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第五十一話

ストック切れのお知らせ


 朝のテレビを見た限りこのゲームが怪しさが数割増しになってしまったが、結局学校が終わった後にログインしてしまった。やっぱり、いくら怪しくてもVRMMOなんて物語の中でしか存在しないようなゲームなんてやりたいと求めてできるような代物ではない。なにより、コントローラーもキーボードも使わずに自分自身が戦うなんて新鮮すぎるしな。

 他の皆はただの帰宅部の俺と違い社会人や道場とやることがあるから、今は俺一人でルクスルナの町をフラフラとしている。アニーとサオリは分からないが、モルガーナは教頭先生にまたお叱りを受けてるはずだからログインしてくるのは夜になってからだろう。

 にしても、流石に一人であの森に入るのは気が引けるし、買い物をするにしても俺の場合被弾=死に近い状態だから回復ポーションの類を買い揃える必要もない。何をして時間を潰そうか。


「ん? お前はアニーと一緒にいた奴だよな? こんなところで何をしてるんだ?」


ふいに声をかけられ声の主の方向を見てみると、昨日あのKYタンクと一緒にいた魔法使い【バロン】がいた。まさかと思い周囲を確認してみたが、あのKYタンクの姿はない。どうやらバロン一人のようだ。


「そう警戒しなくても今日は俺一人だ。イワンならまだログインしてねぇよ」

「そ、そうか。いや、昨日の感じからして絡まれたら厄介と思ったから、それなら安心だ」

「流石に昨日の今日で絡む訳が……あのバカならやりかねねぇんだよなぁ」


 バロンはそう言って眉間に皺を寄せ不機嫌そうな顔のまま深いため息を吐いた。ゲームの中でのストレスが溜まっているんだろう。初めて会った時から不機嫌そうだったけどこの人がこの調子名乗ってイワンのせいじゃないか? 

 流石に突っ込んで聞くようなことじゃないしあのタンクについては興味もないので危機はしないけど。バロンの方も考えるのも嫌だといった感じで話題を強引に変えて来た。

 

「で、結局一人で何やってんだ? アニー達はいないようだが、えっと……」

「メイだ。ジョブは道化師。アニー達ならまだログインしてないから、今は一人で町の散策中だ」

「そうか。昨日も言ったが、俺はバロン。ジョブは魔法使いだ。……道化師?」

「あー、ジョブについては深く聞かないで貰えると助かる。短剣使いに毛が生えたようなジョブと思ってくれて構わない」

「そうか。よろしくメイ。……にしても、お前らのパーティーやっぱ癖が強いわ。道化師なんてジョブついてる奴なんて聞いたことがねぇよ」

 DEX以外のほぼ全てのステータスを半減する様なジョブなんて言ったらイワン以上の地雷に思われておかしくないからな。詳しいジョブの内容は教えなくてもいいだろう。バロンもそれで納得してくれたのか、苦笑はしつつもジョブに関しては追求しないでくれた。癖の強さに関しては実際にその通りなので何も言い返す事が出来ない。

 そういえば、バロンはアニーの昔を知ってるような事を言っていた気がする。アニーの過去……ちょっと気になるな。


「バロンはアニーの事を知ってるみたいだったけど、アニーと知り合いなのか?」

「あぁ……、知り合いって程じゃないんだが、アニーは最初期からいる古参で元々有名なんだよ。俺もだいぶ前からやってるから古参といえば古参なんだがな。あの頃は全てが手探りの暗中模索状態で、現実じゃ有り得ない謎のVRゲームに皆陶酔しきってた。その頃の剣士で一番有名なのがアニーだったんだ。リアルでも荒事に慣れてるらしかったから、運動能力でアニーに右に出る者がいなかったんだよ」

「それでアニーの事を知ってたのか。あれ? でもアニーもバロンの事を【クイックバロン】って呼んでたよな?」


 どことなく命名者のネーミングセンスを疑うような名前だったが、2人とも面識があるって感じだったし。二つ名があるようなプレイヤーって事はバロンもトッププレイヤーなんだよな? 攻略組とかにはいってるくらいだし。

