第六十二話
日付変更ジャストに間に合わなかった!
一時は滑り込みセーフってことで許してください。
「あはは! 次から次へとやってきても無駄だよ!?」
「ギャン! キャイーン!」
魔の森、それもエリアボスである要竜がいたあの場所をさらに越えた奥の奥。魔族領側に近いところで、楽しそうにミツバが笑う。
犬のモンスターであるコボルトよりも強い上位種。狼を人型にしたかのようなモンスター、ワーウルフの群れを相手にミツバはたった一人で立ち回っていた。
勿論のことだが既に魔族領に近づいているから、このワーウルフ達はかなり強い。にも関わらずミツバは、むしろ嬉々として戦っているのだ。
ワーウルフの胴へと掌底。そこから手首を返して裏拳に派生し顔面を打ち、クルリと一回転して肘を打つ。瞬き一瞬の間ほどの刹那の間に三連打を放ち、それだけで一体を片付けてしまった。
一体で満足することを見せず、さらに他の個体へ距離を詰めると腕をとって一本背負い。地面に叩きつけられたところを踏みつけられたそのワーウルフもまた、粒子となって消える。
ワーウルフの内の一匹が、どうにか同胞の仇を取ろうと背後から襲い掛かるが、まるで背中か後頭部に目でもついているかのようにヒョイと屈んでそれを避ける。
「グワウ!?」
「それくらいわかるよ? せいやー!」
軽々とそう告げるミツバは回し蹴りを一閃。頭部にクリーンヒットしたのかそれだけで頭がザクロと散った。
念のためもう一度言うが、ワーフルフだって弱くない。むしろ、人族側に近い魔の森と比べると遥かに強いといっていいだろう。だけど、それを遥かに上回るほどにミツバが強いんだ。
要竜を倒して手に入った大量の経験値による大幅なレベルアップ。それと格闘家によるスキルとミツバの天賦の才の3つが精密な歯車のように噛み合った結果、水を得た魚どころか水を得た水龍のくらいにミツバは化けた。
ワーウルフの数が残り少なくなってきても、ミツバの手が止まることはない。足・踵・膝、拳・手刀・肘。四肢の全てを用いて繰り出される連撃はまさに全身武器といっても過言ではなく、卓越したミツバの技術によりその武器はさらに一段階上のものへと昇華したそれによってワーウルフは全滅することになった。……俺、魔の森に入ってから殆ど何もやってないなぁ……。
ミツバのジョブ【軽格闘家】は俺の【道化師】と似通った点がある。芸能系という非戦闘職と戦闘職という違いはあれど、格闘家ジョブも攻撃による「コンボ」を重ねることによってステータスを強化することができるジョブなのだ。
俺がスキルを重ねるようにミツバも攻撃を重ねる。たぶん攻撃とスキルの発動なら後者の方が簡単だろう。だけど、格闘家としての才に恵まれたミツバであれば、この評価は覆る。コンボを延々と重ねる程度簡単な事なのだろう。ぶっちゃけフルダイブになった今彼女ほどこのゲームに適応したプレイヤーはいないと思う。
結局周囲の敵全てを一人で倒してしまったミツバは清々しい笑みを浮かべて額を吹くしぐさをとる。そういったしぐさを取るわりは汗をかいている様子は見えない。まさかあれだけの戦いをしていた割に本気という訳ではなかったとか言わないよな?
「スッキリしたー! まさに気分爽快って感じだよ?」
「お疲れ様。まさか一人で全部片づけてしまうなんて思わなかったよ。聞く必要はなさそうだけど、フルダイブの感覚は慣れたか?」
「うん! むしろ昨日よりもやりやすいよ? 拳に伝わる肉の感触。骨にまで響くような衝撃。踏み込んだ時の大地の感覚……全部そのまま本物みたい? ボクちょっとゾクゾクするよ…?」
「戦いやすいのはよかったけど、サイコチックな事を言ってることに気付こうな? 割と怖いからな?」
モンスターの出血エフェクトはないゲームにも関わらず、戦闘に酔って恍惚とした笑みを浮かべるミツバの顔が返り血に塗れている幻覚が見えてきた。
肉や骨の感覚でどうしてそんなうれし気な顔ができるのだろう。俺なんてナイフ越しの触感ですら嫌悪感で吐きそうになったというのに。これがバトルジャンキーたるゆえんなのだろうか。
気を取り直して、割とたくさん敵を倒したけど、レベルの方はどうだろうか。確認の為にメニュー画面を開くと1だけ上がっていた。これでレベル200。101からはレベルアップ毎のステータスポイントは2から3に変わっていた。もしかしたら次からは3から4に変わってくれるかもしれないな。
「ミツバ。もしかしたらレベルが上がってないか? 上がっているなら、周囲に敵がいない今の内に割り振っておかないか?」
「あ、そっか。えっと……おー、3つも上がってるよ? 合計で9ポイントだから、STRとAGI? でもボク体力とか最初のまんまだし……センパイ。どう割り振ればいいの?」
ステータス画面を開いたミツバは、顔だけこっちに向けて俺にそう聞いてくる。
ステータス関連で的確なアドバイスができるのはモルガーナの方が適任なんだけどな。ただロマン思考に暴走しやすいだけであって。
そうだな……ミツバの場合手数を稼いで戦うのが基本だから、一撃の大きさはそこまで重視しなくてもいいしな。だから、AGIやDEXに振ったほうがいい気がするけど……DEX振るにしても経験値上昇なら俺がいるから大丈夫だよな。いっそHPやDEFに振って耐久を上げる?
