表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

バレンタイン・ラプソディ

作者: 龍野ゆうき

私は、バレンタインが嫌いだ。



ハッキリ言って菓子業界の陰謀でしかないとさえ、思っている。


世の女性たちが、このイベントにまんまと乗せられ、踊らされ、毎年競うようにチョコを買う仕組み。


明らかに得をするのは菓子業界だ。これが陰謀でなく何だというのだろう。







「高山先輩、おはようございます!」

「あ、うん。おはよう」


(部活の後輩…じゃないな。知らない子だ)


でも、こんなことはよくあることなので普通に笑顔で挨拶を返すと、彼女は頬を赤く染めて立ち止まってしまった。

途端に、後方から聞こえる黄色い声。


「きゃーっ!高山先輩に朝から挨拶を返して貰えるなんてラッキー!」

「いいなぁー」

「やーんっ!真奈…羨ましすぎるーっ!」


うーん…。朝から何だろう、このテンション。

訳が分からない。だって、ただ挨拶返しただけだよ?



私の名前は、高山雪乃たかやま ゆきの。現在、高校二年生。

昔から、何故だか私は同性の女子にモテる…らしい。

確かに見た目は女っぽいとは、お世辞でさえも言い難く。どちらかと言えばボーイッシュなたぐいに入るのだろうとは思うけれど。


中学時代からバスケ部に所属していて、髪は常に耳出しのショートカット。

そして中学時代に成長期を迎え、伸びに伸びた身長は173センチを超えた。

確かにこれだけ身長があれば、そこらの男子たちとそう変わらない。自分より小さい者も多くいるのが現状だ。

そして、あいにく成長したのは背ばかりで、胸は『気持ち』程度で俗に言う『まな板』状態。確かに女っぽさのカケラもないのは認めよう。

それでも、見た目はどうあれ正真正銘、私は女なのに。

何故、こんな風になるのか自分では理解出来なかった。



「バレンタインが何だって言うんだよ」

「やぁね、モテない男のヒガミはみっともないよ」

「うるせー」


廊下を歩いていると、何処からか聞こえてくるそんな会話。

この時期、校内は来週に控えたバレンタインデーの話題で持ちきりだ。

渡す側の女子は勿論だけど、「バレンタインがなんだ」と言いながらも、そわそわを隠せない男子たちも見ていて分かり易い程だ。


(何だかんだ言っても、皆バレンタインに踊らされちゃってるんだよね…)


ま、人それぞれだし。イベントを楽しむのは全然構わないのだけど。

あまり良いイメージも思い出もない自分が、思わず冷めた目になってしまうのは仕方のないことだと思う。



「あ、雪乃おはよーっ!」

「おはよー」


教室へ入り、クラスメイト達と挨拶を交わしながら自分の席へと着くと、その横でも男子たちがチョコの話題で盛り上がっていた。

それを横目に、ぼんやりしていると突然声を掛けられる。


「よう、高山!今年のバレンタインは絶対お前に勝ってみせるからなっ」


同じクラスの植草が得意げに宣戦布告してきた。

植草とは中学時代からの同級生だ。向こうから何だかんだと声を掛けて来るので話しやすいし、それなりに仲は良いほうだ。

実を言うと幼稚園も一緒だったりするのだが、同じ組になったことはなかったし、幼児数の多い園だったので植草は多分私のことなんか知らないだろう。


(…っていうか、いつからバレンタインは勝負のイベントになったんだ!?だいたいチョコは数を競い合うようなものじゃないでしょうが!)


