トンネルの罪人
トンネルの罪人
十月に入りだいぶたった。
朝晩の温度差が日に日になくなってきたもののその分寒さと乾燥が一層に増してくる時期である。
流行性感冒、それが流行り出すにはまだ早い。にも拘らずなぜか局内で大流行。
不規則な生活と多忙な撮影スケジュール、局内の乾燥が地方から帰ってきたスタッフが持ってきたと思われるウィルスを増殖させ感染しやすい状況を作ってしまったようだ。
意地でも休もうとしないスタッフが多く気が付かないうちに感染・増殖し撒き散らしてしまったようだった。
「ってことだから悪いんだが報道スタッフに今日回ってくれないかな?」
「かな? と、聞きつつ決定事項なんですよね。」
上司とインフルエンザの話をしていると突然言われた。
「悪いね。さっそくなんだけどタレこみで連続強盗殺人犯が見つかって今警察と逃走劇してるみたいなんだ。取材に出たやつが一人向こうで熱出して倒れちまったから今すぐ行って」
渡された地図を見ると山奥であることが解る。
山。
関わりたくないキーワードとなってきているここ最近の連続的幽霊出現場所。
六月の病院だってあの後大きく報道された。
カニバリズム。人間を食べる人間。
あの病院に勤務していた職員のほとんどがそうだったようで患者に産ませた子供や
病気が治ってしまった患者、
また遺体を引き取りに来た家族など、
最終的には職員までもを食べていたとまで憶測に近い報道もあった。
逮捕された元職員は何度も薬物で逮捕経験のある五十代の女だった。
彼女の逮捕のきっかけは報道陣に言った。
「あの味を忘れるには薬しかないのよ。」
彼女の話では院長を始め病院の職員のほとんどが宗教的団体に強制的に入らされ、カニバリズムの儀式に参加。
感染病棟と言うこともあり転職が安易にできず薬に頼りつつ命令に従わされていたのだという。
転属時そんなことは知らずに入った彼女。傾きかけた病院経営で一度儀式に参加した後病院は崩れるように職員もろともほぼ全員が死亡した。
当時は集団感染と大きく紙面を飾った事件の本性がそこにあった。
この連続強盗殺人犯が最初に事件を起こしたのはかれこれ八年も前のことであった。
一般家庭の夕飯時に押しかけキッチンにいた妻を、夕飯ができるのを二階で遊んで待っていた兄弟を、帰宅直後の夫を、そして現金だけを盗み逃走。
次の事件はその半年後、老夫婦がこたつに入りテレビを見ているところだったらしく先に刺された夫はこたつの中で、妻は部屋の出口で助けを求めるように死んでいた。そして犯人はタンス貯金を根こそぎ持ち去っていた。
当時はまだ二件の犯行の接点がなく犯行現場も離れていたこともあり別々の事件として捜査されていた。
関連性に気が付いたのは最初の事件から九カ月後の一家殺人事件であった。
一件目同様食事を準備中の妻を殺し朝だったということで子供部屋に寝ている娘を殺す。
支度を整えリビングに現れた夫を殺すという手口。
これを立証したのが足跡であった。
雨の日を選んで犯行を行っているようで泥、もしくは水などで足跡が残っていた。
二件目も同一犯とわかるのは五件目で、四件目は一人暮らしの風俗嬢のアパートであった。
彼女に関しては今まで刺殺だったものが絞殺だったこともあり別件扱いされていたものの足跡に残った靴底が一か月前に起きた三件目と同じ型の物だったことから捜査に入った。
そして五件目。
山中の老夫婦宅。
これは前の事件から半年と間が空いたもの二件目同様夜にテレビなどを見てくつろいでいる時間のことだったようで発見当初つけっぱなしのテレビと腐った酒のつまみが机に乗っていた。夫は酒を片手に机に向かって背中から、妻は隣の部屋で腹部を刺されていた。
二件目の事件直後半年前から見知らぬ男が居候をしているという話があった。
五件目も同じく若い男が二人といるのを半年前から目撃されており老夫婦のタンス貯金が持ち去られていた。
半年前から順備し貯金の位置を把握していたと考えられた。
そして残されていた履き古された靴が四件目の事件現場の靴底と一致するものだった。
