守りたい人
プロローグ
僕は、どこにでもいるような普通の高校生だった。
1年の1学期も半ば。天気予報では午後から雨と言っていたのに、晴れた日。僕は、リュックを背負い、かさを左肩の背負うところに引っ掛けて、教室を出た。この日は、天気予報とは打って変わって、雲ひとつ無い快晴だった。中間テストの1週間前と言う事もあり、部活はお休みだった。僕は、家へと急いで帰っていた。
そんな時だった…
第1章 助けた少女
「助けてー!」
どこからか、女の子の叫び声が聞こえた。周りの誰かが行ってくれるだろうと思ったが、周りは誰もいなかった。みんな、家のカーテンの隙間から様子をうかがっているようだった。僕は、仕方なく、その叫び続けている声の方向へ、走った。
たどり着いた時には、中学生の制服を着た女子が、覆面のスーツ姿の男が二人、両脇を抱えて、捕まえようとしていた。男達のすぐ横には黒のキャデラックが一台、道の脇に止められていて、運転手も同じ格好をしていた。僕は、かさを振り回し何事かを叫びながら、男達に向かった。
「放せ!放すんだ!」
僕は、かさを女子に当てないようにして、男達を叩いていった。少しひるんで、女子を放した隙に、僕は、女子を左腕で強く抱きしめ、右腕で車を叩いていた。男達は、何語か分からない言語で、何かをはきすててから、どこかへ走り去った。僕は、手の力を抜いて、女子を解放した。
「ありがとうございます」
彼女は、礼を言った。
「いや、叫び声が聞こえたから、どうしたのかなって思ってね」
僕は、恥ずかしくなって言った。
「じゃあ、もう帰らないと…」
僕は、帰ろうとした。その時、彼女が怪我している事に気付いた。夏服の白いカッターの上に、点々と血がついていた。
「血がついてるね」
「え?あ…」
彼女は、ようやく気付いたようだ。僕は、血がついている周りを見た。すると、右腕の手首よりちょっと体よりのところを、何か鋭利な刃物か何かで切られているのを見つけた。
「ここだな」
僕は、持っていた白いハンカチで、止血点を強く縛った。そして、もう一枚、偶然入っていた青いハンカチで、切られていた部分を押さえるように言った。
「これで怪我したとこ、押さえたらいいよ」
彼女は、ただ、受け取って、何を言えばいいのか分からないような顔を僕に向けていた。僕は、その間に、家に帰った。
家に帰ったら、誰もいなかったことをいいことに、すぐに着替え、かさを確認した。かさは、どこも破れたり骨が折れているような所は無かった。
「やれやれ、よかった」
僕は、かさを玄関に立てかけてから、自分の部屋に戻った。
(彼女は大丈夫だろうか…家に帰れたよな。まあ、心配しすぎか)
僕は、心の中で、苦笑しながら考えていた。青を基調とした自室は、心に安心と安らぎを与えてくれた。ただ、時間が流れて行くのを、僕はボーと眺めていた。
翌日、再び帰り道で、こんどは彼女の方が僕を見つけた。
「あ、あの時の…」
彼女は、血がついていない制服で、同じ場所に立っていた。
「俺を待っていたのか?」
僕は、彼女に聞いた。彼女は、うつむいて何も話さなかった。
「俺を、ここで、待っていてくれたのか?」
彼女は、何も話さなかったが、意を決したように話し始めた。
「私を匿ってくれない?」
僕は、驚いて聞き返した。
「匿うって、なんで?」
彼女は、昨日のことも含めて話し始めた。
「実は、私は涼香春美っていうの」
「涼香って、あの、大財閥の?」
彼女はうなづいた。この国の3分の1の資産を持っているといわれている涼香財閥は、政界にも幅広い人脈があり、議員が受け取っている献金の4分の3以上を占めるという話もある。涼香財閥の現会長、涼香修一は、一人だけ娘がいるという事を聞いた事があった。しかし、実質的な経営は、そのお父さんに当たる、涼香京乃介が取り仕切っていると言う噂もあった。
「本当か?」
僕は、確認した。彼女は、その証拠といわんばかりに、出生証明書を僕に見せつけた。そこには、確かに、涼香修一と涼香詠子の子供という内容が書かれていた。
「中3なんだね」
彼女に確認した。彼女はうなづいたが、それでも、何か言いたそうだった。
「実は、家から出てきたの」