心の中でツッコミを入れつつ、分かり易い程に大きな溜息をついた。


「それ、おかしいから…。だいたい私と競ってどうするの?」

「だって、お前…中学の時からスゲー沢山チョコ貰ってるじゃん?去年もオレ、お前にかなわなかったし」

「…そうなの?私、数なんか教えた覚えないけど…」


そう言うと植草は、チッチッチと人差し指を横に振った。


「あるトコからのマル秘情報。しっかり入ってんだなー、これが」


得意げに笑う。


「何それ…。怖い」


誰だ。そんな人が貰ったチョコの数を把握はあくしてる悪趣味なヤツは。


「皆ヘタな男よりチョコ貰ってるお前のこと、羨ましくてしょうがないんだよ。リスペクトしてるんだって!」

「くだらないよ。私は別に欲しくて貰ってる訳じゃないのに…」


それなりにお返しもしなくちゃならないし。自分なんかの為にわざわざ買ったり手作りしたりして届けてくれる子たちには申し訳ないけど、正直面倒だというのが本音だ。


「んー。でも、同性に好かれてるなんて人徳だと思うけどなー。良いことじゃない」


『ただ単に男っぽいだけ』のどこら辺が『人徳』なの?そう思ったけれど言葉は出てこなかった。

植草があまりに穏やかに笑うから。


「それに、さ」

「?」


急に顔を近づけて話し掛けて来る植草を何事かと見上げる。すると…。


「実際、話題になってんだよ。そんなお前の本命貰う奴は、どこのどいつなんだって」


こそっ…と、そんなことを耳元で囁く。

その言葉に私はカッとなった。


「馬鹿じゃないのっ?どうせ、冷やかしでしょう?私みたいなやつがチョコ渡してたら、きっと皆で笑うんでしょ?面白がってるだけじゃないっ」


それは、ただの興味本位でしかない。男みたいな奴が一丁前に女(ヅラ)してチョコを渡してるとこを見て笑いたいんだろう。

自分でも自棄になっているのは解っていたけど、声を上げずにはいられなかった。意図的にからかった訳ではないのであろう植草には悪いけど。

だけど、植草は…。


「オレは、そうは思わないけどな。お前が誰かにチョコあげたって別におかしくないだろ?」


突然真顔になると、そんなことを呟いた。

そこで始業のチャイムが鳴り、植草は自分の席へとそのまま戻って行ったのだけど、残された私は何だか複雑だった。


(何で急に、そんな顔するかな…)


植草が見せた真面目な顔が、暫く頭から離れなかった。




数日後。


バレンタインを翌日に控えると、男女ともそわそわ具合が見ていて半端なかった。廊下を歩いていても、部活に行っても、何処からか向けられる視線を感じて気になって仕方ない。

「今年はみんな、私なんかにくれなくて良いからね」

そう事前に言えたら、どんなに楽だろうか。

ある意味自意識過剰とも取れる言葉だけど、ここ数年渡されるチョコの数は本当に半端なくて。どう思われたって良いから予防線を張れるなら事前に張っておきたい。

…なんてことを思いつつも、実際に目の前に緊張気味に差し出される包みを突き返すことなんて出来るハズもなくて。


(結局、今年も受け取ってしまうんだろうな…)


そんな明日を思うと、やはり気が重い。



『お前、男に生まれた方が良かったんじゃないか?』



今まで何度言われたか分からない嫌味。

普段から、この身長と見た目からそんな風に声を掛けられることは多々あった。確かに自分でも女らしい見た目だとは思ってないし、男子が女子をからかうネタとしては打って付けなんだろう。

でも、同性である女子までもが「カッコイイ」と騒いで、流石に告白とまではいかないものの頬を赤らめてチョコを渡してくるのは、どうなんだろう。

普通に友チョコとかなら、まだいいのだ。『友情の証』として仲の良い子と交換する分には。でも、実際は知らない子や後輩なんかの比率が多くて。


(女子高とかならまだ分かるんだけどな…。他に沢山の男子が居る中でどうして自分に?って思っちゃうのは仕方ないことだと思う)


それでも、好意を向けてくれるのをないがしろになんか出来なくて。


(もっと、ポジティブに考えられれば良いんだろうけど。やっぱ無理…)


思わず、今日何度目か分からない溜息をついた。




「おう高山。お疲れっ。今帰りか?」

「あ、植草」


部活の帰り、偶然昇降口で植草と一緒になった。

植草も部活の帰りなのだろう。テニス部である彼の肩からは、ラケットケースが下げられている。

部活の大会などの話を振られるままに色々話していたら、帰る方向が一緒なので自然と一緒に帰る形になってしまった。

植草は昔から人付き合いが上手で、上手く話題を投げかけてくれるので、私的に一緒にいても気負いしない珍しいタイプの男子だ。誰に対してもそんな気遣いが出来る人なので、男子には勿論、女子からの人気も高い。


(宣戦布告してきただけあって、きっと明日植草は沢山のチョコを貰うんだろうな…)


ふと、そんなことを思った。

その時、胸の奥で何かがチクリと痛んだけれど、それには気付かないふりをした。



二人並んで歩いていると、後方から照らされる夕陽で長い影が二つ地に伸びていた。


(あれっ?植草の方が大きい…?)


