閑話・side:GM
続けて連続ドーンです。
「はははは! 首! 首ちょんぱって! あーダメだおなか痛い!」
薄暗い部屋の中、大量に設置されたディスプレイに囲まれている人物は腹を抱えて笑っていた。数あるディスプレイの中から彼が爆笑しながら見ているのは、巨大なドラゴンがどこからともなく現れた断頭台によって首をはねられ即死するシーンだ。
既に十回以上繰り返し再生して見続けているにかかわらず、いまだにその人物は腹を抱えて笑い転がる。これまで【攻略組】などと偉そうに豪語して勝手気ままにプレイしていた連中が数週間もの間トライ&エラーを繰り返してなお倒せなかったドラゴンを一撃なのだ。こんなの笑うしかないよねとつぶやきながら更にもう一度再生を繰り返そうとパソコンを操作する。だが、その手はスピーカーからの待ったの声に止まることになった。
『笑っている場合ではありません。エリアボスが想定外に倒されたのです。即刻事態に対処すべきです。』
「プクク……分かったよ。それじゃナビィ、現状を報告して?」
『はい。現状、エリアボス【ゲートキーパー・キードラゴン】が所有していた膨大な経験値リソースがすべて、討伐したパーティメンバーのみに分配されてしまいました。それも、プレイヤー【メイ】によってほぼ数倍近く跳ね上がっている状態で、です。』
エリアボスとして設置していた要竜は、地脈のエネルギーを独占していたという公式設定に忠実に再現するため、ゲーム内の魔力リソース(つまりは経験値)を吸収し続けていた。そのせいで要竜の経験値は常に上がり続け、レベルも同時に高まり続けていたのだ。その貯めに貯めた経験値が流れこんだ結果が彼らのあのレベルなのだ。
「えっとレベルが……一番低くて120? うん。上がりすぎ! あの攻略組とか言ってるのトップでも91だったはずだよね。それがこんなに差がつくとか可哀そう……なんて言えないな。彼ら結構アコギなレベリングしてたし、むしろざまぁっていってやりたい」
『ですが、彼らのレベルは周囲と比べ明らか段違いとなってしまっています。彼らの暴走を避けるために何らかの枷をかけることを推奨します。ゲームマスター』
ディスプレイに囲まれた人物__ゲームマスターであれば、このyour self online内の事柄を好きに操作することができる。それこそ、もともと設置されていたエリアボスを遥かに上回るようなエリアボスを作って設置したりだ。特定の人物に多少の枷やハンデをつけるくらいは簡単に行うことができるし、ペナルティの名目でレベルを一定値下げるくらいは余裕だ。
しかし、スピーカーからの声__ナビィの提案を聞いたゲームマスターは顔をしかめて難色を示す。
「いや、彼らには枷もペナルティもつけないでいこう。経験値もエリアボスを倒した者への正当な報酬だからね。ここで変に手を出すのはセルフストーリーの名が廃る」
『よろしいのですか? そもそも、エリアボス【ゲートキーパー・キードラゴン】は討伐不可能を想定していたはずです』
ペナルティは無しでいこうとするゲームマスターにナビィは痛いところを突いてくる。
全く告知をしていないためプレイヤーは誰も知りはしないが、元々あの要竜はとある理由により討伐不可能を想定して設置されており、現状のプレイヤーが討伐できるハードルで作られていないのだ。
エリアボスの性能を綴ってみよう
・最大HPは最もSTRが高いプレイヤーの出せる理論上の最大火力でも耐えきれる事を前提。
・数秒ごとに受けたダメージを参考に自動回復。および壊された部位の自動回復
・常に供給されているため限度がない魔力
・魔法攻撃のダメージを9割近くカットする竜鱗
・盾職のガードに対するノックバック性能上昇
・レベルは固定されておらず経験値次第でいくらでもレベルアップする
・即死魔法の不可
およそなめてるのかと言いたくなる性能をしている。
特に高い魔法耐性とガード剥がし性能は攻略組に対してこれでもかと言うほどにメタっている。ほとんどのエリアボスを攻略組に倒されたのがそれほど悔しかったのだろうか。
はっきり言ってしまえばメイたちのパーティーがこれを倒せたのは、これだけやっておけば倒せるプレイヤーなんていないだろうという運営の慢心による完全な偶然だ。
魔法攻撃の悉くを無に帰す竜の鱗はまさかの殴って一枚ずつ砕くという方法で除去。さらに尻尾の部位破壊でエネルギー供給が止まるからと言って、尻尾の鱗を剥いでから一転突破の高火力魔法を打とうなどと誰が考えるだろうか。
極めつけは断頭台を使って一撃必殺をしたメイだ。そもそも断頭台のスキルは攻撃が可能なスキルではない。道化師ジョブによるステージ作成。そしてボルテージが最高潮に高まったマジックショー下のみという極めた限定的な状況で使えるそのスキルの効果。それは、確定で断頭マジックが成功し、ボルテージとその後のスキルの成功率が大幅に上昇するというだけの効果のはずだった。そもそも設定的にタネが仕掛けられているため失敗して首がはねられるということが絶対にないはずだったのだ。しかし___
