閑話・人外プレイヤーの愉快な冒険物語 下
ヘタレドジッコ天然強運病弱アンデッドショタ。詰め込み過ぎ?
「コットンさん! ほら! 海ですよ! もっと近くに行きましょうよ!」
「はっはっは! 慌てるなって相棒! 急がなくても海は逃げないんだからな! それよりも、もっと周りに目を向けた方が良いんじゃないか?」
白い浜辺に青い海。そして二人に迫るカニ型モンスター。どう考えても危険な状況にも関わらず、海が嬉しいジョンドはそれに気付く様子がない。気楽な様子でそれとなく諭すコットンだったが、全く気付く様子がないジョンドを見て流石に焦り始める。
「ちょ、ちょっと相棒? 海が嬉しいのは分かったから周りを見よう? な? ほら、カニがいるんだぜ? カニが追いかけてきてるんだぜ? そろそろ気付こうか!?」
「何を言ってるんですかコットンさん! ここは海なんですよ? 海にカニがいるのは当たり前じゃないですかー!」
「キラキラした目が眩しいがそろそろ後ろを見ようか!? 気付こう? ゴブリンよりもヤバそうな爪のカニが迫ってきてるのに気付こう!?」
アンデッド系統の為絶望的なまでにSTRが乏しい(ちなみにそれよりも、なお低いのがスライム)ジョンドの走る速度では、横歩きのカニでさえ容易く追い付かれてしまう。ちょうどジョンドの腰程の大きさのカニが爪をチョキチョキさせながら獲物に迫る。
「もう、なんですかコットンさん。ゴブリンよりも危ないカニなんて……何このカニおっきいですコットンさん!」
「だからそう言ってだじゃん相棒―!」
やっと振り返って現状を把握してくれた無邪気で抜けてる相棒に小言を言いながら、半泣きで臨戦態勢に入るコットン。どちらかというと保護者である。
ジョンドもゴブリンと同等の大きさのカニにビビりながら、拳を握る。ちなみにゴブリンとの戦闘時に使った木の棒は置いてきている。毒にする為に接触する必要のあるジョンドにとって既に木の棒は置いてきてある。ジョンドが木の棒を振り回すのが絶望的に下手だというのは置いてきたこととは全くの無関係である。
「いいか相棒。今回はゴブリンと違って爪っていう明確な武器がある。挟まれたらいくらお前でも無事で済まないって思った方だいいぞ」
「分かりましたコットンさん! たぁー!」
「あ! おい! 言った傍から!」
コットンの忠告の何処を聞いていたのか、いきなり突撃をかますジョンド。ゴブリンの時と打って変わって猪突猛進なジョンドの様子に驚きながらもフォローするように粘体を触手状にして伸ばすコットン。
幸いなことにコットンのちょこまかと動く触手を目障りに感じたのか、カニはそっちを狙い爪を振るう。その間にカニの胴体にジョンドが殴りかかるが、堅いカニの甲殻に対しダメージを与える事が出来ない。しかしスキルの効果は別である。
「!? キシャアァ!?」
「やった! 毒になりましたコットンさん!」
「よーしよくやった相棒! それじゃあ一度距離を取るんだ!」
コットンの指示に従いジョンドはカニから距離を取ろうとするが、カニは毒状態になったにもかかわらず衰弱する様子を見せずに攻撃の手を止めない。
「コットンさんコットンさん! ゴブリンみたいに弱りません!?」
「一度落ち着くんだ相棒! ゴブリンより強いんだ! 毒でのHPスリップが緩やかなだけさ!」
触手を唸らせけん制しつつ、ジョンドを宥めるコットン。実はこの触手、スキルでもなんでもなく単純に粘体である体を伸ばして操作しているだけである。人外度数トップレベルの体を操作するところから地味にコットンの技量がうかがえる。
「な、なら僕も攻撃します! たぁ!」
「ちょっ! カニの一撃で二割減ってるぞ相棒⁉」
