廃病院の声
廃病院の声
六月も後半である。夏なのだ。そう夏。夏と言えば花火に祭、そして肝試しはどのテレビ局でもやる夏の風物詩ともいえる残念な産物だと思っている。そして今、私がいるのは病院。しかも『廃』病院である。
「暑いようで寒い…」
「大丈夫?」
スタッフの一人が心配そうに聞いてくるも
「大丈夫です。冷え症なもので」
と答えるも少し違うかもしれない。
辺りを見渡す。現在タレント待ちの状態。何故私がここに居るのかというと
ことは数日前にさかのぼる。
「蔵ちゃん! 明日手開いてるよね。この時間にここ集合ね。」
と言ったのはディレクターの伊藤さん。アルバイト時代からよくお世話になっていたバライティー製作では有名な方だ。
だが本人曰く業界内に同じ名前の人間が三人おり同一人物扱いをされるらしい。なんだがドッペルゲンガーの話ようなのだが真相はよくわからない。
渡されたのは企画書っぽい紙の束。そこには明日の夜中の三時に駐車場に集合。数珠玉持参と書かれていた。嫌な汗に乾いた笑い声をあげる。
本日もいつも通りテロはカバンの中に入ってついてくる。だがなぜか数珠を異様に警戒しているようで仕方なく服のポケットにしまい家を出る。
「幽霊がいるかもしれないところに連れて行って平気かな?」
そう思い家に引き返す。玄関でテロをカバンから出し
「今日はお留守番。」
と言ったのにカバンに通り抜け入って来てしまう。時間も押しており私はあきらめ平気だろうと思って連れて行く。
最近テレビ局内の放送に猫が移っているという連絡が入るようになった。私が仕事をしている間にこの子はいったい何をしているのだろうか?
実際存在していないものが移っていると言われても局は悪戯として無視し続けている。
そんなことがあり今ホラー系の番組をやるとリアリティからか視聴率が取れると踏んでいるらしい。現に偶然かぶるように放送された幽霊関係のドラマは高視聴率を取った。噂とは好奇心を生み出すいい卵だ。
そんなことでバライティーの多くが心霊現象求め撮影に出てはスタッフが倒れてしまい人手が足りない。視聴率のためなら休日返上で仕事が入ってくる。
そして向かった廃病院。パッと見で解る数人の霊の姿に溜息を吐く。そして中にカメラを仕掛けに行ったところでその倍以上の霊がいることが解った。
この三カ月弱。解ったことはむやみに近づいてはいけないことだ。何となくだが幽霊と人間の区別がつくようになった。その中でもテロがなつくのは良い霊で威嚇するのが悪い霊であることが解った。それだけでも助けになる。霊に誘われ危うく死にかけて以来、意外と自分が警戒しているのが解る。
ロケで行く先行く先で多くの霊に合ってしまう。弱いストレスが薄い層となって重なって山が出来そうだ。
「おまたせしました。撮影順備お願いします。」
ワゴン車に乗って出演者が来た。
「げ…」
そのうちの一人が四月初めの事以来会いたくなかった俳優斉藤聖がいた。急な呼び出しで出演者のチェックはなく、企画書で目を通したのは仕事内容だけだった。
少し、後悔する。
「お! 蔵ちゃんじゃん。またよろしく」
「よろしくお願いします…」
ロケ用に組んだ蚊帳のようなテントでマイクなどを付けてもらう。
斎藤聖の担当を仲が良さそうという理由で任され、私の顔を誰から見てもげんなりさせるがなぜか本人に頭をポンポンされ、意味が解らなかった。
「よろしくお願いしまーす。」
「お願いしまーす。」
元気のある聞き覚えのある声に顔を向けると
「あ! 星乃ちゃん⁈ 久しぶり」
バイト時代バライティーの撮影で仲良くなったアイドルグループ虹色少女隊と書いてレインボーガールズである。個性豊かな五人と双子の合計七人は異色グループとして人気がある。
「久しぶり!」
斉藤さんに付けようとしたマイクを隣にいたスタッフに渡して彼女等に近づく。
「ウゲっもう蚊に食われた!」
「薬ありますよ。虫よけしっかりしてから撮影入らないと」
蚊取り線香の焚かれるメッシュのテント内は線香や虫よけスプレーや薬の匂いが充満して鼻に来る。
「おい、俺の途中で放り出すな。」
振り向けば隣にいたスタッフが拝むように誤ってきた。この俺様俳優が…
「後ろ向いてください。」
面倒臭い。そんな声色で斉藤さんのベルトに受信機を落ちないようつける。ピンマイクを渡し服の中を通してもらう。落ちないことを確認し