「まさか【失敗】スキルと組み合わせて使えば確定生存が反転して確定死とはねぇ。即死不能が効いてないからこりゃバグかな? 全く予想外だったよ。」
『バグ、というよりも貴方の設定の甘さが招いた事態です。即刻修正してください』
まさかのただのバグだった。
元々道化師のジョブで戦闘をするプレイヤーどころか道化師ジョブ自体がメイだけなのだ。他の殆どプレイヤーは戦闘職であれば魔法系統6割強、剣士系統3割強、その他補助職が一割をきる程度。HP0=キャラクターデータロストの状況下でイロモノのネタジョブなんて選ぶプレイヤーは少ない(反対に博打にかけて魔族を選対するプレイヤーはそれほど少なくないが)。
倒したこと自体には目をつむっても、流石にバグ技の確定即死は洒落にならないので即修正。ただし、【失敗】スキルを使って何も起きないようにするのはやりすぎと判断し確率での即死へと仕様変更。無駄に仕事は増えてしまったが、ゲームマスターは楽しそうにパソコンの操作を続ける。
『ちなみにエリアボスが倒されたことについてはどのような処置をとるのですか? 未だプレイヤー【マオ】のレベルは安全値まで達していませんが』
「それが一番の問題だよね~。今のまま人族側と魔族プレイヤーがぶつかったら十中八九人側の圧勝でしょ? 主にあの攻略組のせいで。攻略組のせいで!」
ゲームマスターがエリアボスを再設置したとある理由とはこれのことだ。ゲームマスターは別に、攻略組にエリアボスの殆どを楽々クリアされたのが悔しかったからではない。そんなゲームの運営は存在しな……そこまで多くない。
本来はイベントとしてヒューマン・ドワーフ・エルフ・獣人の四連合プレイヤーと魔族プレイヤーの大陸を分かつ戦争を企画していた。
そのためのキーフラグとして人側には宗教にて魔族との敵対フラグを。魔族側には魔法による敵対フラグを作っておいた。
この大規模な戦闘でゲームマスターはさらなるセルフストーリー(それぞれの戦い)のデータを収集しようと考えていたのだ。
(魔族側プレイヤーが不利? 魔族側のプレイヤーはプレイヤー人口が少ない、操作難易度が高すぎるというデメリットはあるが、キャラクター性能は他種族よりも極めて高いというメリットがあるからこれでどっこいなのだ。)
ところがどうだ。
人族側は自称攻略組なるものが壁役と高火力魔法使いの構成で極めて安全にサクサクと進行。あまりにも順調すぎてNPCと会話をしてヒントや情報を仕入れることがおろそかに。当然魔族との敵対フラグともいえる教会に足を運ぶプレイヤーも皆無。
魔族プレイヤー側は操作難度や種族性能の癖に手を焼いているのか、いまだに始まりの町周辺で雑魚モンスターと戯れているだけ。当然NPCの魔王の住まう魔王城へたどり着けているプレイヤーは0。
ただ、期待できるプレイヤーが居なかったわけでもなく、体格や種族性能の癖が弱い幸運なプレイヤーもいたにはいた。
例えば、常に回復し続けるためアンデットの種族が当たり、ヒューマン種族よりも難易度が低くゲームを初めてた人物。技量的にも多少頑張れば魔王城にたどり着ける程度には期待ができるプレイヤーでゲームマスターも注目していた。しかし、その人物は何を思ったのか魔王城とは真逆の海側に進んでいった。しかも何を血迷ったか海賊フラグを踏み海賊プレイヤーとして海へ旅立ってしまった。本当どうしてそうなった。
他にも期待ができそうなプレイヤーはいたのだが、その殆どがなぜ好き好んでそんなことをするのだと聞きたくなるくらいに物好きなプレイしかしない。
魔族側の悲劇の止めは種族としての魔王が排出されてしまった事だろう。種族的な魔王は職業的な魔王よりも性能が高くなるように設定していた。それこそ成長したらNPCの魔王なんて目じゃないくらいになるようにだ。その代わり、プレイヤーが種族的な魔王で初期スタートできる確率は砂浜の中から特定の一粒を見つけるような確立にして、数年の間に一人魔王が出れば良い方なレベルに設定していたはずだった。
ゲームマスターとしては、魔族プレイヤーがある程度成熟して、人族達との戦争イベント勃発。拮抗している戦火の中でいつか魔王のプレイヤーが排出されれば見てて面白い事になるかな~という、気楽な事しか考えてなかった。
ところがどうだ。魔族プレイヤーが誰一人育っていない、しかもまだ戦争フラグの一切が踏まれてもいない一年目でひょっこり種族【魔王】が出てきてしまった。
ここで簡単な問題。
もし敵対勢力にレベルが低くて脅威のかけらもないラスボスがいたらどうなるか?