「どうして?」
僕には、何もかもある生活から逃げ出したいという事が分からなかった。
「だって、私でやりたいって言った事も、父が駄目と言うんだもの。だから、こうして逃げ出してきて、ひとりで生活し始めたの。昔から貯金していたお金があったから、それでどうにか暮らしていて、ここの中学校にも通い始めたんだけど…」
「君のお父さんが差し向けた人たちに連れていかれそうになったと言う事だな。昨日の、覆面スーツ男は、君のお父さんのさしがねか」
僕は、言った。彼女は、うなづいた。
「でも、あなたが来てくれて嬉しかった。あのまま、家に連れて行かれていたら、今頃は……」
彼女は、自身の体を抱きしめ、震え始めた。僕は、ちょっと考えて、言った。
「じゃあ、ちょっと待ってね。いま、家に電話かけるから」
「私の?!」
「いや、自分のところだから」
僕は、家に携帯で電話をかけた。母さんが出てきたから、彼女の素性を伏せて事情を説明すると、快く家につれてくるように言った。僕は、携帯電話を片付けて、彼女に言った。
「来てもいいってさ。ただ、君の素性は、完全に伏せておかないといけないだろうな」
「それはわかっているの。もう、偽名も考えたからね」
「どんな名前だよ」
彼女は、笑って言った。
「天皆都だよ」
こうして、彼女は、家に居候する事になった。
第2章 彼女の両親
彼女を家に居候させてから半月後。僕は、彼女との約束の為に、いったん彼女が通っている、僕の母校の中学校に迎えに行った。いつものように、イヤホンをつけて、ラジオを聴いていた。その時には、4月5月のキャンペーンソングとして、曲を限定放送していた。CDの予定もないと言っていた。(やっぱり、この曲っていいな〜。FM80.2の曲、CD出せばいいのにな〜)僕は、そんな事を考えながら、彼女が待つ中学校へと急いだ。
到着すると、誰かが立っていた。僕を見つけると、こちら側に近寄ってきた。スーツ姿で、サングラスをしていて、黒い杖を持っていた。彼は、見た目は、60歳よりは上に見えた。髪の毛は、すでに、真っ白になっており、太陽の光によって、輝いていた。
「お前だな、涼香春美を匿っている家の者は」
「誰のことやら、さっぱり?」
僕は、そのまま、中に入ろうとした。彼は、それを杖を振り上げて威嚇した。
「お前に、彼女は扱えん。財閥の経営から一線を画した今でも巨大な影響力を有している、涼香春美の祖父を知っているだろう?悪いことは言わん。手を引くなら今だぞ」
「残念ながら、ご老人。自分は、彼女を裏切るようなまねはする事が出来ません」
「そうか…若いのに、その心がけは立派だが、本当にいいのか?これが最後通牒だとしても?」
「ええ」
僕は、言い切った。彼は、ため息をつきながら、つぶやいた。
「なるほど、春美が気に入ったのも分かる」
「何かおっしゃいましたか?」
「気にするな。それと、お前さんらは、これから気をつけて生きて行くべきだな」
「はあ…」
僕は、そう言いきった老人が、あの時のキャデラックに乗り込んで、どこかに走り去ったのを、じっと見ていた。老人は、こちらを見て笑っているように見えた。ふと、我に帰り、春美を迎えに、中学校の中に走りこんでいった。
待ちあわせ場所である、彼女の部室のコンピューター室の中に飛び込んだ時には、何人かがコンピューターを触っていた。家のよりも、高そうな物を使っているようだった。彼女は、部屋の一番後ろにある、何も置いていない机の上で、ひとりで腰掛けて足をぶらぶらさせてこちらをにらんでいた。
「おそいよ〜」
彼女は、そう言って、怒っていた。
「いや、ごめんごめん。ちょっと、へんな老人に捕まっちゃってね」
その言葉を聞いた時、彼女は少しかたまった。しかし、それも一瞬見せただけで、すぐに元に戻った。
「へえ〜。とりあえず、帰ろ」
彼女はそう言うと、机から降りて、カバンを持ち近寄ってきた。
「じゃあ、先に帰ります」
顧問に一言告げてから、彼女と僕は、部屋を出た。
「ああ、気をつけて」
顧問の先生が、投げ気味に言った。
「ばいばい」
同級生だろう。同じような制服を着た、男子と女子が、春美に手を振っていた。(きっと彼らは、今手を振っている相手の素性を知らないんだろうな…)僕は、そう考えていた。