うーん……それだと中途半端になりそうなのが一番の懸念なんだよな。ミツバの戦闘センスなら攻撃を受け止めるよりも避ける方が適当だろうし。
……結局STRとAGIに割り振るのが一番ミツバに合っている気がする。
「STRとAGIでいいんじゃないか? どっちに多めに振るのかはミツバの好みになるけど」
「じゃあいつも通りってことで。STRに4でAGIに5っと」
ステータスチェックも終わったので、魔族領へと進むことにする。ミツバが先導するが、どちらも回避系で防御が紙である以上、戦闘職でまだ防御力の強いミツバの方がましである。戦闘もミツバ一人で間に合っているし、俺の存在意義って何だろうか? 現状、学習装置程度の活躍しかしてないよな?
しばらく歩いていると、森の木々が少なくなってきた。もうじき森を抜けられそうだ。何気に攻略組を越えて攻略最前線を塗り変えてることに少しテンションが高くなる。
自分の足取りが軽くなっていることを実感してにやけそうになっていると、不意にミツバが立ち止まり、後ろを振り返る。
「ん? どうした?」
「……誰かに見られている気がするよ? 」
「何?」
鋭い目で後方を睨むミツバの言葉に俺も振り向いて後ろを見る。データ上の世界で視線や気配を感じるのか? という疑問を感じなくもないが、実際にここに来るまでに何度もミツバはそんな気がするという感覚だけでモンスターを察知していた。
そのミツバが見られているといっているのだから恐らく本当に誰かが見ているのだろう。俺も見習ってあたりを見回してみるが、俺の感覚ではわからない。
なので、俺は俺なりのやり方で索敵することにする。アイテムの中からトランプを取り出し、周囲にばらまくようにトランプを投げる。
「何をするの?」
「まぁ見てなって。【フラッシュポーカー】」
パチンと指を鳴らした瞬間、投げたトランプが一斉に爆発する。パンッと小気味良い破裂音を鳴らすトランプが、もしも周囲にモンスターないしプレイヤーが居たら教えてくれるだろう。
ガサガサッ
「おうわ!? え、嘘!?」
「あ、いたよ?」
案の定、フラッシュポーカーで怯んだプレイヤーが大きな物音を発し、さらにそのことに驚いて声を上げ場所を示す。
ミツバとともに声のしたほうに駆け寄ると、緑色に着色された軽装備をした青年の姿があった。俺たちの後を付けていたのだし、シーフのような斥候職なのだろうか?
「あー、待った待った。降参降参! 悪気はなかったから許して! 」
「ストーキングは犯罪だよ? そして犯罪者に慈悲はないよ?」
手をひらひらさせて降参を宣言するその人物に対してミツバが至極真っ当な事を言う。割と逃げ場のない状況であるにもかかわらず、青年は既に戦闘態勢に入りつつあるミツバに対して困ったなぁといった苦笑いをするだけだ。
改めてストーカーを観察してみると、緑単色かと思ったら迷彩柄をしていた。しかも装備は革装備ですらなく布製の装備であることが分かった。よほど隠密性を重視しているのだろうか?