答えは簡単。狙い撃ちにして即刻イベント終了だ。
魔王プレイヤーが育ち切る前に攻略組が魔族領に侵入してくることは明白。しかも戦争フラグが踏まれる前という、後々とんでもなく面倒くさくなるような状況。これではまずいと行った苦肉の策が、攻略組がクリアできない敵を作って足止めをしようということだ。
ある程度魔族側が落ち着いたら、何かしら大規模レイドイベントでも出せばいいやと思って傍観していた矢先にこれである。しかもまさかのバグ技。
バカの一つ覚えのように攻略組が突撃しているのを飽き飽きしながら放置した結果ともいえるため、もはや腹を抱えて笑うしかない。
その防波堤が壊され、ゲームマスターがとる行動というと__
「放置でいいんじゃない?」
『は?』
「いや、だって攻略組はメイ君たち活躍を聞いて活動休止を宣言済み。魔族領のある大陸に進むのはメイ君パーティーの一部メンバーのみ。変に話がややこしくなる要素無いし。それに、メイ君のあの特殊性。うまくいけば、魔族側の問題を一部解決できるかもしれないし」
『はぁ……。ゲームマスターがそれでよろしいのでしたら』
そういって悪だくみするような笑みを浮かべるゲームマスター。ナビィはAIにもかかわらず歯切れが悪そうにゲームマスターの意向に沿う。
ナビィのAIらしからぬ返事には気にも留めず、ゲームマスターはひたすらにキーボードを叩きながら思考を巡らす。既にエリアボスを倒されたことに関しては興味が薄れ、次はその張本人であるメイに注目をしていた。
「まさかメイカーの町で道化師の弟子入りイベントなんてこなしてた彼が、こんなジャイアントキリングを成すとはね。これは僕の理論の証明に一歩近づいたんじゃないかな? そういう意味では彼は最高のモルモット……じゃない。モニタリング対象といえるね。ステータス配分も僕の考察道理だし。……そうだ! これを機に計画を第二段階に移そうか。ナビィ、進捗は?」
『はい。ボイスのサンプリング状況は予定の90%を突破。既に実行許容段階にあります。ハードの安全も確認済み。いつでも可能です。』
ナビィのその声を聞き、ゲームマスターはさらに笑みを深める。本来の計画では二段階目は一年経過してある程度脳波や筋肉の動きを読み取り同期させるVRに慣れてもらってからとなっていた。しかし、思いがけなくVRに順応し、見ごたえのあるプレイヤーを見つけたのだ。多少の前倒しは許容範囲だろうと、ゲームマスターは進めることにした。
「それじゃあ。プロジェクトの第二段階。【IF:5センス】に移ろうか」
一人宣言する彼の正面のディスプレイ。いつでも計画を再確認できるように開きっぱなしになっている計画表が書かれている。
PROJECT【SITA】
主人公の定義とは? 主人公補正とは何か? なぜ彼らはこうも成功を成せるのか?
それは彼らの器___
___これをもって証明せねばならない___
___第一段階【IF:Simulate Trouble】
突然の出来事に対する順応性による主人公適正の観察
第二段階 【IF:5 Sense】
五感的な世界感においての主人公適正の観察__