「受信確認お願いします。」
「問題ないです。」
バライティーはやりやすい。今の確認をしてくれた赤木さんは特に親しいこともあって楽な現場である。
「イヤホン確認お願いします。」
斉藤さんの片耳にだけイヤホンを入れてもらう。コードを背中の服の下を通す。
「失礼します。」
機械にジャックを射し確認。
「聞こえますか?」
「ん? うん。大丈夫っぽい」
ぽいって曖昧な…
「虫よけします。口塞いでください。」
シューっと服の上から万遍なく散布する。
「蚊に食われたら言ってください。かゆみ止め持っていますので」
「はいよ」
斉藤さんは笑顔で見下ろしてくる。
「蔵ちゃん、終わったなら彼女たちのお願い。」
「はい。」
丁度良く声を掛けられそっちに行く。
「あのさあ」
斉藤さんが口を開く。
「蔵ちゃんって呼ばれるの嫌なら嫌って言ったら?」
いつから気付いていたんだろう? そんなことを考えながら
「斉藤さんには関係の無いことです。」
そういって七人もいて準備に時間のかかる彼女等の手伝いに向かう。
「君、もう付かれているね。」
いきなり隣にいたにこやかにいう見知らぬ男がいう。
「えっと…」
この流れで推測できるのは
「霊媒師さんですか?」
「そう、白川と言います。随分と霊感が強いようだね。その猫見えているんだろ?」
私の後をついて歩き回るテロを指さしながら言われる。
「そうですが何か?」
指さされたことに不機嫌になりながら答えると
「まぁ悪い物ではないからいいけど付かれやすそうだし気を付けな。そこの君もね」
そういうと斉藤さんを指さす白川さん。
「君たち二人のせいでテントの周りがにぎやかだ。」
「様子を見ているだけのようですしいいじゃないですか。この子がいれば私は大丈夫です。」
そういってテロを持ち上げ見せる。
「ちなみにその猫どうしたんだい?」
「飼い猫だったテロです。」
「随分と不謹慎な名前だな。」
それまで黙っていた斉藤さんが口を出す。
「ちゃんと理由があってこの名前だったの!」
テロを降ろす。
「ふむ… それとお嬢さんポケットの中身はなんだい?」
いろいろ当たっていることから本物の霊媒師なのだと信頼はするが、どうしても先入観からかうさん臭く聞こえてしまう。
「ポケット?」
彼の指さすポケットに手を入れる。
そういえば忘れていた。
数珠が出てくる。
「いい物とは言えないな。私の物を貸してあげよう。」
そういって渡された数珠。私の真っ赤な数珠と違って水晶に白い紐で作られたものであった。
「真っ赤な数珠って趣味悪いな。」
「私のじゃないもん。死んだお父さんがお祖母ちゃんから貰ったって言っていたモノだもん。」
「聞くがお母さんはご存命かな?」
斉藤さんに向いていた首を白川さんに戻す。
「一様…」
嫌な話を振られた。
「兄弟は?」
「兄がいました。」
「死んでるね。」
その言い方むかつく。
「それが何か?」
イラついた言い方をすると
「この数珠使うのはいつ以来ですか?」
話が戻る。
「父のお葬式以来ですが…… あの、それがなんなんですか?」
まるでマインドコントロールでもされているかのように思っていることがスラスラと口から出ていく。
「撮影開始します!」
こんなことをしているうちに準備が終わったようで白川から数珠を取り返しカバンに入れてから二人とともにテントを出た。
カメラが回り出す。
「やってきましたここは埼玉県のとある場所のとある病院です。使われなくなってから三十年以上たっておりボロッボロの廃墟と化しています。」
「そこに私たち虹色少女隊と現在公開中の映画がヒット中の俳優斉藤聖さんとで肝試しして着たいと思います!」
「自己紹介まずは斉藤さんからお願いします。」
カンペ通りに進んでいく。
「はい、現在公開中の映画東京スラムに出演しています斉藤聖です。全く霊感が無いと思っていたらつい先ほど霊媒師さんに霊を引き付けていると言われ少し動揺しています。」
笑いながらも動揺しているようにカメラに映す。
「はい、虹色少女隊ピンク担当モモリンこと百瀬奈々(ももせなな)です。」
「黄色担当キリンこと木戸鈴です。」
「オレンジ担当橙こと全く関係ない田中由加里です。」
「青担当アオこと荒田アオと」
「藍色担当妹のアイです」
「紫担当はパープリンこと山崎紫苑です。」