その後六件、七件、十、二十と回数か増えて行った。
その都度連続強盗殺人なのかそれとも別件か悩まされてきた警察。
その中には交番と自宅が一緒になっている処も襲われておりその際、拳銃が奪われた。
玉は五発装填された状態。
今のところ警察官に向かって四発発砲されたことが解っている。
一時犯行が止まったとも思われたが最近になり芸能人の家に押し入り金庫の中身を持ち去ったり、タレント弁護士の事務所金庫から推定三億を持ち去ったりと噂が噂を呼びどれが真実なのか解らない状況が出来てきた。
そしてトンネルに立て籠る。
この事件が起きる数時間前、このトンネルは落石により途中でふさがってしまったことでもう使われることのなくなったものであった。
そのすぐ脇の民家。
そこには両親と姉妹が暮らしていた。連続強盗殺人犯はこの家に押し入り調理中の妻、勉強中の姉、帰宅した夫を殺害。現金だけを奪い逃走する。
その後帰宅した妹が近所の家に駆け込み通報。
それに気が付いた犯人はその家の住人も殺害。
それでも通報後、少女を人質に逃走したのだ。
警察の裏を書いたつもりだったのか、はたまたトラブルか、近くのトンネルに逃げ込んだ。
偶然にも目撃した人間の証言で警察はトンネルを囲んだ。
車を飛ばしてしばらく、暗い山道の先に白と赤のライトが見えてきた。予想よりも多くの報道陣が集まっているようだった。
警察車両からは守備を固めた人たちが出入りを繰り返し物々しい雰囲気を醸し出していた。
自局のマークの入った車を見つけその後ろに自分の車を止める。
「テロはここで待っててね。」
助手席にいるテロはいつも通り可愛い声で返事をして寝る体制に入った。
警官が一本目の規制線を貼っているのを局の腕章を見せ入れさせてもらう。
「お疲れ様です。」
局のジャンバーを着た人を見つけ声をかける。
「待ってたよ蔵ちゃん。三田、お前は車で休んでろ。」
この寒さの中顔を赤く熱っぽい様子の彼。
「私の車に熱さましや軽い食事と薬、毛布も持ってきたんでそこで寝ててください。仁科さんたちの分もありますよ。」
三田さんに車のキーを渡しアナウンサーの仁科さんやカメラスタッフにコンビニで買ったおにぎりを渡す。
「助かった。」
「カイロもどうぞ。」
ポケットから出して配る。
十個ほどをスタッフなど数人に渡していく。
十月の山はそれこそ雪が降るのではないかと言うぐらい寒く息が白く凝固する。
「私が来るまでに何か動きありましたか?」
「特にこれと言ってないな。一様小さい方のカメラは回しっぱなしだが何も起きなかった。蔵ちゃんの強運でいいのが録れればいいんだがな。」
「私の強運ってなんですか?」
私にそんなものないと思うのだが、しかも今回は幽霊は絡んでない。
「バライティー取りに行って大量殺人暴いちゃったくせに謙遜しちゃって、うちの局の独占放送で視聴率もうなぎ上り、鯉の滝登りだよ!」
この場に似つかわしくないスタッフ五木さんの笑い声。
次の瞬間銃声が響いた。
動揺ととも波のようにカメラ越しの視線がトンネルの入り口に集まる。
だがそれ以外の物もまた押し寄せてきていた。
「宍戸さん、宍戸さん!」
局のニュース番組につなぐ。
イヤホン越しに局で放送中のニュースに番組担当アナウンサー宍戸さんの声が聞える。
生ぬるい風がトンネル内に吹き込んでいく。
「何が進展はありましたか?」
「それがですねつい先ほど銃声、発砲音が聞えましてあたりは騒然としています。あ! 今警察が突入するもようです!」
ばたばたと警察官がトンネル内に走っていく足音がする。
「銃声は何発ですか?」
仁科さんの耳にアナウンサーの声が届く。
「――はい、一発ではあったんですが事前の調べで弾は残り一発だろうということが推測されていましたので警察は突入したものと思われます。」
資料を見返しながら言っていると
「ん? どうやら後ろで救急車が搬送順備をしているようですが?」
カメラで撮る映像の端に救急隊員が順備を始めている。