 バロンは自分の二つ名が気に入ってないのか、また眉に皺を寄せつつも答えてくれた。


「その名前なぁ、気に入ってはいないんだけどな。俺、当時はMPとINTよりもAGIに多く割り振ってたんだよ。ソロで動けない魔法使いジョブなんてMP切れたら死ぬしかないと思ったからな。ただ、INTに多く振ってたのが条件だったのか【魔法速度上昇】ってスキルを偶然手に入れたんだよ。効果は魔法攻撃の速度をINT値に従い上昇させる、パッシブスキル。つまりその恩恵が常に受けられる破格のスキルだ」

「なるほど。それで【クイックバロン】って訳か。バロンも有名なプレイヤーだったから2人とも名前も顔も知ってたんだな」


 魔法攻撃の速度。つまり攻撃の弾速が上がる様なものだ。


「今じゃなんの意味も無いスキルだけどな。クランの方針でMPとINT以外は非効率だって割り振り禁止されてるし。一斉射撃のタイミングがずれるからって一軍からも降ろされるし」

「……苦労してるんだな。」


疲れた様にため息を吐くバロンに対し、それくらいしかかける言葉が無かった。有名になったその持ち味をクランの方針のせいで疎まれるって悲しすぎるだろ。むしろなんでクランに加入したのか不思議なレベルだ。


「俺はまだマシな方さ。あのバカがアニーの事を【負剣士】って呼んでたろ? あれもうちのクランのせいなんだよ」

「そういえばその【負剣士】ってなんなんだよ。アニーは剣士としてなら普通に強いだろ? なんでそんな名前で呼ばれてるんだよ。俺昨日初めて聞いたぞ」

 「アニーが【剣の王道】ってクランを立ち上げていたってのは昨日言ったな? 確かに当時はたくさんのプレイヤーがアニーのクランに入った。VRゲーム物のラノベの影響を受けたたくさんの奴がその手にロングソードをもって主人公に憧れた。だが……」

「扱いきれなかったんだな」


 なんとなく察した。たぶん、いくら剣士になってジョブ補正やレベル上げをしても、本人のプレイヤースキルが足りなかったんだろう。ミツバやサオリを見てると感覚が狂いそうになるが、あれは例外中の例外。ほとんどのプレイヤーは“剣士”なく“ゲーマー”なのだから。

 俺だって、短剣使いの時アニーにおかしいとは言われたが、黒猫サーカス団の皆からは運動神経に関してはズタボロに言われてボロ布レベルになるまで扱かれたし。


「アニーも根気よく剣術指導をしていたんだけどな。次第にアニーのプレイヤースキルを妬みだす奴が現れ始めてな。一部プレイヤー反抗するように策を考えて戦略的戦闘を行う様になり始めた。剣士の息の根を止める為、剣士の存在を徹底的に否定する事を前提にした戦略を」

「それが盾と魔法」


 ここまで来たら後はなんとなくわかる。苦労して剣の腕を磨くより、魔法を撃つ方が速い。盾で耐えて戦いが終わるのを待った方が楽だ。恐らく【剣の王道】のクランメンバーもそっちの方が楽だと全員そっちに流れてしまったんだろうな。

 

「俺も当時の様子を知ってるが、あの時の剣士排他の風潮はヤバかった。今や前線には盾職以外の近接なんて誰もいなくなっちまったよ。剣士はオワコン。産廃、地雷ジョブ。アニーがいなかったらこんな無駄な時間なんて使わなかったと責任転嫁する奴まで現れる始末だ。その結果が、多数の意見に負けた剣士。負け犬剣士アニーの誕生って訳だ」

「……あんまり気持ちのいい話じゃないな」

「だからさ、今のアニーが剣士として前線に戻ってこれたのが俺は好ましいと思っている。お前らのお陰だよ」

 

