第四十三話
紙耐久プレイヤーが半数を超えるパーティが強いわけがないとか、ネトゲをしてない人間に言われても困りますので出来ればスルーの方向でお願いします。
「次! 右から2匹来るぞ! サオリ!」
「任されたわ! ぬうん!」
右から襲い掛かる2匹のサバンナウルフ。アニーを中心にダイヤ状に陣形を組んだ俺たちの内、右に位置取るサオリがその2匹を持ち前の高い筋力値にものを言わせてむんずと掴んだ。振り払おうと必死に暴れる2匹は、思い切り地面に叩きつけられ、めり込み次第に動かなくなってしまった。
攻略最前線とやらに向かう事となった俺たちは、その道中サバンナウルフの群れとエンカウントしてしまったのだ。しかも15匹以上はいる大きな群れ。
どれだけSTRが高ければ頭部を地面にめり込ませるなんて真似ができるのかと突っ込みたくなったが、そんな暇はない。
なぜなら俺の担当している陣形の位置が前衛のせいで群れ全体的に現在進行形で襲われているのだ。
「流石はSTR極振りだよ! まだ中盤モブの敵と言えワンパン! やっぱ火力こそ大正義だよ!」
「そうは言うが、DEFやHPに割り振らないのも問題だぞ? 万が一の時を考えてわずかでもリスクを減らしておいた方がいいだろう?」
「それこそナンセンスだよ! 元々レベルアップ毎に2ポイントしかステータスを上げられない、他に上げる手段は装備やアイテム、ジョブ補正だけなんだから長所は伸ばして切り詰められる所は切り詰めないと効率が悪いよ!」
「多少効率を落とす事になっても、割り振れる自由なポイントが少ないからこそ、弱点を増やさない様に構成した方が___」
「お前らっ! 議論は良いから! さっさと攻撃してくれ!」
2人がステータス談義に花を咲かせている今も、現在進行形でウルフのヘイトを群れ単位で集めている。数が多いしゴブリンよりも連携がうまいから、避けるのだって一苦労だ。
短剣を両手に持ってけん制しつつ回避に全力で意識を割いているが、俺はSTRには全く振っていないので牽制としての意味が皆無だ。その代わり高い器用値のお陰で体を動かしやすい為、回避自体は何とか間に合っている。悲しいことに避けタンクとしての役割はほぼ完ぺきにこなしているといえる。俺、AGIにも全然振って無いんだけどな?
流石に見かねたのか、ミツバが陣取っていた左側から前に移動しウルフ達へ攻撃を始めた。下段蹴りから始まり、頭部へ裏拳。驚いたことにその一撃でその一匹はスタン状態になったのか動きが緩慢なものになり頭をしきりに振るう。
身動きが取れなくなったそのウルフに対して、蹴る、蹴る、蹴る。容赦ない蹴りによってまず一匹仕留められた。……この間、わずか数秒の出来事である。ちょっと心が折れそうになる光景だ。
「もう、ボクも前に出ていいよね? 正直、陣形作って戦うよりもがら空きの奴から潰していった方が早いよね?」
「いや、まぁそうなんだがそうすると後衛の守りが……仕方が無いか。全員突撃!」
「ヌハハハ! 了解よ! 全て轢き殺してアゲル!」
もうどうにでもなれ! とでも言う様に攻撃指令をだすアニー。そして豪快な笑い声を上げながら両手を広げ、ラリアットの要領でウルフを文字通り轢き殺していくサオリ。まさにSTRに物を言わせた人間ブルドーザーといった様子だ。
