第四十八話
オネェキャラは筋肉の躍動こそ至高(偏見)。VRMMO作品における格闘家ってプレイヤースキルがないと詰みそうなイメージがある羊です。でも中の人がチートだったらゲーム内で化け物になりそう。
「イエーイ! 勝った勝ったよ! めっちゃ気持ちよかったよ!」
「そりゃ、お前の火力があれば動かない敵なんて的でしかないだろ……。俺もメイもお前が勝つとは思ってはいたが、だいぶノリノリだったな。」
「まさかINTにしか振ってない魔法職がいるなんてな……アニーの仲間は奇抜というかなんというか」
「ムフフ。バロンは初めて見るもんね! もっと褒めても良いんだよ!」
「お姉ちゃん。調子乗りすぎ」
モルガーナとイワンの戦いはモルガーナの圧勝で終わった。レベルアップの度に得られるポイント全てをINTにつぎ込んだモルガーナの圧倒的火力の前にして、例えトップレベルのプレイヤーといえどもHP、STRと他のステータスにも振っているようなDEFでノーダメージで済ませられるわけがなかったわけだ。モルガーナは魔王ネタも出来てご満悦な様子で未だ戦慄しているバロンにドヤ顔をしている。
アニーは既に怒っているなんて事は無かったんだが、サオリは別だったらしく次はアタシだと意気込んでいる。俺も思う所がないわけじゃないんだが、道化師のスキルを一切使わずにタンク職のガードを崩す事は出来そうにない。いや、使えば確実に崩せるって訳ではないとは思うけど、流石に使うのは羞恥心的な意味で気が引ける。
俺の事は兎も角今はサオリの方だ。本人の技量が高いから心配はないだろうけど、レベル上げを始めたのは今日からだったはずだ。いくらSTRにしか割り振っていないとはいえ、明らかに数値が足りないだろう。一体どうする気なのだろうか。
「アニー。いくらサオリちゃんでも分が悪いんじゃないか? 明らかに数値不足だろ?」
「あ、それボクも気になる」
「ん? そうだな……お前のアレのお陰で安全マージンこそ取れてないもののここいらのモンスターと戦える程の力はあるけどな。だけど相手もトップ張ってるタンクなんだし、厳しいとは思う」
「大丈夫! サオリちゃんには極振りという名のロマンがあるから負けるわけがないよ!」
「「「お前(お姉ちゃん)は黙ってて」」」
「皆が冷たいよ!? 私勝ったのに!」
だって真面目な話してるのに根性論だされても……なぁ? そもそもエルフの種族補正・職業補正・ステータス補正のモルガーナに比べてサオリの種族はステータス補正の乏しいヒューマン。職業もまだジョブチェンジ前の格闘家。レベルも足りていないとなると、もうこれ詰んでるよな? なのにサオリのあの余裕の表情だ。何か策でもあるのだろうか?
「アタシはモルちゃん程甘くはないわよ? モルちゃんみたいな三本勝負と言わずに、先に参ったと言った方が負けって事にしましょうか?」
「てめぇ……格闘家なんてゴミジョブの癖に。そこまで言うなら乗ってやろうじゃねぇか!」
サオリの申し出た条件を挑発と受け取ったのか苛立ちを隠さないまま条件を丸のみにするイワン。何か考えがあるからこの条件なんだろうけど、むしろ不利になってないか?