「うん、また明日ね」
彼女も、手を振って答えた。そして、部室から出て、玄関で靴を履き替えている時、誰かが近寄ってきた。
「福永先生」
春美は、いち早く気付いた。今は逃げている身だから、こう言う事に敏感なのだろう。福永先生は、僕がここに在学していた時からずっと変わらない姿をしていた。一説によると、彼女は、この中学校に住んでいると言う話だったが、そのような姿を見たものは誰もいないと言う。昔の僕の担任で、教科は理科だった。
「天皆さん、あなたにお客さんが来ているわ。なんでも、あなたの両親といっている人達で、雨宮君にも来てもらいたいそうよ」
「僕もですか?」
「ええ、あなたもですって。いま、校長と話しているから、応接室に入っておきなさい」
僕達は、靴を春美の靴箱の中、ちょうど、中は2段に分かれているので、それぞれのところに置いた。そして、僕達は、応接室でその両親と称する人達を待つ事になった。
僕自身、応接室に入った事もなかったので、その部屋自体が、珍しかった。壁は、木目調の壁紙を貼っており、すぐ東側が職員室、西側が校長室になっていた。それぞれが、北側にある廊下に出る事がないように、一番、北側の壁に近いところに、それぞれに直接出入りできる扉がついていた。床は、サーモンピンクのファッションセンスが無い色のカーペットで、その上に、樫の木で出来た、光沢が少しだけ残っている使い古した大きめの机がひとつ、それの長い辺に、平行に向かい合うようにして置かれている、黄緑色をした、3人ぐらいかけれそうなソファーが2つ。南側は、壁の半分ぐらいの大きさの窓がひとつだけ、嵌め殺しになっていた。
「なんか、怖い…」
彼女は、廊下側にある、部屋の壁のほぼ中央にある扉のところで、僕の右腕にしがみついて震えていた。おそらく無意識の行動なのだろう、僕にしても、何を言われるか分からない状況だったから、どうしようもない状況に追い込まれてしまった今、僕の身に、どんな事が起こっても不思議じゃないような気がした。
「とりあえず、座っとこうか」
「うん…」
校長室を向くように、僕達は、ソファーに座った。彼女は、相変わらず、僕の右手を握って、震えていた。その心地よい振動は、僕にも伝わっていたが、彼女は怖がっているようだった。
それから、数時間も、数年間も過ぎたようなわずかな時間の後、校長室側の扉が開かれて、僕達は、立ち上がった。
「どうぞ」
校長先生が、応接室の中に、男女一組を招きいれた。彼らは、美春によく似ていた。校長先生が、二人を僕に紹介した。
「雨宮君は、初めてお目にかかるわね。涼香財閥の現経営者、涼香修一さんと、涼香日豊さんよ」
僕は、確かに、あの噂どおりだと思った。絶世の美女と、超大金持ちの二人。その二人から生まれた、春のように美しい、一人娘である春美。こんな人を、僕は助けたのだと思うと、背筋が寒くなっていた。
「あなたが、私達の娘を、彼らから助けたのですね?」
日豊が、僕に話しかけてきた。校長先生は、私達の娘と聞いた時に、非常に驚いた顔をしていた。そんな校長先生を横目に、僕は、日豊の柔らかい口調の裏腹に、寒気がするほどに、自分以外の人は皆、私に従えばいいと、そんなことを考えていそうな目をしていたような気がしてならなかった。
「ええ、そうです」
「私達の娘が、私達の管理下から無断で逃げ出して、身分を偽り、名前を偽り、今までの物を全て捨ててまで、私達から逃げていた事も?」
「知っていました」
僕は、隠さずに明かした。彼らに隠していても、既にばれているだろうと考えたからだ。
「そう…義父から、あなたの決意の程を聞かせてもらったわ」
「そうですか」
僕は、あの校門前で、僕を脅していたあの老人を思い出してた。おそらくは、彼こそが、涼香財閥実質的経営者と言う噂がある、涼香京乃介なのだろう。彼の年齢は、89歳といわれていた。1代にして、巨大財閥まで育て上げたこの涼香財閥を手放す気は、死ぬまでないのだろう。
「春美が、もしも連れ去られそうになったら、命がけで助けるだろうって。父さん、そんな事を言っていたんだよ。それは、本当のことかい?」