改めてそんなことに気付き、さり気なく横を向けば、しっかり自分より上に彼の目線があった。驚きだ。中学時代は私の方が断然大きかったのに。


(背…伸びたんだなぁ…)


男子は高校生になってもまだ成長するという。植草も、まだ伸び盛りなのかも知れない。

ふと、こちらの視線に気付いたのか「なに?」と、植草が首を傾げた。


「ううん、何でもない。ただ…背、大きくなったなぁって」


そう言うと、植草は嬉しそうに笑った。


「だろ?もう、高山を抜いちゃったもんね」

「うん」


どんどん抜いてくれていいよ。切実に思う。

男の子は大きい方が断然いい。何より頼りがいがある。

そして女の子は小さい方が自分的には理想だ。その方が可愛いと思う。

私は、どうしたって伸びすぎてしまった。明らかに。


そんなことを考えていると、植草が続けて口を開いた。


「オレさ、嬉しいんだ。中学時代は身長伸び悩んでたからさ。流石に好きな子より小さいのってちょっと男として情けないだろ?」

「別に情けないとかはないと思うけど…。実際、私みたいにデカい女もいることだし…。っていうか、植草好きな子いるんだ?」


そっちの方が驚きだった。


「いるよ。お前は?いないの?」

「私…?私は…」


言葉を飲み込んだ。


「明日、チョコレートあげたい奴とか、いないのか?」

「う、ん。だ…だいたいさ、嬉しくないでしょ?私みたいなのに貰ったって。それこそ、皆にからかわれるネタになっちゃうって」


こないだの続きみたいな話になってしまって内心へこむ。相変わらずのマイナス思考だ。

でも、また何か言われるかな…と思い、笑顔を作って誤魔化してみた。

すると…。


「何で?」

「え…?何でって…」

「オレは欲しいけどな」

「え?」

「…なんでもない」

「植草…?」


何か、思わぬ言葉を聞いたような…。


(私の気のせい…?)


すると、植草が話題を変えるように話し始めた。


「オレさ、願掛けしてるんだ」

「…願掛け?」

「うん。毎年、高山ってヤマほどチョコ貰ってるだろ?」

「う、ん…。まぁ…」


再びそこの話題に戻ってしまい、少しテンションが落ちていく。


「その高山のチョコの数にオレが勝つことが出来たら、好きな子に思い切って告白してみようかなって思ってるんだ」

「は…?」


何か、今とんでもないこと言わなかった?!


「ちょっ…ちょっと待って。何で私のチョコの数なんかでそんなっ…」


勝手に変な願掛けをしないでいただきたい!


「だからさ、どうしてもお前に勝ちたいんだ。勝って晴れて告白をしたいんだよ」

「あのね…。そんな変な願掛け止めて、普通に頑張って告白すれば良いでしょう」


頼むから私を巻き込まないで欲しい。


「でも、もう決めちゃったんだ。オレの中でさ。だから、ひとつだけ協力してよ」

「…協力?」

「高山もオレにチョコちょうだい」

「…ハイ?」

「貴重な一個になると思うんだ。オレの告白の後押しをしてよ」

「あのね…」


それって誰でも良いからチョコくれって言ってるのと同じだよ?そこまでして勝ちたいのか!

ツッコミどころは満載だ。


(でも、それだけ告白したい相手がいる…ってこと、だよね…)


そこを再確認して。何だか少し落ち込む。


「…っていうか、普通に勝てるよ。多分。私のチョコなんかあてにしなくても植草なら…」


本当にそう思ったから口にした言葉。

でも、何故か自分の胸にチクリ…と痛みが走った。


「そうかな?高山が応援してくれるなら心強いけどなっ」


そう言って植草は爽やかに笑った。




植草と別れた後、いつも通る商店街を一人歩いていた。

その時、あるものに目が留まり、ふと足を止める。

そこは小さな洋菓子屋さんだった。店の前に長テーブルを出して大々的にチョコレートを売っている。


『オレにチョコちょうだい』

『オレの告白の後押しをしてよ』


先程の植草の笑顔が思い浮かぶ。


(…何で私が…)


そう思いながらも。

植草は良い奴だし、友人として恋を応援してあげる分には良い気もする。


(でも、もし私の貰ったチョコが植草のチョコより多かったら、本当に告白しないで諦めるつもりなのかな?)