聞いた話によると格闘家ジョブのステータス補正はSTRとAGI、そして微小にDEXへの補正らしい。そしてサオリは、特化した高STRによるやられる前に殺れを地で行くパワーファイター。ミツバはサオリ程特化した訳では無いが、AGI重視によって敵の攻撃を躱し、隙を付いて攻撃をするといったテクニカルファイターといった感じだ。
方向性は違うが、ふたりとも高い攻撃力を持っている。純火力だったら1サオリに対して10メイでも足りないと思う。
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
サオリの人間ブルドーザーに気を取られているウルフに攻撃したらちょうどクリティカルが発動した。が、まだそこまで成功が稼げていないので一撃で倒す事が出来ない。二人の大立ち回りを見た後だとこのダメージ差が気になってしまう。
ウルフが反撃に移る前に更に一閃、二閃、三閃。全てクリティカルが発動し、ようやく一匹倒す事が出来た。
【クリティカル:成功!】【連鎖!】×3
一匹倒しただけで満足してはいられない。ウルフ達が何故か俺ばかりを優先して攻撃してくるせいで気が抜けないのだ。飛びかかってくるウルフに対してすれ違いざまに軽く斬り付けつつ回避する。立て続けにやってくるウルフに対しても同様に回避……そして斬り付ける。
【クリティカル:成功!】【連鎖!】×2
ここまでくれば成功スキルを発動させれば俺でもAGIもSTRもあの二人にも引けを取らないくらいに追い付くことが出来る。ここまで発動させてやっと、とも言えるが、そこは気にしない。気にしたら負けだ。
アニーも剣を振るい、ウルフの数を確実に減らしている。モルガーナはアニーの事を半端剣士と言っていたが、それでもアニーは中々に強い。確かに特化や重点強化していない分他のプレイヤーには劣る。ミツバより遅い。サオリより力が無い。タンクプレイヤーよりも脆い。
だけど、ミツバよりも堅い。サオリより速い。タンクプレイヤーよりも力がある。総合的にに見た時、満遍なく振られたそのステータスは柔軟で自由度の高い戦い方を可能としていた。
襲い掛かるウルフに対し左腕に備え付けられた小盾にて受け流し、右手の長剣を振り下ろし首を断ち切る。すぐさま別のウルフに目を付けると、一気に距離を詰めて、振り下ろしていたその長剣を振り上げ一閃。
俺のような博打の様な戦い方でも、圧倒的なまでの体術による格闘戦でもない。派手さや奇抜さを求めない質実剛健で無骨な戦闘。それは、とても安定した剣士らしさ、アニーの生き様を感じさせる戦い方に見えた。
「メイ君! アニー! 3秒後に回避!!」
「「は?」」
唐突に聞こえたモルガーナの回避を求める声。5秒では質問している暇は無いと判断し、【ハイステップ】のスキルを使って急ぎその場を離脱する。アニーも同様にその場を離れたようだ。チラリとモルガーナの方へ目を向けると、杖を掲げて火球を放つところであった。火球の大きさはバスケットボールを2回り程大きくしたくらい。あれ?エルフが火属性?
「【プチ・ファイア】!!」
その一言で放たれた火球は、意外にゆっくりとした速度でウルフの群れの中へと撃ち落され、小さな爆発音と共にウルフ周辺に土煙が舞う。プチというくらいだから威力はそこまで高くないだろうと思い俺は短剣を構えて追撃の準備をしようと思ったのだが、土煙が収まるとそこには焼け死んだウルフの無残な姿。……まだ5、6匹は生きていたよな?
まさか一網打尽に出来るとは思わなかった。というかこれ、巻き込まれてたら俺もタダでは済まなかったよな?