「――はい、そのようです。先ほどの我々が聞いた銃声が人質の少女を撃ったものなのか、はたまた犯人がもしかしたら自殺したのかわかりませんが… あ、出てきました。ここからでは少女と犯人どちらが運ばれるのかわかりにくいです。」
「解りました。解り次第繋いでください。」
「―はい。―はい。」
中継が切れる。
「そこの嬢さんや、死んだのは両方じゃよ。そこの兄さんに教えて上げなさい。」
見知らぬ老人が教えてくれた。
「え? あ、はい。あのなんで解るんですか? 私より後ろでは見えないでしょうに」
声をかけてきた私よりも猫背の所為か背の低いお爺さんに聞くと
「そりゃあ見ていたからな。男の体の中で弾は人技とは思えん動きをして男を死に至らしめた。嬢さんならわかるじゃろ? みながあの子に呼ばれ集まって行ったのを、あの子は本当にいい子じゃった。こんな死に方可哀そうじゃ…。」
ふとお爺さんの足元を見る。なぜだろう、予想通りの結果にがっくしと肩を落とす。
「ありがとうございます。早い成仏を」
「何、そんなに残らんよ。家族を見つけたらあちらに皆でいくさ」
お爺さんはない足で歩いて行ってしまった。その背中には赤黒い跡がのこっていた。
朝が来る。空の終わりが明るくなってきたが、まだ暗い。
その前に車で寝ている三田さんのために私一人下山。
彼を病院に届け局に録画ととある筋からの情報と言ってお爺さんの言ったことを伝える。
行くとき同様コンビニに寄ってからトンネルに向かう。
コンコンっと車の窓が叩かれた。
「はい?」
窓を開けた。
そこにはちゃんちゃんこを着た年配の女性がいた。
「申し訳ないのですがこの先のトンネルに行かれるのならこれを届けもらえませんか?」
「構いませんよ。」
そういって受け取ったのは可愛らしい花束。
「芹菜が好きな花なの。よろしくね。」
そういうと彼女は去って行った。
芹菜とはだれだ?
あれ?
思えば今私は交差点で信号待ちをしている状況だ。
二車線の道路の運転席側は反対車線。
つまり人間はそうそうに立つことのない場所なのではないか?
渡された花束を見る。
どう見ても生花だ。
私の知らない種類ではあるが生ものだ。
ププっ、後ろの車にクラクションを鳴らされ急いで動き出す。
トンネル前についたのは暁のころであった。
「戻りました。これ少ないですが朝食に」
「ありがとう。その花は?」
仁科さんに聞かれる。
「ここに来る途中渡されたんです。このトンネルに届けてほしいと言われて」
「近所の人かな? 一般人は近づけないし」
「ならいいんですけど…」
私は花をできるだけトンネルの近くに置いた。
その瞬間みるみる枯れていく花。一瞬の動揺を心にしまう。
周りを見れば昨夜集まった霊がいまだあちらこちら残っている。いったいどこから集まったのかわからないがあのお爺さんの話では犯人は霊によって殺されたという。
まるで今までの被害者の怨念ではないか。
「蔵ちゃん! 今から被害者の初音さんの家からの中継することになったから」
「解りました。マイクセットします。」
朝の報道番組と中継でのやり取りの後トンネルに戻って昼の報道バライティー。
夕方のニュースでは録画も交えて流し、日が暮れる前もう一度最後の被害者宅初音さん家に向かう。
ほとんどの報道陣は作業を終え片付けに勤しんでいた。
ふと、家の表札を見る。
初音。
その下に四人家族の名前が入っていた。
父一、母八子、姉旭羅、妹芹菜。
家の軒先には見覚えのある花が咲いていた。
犯人堀尾四郎の死因は世間には報道されなかった。
警察の会見では報道規制を引くということで発表されたのは一つの傷からは想定できないことが体内で起きており医師からは一様内臓破損によるショック死ということだった。
現場となったトンネルからは銃で撃たれ出血死した少女の血液しか出ず犯人の物は一滴もなかったという。
そして以前に盗まれた銃。
そこに残る薬莢は一つだけであった。
少女を撃った弾がどういう角度で堀尾四郎に入ったかはまだわかっておらず捜査を続けるらしい。
のちにこのトンネルが取り壊されるまでに多くの人間が自殺をしたくなる心霊スポットとして名を轟かすことになる。