 バロンの気持ちはうれしいが心が痛い……。短剣使いから道化師になっちゃったし、しかも純粋な戦闘職ですらなくなってしまったし。

言い訳を言わせてもらうと、道化師のジョブだって真面目に戦ったらそれなりには強いとは断言できる。条件さえそろえば色々理不尽な事も出来るし。だけど、サーカス団で得たスキルのほとんどが、圧倒的に羞恥心が勝ってしまい人前で使う事はためらってしまうものばかりなのだ。

 現状俺のやってる事といえば、敵を集めてトランプを投げるくらい。それでもパーティーを組んでるから経験値が入ってくる。完全に寄生プレイヤーの地雷だ。アニーにもバロンにも申し訳ない……。

 

 「それに、今のトップのやり方じゃ、どう足掻いてもあのエリアボスを倒して前線ラインを塗り替えるのは不可能だしな。新しい風が入ってこないと、現状何も変わらねぇ」

「ん? それってどういう事だ?」


なんとなくバロンが今物凄く重大な情報を聞けたような気がする。前線ラインの塗り替えが不可能って、そんなに強い敵で立ち止まってるのか? 所謂エリアボスという物だろうか? たぶんモルガーナ達に伝えたら喜々として挑むと言いそうなので是非とも詳しく聞いておきたい。


「あぁそっか。最近ルクスルナに来たんだったか? そういえばギルド登録していたみたいだったし。えっと、設定的な話からと、現状だけ聞くのどっちがいいか?」

「一応設定から聞いていいか?」


 設定にも攻略のヒントがある事って意外と多いからな。情報はできるだけ仕入れておきたい。すると、長い話をするのが面倒なのか一瞬眉を顰めたバロンが話し始めてくれた。眉を顰めるのは癖みたいだな。


「設定からだな?」


 人族やエルフ族たちのいるこの大陸と、魔族領のある大陸を二分する魔の森。この森の中心部で二方を遮る番人が存在する。魔の森で育った大樹から生まれたウッドゴーレム。大陸の中心にあるが故に地脈、龍脈、レイライン、様々な力ある脈線の帰結点であり集結点である魔の森中心部で番人を行う。それはつまり大陸間の力そのものを吸収し力を蓄えた番人であるという事になる。地に根を張るウッドゴーレムはこの場所によって無尽蔵のエネルギーを半永久的に手に入れる事ができた。また、そのウッドゴーレムがいる事によって魔族は人族側の大陸に侵略の手を伸ばす事が出来ず、人族も魔族に下手なちょっかいを出せない状態にあった。ルクスルナの教会に古くから伝わる伝承である。

 しかし、それは既に過去の話。

 一か月ほど前、神の手により降臨した一匹の竜。その竜はウッドゴーレムをいとも簡単に食い殺すと、番人の座に就いた。神は、世界に訪れた人間に対してウッドゴーレム如きでは役不足だと考えたのだ。

  大陸の力ある脈に居座る竜は、その全ての脈を自らの身で塞ぎ要石の役を担った。

 ウッドゴーレムが番人を務めていた時以上に世界に流れる力を遮るようになったせいで、人族たちの住まう大陸には魔の森以上の強大な敵が現れなくなってしまった。反対にその竜は塞がれた脈の力をその身で全て喰らい、その力を常に強め続ける。

 番人であり、地脈の要石でもあるその竜の名は【ゲートキーパー・キードラゴン】。この竜を簡単に倒す事は誰にもできないであろう___


「__とまぁ、こんな感じでタンクと魔法使い構成の攻略組が魔の森に訪れた時には既にドラゴンにエリアボスが変わってたんだよ。挑みに行くたびにレベルも上がって大きくなってるクソ使用だ」

「それただ運営がクリアされるのが悔しいから急遽難易度を上げただけじゃねぇか!?」


しかも敵が時間と共に強くなり続けるなんて正気の人間の調整じゃないだろ。トライ&エラーの全否定ってゲームとしてどうなんだよ。しかも名前にしたって番人ゲートキーパー要竜キードラゴンってほとんどそのまんま直訳じゃねぇか! 運営もっと捻ろうよ! 力の入れる部分完全に間違ってるだろ!?