「最後にみーどんこと緑担当緑川麗です。よろしくお願いします!」
グループだと自己紹介が長い。仕方ないことだが毎度は聞き飽きた。
「名前言うだけで尺埋まっちゃうんだね。さて、今日は俺と虹色少女隊の七人と、もう一人さっき俺が言ったけど霊媒師の白川さんの九人で心霊体験行って来ます。」
進行役として綺麗にまとめる斉藤さん。
「よろしくお願いします。白川です。」
予定ではオンエアのときここで白川さんの経歴などの紹介が入る。
「白川さん、開始前に霊が俺とスタッフの子に集まっているって言っていましたが今はどうですか?」
「なんでだろうね? スタッフの彼女のおかげかよっては来るけど何かするってわけではなさそうだよ。でも斉藤くんは気を付けてね。彼女には守ってくれるのがついてるけど君には何もいないから」
守っているとはテロのことだろうが?
当のテロ本人は遊んでくれる霊を見つけぴょんぴょん跳ねたりゴロゴロじゃれたりして遊んでいる。
「白川さん怖いこと言わないで下さいよ。」
じぇれているのはこっちも同じようで、雰囲気よく開始するためか随分と慣れ慣れしい二人の会話である。
「大丈夫だよ。この子たちがギャーギャー声を出せば騒がしくなったって思って出ていく霊も多いだろうし寄ってくるようなら逃げればいいことだから」
さらっと言った!
「さらっと言わないでください!」
同じことを思っていたのか斉藤さんが白川さんに行ってくれるも話がとどまりすぎて進まない。
「あの、あたしたち七人って大人数ですけど平気ですか?」
モモリンがうまい具合に話しをそらす。
「どうだろうね。入ってみないとわからないや」
「じゃあ、さっそく行きましょう!」
キリンが元気よく言うと
「カット!」
オープニングのシーンが終わった。
予定ではカメラを回しっぱなしで録音も終始行いながら休憩を挟みつつ霊が出るというポイントを回っていく。
撮影が始まってそうそう二人のスタッフが頭痛と吐き気でリタイア。
診たところ何かが近づいたようには見えなかったが自己申告で早めに退場してもらうのが一番だ。
待合室だったと思われるところから入り院内を進む。
骨だけになったソファーに座っている幽霊にカウンター内でなにか作業をしている幽霊。
皆、入院着か医者らしい服装をしている。
当たり前なのだろう。
ここは病院だったのだから
「外に出ていたのも戻ってきている。随分と多いですね。」
「そうですね。私たちに興味が無いようなのでまだましですけど」
白川さんの声に返事を返す。
「そんなにいるんですか?」
パープリンが近くに来て話しかけてきた。
「私の今までの中では一番多いのではないかな?」
「そんなにいるんですか!」
パープリンが白川さんの話で怖くなったのは私に抱きついてきた。
その時、
「すみません… 自分ちょっと」
赤木さんが声をかけてきた。顔を真っ青にして具合が悪そうだ。
「無理しないでください。マイクは私代わりますので」
彼から機材を受け取りセットする。
「お願いします。」
そういって歩いていく彼の背についているものを掴む。
「うぐっ!」
「あ! ごめんなさい…」
「何掴んだんだ?」
ひょこっと現れた斉藤さんに聞かれる。
「背中についてた幽霊… 多分あれが原因……」
「私が取ってくるからここで待ってなさい。」
そういって赤木の後を小走りで追う白川さん。
「にしても開始早々三人目だな。」
「幽霊関係のリタイアは赤木さんが初めてですよ。はじめの二人は多分仮病です。でも怪我とか気を付けてくださいね。」
「なんで?」
首をかきながら斉藤さんは解らないという顔をする。
「最近分かったことですけどよく霊は人間の穴から入ってくるみたいなんです。でも穴をすべて塞いだものの入ってきたんですよ。傷が侵入口となって、だから蚊に食われたのなら言ってくださいって言ったんです。しゃがんでください。」
斉藤さんの肩に手を置き屈ませる。かゆみ止めを塗って絆創膏を貼る。
そしてもう一枚。
「そこ薬縫ってねぇだろ?」
赤くなっているところに張る。
「まったく関係ありませんが収録と斉藤さんと斉藤さんの事務所に関係のあることです。」
「は?」
立ち上がり何のことか解らなそうに声を出す。
「収録のあるときにキスマーク付けてくるとはいい度胸ですね。」
