第八十七話 ~指輪の謎編~
話が迷走してる……どうやって座長に勝とう……
「だー! 勝てねー!!」
頭を掻きむしりながら思い切り叫ぶ。あの後も何度か再挑戦させてもらったけど、結果はすべて同じ。1分と持たずに負けてしまう。
最初は【オーバーリアクション】スキルで攻撃を流しつつ成功を稼げばいいと思っていたが、座長は鞭や短剣と多彩な攻撃手段で攻めてくる。更にはトランプまで取り出してくるし、まるで座長を通してサービス団全ての団員と戦っているような気分だ。
「大体どうなってるんだ。強い強いとは思ってたけど強すぎないか?」
「座長が強いのは」「あたりまえ」
だべっている俺の後ろにリーノとルーノの二人が寄ってくる。相変わらず二人とも無表情で淡々とした口調であるが、弟子入りイベントでの経験から二人の声色に揶揄いの色が混ざっている事がわかる。
年下だからとため口を聞くと先輩風を吹かせてくるので最初から丁寧に口を開く。
「いや、強いのは分かってますけど座長の攻撃は多彩すぎませんか? 座長は語り部だと思ってたんですけど」
「そこからして勘違い」「座長は、道化師あがり」
「道化師上がり?」
これまで座長はステージの所々で合いの手を入れたり、ショーの進行をしていたから、語り部なのかと思っていたけど、俺と同じ道化師だったのか?
「サーカスで一番すごいのは」「誰だと思う?」
「それは……座長じゃないんですか?」
「「論外」」
「うっ……それじゃあ、誰なんですか? それなら花形の奇術師あたりですかね?」
「違う。ヒント、どの演目でも首を突っ込み盛り上げ」「それでいて主役を立て続ける」
「芸だけでなく、つなぎ役からトーク、誰よりも万能でありながら」「無能を演じ笑われるおどけ役」
「それって……」
代わる代わるに説明し、最後に二人そろって俺を指さす。
「「貴方と同じ、道化師」」
「道化師が……一番すごい?」
改めて考え直すと、それぞれが全く異なる系統の演目を披露するのに対し、道化師はその演目に意気揚々と首を突っ込む。
一見首を突っ込んだくせに失敗したように見せかけても、それは主役を引き立てる為の予定調和。しかも、その失敗をわざとらしいと悟られてはいけない。失敗で笑われるのではなく、失敗で笑いをとることはよく考えたら並々ならぬ技術だ。
そう考えると、なる程確かに座長は常に演目を進行していたし時折首を突っ込んでいた。だけどそれでも主役であるアーティさんやハリーさんよりも目立つことなく、引き立て役に徹していた気がする。なる程確かに座長は道化師らしい動きをしていた。
でも、それが分かった所で、今の俺の完全上位互換なのが座長だと分かっただけだ。むしろ勝利は絶望的になったと言える。
リーノとルーノが俺の顔を覗き込むように顔を寄せてくる。ビスクドールの様に整った二人に少しだけ動揺してしまう。
「座長の勝ち方」「知りたい?」
「そ、そりゃ知りたいけど、教えてくれるのか? 」
「「じゃないといつまでたっても勝てないし」」
ド直球の意見に思わず肩を落とす。いや、確かに勝てる要素が皆無だから反論できないけど……二人そろってやれやれとでも言うように肩をすくめているのが少しだけイラっとするな。
「座長を敵だと思って戦うから」「座長もそれに合わせて本気で戦う」
「座長とショーをすれば」「今よりもマシになる、よ?」
「ショーをするように……あぁ、確かにこれまでどうすれば倒せるのかとしか考えてなかったな。でも、ショーをするように? 」
思わず顔が引きつる。まさか【演目設定】スキルを使って戦えと言うのだろうか? わざわざステージに移動して試練を行っているから間違いではないのだろうけど、あの黒歴史増産スキルを使わないと勝てないのか?
思わずクリアと羞恥心を秤にかけてしまう。これまで座長との戦いで一度も使っていなかったし……試してみる価値はあるのか?
「よし! 二人とも助言ありがとうございます。自分なりに頑張ってみます」
「どうせ座長のほうが強いから」「ほどほどに、がんばれ」
応援してくれてるのかけなしているのか分からない双子の言葉に苦笑しながらも、何度目になるか分からない座長への挑戦に向かった。
「おやおや。挑戦心がある事はいいことですね。えぇ、いいことですよ」
「座長。それ絶対褒めてないですよね?」
「クフフ。いいえ? そんな事は全くないですとも」
楽し気に笑みを浮かべる座長はいつにもまして余裕綽々といった様子だ。思わずムッとしてしまいそうになるのを深呼吸して落ち着かせる。怒った所で仕方がない。平常心平常心。
既に何度も挑んでいるので、会話は端折ってカウントダウンに入る。カウント0と同時に【演目設定】が発動できるように演目の内容をセットさせていく。大体の戦闘の流れを想像して___
第一演目、【ダンスショー】。第二演目【ナイフショー】。第三演目【マジックショー】。最終演目【アクロバットショー】___こんな所か。既に何度も負けているんだ。これでダメだったらまた別の方法を考えればいい。今は座長との共演で最高のショーを作ることを考えればいい。
「___2,1,0。ほう? そう来ましたか」
「【演目設定】! イッツショータイム!」
第一演目に設定したダンスショーの効果によって、何処からかBGMが流れ始める。流れだした曲は、サーカスといえばこれというほどのテンプレート。フチークの「剣士の入場」だ。
高らかなラッパの音が鳴りだしているにも関わらず、座長はどこか楽し気な薄い笑みを浮かべたまま動く気配を見せない。
これまでは始まりと同時に攻撃を仕掛けてきたというのにだ。これは、こっちの考えに乗ってきた?