顔を見ると切れ長の目に口はヘラヘラとニヤケ気味と割と胡散臭い印象ではあるが、顔が整っているだけにそれすら様になっている。ちくせう。これだからイケメンは。
今のままでは埒が明かないので聞いてみることにした。
「で、結局アンタはどこの誰で、なんで俺たちを追っていたんだ?」
「教えたら逃がしてくれ……あぁごめん。ちゃんと答えるから拳を握らないで。……コホン。僕はしがない情報屋さ。名前は気軽にガムって呼んでくれて構わない。あ、情報屋っていっても【情報屋】というジョブではないからね? 僕自体は単なる【シーフ】であって情報屋は自称。
君たちを追っていた理由だけど、単純に攻略組ですら到達していない魔族領の情報が欲しいからさ。未到達エリアの情報っていうのは割と高値で売れるんだよ?
出現モンスターの攻略の適正レベル。素材。プレイヤーの入れる都市エリア。そして何よりもこれまで交流のなかった魔族プレイヤー……。どの情報にしたって今ならお宝さ。他の情報屋も狙ってるんだけどいかんせん魔の森越えっていうのはレベリングさぼって情報収集してるメンツからすると結構苦でね。
どうしたもんかな~って悩んでたらメイ君たちが森に入るのが見えてこれは寄生するチャンスだと思って尾行したって訳。にしても二人ともすごいね~。結構ハイドスキルには自信があったんだけど、まさかバレるとは思わなかった。後学の為にどうしてわかったのかきいてもいい?」
ガムと名乗ったその青年はペラペラと身の上話をし始めた。話を聞く限り俺たちの後をずっとついてきていたらしい。悪びれもせずに逃がしてくれやら質問をし返してきたりと、ずいぶんと肝がすわっているなこいつ。いや、睨みつけるミツバに対してヘラヘラ笑って近くで見ると可愛いね~とか言ってるところを見ると単純にノリが軽いだけか?
逃がしてしまっても大丈夫そうだけど、なんか引っかかるんだよな。別に話は辻褄があってるように思えるけど……ちょっと待て。こいつ。どうして俺の名前知ってるんだ?
「おい。どうして俺の名前を知ってるんだ? 」
「ありゃ。聞き流してくれてるかと思ったけど蒸し返しちゃう? 簡単な事さ。森の中で君たちの後をずっとつけてたんだよ? 名前の盗み聞きくらいするさ」
「嘘。僕はセンパイのことをずっとセンパイとしか呼んでないよ? なのに名前を知ってるってことは、少なくともボクたちのことを森に入る以前から調べたことあるよね? 尾行をしてきた事自体最初から計画していたんじゃないの?」
「……ふうん。単なるバトルジャンキーかと思ったら、案外ミツバちゃんも鋭いんだね。覚えておくよ」
その発言を聞いてガムに対する警戒を最大限にまで引き上げる。今はこんなに強いミツバであるが、その実始めてから数日と立っていない初心者だ。なのにミツバの名前すら知ってるのは明らかにおかしい。だけど、その割にはあっさり自白するし目的が分からない。
俺はナイフを取り出しガムに向けて威嚇する。
「お前の目的はなんだ? いつから俺たちのことを調べているんだ。」
「むしろ、攻略組が数十人でも倒せなかったエリアボスをたった五人で倒したパーティーなんて情報屋が調べない訳がないよね? 流石にミツバちゃんは名前と格闘家っぽいってことしかわからなかったけど、メイ君のことは結構調べたよ?
ログイン初日、剣士アニーと出会い運よくスタートダッシュを決める。短剣を購入した後は延々と野ウサギを狩り続けていたらしいね? 一度だけ多数のプレイヤーの前で決闘染みたことをしたらしいね。その時も短剣をもってインファイト気味で戦うことは裏付けできている。それと、戦闘時間が経過するごとにダメージ、行動速度が上昇していた事から何か特殊なジョブ、またはスキルを有してる可能性が高い。始まりの町を出た後は生産者レプラと共にメイカーの町に移動しているところまでは調べたよ。ジャグリングして街中を練り歩くなんておかしなことをするね?
あぁ、安心して! 他の情報屋連中はメイ君よりも認知度の高いアニー、モルガーナ、サオリの三名を方を優先して調べてるからここまで知ってるのは僕くらいだよ。」
思った以上に俺たちのことを調べている。しかも、俺の黒歴史的情報まで事細かに調べられてるじゃないか。情報屋ってそんなにホイホイ集められるものなのか? いや、でも俺に目を付けてるのは他にはいないって言ってるし……そもそもそれだって信じていいのかどうか。
信用はできない上に予想以上に危険な人物だけど、これだけ情報を握っている相手と敵対する事は悪手にしか感じない。
怪しい情報屋を前に、俺はナイフをしまうことしかできなかった。
VRの日間ランキングで53位に名前あって笑う
読んでくれた方ありがとうございます