そういって虫よけと絆創膏のゴミをポケットにしまう。
「あの女……」
誰のことを言っているのかは知らないが面倒事になる前に蚊に食われたことにして隠しておく。
そこに戻って来た白川さん。
「なんか外には全く中の音聞こえてこないらしいんだけどみんなちゃんとつながっているか確認してだって」
白川さんの話でみんなが一斉にしゃべるも
「全部大丈夫っぽいですよ。」
と私が返した。
「向こうの方がトラブルみたいですね。録音はしっかりできているようですしこのまま続けましょうか。」
ディレクター伊藤さんは言った。
病院内が虹色少女隊の悲鳴でにぎやかになっていく。
傍観的に見ているのは楽しかったのだが
「あの、あたしもう… 無理……」
「あたしも……」
アオとアイがリタイア。
「すみません自分も」
スタッフもまた減った。
彼女等の悲鳴が止んでからというものの出て行った霊が戻ってきている感じがした。
そして
「ギャァアアアーー――!」
モモリンが悲鳴を上げ倒れてしまう。
残りの四人も怖いということで一旦外に戻ることにした。
引き返す間、感じる視線がやけに多くなった。来た道を帰っているだけなのになぜだろうか?
テントには真っ青になったスタッフたちが震えていた。
「マジでヤバくなって来たけどどうする?」
「残りのスタッフは伊藤さんと私と金田さんです。外で待っていたみんながなんかやられちゃってますしこのままじゃ続けようにも無理ですよ。」
機材を一旦置く。
「カメラ一台とマイク一個なら二人のスタッフで行けるでしょ?」
伊藤さんは無茶ぶりしてきた。
「ライトはどうするんですか⁈」
聞き返す。
「あんなデカいの持って行って幽霊が撮れるわけないでしょ? 懐中電灯持って行ってきな。」
行ってきな? ってことは
「行くの私と金田さんだけですか⁈」
「あと斉藤くんも」
「俺もですか⁈」
全く関係ないという雰囲気の中にいると思っていた斉藤さんが驚いて声を上げる。
「で、でも俺も体調が…」
斉藤さんは額を抑えながらいうも
「ずっと私のそばに居たんですから何もついてませんよ。」
とこのまま道ずれにしてやろうと思いいうと
「おい! 恩を仇で返すやつだな。」
「さっきのキスマークでちゃらです。」
勝ち誇ったような顔を私はしているだろう。
「サイズが違いすぎるだろ?」
と反論されるも
「小さいことを気にしないでください。男でしょ?」
斉藤さんは笑顔で起こっている様子。
「ほぉ、男女差別だぞ。それ」
「いくらでも行ってください。」
私は肩を回しながらいう。
「で、言ってくれるんだね。」
伊藤さんが聞いてくる。
「仕方ないので斉藤さん道ずれで行って来ます。」
行く破目になった三人で盛大に溜息を吐き準備をする。
一人一本懐中電灯を持ちカメラを持ち順備完了。
三人で再び院内に入る。
カメラを持つ私の足元をテロが歩いているころはもう気にしない。
一匹でテトテトと先行したと思ったら一室に入る。そこにカメラを向けると
「あ、」
「何⁈」
驚いたように斉藤さんが振りむく。
「すみません。でもテロかちょっと」
病室に入って行ったテロは体を半分だけ床に埋めこっちを見ている。あの下に何かあるのかもしれない。
中に二人で入ると
「ストップ! なんかこの部屋にマイク向けると変な声が……」
マイクを持っている金田からヘッドホンを取り耳に当てる。
『ちゃはははは……』
『うあああああーーーー』
『まぁまぁああーーーー』
小さい子が笑ったり、泣いたり、母親を呼ぶそんな声がノイズに混じり聞こえてくる。
だがこの病院は確か難病患者を受け入れ感染病を伏せくために辺ぴなところに建てられた病院。
多くの人間が病気に苦しみながら大切な人にも会えず最後を迎えた場所だったとされていた。
声のような幼い子が居たのかもしれないが違和感…。
『いだいよぉおおーー』
再び聞こえた声に背筋が凍った。
「うわぁあ! 来るな! 来るな!」
その声に金田さんを見る。
小さな数人の幼い子供が金田さんに抱きつき伸し掛かっていく。
「金田さん!」
カメラを放り出しかけよる。すると
『ママ… ママ…』
子供たち一斉にこっちに向かって歩いてくる。
血の気が一気に引いた。
「おいで」
その声に振り向く。
「斉藤さん?」
斉藤さんが手を広げ子供たちを迎える。
見えないんじゃなかったの?