「どうしましたか? 最初の演目は【ダンスショー】なのでしょう? さぁ、踊ってみなさい」
「言われなくてもそうしますよ。最も__これから魅せるのは剣舞ですけどね!」
これまで使っていた色鮮やかな毒の短剣ではなく、銀色に輝く普通の短剣を手に距離を詰める。無論、この距離を詰める動作は明るい剣士の入場に合わせたリズミカルなステップでだ。
この、演目【ダンスショー】中の効果は流れるBGMのリズムに合わせて行動するたびにステータスを上昇させる効果と、反対にリズムに沿わない行動をするたびにステータスにペナルティが発生する効果だ。
勿論ステージ上に存在するプレイヤー全員に効果があるので座長にも効果がある。だけど、それよりも今は自分の低いステータスをある程度マシなところまで上げる方が重要だ。
【グッド!】 【スキル:成功!】【連鎖!】
【グッド!】 【スキル:成功!】【連鎖!】
【エクセレント!】 【スキル:成功!】【連鎖!】
座長に対して踊る様にして剣を振るい、ステータスを上げて行く。更に、【ダンスショー】効果と共に【成功】スキルも発動しているため物凄い勢いでステータスが向上していく。
勿論、難なく回避する座長も曲に合わせてリズムをとっているので、彼我の差はそこまで埋まらない。
それどころか俺がリズムの判定が三回に一回程度しか最高評価の【エクセレント】評価にならないのに対して、座長は【エクセレント】評価を100%確実に取ってくる。
小さいながらも確実に存在する実力の差に歯噛みしながらも、決して笑みは崩さない。
「クフフ。そうです。道化師は常に笑みを浮かべていなければならない。少しは道化師らしくなってきましたね。貴方の目論見に乗ったかいがあります」
「……っ! それは、どうも!!」
やっぱりと言うべきか、座長はただ俺の作戦に乗ってきただけだった。だけど、座長の声色がどこか満足気な様子であるところから、【演目設定】スキルを使った事が失敗ではないだろうと確信する。
剣士の入場の曲調が中盤のゆったりとした部分に入った所でBGMを変更。次のBGMは運動会ではお馴染みの超アップテンポな曲。天国と地獄のギャロップだ。
突然曲を変えたにも関わらず、座長は飄々とそのリズムに合わせてくる。
「クフフ。そろそろ良いでしょうかね。それでは役割を交代しましょうか」
「ちょっと、座長のリードは、速すぎやしませんかね!?」
「いえいえ。これでも十分メイさんに合わせているのですよ」
俺のステータスがある程度上昇したのを見越してか座長が攻勢に移る。短剣を手にしている分俺の方がリーチ的にも有利なはずなのに、リズムを合わせてパリィするので精一杯だ。いや、そのパリィすら座長に合わせられているような気がする。
「ふむ。基礎的な事は問題ないですね。ですが、基礎はあくまでも以前の特訓の内容。今から貴方が継承するのは道化師のもう一側面。このままではまだ足りない」
「もう一側面?」
お互い手を止めないまま会話を行う中、座長は懐からトランプを二枚取り出してみせる。
「これまで貴方に教えたことは、おどけて観客を笑わせる道化師の表の面。しかし、今から継承してもらうのは、道化師の負の側面。血みどろの恐怖で人々を襲う、伝承上の道化師の顔。いわば裏の面です。表と裏の二つを継承し始めて真の道化師となるのです。クフフ……トランプでは黒と赤。物の例えとしては良くありませんでしたね」
そう言って笑うと、手にしていたトランプ__スペードとハートのA__を手の中で消し去る。その動作中にもリズムが狂う事も、そして攻撃の隙すら全く無いのだから困る。
しかも唐突に語られる重要そうな話! 道化師の裏の面ってなんだ? 伝承上の道化師? 深く考えたいところだが、あいにくとそんな暇は一切ない。
無理やり口角を上げて半場自棄になりながら叫ぶように宣言する。
「ぐ……。道化師と座長のダンスで場は盛り上がったでしょうか!? それでは、お次はハラハラドキドキの【ナイフショー】をご覧くだ、さい! 【ダガースロー】!」
「成程。 確かにハラハラドキドキの様ですね。ではこれはお返しします」
第二演目に移り変わった瞬間に手にしていたナイフを投げつけるが、軽々とキャッチされ、皮肉交じりに投げ返されてしまう。
しかも、俺が投げたナイフの速度よりも更に鋭い速さを持っている。パリィしたほうが確実だけど、そんな事をしてはボルテージがだだ下がりだ。