サオリの考えが読めずに考えていると、何処か不機嫌そうなミツバがモルガーナに声をかける。
「お姉ちゃん。あの人さっきから格闘家の事をゴミゴミってムカつくんだけどどうして格闘家がゴミなの? あの人の身のこなし見た感じ少なくとも十秒もあれば潰せると思うよ?」
「おおう……我が妹ながら血の気が多いよ。ナニを潰せるかはスルーするとして、潰せるのは現実での話でしょ? それはつまりあの人の運動能力は高くないって事なんだけど、そんな人が格闘家になったらどうなると思う?」
「秒で潰せる?」
「それはリアルバトルガールなミツバだけって言いたいところだけど、つまりはそういう事だよ。動けないのに格闘家になって戦えないくらいなら、いっそ動かなくても戦えるジョブになった方がマシ。そんな多数決の意見が蔓延した結果として運動神経が良い人間じゃないと役に立たない格闘家ジョブはゴミ扱いって事だよ」
「むぅ……。ボクもサオリちゃんも格闘家で強いのに」
まだ納得いかない様子のミツバを見て、アニーもモルガーナも苦笑した。そりゃあ現実でも格闘技をやってる二人なら強いだろうが、このゲーム内にそんな人物なんてそうそういないだろう。なにせこのゲームにハマる様なコアゲーマーにしか届けられないって話なのだから。アニーと友人のサオリであれば意外とゲーム好きなのだろうとは思うけど、格闘技が得意なゲーマーなんて希少だろう。むしろどうしてゲーマーではないミツバがいるのかが謎だ。
「それじゃあ始めるわね。先手を譲ってあげるからいつでもかかっていらっしゃい?」
「どこまでも馬鹿にしやがって! 自分から動くタンクがいるか!」
「……そう。ならアタシから攻めても良いわけね?」
あくまでも自分から動く気はない言わんばかりにイワンは盾を構え微動だにしないようだ。ううん……タンクだから正しい行動なんだろうけど、モルガーナ達と動けない者と動ける者の話をした後だからどうしてもチキンプレイに見えてしまう。
動く気のないイワンを見たサオリは、冷めた目をしながら歩いて近付く。
「さっきは油断してそっちの土俵で戦っちまったが、お前は所詮格闘家なんだろ!? それなら亀になってカウンターで終わりなんだよ! 【防御強化】、【ノックバック耐性強化】、【壁の如き盾】! これでお前の攻撃は通らないだろ!」
「確かにそうね。レベルじゃ貴方に及ばないし結局まだジョブチェン出来てないしね? だからアタシもスキルを使っても良いわよね?【攻撃強化】。」
サオリが基本的なスキルしか使わない__いや、使えない様子をみてイワンは勝利を確信したのかニヤリと笑う。そのイワンの様子を見ても涼しい顔を崩す様子はない。すたすたと歩いて近付くと、そのままゆっくりと手を伸ばして__盾を掴んだ。
「「「は?」」」
「貴方馬鹿なのかしら? 動く気が無いなら盾を押さえてしまえば防御も何も関係ないと思わない?」
「「「言われてみれば確かに!」」」
暴力的なまでに強引な手法に全員目から鱗といった感じで驚きの声をあげる。いや、でも押さえてどうするんだ? っと思っていたら、抑える盾を支点にして身体を回し一気に盾の内側に侵入した!? 今なんかぬるって動いたよな!?
そして左手で盾を抑えつけたまま、空いている右手でイワンを直接殴り始めた。盾持ちに無理やりダイレクトアタックって、サオリが破天荒すぎる……。
「っくそ! なんだ今の動き!? そんなスキル知らないぞ!?」
「そりゃそうよ。スキルでも何でもないアタシ自身の技術だもの。逆に貴方はシールドバッシュのスキルも盾系スキルを潰されてどうするのかしらね。さて、それじゃ貴方の言うネタジョブがどれだけ弱いか試してみましょうか?」
ニヤリと背中から尻にかけてゾワッとなるような笑みを浮かべたサオリは、更に勢いをまして殴打、殴打、殴打。だけど、STRに全振りしているサオリの直接攻撃といえど、ステータスの違いのせいでイワンのHPの減りはそこまで良くない……と思ったがなんだか様子がおかしい。イワンに与えるダメージが少しずつ増えてる?