「嘘だろ……。プチ・ファイアは野球ボール程度の魔法使いジョブの練習用の魔法だろう? 威力も牽制程度しか使えなかった筈だぞ。お前どんだけINT振ってるんだ?」
「あー! そこはメラ○ーマだ!ってノってくれないと、『今のはメラだ』ってドヤ顔出来ないんだよ! まったく。これだからロマンの分からない半端剣士はダメなんだよ」
「なっ お、お前なぁ……」
モルガーナの高火力に驚き、純粋に疑問を持って訪ねただけのアニーにゴネるモルガーナ。……うん。俺もちょっとプレイヤーとしては強いのかと見直しかけたけど、気のせいだったようだ。いつも通り残念だ。アニーも青筋浮かべて顔が引き攣ってる。
空気を察したサオリが二人の間に割って入る。
「ゴホン! お疲れ様。皆ナイスファイトだったわ。特にメイちゃんはよくあれだけの数のヘイト集めて持ち堪えてくれたわね。おかげでアタシ達、だいぶ楽しちゃったわ」
「お姉ちゃん、後で説教。「え?なんで!?」確かに先輩すごいですよね~。あれだけの数相手に避け続けてるし。それに、何故かボッコボコにしてるボクやサオリちゃんをスルーして先輩に向かっていくからボクたちはただ殴るだけだったよ?」
「いや、一撃でも入れば大ダメージは免れないからな。嫌でもなれるしかなかったんだよ。にしても、やっぱり気のせいじゃないよな。やたらと俺が狙われ……ん? 前にも似たようなことがあったような……」
そういえば、レプラについてメイカーの街に向かってた時もこんな話したな。そうだ。忘れていた道化師のジョブのステータス補正と効果を確認してみる。
ジョブ補正▽
職業補正 道化師
1.常時、STR・DEF・INT・AGIの値5割減
2.常時DEXの値2倍。
3.常時挑発効果
「そうだった!」
「ん? どうした?」
「よく俺が狙われると思ったら、ジョブ補正の効果の中に常時挑発効果があったのをすっかり忘れてたんだよ」
「あぁ……通りで狙われるわけだ。って事はメイの役割的には避けタンクかな?」
「AGIもほとんど割り振ってないから初期値よりも低いだろうけどな」
そこは頑張って避けてくれと笑うアニー。実際回避は前提の事だからいつもの事だし、皆がその間に倒してくれるから俺も楽になるんだけどな。
俺がヘイトを集めている間に火力のあるメンツが攻撃。そして柔軟性が高いアニーが所々で皆をフォロー……うん。最初は火力ばかりでどうなるかと思ったけど、意外と戦闘になってたし良いんじゃないか?
「ミツバちゃん。結構大きな群れを倒したんだし、ステータスを確認しておいた方が良いわよ? たぶんいっぱい上がっている筈だから」
「え? ……あ、ホントだ。一気に5も上がってるよ? 」
「あ! 私も上がってる! 最近レベルの上がりが低かったからラッキー!」
「モルガーナも上がっていたのか? 俺はここ等の敵じゃ貰える経験値自体が少ないからな。たぶんまだ上がって……ん?俺も上がってるな。パーティを組んだら多少は一人当たりの経験値が下がるだろうから期待はしてなかったが……15匹も倒せば意外に入るものなんだな」
元々アニーは古参プレイヤーらしいし、レベルは高いんだろうけどそれでもレベルが上がったらしい。やはりレベルが上がるのは嬉しいらしくニヤニヤしている。
ちょっと気は進まないが俺もステータスを確認してみる。って、あれ? レベルは上がってはいるけど……なんかいつもより上がり方が少ない様な……? いつもは目を背けたくなる様な上がり具合だったんだけど、まぁパーティを組んでいたらこんなものかな?
レベルが上がっている事は確かなのでいつもの様に全部DEXに割り振ると、メイカーの街でレンタルした荷馬車に乗り込む。前線までの距離はゲームである事を考慮してもとても遠距離らしく、徒歩で行っては時間がとてもかかるらしい。メイカーの街までも結構長かったし、分からなくもないけどな。だけどゲームの中で移動に苦労が掛かるとなるのもリアルで広大になりすぎたゲームっていうのも面倒かな。
「全員乗ったな? それじゃ、出発だ!」
アニーの声で荷馬車が走り出す。戦闘もうまくいったし、俺たちの旅路は幸先の良い物となった。
9月8日 誤字修正しました