魔族領「始まりの町」周辺に生息するモンスターはゴブリンのように総じて弱い。しかしそれは始まりの町が魔王城の城下町で庇護下にあるからである(という設定がある)。そのため始まりの町から少し離れてしまえば、エンカウントするモンスターのレベルは飛躍的に上がる。
ゴブリンの群れから集団攻撃に合っても問題なく耐える事が出来ていたジョンドであったが、カニが振り下ろした爪の一撃が身体に当たりHPの2割が吹き飛んだ。毎秒微量ながら回復しているといっても後4.5回攻撃を受けたらHPが0になってしまう。
「しゃぁねぇ! 新しいスキルのお披露目だ! 【アシッドドリップ】!」
ゴブリンを倒した際にレベルが当たった時、コットンは2つのスキルを手にしていた。捕食スキルではなく、スライム種だから得られたそのスキルは【アシッドドリップ】と【ポイズンドリップ】。コットンの中のイメージでは水鉄砲のように酸が噴き出るスキルだったのだが、実際に使ってみるとスライムの粘体の表面にしっとりと水滴がにじみ出る程度だった。
「これだけ!? こんなの攻撃にも何にも使えねぇじゃねぇか! 」
「あ! でも僕のHPがちょっと減ってます! 」
「ごめんね相棒ぉぉ!」
にじみ出た水滴がジョンドの肩に伝う度にHPが減少していった。触れ合う味方にもダメージ判定があるようではもはやゴミスキルである。
だがしかし、表面からにじみ出るという点で意外な事にジョンドが何かをひらめいた。
「コットンさん。酸がにじみ出てるのって表面だけですよね?」
「おう? そうだな……たぶんそうっぽいぞ」
「それなら、僕の腕にこう、捕食するみたいに纏わりつく事って出来ますか? 表面じゃなくて中身だったらダメージにならないんじゃないですか?」
「……相棒! なんか冴えてるな! それ採用!」
言うやいなや、肩をぴょんと飛び跳ねてジョンドの右手に纏わりつく。幸運な事に粘体内部には本当にスキルの酸が出ておらずジョンドHPの減少が止まった。
「わぁ成功ですね! なんだかボクシングのグローブみたいです!」
「それだ! 俺はまだスキルを起動してる状態だ。ちょっとあのカニ野郎を殴ってみてくれ!」
「はい! コットンさん!」
言われるがままにカニに殴りかかるジョンド。与えたダメージは微量。しかし、素の状態で殴った時と比べると明らかに倍近いダメージが出ていた。ジョンドの攻撃に【アシッドドリップ】のダメージが乗った扱いである。
毒によるスリップダメージを主のダメージソースとしてパンチによって牽制しつつダメージを稼いでいく。時折爪を振り回してくるが、コットンが触手で牽制し機転を利かせる。そもそも当たったとしてもHPが高いジョンドであれば1撃や2撃くらい許容範囲内だ。
かなり時間が掛かったが、2人はそのままカニを倒す事に成功した。ちなみに本来はこの浜辺、少し歩けばカニに当たる程度には頻繁にモンスターとエンカウントする。しかし、奇遇にも今日の魔族領の天候は雲一つない日本晴れ。日光で乾くことを嫌がったカニのほとんどが浜辺から身を隠している。もしも普段道理の柔らかな日差しだったらたくさんのカニに囲まれなすすべが無かった。
乾くことをものともしない物好きなカニに出会った事は不幸ともいえたが、ある意味ジョンドのリアルラック全開だった。
「「勝ったぞー!」」
「あっと。すまねえな相棒。このカニ俺が貰ってもいいか?」
「大丈夫ですよコットンさん。その分コットンさんが強くなりますもんね!」
そんなやりとりをして、コットンはカニを【捕食】した。得られたスキルは、【硬化】という、体を堅くしてDEFを上昇させるスキル。粘体という持ち味を殺しまう為使いどころに困るスキルであった。スキルが余り使えないと知りプルプルとうなだれるコットン。