「なぁミツバ。格闘家のスキルか何かで段々攻撃力が上がるって効果のあるものはあるか?」
「え? ううんと、多分見せた方が速いよね? ……こうかな?」
そう言って四苦八苦しながらステータス画面を開くと俺の方に向けてくる。そのステータスを覗いてみるとこんな感じだった。
【ミツバ】 Lv35
種族 ヒューマン
ジョブ 格闘家
HP 10/10
MP 10/10
STR 26
DEF 5
INT 5
AGI 27
DEX 20
種族補正
1.STR・DEF・INT・AGI・DEXのステータス+1
2.スキルが程よく会得しやすい
職業補正
HPを最大HPの1割分増加
常時、STR・VIT・AGIの値1割加算
常時、DEXの値0.5割加算
攻撃を当てる度、与えるダメージとAGIが増加(最大300%)。攻撃の手を30秒止めると補正効果はリセットされる。
スキル△
装備△
ミツバは回避しつつ攻撃をしていくといったスピード系のステータス構成だった。ミツバのステータス考察は後にするとして、多分サオリの攻撃が徐々に強くなって言っているのはこの職業補正だろう。まだレベルが足りなといえども300%。つまり最大三倍にまでなれば極振りされたSTRは猛威を振るうだろう。
「にしても攻撃の度に強くなるって強力だな……」
「「「お前には言われたくない(よ)」」」
ふと声が漏れてしまったらまさかの大ブーイング。DEX以外全くと言っていい程振っていない上にステータス半減の補正がある道化師ジョブが強いわけがないだろうに。
「いや、だって俺の初期ステータス低いし格闘家みたいに倍率じゃなくて1ポイントの加算だぞ?」
「にしたってスキル使うだけでも上昇するだろうが」
「何気にステップスキルでも何でもいいって言うのもチートだよ。止めようがないよ! それに他のスキルも物理攻撃を無理やり無効化したり強制的に仰け反らせたりして理不尽だし」
いや、それにしたって上昇は一回につき1。一応五秒以内に連続でやれば連鎖が発生して更に1加点だけど、それでもステータスが2ずつしか……あれ? 良く考えたら2ポイントってレベル上昇でのポイントと同じか。それが全ステータスで上がるって事は実質5レベル上昇? ……そう言われると強い様な気がしてきた。流石にスロースタート過ぎるけど。
そんな雑談をしていると戦闘の方で動きがあった。流石にこのままだとじり貧だと考えたのかイワンは盾を手放しサオリから距離を取ろうと試みた。だけど、サオリがそんなことを許すはずもなく、今度はイワンを掴んで逃げない様に拘束し始めた。こうなってしまうともはやレベル差とか関係ないんじゃないか? イワンもSTRに割り振ってるのだからDEFに割り振っていないサオリに対してなら大ダメージになると思うんだけどな。気が動転しているからか手を振りほどく事しか頭にないようでジタバタと足掻くだけだ。
「ックソ! なんなんだよ!? 大体このゲームの本質を良く考えるんだ! 普通のゲームであればレベルが上がったら上昇値は兎も角として、基本的に全ステータスが上がるだろ! 剣士だってMPが増えたりするだろ! なのにこのゲームはレベルを上げてもたった2Pの割り振りポイントしか増えないんだ! にも関わらず剣士や格闘家? 何を考えてるんだ!? そんなことをしたら割り振らなければいけない項目が増えるだろ! だからこそ! 割り振る箇所を少しでも減らす為にやらなければいけないんだよ。役割分担を! だからこそ、タンクと魔法使いによる俺たち攻略組こそが正義にしてこのゲームの真理なんだよ!」
もう打つ手ないからなのか訴える様に叫ぶイワン。その叫びはこのゲームのシステムに対する憤りのようにも剣士や格闘家への否定にも聞こえるが、結局は自分が正しいと信じて疑わない人物のわがままでしかなかった。しかもサオリに至ってはSTRにしか割り振ってない訳で、割り振る項目が増えるというのは的外れな叫びでしかない。なんだか滑稽を通り越して可哀想に見えてきた。
「人のプレイングに口を出す暇があれば、自分のプレイヤースキルを磨くことをお勧めするわ。盾とDEFの高さに胡坐をかいただけの戦い方なんて杜撰でお粗末にもほどがあるもの。……ま、改善するかはあなた次第よ。それじゃ、そろそろ降参して欲しいのだけど?」
冷めた目でイワンの叫びを否定しつつも、サオリは殴る手を止めない。オラオラオラァといった声が聞こえそうな殴打の嵐によってみるみるとイワンのHPが減少していく。
にも関わらずイワンはプライドが許さないのか一向に降参を宣言せずに、放せ放せといい続けながらもがくばかりだ。そろそろHPが4割を切るけど大丈夫か?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 流石にそれ以上されるとコイツがゲームオーバーになっちまう! 降参。降参をさせてくれ!」
それまでは俺たちと一緒に傍観に徹していたバロンが慌てた様に割って入ってきた。イワンの様子からHPが0になってLPになっても降参しないと思ったんだろう。
サオリもゲームオーバーまでするつもりは毛頭なかったようであっさりと手を放す。そもそもゲームオーバーまでしてしまったらキャラクターが消えてしまうのだからそこまでするプレイヤーの方が少ないだろう。
解放されたイワンは急いでHPポーションでHPを回復させた。いくら頭に血が上っていても自分のHPが減っている状態なのは居心地が悪いのだろう。
それを若干呆れた様子で見ながらバロンが頭を下げる。
「今回はすまなかった。コイツには俺がちゃんと言っておくから勘弁してくれないか?」
「元々バロンちゃんは悪くは無いでしょう? 変にちょっかいを掛けられなければ問題は無いわ」
「バロンちゃ……ゴホン。まぁいいか。一応、無理な勧誘を止める様に上の奴にも掛け合ってみるがあまり期待しないでくれよ? じゃ、帰るぞイワン……イワン?」
さっきまで回復ポーションを飲んでいた筈のイワンが姿を消した? 何処に行ったのかと見回してみるといつの間に移動していたのか入口まで移動していた。タンクだからAGIは低い癖にいつも間に移動したんだ?