て、そんなことしたら危ないんじゃないの⁈
私は彼の肩を掴み
「斉藤さん! なにしてるんですか⁈」
といっても彼は全く私に反応を返さない。
まるで私が幽霊になったみたいに…
彼は床を開け消えて行った。
しばらく放心状態でいたのを
「ミャー」
テロによって戻された。
「斉藤さん…… 金田さん!」
近くで倒れている金田。
真っ青な顔で気をうすなっているようであった。
転がっている懐中電灯とカメラを持ち斉藤さんが消えた場所を見る。
床に綺麗に開いた穴は下に向かって階段が伸びていた。
怖い。
だがこのままでは斉藤さんがどうにかなってしまうかもしれない。
私は意を決し階段を降りる。
なかなか底は現れず長い階段を下りていく。
ふと両サイドの壁を照らしてみた。
「ひぃい!」
全面に子供の顔型に手型・足型が付き、そこだけ埃が落ちていた。コンクリートで肌寒さが増す空間でこんなものを見てしまうと足を進めることにも恐怖を感じる。
「斉藤さんのため、斉藤さんのため!」
とにかく彼を連れ帰らなくては
そこにパタ、パタと聞きなれているようで思い出せない音。
振り向くとナースだろうか?
幽霊だがそんな服装の女性が灯りを片手に階段を下りてくる。
すれ違うとき狭い階段でぎりぎり避けるも足が彼女に当たった。
次の瞬間流れてきたものはなんだ?
『今日はどの子のどこを食べようか?』
自分の体が冷え切っているのが解る。
子供の一人を引きずりだし、それを生きたまま切り刻み調理する。
彼女の記憶か感情か?
解らないが今のナースはこの下にいる子供を食べようとしている。
記憶の中、楽しそうに数人の医師と食卓を囲んで食べているものの感想を言い合っていた。
何故だろうか。
私は実はこういうことに恐怖を上回る好奇心を芽生えさせていた。恐ろしい感情だと思いながら捨てられない。
最近の私は変だ。
ときどき幽霊に憑かれたわけでもないだろうに違う人間になってしなったように感じる。
彼女の後をついて階段を降りる。しばらくして見えてきた扉に彼女は入って行った。
ドキドキと心臓が口から出そうなほど脈打っている。
扉に手を掛けようとすると
『あんたはまたこんなところで何してんのよ!』
ナースの声だった。
扉があいた。
ナースの手は斉藤さんの頭を掴んでいた。
「斉藤さん⁈」
斉藤さんの体を掴むと体から抜けるように霊が出てきた。
髪の長い入院着の女性。
その髪を鷲掴みするナース。
入院着の女性は妊婦だったのだろうかお腹がふっくらしていた。
だが手足も顔もげっそりと細く何かの病気だったんだろうと伺える。
残された室内では幽霊の子供たちが泣いている。
ガシャン――。
「え!」
ガチャガチャッ。
扉が閉まった音以外の音がした。
扉を押しても引いてもビクともしない。
「嘘でしょ……」
懐中電灯で壁を照らす。
だが壁はすべてコンクリートで覆われ換気扇くらいしか見当たらない。
天井も同じで電球が破裂しているだけで出口になりそうなところはない。
扉は中から開けられるようにはなっていない。
閉じ込められた。
しかも幽霊に……
「斉藤さん… 斉藤さん、起きてください!」
揺すっても起きる気配のない斉藤さん。
以前の自分のように取り付かれ体力を持って行かれてしまったのだろうか。
懐中電灯で照らせば床に転がる無数の骨。
これがここに居る幽霊の子供たちだったものなのだろうか。
なんでこの子たちがここに居るのかはわからない。ナースの記憶はずいぶんと凄惨なものであった。
やはりこの子供たちは食べるために居たのだろうか?