「ちくせう……使いどころに困るぜ」
「で、でもDEFが上がるって事はそれだけコットンさんの安全に繋がるって事ですよね? 良い事だと思います! そんな事よりも、ほら!海でも見て気持ちを切り替えましょう?」
「おおう相棒のフォローが身に染みるぜ……って、なんだ? あれは、船か?」
ジョンドのフォローにプルプル震えて感謝を表現するコットン。どうせスキルを得たのだから粘体を固体にすることの有用性を考える方が建設的だと気持ちを切り替え、海の方を見ると遠くに小さく船が見えた。まさか動くことすらままならない魔族プレイヤーが船を持っている訳でも無く、おそらくNPCのもつ船である事がうかがえる。
もしも自分たちが相手にならない程の高レベルNPCだったらどうするかと若干警戒しているコットン。しかし、そんなコットンの心境を知ってか知らずかジョンドは呑気に手を振っていた。
「って相棒!? 何を呑気に手を振っているのかなぁ!? もしあれが危険な船だったらどうすんだ!? 」
「大丈夫ですよコットンさん! 僕テレビで見たことあるんですけど、海の男って荒くれ者の中でも自由気ままで温厚な人が多いらしいです。あと、海の男は皆兄弟? らしいからきっと仲良くなれますよ! 」
「相棒? それは大分楽観視が過ぎるんじゃないか!?」
「あ、でもこっちに近づいてきましたよ? おーい!」
「時既に遅し!」
ジョンドが手を振ったその船はなぜかこちらの方向へ進路を変え歩を進めて来る。しかも全速力で近づいてきており、みるみると近づいてくる。その様子を嬉しそうに眺めるジョンドを肩越しに見つめ成り行きに任せようと半場諦めるコットンだった。
浜辺に到着したの船の上からこちらを覗く複数の影。ちなみに船の帆には禍々しい髑髏マークが強調するように描かれている。どうて見も海賊船ですありがとうございました。
戦慄するコットンに気付かないまま、コットンは気軽に船員に声をかける。蛮勇の方勇者な行動である。
「ごめんなさい! 船が珍しくて手を振っちゃいました! 船に乗った事がないんですけど、乗ってみても良いですか!?」
「おいおい、聞いたか? 坊ちゃんは乗船を希望だそうだ!」
「ギャハハハ! そりゃあ歓迎だぜ! 有り金全部と引き換えにな!」
「アヒャヒャ! おいおい嘘だろ兄弟! この髑髏マークの船が客船に見える間抜けなガキなのか!? それとも分かった上で言ってる正真正銘のバカなのか……あ? おい。ちょっと待てよ?」
船に乗ってみたいというジョンドのお願いを聞いて乗組員たちは全員笑い出した。だが、そのうちの一人がジョンドの顔をみて馬鹿にした様子から神妙な面持ちに変わる。
その船乗りの一人は船の上から軽々とジャンプしてジョンド達の元へと降りる。船はジョンド達が見上げる程の大きさだ。そこから無傷で降りる事から、船乗りの体の頑丈さがうかがえる。
若干顔色の悪いその男は、見定めるかのようにジョンドを見回す。一通り見て満足したのか大きくため息をして船を見上げ他の乗組員に対して叫んだ。
「んだよ。お前も同業かよ。おおい!コイツを船に乗せてやれ! お仲間だ!」
「ん? なんだ兄弟か? 縄ハシゴを出してやるからそれで乗りな!」
「やったー! ありがとうございます!」
「え? 相棒、なんで乗せられてんだ?」
起きている状況が飲み込めない様子のコットンをよそに、何の警戒も無くワクワクしたままハシゴを昇るジョンド。
船に上ると、その上には数十は軽くいるであろうたくさんの乗組員たち。だが、一つ奇妙な点があるとすれば、そのほとんどの人物の体が腐敗していたり白骨死体と所謂アンデッドである事だろう。