「このままで済むと思うなよ! これは全部リーダーに言いつけてやる! トップクランを敵に回した事、後悔させてやるからな! 覚えてろ!」
「イワン! はぁ……訂正だ。あのバカに乗せられて動かない様に根回ししてみるが期待しないでくれ」
「あぁ、うん。大変だな……」
「割と真面目にこっちにこないか? 見ていて辛いんだが」
哀愁すら漂わせるバロンさんに同情したアニーがパーティ勧誘の提案を申し込む。バロンならうちの濃いメンツの中でもやっていけそうな気がするし、俺のDEXによる経験値ブーストを教えても大丈夫そうな人柄だ。 サオリもモルガーナもバロンの様子をみて納得している様だし。だけどバロンは首を振って見せる。
「悪いな。せっかくの誘いだが俺は参加できねぇわ。ストッパーがいないとただでさえ酷いクランの評判が大変なことになる。勝手に瓦解でもすればいいんだが、あいつ等のせいでクランに無関係のタンク系や魔法使いに勧誘や風評被害で居心地が悪くなるのは申し訳が立たねぇからよ。それに__」
「「「それに?」」」
「お前らのメンツ濃すぎだわ。たった二回の戦闘見ただけでももう腹がいっぱいだわ。これに参加するとなると今以上に胃の負担がデカそうだ」
そういって苦笑するバロン。MPすら顧みずにINTにしか振ってないロマン思考の残念魔法使いに、同じくSTR極ぶりの脳筋オネェ。あとDEX特化のお荷物道化師の俺もいるし。常識人枠のアニーとミツバもバトルジャンキーな気質があるし、確かにバロンにとっては胃の負担が大きそうだ。
こうしてクラン【前線攻略組】との初接触は後続きしそうな面倒を残して終わった。
ミツバのステータスを補正込みの値で表示すると、
【ミツバ】 Lv35
種族 ヒューマン
ジョブ 格闘家
HP 11(10)
MP 10/10
STR 30(26)
DEF 7(5)
INT 6(5)
AGI 31(27)
DEX 23(20)
種族補正
1.STR・DEF・INT・AGI・DEXのステータス+1
2.スキルが程よく会得しやすい
職業補正
HPを最大HPの1割分増加
常時、STR・VIT・AGIの値1割加算
常時、DEXの値0.5割加算
攻撃を当てる度、与えるダメージとAGIが増加(最大300%)。攻撃の手を30秒止めると補正効果はリセットされる。
【サオリ】 Lv36
ジョブ 格闘家
HP 11(10)
MP 10/10
STR 84(75)
DEF 7(5)
INT 6(5)
AGI 7(5)
DEX 7(5)
()内は補正前の基礎値です。端数は四捨五入で計算しております。防具の補正は考慮してません。
こうして比べてみると基礎値が高い方が補正量も高いですよね。だから攻略組の言う通り役割分担して各自ジョブに基づいたステータスにした方が強いんですけど、それを他人に強制するのは別問題だとおもいます。