「命がけで、彼女を守ると誓いましょう。僕の目が届く範囲の中には、彼女の敵と思われる人々は、入れることはないでしょう」
「そうか、それを聞いて安心したよ。さてと、娘よ。お前は、どちらを選ぶ?ここに残るか、それとも、一緒に戻るか」
彼女は、決めかねているようだった。ここで残ると言えば、彼女はどうなるか分からない。かといって、一緒に戻ってしまえば、僕ともう会う事がないだろう。彼女の両親の目には、やさしさや愛情と言うものが映っているようには見えなかった。そこにあるのは、娘を単なる物のように意のままに動かし、娘のことを何にも聞かないような目をしていた。
「さあ、どうする?」
修一は、執拗に聞き続けた。その声の裏には、逆らったら、どうなるか分からない恐怖があった。春美は、僕の方を見た。それは、すがっているような目だった。僕は、笑うことだけしか出来なかった。ただ、春美は、その笑顔が見たかったらしい。彼女は、ほっとした表情を浮かべて、胸を張り、言い切った。
「ここに残ります」
「本当にいいのか?」
修一は、すぐに聞き返した。春美は、うなづいた。
「だって、彼と別れたくないもの」
そう言って、僕の右手を握った。震えては無かった。
彼女の両親は、そのあと、帰っていった。それに、今では、ちゃんと本名で堂々としているようだった。
第3章 過ぎ去る年月
それから10ヶ月経った。彼女は、今日から、僕が通っている高校に入学する事になった。入学試験は、どうやら、1位通過したらしい。別の高校に入ることも考えていたらしいのだが、誰かと一緒に登校する事が夢だったらしく、僕が通っている高校に決めたらしい。僕も今年から、2年生になる。一応先輩として、どうにかしていかないといけないだろう。やって行く自信はなかった。でも、どうにかなると、楽観的に身構えていた。
ただ、ここ最近、思春期に入り始めた娘らしく、何か隠し事をしているような目だった。僕から、少し距離をとりたいそぶりを見せることもあった。
「おにーちゃん!」
僕の家に居候を始めてから、10ヶ月もすると、家の中身も結構変わってくる。まず、僕の部屋は、ひとつの部屋を独り占めしていたものが、春美と一緒になった。そして、新しい机が、彼女の両親から直接送られてきて、新品の高級木材を使った机、椅子、棚の一式がそのまま揃った。さらに、僕に対する呼び方も、おにーちゃんと言う事になっていた。実際に、妹願望が無かったわけでもない僕にとっては、これ以上ない至福のような状態だった。だが、そう言う呼び方になったのは、いつごろか、僕の記憶は定かではなかった。僕が、そんな部屋で勉強してきたら、後ろから抱きついてきた。
「あ、こら、勉強の邪魔だろ?」
「いーじゃないのー。とにかく、こうしていられる事自体が、奇跡みたいなものだもん」
「奇跡、ね…」
確かにそうかもしれない。この世界に奇跡というべきものがあるならば、今の状況こそが本当の奇跡と言うべきなのかもしれない。僕達が出会った偶然のあの出来事から、10ヶ月。彼女の両親に面と向かってあんなことを言ったのも、結構昔のことに感じられるが、それでも、まだ1年も経っていないのだった。部屋の中も、机以外にも、いろいろと変わっていた。元々、部屋の中は散らかっていたのが、彼女が勝手に整理をしていくので、きれいに保たれていた。僕の机の近くに適当に捨てていたごみも、深青色のプラスチックのゴミ箱が、いつの間にか現れていた。さらに、ベットが、僕だけだったから1段でよかったのに、彼女が来てから、2段になった。
「やれやれ、今日ももうそろそろ寝るか」
「えー。まだ眠くないよー」
「そう言っても、もう、12時を過ぎてるからな。明日から、授業があるんだろ?」
「どうせ最初はレクリエーションだから、授業はあってないようなものだよ。だからね、もうちょっと起きててもいいでしょ?」
春美は、僕の顔をウルウルした目をして見ていた。僕は、ため息をついて言った。
「…1時までには寝るぞ」
「うん、それでいいよ」
彼女は、そのまま、机の上に置いてある、3.5インチの小型テレビをつけた。どうやら、アニメを見るつもりらしい。
「今日は、何のアニメがあるんだ?」