気合いで真剣白刃取りでもするか? 冗談。それくらいならと覚悟を決めて【鬼才】スキルを発動させる。
全てがスローモーションになったことにより、ナイフを目視で確認したうえでキャッチする。
「さぁ! 道化師と座長のナイフジャグ! 瞬き一瞬が命取りのやり取りをご覧あれ! 【ダガースロー】!」
「クフフ。いいでしょう。お付き合いしますよ」
お互いジャグリングの名目とは裏腹に直撃したら大ダメージ確実の速度で短剣を投げあう。こっちはダガースロースキルでフォームが最適化されているにも関わらず、座長はそれ以上に優美に短剣を投げ返してくる。
ありがたい事に座長にキャッチされても【成功】はきっちりと発動しているが、それでも座長にまだ届く様子はない。
拮抗状態に陥っていると、何か座長が動き出した。指と指の間に挟む形で短剣を回収し始めたのだ。
「それでは次はこちらから。このようなジャグリングは如何ですか? ついでにステージもそれに合わせましょう」
一瞬照明が暗転し、明るくなるとステージの床の柄が変わっていた。赤と黒のチェック柄で、何故かそのタイルの一枚一枚に数字が割り振られている。
いや、それより座長の方だ。俺が投げた短剣をくるくると手の中で弄んだり、ジャグリングをしたりと遊んでいる。
ジャグリングの仕合いが終わったために既に鬼才スキルを続けて使う意味も無くなったし、途中で切れてしまってもあの強烈な頭痛が起きたら戦闘続行どころじゃない。
思いきって鬼才スキルを【失敗】スキルで途中キャンセル。ギリギリと頭痛が襲ってくるが、途中でキャンセルしたことによって短い時間だったためにそこまで激しい物じゃなくすんだ。
「それでは、道化師による華麗なるソードダンスをお楽しみください。3,2……」
一体何をするつもりだ? 身構えるも座長は微笑みながらジャグリングをするばかり。それに一体何のカウントだ!?
座長は一瞬だけ微笑みを意地の悪いものに変え、チラリと視線を上に向けた。上か!
急いで上を向くと、天から俺の元へと一本の短剣が降ってきた。いつの間に!?
「【ステップ】!」
「第一投は難なくクリア! それでは続けて第二投と参りましょう! 」
座長はジャグリング中の一本を天高く投げる。一投目も俺の隙をついて投げたのだろう。続けて三本目、四本目と投げられる。
だけど、これくらいの数なら避けるのは問題な__
「なんですって? 短剣の数が足りない? それでは観客の声にお応えして短剣の数を増やしましょう!」
「……わーいとっても嬉しいなぁ!!」
俺が取り出した短剣だけじゃない。何処からともなくナイフを取り出したと思ったらオマケと言わんばかりに次々と天高く投げる。
上ばかりに集中していたら普通に投げてこられたらアウトだ。座長と上の二方向に注意しながら、ステップスキルで回避していく。
「さぁどんどん参りましょう! 次の安全地帯は順に、赤の6、黒の2、赤の11、赤の5!」
一体なんの舐めプなのか安全地帯を口頭で説明し始めた。まさか、この為にステージの床の色を変えたのか? 警戒しつつも、本当にそこしか安置が無いので言われるがままに従っていく。
「……黒の4、赤の9、赤の7、……そして最後に私の前」
「っしまっ!?」
全てが手の平の上とでも言わんばかりに、最後に死神の元まで連れてこられてしまった。ニヤリと笑う座長が短剣を俺に突きつける。
……だけど、これは俺だって考えてたさ。
今度は、黄色く彩られた短剣を取り出して座長と同様に短剣を突き出す。あっちはただの短剣に対してこっちはロゼさん作のとっておきの痺れ毒だ。
いくら座長といえども毒が効かない化け物でもあるまい。例え成功スキルが切れたっておつりがくるほどの成果だろうさ。
不平等なクロスカウンターが決まる。そう思った瞬間__
「いつから、演目を進行させる事が、道化師だけの仕事になったのですか?」
「え?」
座長が何かを呟くと、俺の眼前にトランプがひらひらと落ちてくる。そのトランプは何故か煙と共に巨大化して俺の切り札を阻む。
トランプの癖に、鋼鉄で出来た盾に阻まれたのかと言うほどの感触だ。
本来俺が言う筈だったそれを、座長が楽し気に宣言する。
「第三幕【マジックショー】の開演です。現世を忘れる奇々怪々な奇術の数々。夢の世界をお楽しみください」