その願掛け自体どうかとは思うけれど。


(何か…それって複雑…)


気持ちとしては植草を応援してあげたい。

けれど、それは私にとって残酷な結果へ繋がることを意味する。


再び胸の奥で何かがチクリと痛んだ。


私は、この痛みが何なのか知ってる。

とうの昔に置いてきたはずの想い。

それでも、未だに消せずにいる…想い。


(何だか未練がましいな…)




昔、私には好きな子がいた。


幼稚園時代。私は、今とは逆で身体が小さく背の順でも一番前だった。

人の世とは残酷なもので、人より小さな身体は小さいなりに、それをネタにちょっかいを出されたりすることがある。(大きくても小さくてもからかわれるなんて理不尽!)

当時の私は内気な性格だったこともあり、からかわれても言い返したり先生に助けを求めることすら出来ず、ただいじめっ子が目の前から去ってくれるのを小さくなって待つだけだった。

でも、そんなある日。


「いじわるするの、やめなよ」


ひとりの子が間に入って助けてくれた。

同じ組ではない、知らない男の子だった。それ以降、同じような状況になると何処からか現れて助けに入ってくれたその子は、当時私にとってヒーロー的存在になった。


「だいじょうぶ?」


そう言って手をさしのべてくれる優しい笑顔を好きになって。

当時は自覚などなかったけれど、それが私にとっての初恋になった。


そして、その男の子こそが植草だった。


幼い頃の淡い恋心は、小学校が別だったこともあり単なる思い出として心の片隅に残っていただけだったけれど、中学に入って同じクラスに植草がいた時、すぐにあの男の子だと分かった。

植草は変わらない。中学生になってもあの頃の優しい笑顔のままで、私は次第に再び淡い気持ちを抱くようになっていた。


けれど、ある日。

クラスの男子たちが放課後、残って話しているのを偶然聞いてしまったことがあった。


「やっぱ女子は小さくて可憐なタイプがイイよなっ?」

「守ってあげたくなる的なヤツなっ。植草、お前は?」

「オレ?んーまあ、出来れば背は自分の方が大きいのが理想かな。頼られたいし、やっぱ守って包み込んであげたくなるようなコがいい」

「おおー」


盛り上がってる会話を遠くに聞きながら、自分とはまるで正反対である植草の理想のタイプに、私はショックでその場から駆け出していた。

当時、植草はまだ背が低く、身長160センチあるかないかの頃。既に私は170センチを超えた長身だったので、どう見たって釣り合わないの位自分でも解っていたのだけれど。


「あくまで理想だけどね。その為にオレは身長を伸ばさなくてはならない!」


そんな宣言のような叫びが聞こえていたけれど、私はその場に偶然居合わせてしまったことを心から後悔し、泣きに泣いて。

そしてその夜…。自ら植草への気持ちを封印した。



(イヤなこと思い出しちゃったな。それもこれもみんな、植草が変な願掛けなんて話、持ち出すからだ…)