昔中国では人間の骨や臓器、脳を薬に、肉を食用に、血を高貴な人間の飲み物にしていたという時代があったと聞いたことがあった。
だが人間の体は血を飲むことは拒絶反応を起こして吐き戻すことが解っている。それをしない人間はイカれた中毒者ぐらいだ。
ずっと傍らにいるテロ。
カメラに映してみるとしっかり見える。そこに誰かの素足が映った。
カメラを上に向ける。
「ぎゃぁ!」
短く悲鳴を上げる。
そこに居たのは骸骨のような骨に皮が付いただけの幽霊。入院着と言うことは患者だったのだろう。
その幽霊は子供たちを集め部屋の隅に行ってしまった。
なんだったんだろうか?
それからしばらく、斉藤さんは目を覚まさない。
床に座って壁に背を預けどうか金田さんが気付いてくれて、みんなが探しに来るの待つしかない。収録中とはいえ携帯を持って来ればよかったと後悔をする。
隣りで寝ている斉藤さんのポケットをあさるも持っていないのは当たり前か…。
何時間たったか解らない。寝るわけにもいかないがテロも斉藤さんも眠っている状態で放置されている自分。
早く誰か来て……。
「おい… おい!」
前にも似たような声を掛けられたことがあるような無いような。
目を開けるとドアップの斉藤さん。
「わぁ!」
心なしかあまり驚いていない自分…。
「ここ何処だよ?」
眠気と暗闇で状況がよくわかっていない斉藤さん。
「え? あ、あの建物の地下見たいです。」
私も寝起きで思考が止まっていたもののこの場を伝える。
「なんで出ないんだよ?」
「幽霊に閉じ込められたからです。」
「は?」
意味が解らない。
そういう顔をする彼だが
「原因は斉藤さんが取りつかれたりするからですよ!」
「何のことだよ⁈ なんも覚えてねぇし!」
「私に言われても困ります!」
そう返すと暗いが不機嫌になったのが解る。
「おーい!」
言い合いをしていると扉の向こうから声がした。
「誰かいるんですか⁈」
「蔵ちゃんか!」
「はい!」
この声は伊藤さんだろうやっと出られることに安堵した。
「斉藤くんもそこに居るのか?」
「はい。気を失っていてよく覚えていないんですけど」
そういうと伊藤さん以外に数人いるようで話しているのが解る。
「誰か斧もってこい!」
扉がガタガタ動くも開かない。
「蔵さん、白川です。」
「はい!」
「そこに何がいますか?」
突然なんだろうと思うも
「子供の幽霊と成人の幽霊です。」
「テロくんから離れないように、とても悪い物を感じます。」
テロを抱き寄せカメラと懐中電灯を持つ。
走って階段を降りてくる足音
「斧持ってきました。」
早い…?
階段は結構長かったと思ったんだが、カンカンと金属と金属が当たる音。
ガッシャーンと金属の落ちる音とともに扉があいた。
「助かったー!」
感じる視線。子供たちがじっと私たちを見ている。白川さんに手を引かれ私と斉藤さんは部屋を出た。
「え? 階段短!」
部屋から出たところで見上げたらもう地上の病室であった。
あんなに階段を下りたのに実際は二十段もなかった。
病院自体から出ると外はもう朝日が昇っていた。
「何もついていなさそうだがお清めだけはしてから休みなさい。」
白川さんにそういわれ彼により塩などを使って清められた。
「白川さんあの人たちは?」
白川さんと似たような空気を漂わせた五人の男女が病院の周りで妖しい呪文を唱えていた。
「蔵さんたちが入った後すぐに着てもらったんだよ。」
まるでこうなることをわかっていたかのような白川さんの喋り方。
一時間後警察が到着。白川さんの付き添いで人骨の見聞が行われた。
その間白川さんが呼んだという五人は呪文を唱えながら除霊中だといっていた。