僕がカレンダーを確認すると、月曜日だった。彼女は、ずっと、軟禁状態にあったらしい。だから、一般人の常識は、彼女には通用しない面も多々あった。今では、持ち前の明るさと、適応力の強さで、どうにかしているところだった。
「えっへっへ〜」
彼女は、恥ずかしそうに笑ってはぐらかした。僕自身、アニメはほとんど見ないほうだったので、再び、ラジオを聞きながら、部活のことを考える事にした。僕が入っている部活は、小説研究部という、堅苦しい名前だけど、その実体は、単なる、小説を書きたい人たちの烏合の衆に近い集団という、そんな部活だった。本当にしたい人達だけが集まっているから、部誌も発行している。名前は、「小説部:〜We can fly!〜」と言う名前だった。昔からの伝統と言う事で、勝手に納得しているが、この部活が出来てからは、まだ、10年ほどしか経っていなかった。この高校が出来てから、50年は軽くこしているので、相当新しい部活と言う事になる。
「やれやれ」
僕は、春美が見ているアニメを気にしながらも、今執筆中の小説を仕上げる事に専念する事にした。発行は、月に1度。大体、2000〜3500字程度の短編を寄せ集めて、1冊の部誌として発行するのだった。僕自身、小説を作るのが目的でこの部に入部しているから、たいした問題は起きていない。だからこそ、彼女には、そんな時ばかりは、別の部活でいろいろな人達と触れ合ってもらいたいのだ。
「ねえ、おにーちゃん」
「ん?」
僕は、ノート型コンピューターを使い、文章を、軽快なタイピングで綴っていた。
「おにーちゃんには、好きな人とかいるの?」
春美は、唐突に、聞いた。
「ん〜…今はフリーだな…って、なんでそんな事を急に聞くんだ?」
「だって、私、おにーちゃんのことが……」
春美は、急に顔を赤くして、うつむいた。その時に、僕は、初めて彼女の気持ちに気付いた。この数日間。彼女は、急によそよそしい態度を取り出したと思ったら、こう言う事だった。
「なるほどね…」
僕は、春美に言った。
「まあ、お前に不足があるわけでもないからな…」
顔が火照るのを感じながら、僕は言った。彼女は、目の前で、泣きそうになっていた。目に涙をためていたが、流れる事がないぎりぎりのところだった。
「いいの?」
「別に構わない。それよりも、元々をたどれば、俺達は、出会ったかも分からない存在だ。だからこそ、守りたい存在として、強く意識をするようになるんじゃないかな?お前の両親に、お前を守るって約束をしたことだしな」
僕は、思っている事を、彼女に話した。彼女は、とうとう堰を切ったように泣き出した。僕自身、どうしようか悩んだ挙句、彼女を強く抱きしめた。彼女は、泣いていたが、泣き止む事は、無かった。
「泣くがいい…泣けばいい…泣きたい時に泣けるのは、幸せだ…」
僕は、つよく、彼女を胸に近づけていた。
エピローグ
数年が経った。彼女と僕は、結婚した。紆余曲折があったが、ここでは、省かせてもらいたい。彼女は、身長があまり伸びず、本当の妹のようになってしまっている。高1の1学期に測った、150前後で、とまったままだ。一方の僕は、180まで一気に伸びて、成長が終わった。高3の時には、背の順で、クラスで一番高い存在になっていた。しかし、それでも変わらないものもあった。例えば…
「ねえ、おにーちゃん」
「どうした?」
「私達、どうやって行けばいいと思う?」
僕の家で、今でも二人で住んでいた。僕の母は、寝たり起きたりしていたが、僕が、就職した事を見届けると、そのまま、静かに息を引き取った。孫を見せるのは、遅かった。
「これまでも、ちゃんとやっていけたじゃないか。だから、これからも何とかなるって。そんなものだよ」
「う〜ん…」
春美は、悩んでいるようだった。しかし、僕に対して、あの時の笑顔で言った。
「そうだね。私もなんだかどうにかなるような気がしてきたよ」
こうやって、僕達は、結婚をした。
あの時、あの場所に僕がいなければ、彼女とで会う事は無かっただろう。守りたいと思う、この気持ちは、奇跡の賜物だ。だからこそ、僕と彼女で分かち合いながらも、これから生きて生きたいと思っている。