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第六十一話


 頬を撫でるそよ風。サラサラと音を立てる草原の匂い。これまでのセルフストーリーオンラインには存在しなかった、触覚と嗅覚。

 五感でゲームができる新感覚に感動を覚えながら、アイテムからナイフを取り出す。


 ズシリした重みが手に圧し掛かり、思わず手が下がりそうになる。


 そう、重いんだ。始まりの町で一番小さく一番軽かったたったという理由で短剣。果物ナイフってくらいの大きさの癖に、手の中にあるナイフは数キロのダンベルを持ったのかってくらいに感じる。見た目と感覚の違いに物凄い違和感があるな。

これが俺のSTRステータスの性能ってことだろう。なんたって俺のSTR初期値以下だし。


「辛うじて装備はできるのはわかってはいたけど、実際に重みを感じてみると振るうのは難しいな……」



長剣や盾をふるうならこれくらいの重量はするのだろうけど、あくまでもこれは短剣だ。軽く素振りをしてみるけど、ダンベル程の重さではせっかくのナイフの良さが台無しだ。


 諦めてナイフをしまい、代わりにボールを三つ取り出して上に放り投げる。ポンポンと空中と俺の手の平を行きかい綺麗な円環を築く。


【ジャグリング 成功!】

【スキル 成功!】

【ジャグリング 成功!】

【スキル 成功!】 【連鎖開始!】

【ジャグリング 成功!】

【スキル 成功!】 【連鎖!】



 ジャグリングスキルが発動してDEXが上昇し、スキルの成功が【成功】スキルを発動させる。

 これまではこのジャグリングも、ボールの感触があるわけでもなくボールを目で追うことくらいしか感覚をつかむ方法がなかったが今は違う。

 視覚だけじゃなく、ボールの感触も手で感じることができるからジャグリングが凄いやりやすい。いや、それだけじゃないな。


 身体全体、それも指の先まですべてがスムーズに動く。自由自在、意のままにって言葉を自分の身体に使うのが正しいのかはわからないけど本当にそんな感じなんだ。

要竜を倒して飛躍的に上昇したDEXのせいだろうか。それともこれがフルダイブだからだろうか? なんにせよ、これだけ身体が動くなら十分戦えるだろう。



「ゲギャ! グッギャ!」


 数分ほどジャグリングをしていると、数匹のゴブリンが俺の元へ走ってきた。ゴブリンの顔には明らかに侮るような見下す様子が見える。一歩も動かずジャグリングをしている俺をカモとでも思ったのだろう。だけど、俺に言わせればゴブリンたちこそ飛んで火にいる夏の虫だ。

 ボールの代わりにナイフを手に持ち、クリティカルの確率を上げるため【的確急所】のスキルを発動させる。これまでの成功スキルの連鎖によって俺のステータスは向上している。さっきまではダンベルのように重かったナイフは、今は全く重くない。これなら軽々と振るうことができる。



「【的確急所】。これで準備は万端だ! 行くぞ! 【ステップ】!」

「ゲギャ!?」


【スキル 成功!】 【連鎖】

【スキル 成功!】 【連鎖】



 ゴブリンが振るった棍棒をステップスキルを回避しつつすれ違いざまにゴブリンの首元を撫でるように斬りつける。

 ナイフから伝わってグチャっと斬った感触が手に伝わってくる。料理で豚や牛肉を斬るなんてものじゃない。ブチブチと筋繊維を引き裂き血管を断ち切るような感覚がナイフ、手、そして腕へと駆け上がってくる。これ絶対俺のDEXのせいで感触精密になってるだろ!


ゲームの癖に現実よりも生々しい肉の感触に嫌悪感が湧き上がってくるが、必死にそれを頭の片隅に追いやる。これはゲームこれはゲーム……リアルじゃない。


【クリティカル 成功!】 【連鎖!】


「あーこのアナウンス聞けるとゲームって実感できるよな。よし。決心ついた! こいよゴブリン!」 


 何度も世話になった成功スキルの告示のお陰で非現実を再認識できた。クリティカルが出たところで元の攻撃力が低いのでダメージ自体はそれほど高くない。

【大物食い】のスキルがゴブリン相手に発動するのかは知らないけど、切り付けられたゴブリンはそれほどダメージを負ってはいない様子だ。続けざまに何度もナイフをふるい追撃する。1,2,3,4……



【クリティカル 成功!】 【連鎖!】

【クリティカル 成功!】 【連鎖!】

【クリティカル 成功!】 【連鎖!】

【クリティカル 成功!】 【連鎖!】



「グゲァァ!」


 驚いたことに斬撃すべてにクリティカル判定が発生したらしい。流石に連鎖の効果もあり、斬られたゴブリンは粒子となって消えた。よかった。フルダイブになってリアルになっても流石に死体とかは残ったりしないのな。素材は自分で剥ぎ取れってことだったら流石に躊躇う。

 

