さんから携帯を受け取る。




 翌日元の携帯に契約を戻した。そういえば昔兄が使っていた携帯に似ていたかもしれない〇(ぜろ)円携帯は大事にしまっておくことにした。



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