そうして、翌日。

バレンタイン・デー当日。


「あのっ、雪乃センパイ!憧れてます!これ、受け取ってくださいッ!」

「あ…。どうもありがとう」


去年と変わらぬ景色がそこにはあった。



「さっすが、雪乃。これで何個目よ?」


友人が面白そうに笑顔で見上げて来る。


「うーん。数えてないから分かんないけど。朝練で後輩に結構貰っちゃったから…」


既に十個は超えてるかも知れない。


「やっぱ、モテるねー。バスケ部エース様は」


横でヒューヒュー言ってる友人に「別に、そんなんじゃないし」と、あかんべをする。

休み時間、音楽室から教室へ戻る途中にも、こうして呼び止められチョコを受け取ったりしている。こんなのは、ここ数年毎度のことのようになってしまっていた。


「だいたい、お返しするのもひと苦労なんだよー」


憂鬱ゆううつすぎる。思わずため息が出てしまう。

来月のお小遣いは、ほぼお返しに消えてなくなるだろう。


「えっ?雪乃、ちゃんとお返ししてるのっ?」

「うん、もちろん。してるよ?」

「部活以外の知らない下級生とかもいるんでしょ?そういう時はどうしてるのよ?」

「え?だって、クラスと名前ちゃんと聞いてるもん」

「へぇー律儀ーっ。偉いね、雪乃」

「えーっ?だって、貰いっぱなしって何か悪いじゃない」


知らない人程、実際に貰う(いわ)れはないのだし。


「雪乃のそういう優しい所が余計人気を呼ぶんだろうね。その辺の下手な男より気が利くし、何よりカッコイイ!」

「えー?何なのそれ…」


二人笑いながら教室へと入って行くと、既に教室に戻っていた植草と目が合った。


「なに?また貰ったの?高山。相変わらず、すげぇな…」


席に座って貰った包みを手提げ袋にしまっていると、植草が横から覗いて来た。


「よく言うよ。自分だって散々朝から貰ってるくせに」


知ってるんだ。人気者の植草は、朝から同じクラスの子や同学年の子に沢山のチョコを貰ってた。


「えへへ、まあね」


無邪気な笑顔を浮かべる植草。


「でも、さ…」


不意に、そんな笑顔を収めて真顔になった。


所詮しょせんみんな義理チョコだからね。本命に貰えなきゃ意味ないって」


そんなことを言って遠い目をする。


「………」


(そんな切ない顔するぐらいなら、さっさと告白しちゃえばいいのに…)


そう思いつつも、上手く言葉が出て来なかった。




そして、放課後。


「…本当に数えるの?」

「うん。頼むよ」


今日は放課後の部活がない為、帰ろうとしたら植草に呼び止められた。

勿論、例の『願掛け』の件について、だ。お互いに貰ったチョコの数を数えて、その結果、彼は彼なりに覚悟を決めるのだろう。


(上手い具合にサッと帰っちゃえば関わらずに済むと思ったのに…)


出遅れたことを後悔しても今更遅いけど。

そんな重大な決意を、正直こんな自分のチョコの数で決めて欲しくはなかった。


既に教室には誰もいない。


「流石に教室でチョコの山を広げてたら、先生に見つかった時点で取り上げかな?」


机の上に出した自分が貰ったチョコの山を横目に、植草は不安になったのか廊下を確認しに行く。


「確かに…。没収されちゃうかもね?」


そう答えながらも。

私の視線は、その無造作に置かれた包みの山へと注がれていた。



(ここに一緒に置いてしまえば、分からないかも…)



すぐさま植草が向こうを向いている間に自分のバッグからひとつの小さな包みを取り出すと、その山へとまぎれ込ませた。


「とりあえず、大丈夫そうだな。今のうちに数えちゃおうぜ」

「うん…」


扉を閉めて戻ってくる植草を意識しないように、自分の貰ったチョコが入った手提げ袋から黙々とそれらを取り出した。

そう。私は昨日、植草にあげる為のチョコを買ったのだ。


(頼まれたから。それだけだし…)


でも、それでも面と向かって渡すことなんか出来なくて。

結局のところ数に協力すれば良いのだから、これでいいのだと自分で納得する。




「十五個だよ」


自分の分を数えて報告する。


「14、15、16…。あれ…?オレのは十六個?」

「植草の方が多いんじゃん」


きわどかった。私の一個が丁度効いてたみたいだ。


「良かったね。これで気が済んだでしょう?じゃあ…私はもう、帰るね」


そそくさと包みの山を手提げ袋へ戻して片付ける。


「………」


植草は何か考えているようだったけど、もう関係ない。

私が協力してあげられることは、全てやったのだし。


「じゃあ…告白、頑張ってね」


それだけ言うと、荷物を抱え教室を出ようした。

その時だった。


「高山…。もしかして、オレにチョコくれた?」

「…っ…」


後ろから掛かった声に驚き、その場に足を止めた。


「なん、で…?」


思わず声が(かす)れそうになる。


「オレさ、今日貰った数…だいたい覚えてたんだ。記憶では確か十五個だったハズなんだ」

「………」

「これ、お前がくれたんじゃないの?」


その声にゆっくりと振り返ると。

植草の手には、さっき私が置いた小さな包みが乗せられていた。



「………」

「………」



思わず視線が絡み合う。


(何か…。早く、何か言わないと…)


植草に変に思われない内に。


「ば…バレちゃったか。それ、頼まれてた分ね。でも、良かったね。まさか…それが、決め手になるなんて…思わなかったけど…」


明るく笑ったつもりが、徐々に声が小さくなっていってしまう。


(あああ馬鹿ーーーっ!これじゃ思いきり不自然じゃんっ!!)