「NPC……っていうかルクスルナの住人はそのドラゴン型エリアボスの事を要石の竜という事で要竜かなめりゅうと呼んでるらしい。俺たちは簡悔竜って呼んでるけどな。」


『簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか』だったか? ネタとして使われるくらいならいいけど、実際にゲームで遊ばれる側からすると正直辛いな……。究極的に作る側と遊ぶ側のいたちごっこがこの手のゲームな訳だけど、急にバランスを崩されたらついていけなくなるだろうに。というか、攻略組ってタンクと魔法使い構成だから安定して格上相手でも戦えるのが強みだったんじゃないのか? それでも歯が立たなかったってことはどれだけ強いんだよ。


「そもそもの自力が違い過ぎて話にならないんだよ。尻尾を一振りすればタンクの壁は一瞬で剥がされるし、魔法使いの攻撃は全力の総攻撃で鱗に傷をつけるのがやっとの状態だ。どうしようもねぇよ」

「いや、話を聞く限り剣士が入った所で状況が変わる気がしないんだが?」

「それでも現状詰みの状態だといろいろ新しい物をいれたくなるだろ? こう、剣を使って鱗の一枚一枚をはがしたりできないか? てこの原理みたいに」


 そう言われて軽く想像してみる。暴れ回るドラゴンに捕まり、剣を差し込み鱗を一枚一枚刃がそうとするアニー、いやどちらかというと堅実に立ち回るのがアニーか。戦場を軽やかに駆け回るミツバ。豪快に笑いながらドラゴンに殴りかかるサオリ。……いや、むしろ素手で鱗をはがす方が似合う気がする。というか、想像してみたら不思議なほどにはっきりと想像できてしまった。最後にはなんだかんだでモルガーナが魔法で倒してくれそうだし。いくらなんでもINT極ぶりの火力の前なら流石のドラゴンでも適うまいよ。

 あれ? 意外といけるんじゃないか? 確かにまだ格闘家二人のレベルはまだ足りないかもしれないけど、意外と勝機があるように思える。


「大体前線の所はこんな感じだ。身内の恥をさらすようでアレだけど」

「いや、助かったよ。すごい有意義な時間だった。にしてもエリアボスのドラゴンか……アニーの昔も気になるけど、いろいろ厄介だな……」

「重ね重ね身内がすまねぇ……」

「いやいや! バロンは悪くないって!」


 むしろ他の攻略組の連中を押さえたりフォローしているらしいし、しかもクランの方針で元々のプレイングスタイルを変えてしまったらしいし、バロンは被害者側といってもいいんじゃないか? 元々のクイックバロンの強みを失いつつあるらしいし。

 ……うん。バロンは人柄的にも話をしてみても良心的で信頼が出来る。たぶん秘密はしっかり守ってくれると思う。


「確かバロンはクランの方針でもうAGIには振っていないんだよな?」

「ん? あぁそうだな。もうしばらく割り振ってないな。最近はレベルの上り方も悪くなってきたし、もう割り振る事はないだろうな」

「……もし仮に、秘密を守ってもらう代わりにレベルが上がるとしたら、どうする?」


 苦笑しながらそう言うバロンに対し、そう持ち掛ける。すると、冗談だと思ったのか苦笑のままで返答を返してくれた。


「はは。そうだな。もしそんな方法があるのなら、クランの事なんて気にせず好きなようにステ振りするかな」

「そうか。それじゃ、もし俺がレベルを大幅に上げられる手段があるって言ったら、それを口外しないでいてくれるか?」


 俺のこの言葉に冗談では無いと察したのか、バロンは苦笑を止め眉に皺を寄せ始める。たぶん大丈夫。バロンならば無暗に話を広めたりはしないと信じれる。例え、俺が道化師なんて変わったジョブで偏ったステータスであってもだ。


「ちょっと俺と狩りに行かないか?」


ストック切れにより明日は投稿できません。明後日あたりに出せたら出します。

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