 空いている手でトランプを取り出し、残るゴブリンへと投擲。パチンと指を鳴らして【フラッシュポーカー】のスキルを発動させると、ゴブリンの目の前でそのトランプはボゥと爆ぜる。爆発に怯んでいる隙に【ステップ】スキルで距離を詰め首を一閃。

すると、まだそれほど連鎖は発動していなかったににも関わらず首と胴が分断された。


 【即死デス 成功!】 【連鎖!】


 デス……即死が成功? だから首が跳んで一撃で倒せたのか? これまでそんなことなかったぞ。いったいどうしてそんなことが……あ、そういえば【鬼才】スキルのDEX効果領域の拡大。これの中に即死効果があったな。

 即死なんてくらいだから確率は低いだろうけど、そうか。これならどれだけ俺のダメージ量が低くても関係ない。何せ一撃必殺なのだから。


「「「ゲギャ!? ゲ、ゲギャギャギャギャギャギャ!!」」」

「おわ! いきなりどうした!?」


 仲間を一撃で倒されて焦ったのか、残るゴブリンたちが半ば暴走したかのように突っ込んできた。やたらめったに振るわれては、俺のDEFでは近づくことすら危ない。避けるにしたって集団でこう振り回されては難しいしどうするか。


 そういえば、確か【鬼才】のスキルには常時得られる効果だけでなく起動効果もあったはずだ。確か、DEXの強化と認識がどうとかって効果だったはずだ。ダメだったら逃げればいいのだし、試しに使ってみるか。


「【鬼才】、発動!」


「「「ゲギャ ギャ   ギャ       ギャ

  ギ ャ        ギ  ャ

ギ    ャ         」」」



 発動した瞬間、ゴブリンたちの動きがまるでスロー再生しているかようにひどく緩慢なものになっていく。振られる棍棒も今なら楽々避けられるはずだ。

 今のうちに攻撃……と、思ったけど身体が動かない!?  まさか俺の動きも遅くなるのか!? 落ち着いて自分の動きとゴブリンの動きを比較する。ゆっくりではあるが、棍棒の動きは俺の動きよりも若干早い。 

 

 お互いの動きがゆっくりになるのであればそこまで圧倒的に有利になった。とはいいがたいけど、それでも有利になったのに変わりがない。やたらめったな棍棒だろうと、振り方さえしっかり見えれば俺でも避けることは容易だ。

【ステップ】スキルを使って距離を詰め、棍棒を避けつつナイフをふるう。俺自身の動きも遅いのがもどかしいが、それでも両者の動きを把握できるのはデカい


一体、また一体と斬りつけて行き、ダメージを稼ぐ。スローに見える今であれば、ゴブリン同士が同士討ちするような立ち位置を意識しつつ戦える。

 一回で与えるダメージ自体は少ないものの、着実に数を減らすことができた。


【クリティカル 成功!】 【連鎖!】

【クリティカル 成功!】 【連鎖!】

【クリティカル 成功!】 【連鎖!】 



 スキルのアナウンスだからか、成功の声はスローではなく普通に聞き取ることができる。成功の積み重ねで既に俺のスピードはゴブリンのものよりも速く、そしてダメージも大きい。

 一体倒すのに必要な攻撃回数も目に見えて減っていき、ついにゴブリンたちを倒しきった。

 



「ふぅ。なんとか勝てた……なぁ!? 」



 倒し切った瞬間、ちょうどスキルの一定時間が経過したのか、スローモーションが終わり普通の速度に戻る。だけどその瞬間、まるで万力で締め付けられるかのような痛みが頭を苛む。それは、ゲーム開始初日に経験した、慣れない脳波読み取りによる負荷からくる頭痛の日ではなかった。


「ぐぅ…あぁっ……!」


 たまらず頭を抱えてうずくまるがそれで痛みが薄れるわけでも軽くなるわけでもなかった。


痛い。痛い。痛い痛い痛い。


背中に冷や汗が滝のように流れているのを感じる。震えからか歯がカチカチと音を鳴らす。額からも脂汗がにじんでいる気がする。

 あぁ、こんなとこまで細かく再現しているのか。と、頭のどこかで自分を客観的に見てしまっているのは、痛みに現実逃避をしているからなんだろうか。

 効果範囲の拡大というところにばかり目がいっていたが、今になって思い出す。負担が大きいと注意書きがされていたじゃないか。

 

 ゴブリンや俺がゲーム的にスローになったんじゃない。認識能力の強化効果で俺の認識が早くなった結果、スローに見えていたんだ。 これはスキルの設定とかそういうことでもなく、ただ本当に使用者への負荷が大きかったのだ。


 引かない痛みに、俺はしばらくその場にうずくまることしかできなかった。





===






「センパイ? セーンパーイ。こんなところで何しているの? 」


 痛みに耐えるように暫くうずくまっていると、頭上からそんな声が聞こえてきた。見上げると、割と本気のレプラの手によって作られた特注の白胴着を身に着け、不思議そうに首を傾げる少女の姿。うちの担任の妹にしてバトルジャンキー系女子中学生、ミツバの姿がそこにあった。