自分に自分でツッコミを入れるも、もう遅い。


「高山…」


植草が微妙な顔をした。

そんな表情を見ていられなくて、


「とにかく…そういうこと、だから…」


それだけ言うと。

今度こそ笑顔で「じゃあ、帰るね」と向きを変えると、教室の扉へと向かった。



「サンキュ、高山。お前のおかげで決意が固まったよ」



後ろで植草の呟く声が聞こえる。


「告白する勇気、貰ったよ」


珍しく、真面目な声。


「…それなら、…良かった」


植草に背を向け、扉に手を掛けたまま私も呟く。




本当は複雑だった。

これから植草が誰かに告白する。

そんなの、知りたくもなかった。


(だいたい、何で私に相談なんかするかな…)


何だか無性に泣きたくなってくる。


(こんな気持ちになるなんて。…やっぱり、バレンタインなんかいいことない。大嫌いだ…)


いくら友人の為とはいえ、チョコを贈るなんてガラにもないことをするから。


(馬鹿だなぁ。私…)


浮かびそうになる涙を必死にこらえながら。

扉を開こうと手に力を込めた、その時だった。


「高山…」


突然左肩を掴まれ、後方へと引かれたのと同時にすぐ間近で植草の声が聞こえた。


「え…?」


振り返ると。

すぐ後ろには植草が立っていて、超至近距離で自分を見下ろしていた。


「うえ…くさ…?」


戸惑う自分とは裏腹に。植草は落ち着いた様子で、じっ…と、こちらを見つめている。


「どうし…」


「…たの?」と、続けたいのに。

言葉に詰まって上手くいかない。


(…この状況は、なに…?)


静まり返った校内。教室。

扉を背に、すぐ目の前には植草。


植草は何で私を引きとめたんだろう?

今までの一連の出来事に何か不備でもあったかな?


(…っていうか、なんか距離…近い…)


植草の方が目線は高いが、それでも少し見上げる程度の差なので顔がすぐ目の前にある状況だ。

直立したまま動けないながらも、脳内ではパニックを起こしかけていたその時。

植草は僅かに笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。



「幼稚園の頃からずっと好きでした。オレと、付き合ってくれませんか?」





(…え…?)



その言葉の意味を理解するのに数秒を要し。

硬直し続ける私を、植草はただ静かに待ってくれていた。


「う、そ…」

「嘘じゃないよ」

「だって…わた、し…?幼稚園…?」

「覚えてない?組は違かったけど、高山とオレ同じ幼稚園だったんだよ」

「それ、は…知ってる…。知ってるよ。だって、植草はいつも…私を助けてくれたよね?」


「…覚えててくれたんだな。嬉しいよ」


植草は照れくさそうに頭をかきながら笑顔を見せた。


「あの頃からずっと…お前のことが好きだったんだ。だから、中学で再会できた時はマジ嬉しかった。でも、お前の背を抜くまではっていうオレの意地があって、こんなに遅くなっちゃったんだけど…」


今度は少しだけ苦笑いになる。


(植草も、背のこととか気にしてたんだ…)


でも、私を追い抜くまで、ずっと…なんて。

嬉しい反面、ただただ信じられなくて。


「こんな…男みたいな、私でいいの…?」

「どこが?確かに高山は女の子にモテるけど、それは純粋に慕われてるってことだろ。それも魅力のひとつなんじゃないの?」


その言葉に思わず泣きそうになって。

一生懸命に涙をこらえていたら鼻の奥がツンとなった。


「オレは本気だよ。返事、聞かせてもらえるかな?」

「植草…」



勿論。私の返事こたえは‐――…






「私も、植草のこと…」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