「おう新入り。船に乗りたいって事だが、一度乗ったらもう降りられねぇかも知れねぇぞ? 引き返すなら今の内だが、どうする? 」
「大丈夫です! 僕、海にずっと憧れていたんです!」
「アヒャヒャ! 坊ちゃン、中々度胸があるじゃねぇカ。タマついてる奴は違うなぁ!」
「ブハハ! 白骨野郎に言われちゃ説得力がちげぇや!」
コットンは彼らを見てモンスターと疑ったが、先ほど会話が成立し、今もジョンドと楽し気に話をしている。この事からモンスターではなくアンデッドのNPCであることを察し一段階警戒レベルを低くする。
「__何事じゃ騒々しい」
「おやっさん、船長! 船に乗りたい新たな兄弟がいるんだがどうするか?」
アンデッドどうしで盛り上がっていると、船室より二人現れた。一人は小柄なジョンドより更に小柄なローブ姿の老人。もう一人は大きなキャプテンハットを被る、八重歯が特徴的な美麗なる細身の男性。
ジョンドを船に乗せてくれた顔色の悪い男性が細身の男性に対して軽く手を振る。するとその男性は面白そうな物を見る目つきで小さく笑った。
「オルカン。そいつがその物好きか? 腐ってねぇ同業者なんて珍しいな」
「そうだろ? 最初気付けなかったくらいさ。中々度胸もありそうだが、どうする?」
「ふむ……そうだな……」
微笑を湛えつつ悩むそぶりを見せながらジョンドの顔を覗き込む。船長と呼ばれるその男性とジョンドは身長差が大きく、船長が大きく屈んで顎くいをしている様な形だ。ジョンドは若干威圧されながらも目を逸らさないよう必死に食いしばる。
「お前、度胸はあるようだが本当にそうか? 実は結構抜けてる所があるだろ? 覇気もねぇし風格も感じねぇ。良くて海賊見習い、それか雑用だ。それでもいいのか? 」
「は、はい! 海にずっと憧れてたんです! 乗せてください! ……って、見習い?」
「ククク……アッハッハ! やっぱ抜けてんじゃねぇかよ。この船に乗る=海賊の一味に加わるって事なんだぜ? どうする? 怖気づいたか?」
心底面白いといった様子で笑う船長だったが、ジョンドはオロオロと挙動不審になるだけだ。船には乗りたいが流石にコットンさんに断りもしないで乗組員になるのは申し訳が無かった。わがままを言うに言い出せず、口ごもってしまう。
「あ、あの、コットンさん……」
「ハァ。分かってるぜ相棒! 確かに陸と離れるのはちと怖いっちゃ怖いが、これはこれで面白い! (……それに美青年×ショタってのも見てて面白そうだしな)なろうぜ! 海賊!」
「ありがとうございますコットンさん! 」
「ククク。決まったようだな」
新しいおもちゃが見つかったかのような笑顔で笑う船長。隣に控える老人は疲れた様にため息をつく。
「また若の愉快優先が始まりましたな……。小僧、儂は死霊術師のホロウ。相談役の真似事をしておる。儂は貴様らを信用していない。信用されたくば実績を積む事じゃ」
「おやっさんはこう言ってはいるが、死人は等しく皆兄弟だ。まぁ頑張って慣れてくれや。俺はグールのフラン。航海士だ。んでこっちが我らが船長。」
「俺がこの不屈の海賊団の船長! ジーク=ヴァンピーア=フリート! 歓迎するぞ見習いとその小さな相棒クン?」
「はい! よろしくお願いします!」
「スライムだけど俺の事もよろしくな!」
そうして二人は吸血鬼ジークが船長である不屈の海賊団に入団した。その後海賊ジョブを得て実績を積み、独立して不屈の海賊団傘下の新たなる海賊団を立ち上げるのだが、それはまた別の話。
アンデッド・海。ここから真っ先に海賊を連想する羊です。不屈の海賊団ってネーミングがダサい? 作者のセンスが無いから仕方が無い。
いつかジョンド君を閑話じゃなく本編にも出したい……