 

 実際に道場に通っている彼女がログインするのは割と遅いはずだから、結構長い時間うずくまっていたらしい。


「ミ、ミツバか。いや、ちょっとスキルを使ったら思ったよりも負荷がデカくて……」

「ゲームのし過ぎってこと? お姉ちゃんみたいなことするね? お望みなら遠慮なく鉄拳制裁するよ?」


 姉の方と違いゲームへの認識が厳しいミツバがニッコリとしながらそうつぶやく。バトルジャンキーであるミツバの場合ニッコリというよりもニヤリと、と言ったの方が正しいかもしれないけど。

 

 頭痛は酷い時に比べるとだいぶマシなものになっている。これくらいなら動けるだろう。

それにしてもこんなにも副作用が大きいなんて思わなかった。自分含めて全てがスローに見えるほどに認識能力……いや、思考速度なのか? とにかく感覚を引き延ばせるというのは確かに強力だけど、負荷のせいでこんなにも動けなくなってしまうなら使いどころを考える必要があるだろう。

 要竜を倒したときのペナルティ同様、使用後に動けなくなるのはそのままゲームオーバーにつながってしまう。後先考えている場合じゃなくなった時くらいか。

 鉄拳制裁は素直に嫌なので弁明を試みる。


「いや、これはスキルの副作用であって……はい。ゲームのし過ぎです。気を付けます」

「うん? それでよろしい。でもこれはいったい何? 最近のゲームってこんなにすごいの?」

「いや、このゲームがおかしいだけだ。戦ってみたか? 感触まですごいリアルだったぞ?」

 

  そう言った後で失敗したことに気付いた。このバトルジャンキーにそんなことを言ったらどうなるかは火を見るよりも明らかな事だった。

 事実、俺のこの言葉を聞いたミツバは目をギラつかせて俺の言葉に飛びついた。付き合いの短い俺でもわかる。こうなったミツバは止まらない。


「ねぇセンパイ。 それホント? 」

「い、いやでも本当にリアルぞ? ゴブリンとかオークとか、女子からしたら直に触れるのきついんじゃないか?」

「まさか!」


 若干引きつつもたしなめるつもりで俺がそう尋ねると、とんでもない! というように食い気味に否定をかぶせてきた。

 どこかトリップしたようなうっとりとした顔でさらに続ける。

 

「これまではただのゲームだったけど、今は感触まであるんでしょ? ならこれは立派な鍛錬になるよ? 数だけならいっぱいあるゴブリンなら、対集団戦。オークは大きな豚の人みたいなやつだから、きっとお相撲さん……あぁ。誰に止められることもなく心置きなく全力で、延々と対戦できるなんて……ゾクゾクするよ?」


 どうしよう……姉の方と比べて常識人だと思ってたけど、根っこの部分は全く同じだ。しかもこの子の方がヤバいかもしれない。

 合法的にボコボコにできるとか口走ってるし、恋する乙女のような表情でゾクゾクするとか……なまじ顔が整っている分たちが悪い。

 まつ毛は長いし、格闘技を嗜むからなのかタレ目気味な目は快活な光を宿している。鼻もスッと通っているし十人いたら満場一致で可愛いというだろう。それこそ男性プレイヤーからのナンパが多発しそうなくらい。


 下手したら可愛い女性プレイヤーだとプレイヤーがナンパしてきたら喜んで返り討ちにしそうだ。というか今なら簡単に想像できる。しかもゲームならいくらやっても大丈夫って線引きがされてるから歯止めも聞かないだろうし。今からでもモルガーナを呼んだほうがいいんじゃないだろうか。出来ることならこの危険な子を引き取りに来てほしい。


「センパイ? なんか失礼なこと考えてる?」

「い、いや? そんな事ないけどどうかしたか? そ、それよりホラ。するんだろ? 戦闘」

「……まぁいいよ? 戦うことの方が楽しそうだし!」


 こ、こえぇ! これが格闘家の直感ってやつか!? 疑うようにジト目でみてくるミツバと目を合わせないようにしてなんとか誤魔化す。

 若干まだ疑うような目をしているが、それでも俺を問い詰めるよりも戦うことの方に天秤が動いてくれたようだ。

 スキップするような軽い足取りで魔の森の方へと足を進める。……魔の森?


「あ、ちょっとストップ。そっちに行ってしまうと昨日のあの森だ。強力なモンスターが出るから試しに戦うだけなら向いてなくないか?」

「強い敵だからいいんだよ? それに……お姉ちゃん風に言うと、別に森を越えてしまっても構わんのだろう、だよ?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、ちょっとアレンジを加えてそう述べるミツバに、俺はそれは死亡フラグだと告げることはできなかった。













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