第三十八話
やっと主人公登場……。次でやっと主人公目線に戻れます。
「そういえば、お姉ちゃんやアニーさんが言っていたメイって人はどんな人なの?」
森を抜けた一行は移動時間を短縮する為に、メイも訪れていたクロウスの町にて馬車に乗りメイカーの町へと向かっていた。モニターから移る映像は馬車の木製車輪が引き起こす揺れ具合、風にたなびく服や髪を現実同然に映し出してはいたが生憎このゲーム【SSO】は視覚と聴覚にしか対応していない。馬車の揺れまで再現したリアルな映像とは裏腹に全く揺れない現実の身体、風を感じない感触というのは違和感が残り、意外と気持ちが悪い。
リアル格闘少女であり視覚からの情報を受け取る力と感覚器官が優れるミツバはそのギャップに多少酔っていた。気分を逸らす為にモルガーナやアニーの言っている知人について尋ねてみると先にアニーが返答を返す。
「俺は始まりの町で初心者レクチャーをしている時に会ったって感じだな。だから単純にこのゲームの先輩後輩で友達だ。そうだな。ゲームのキャラクター的な強さは兎も角本人の発想力やセンスは中々に優れている奴だ。リアルでも知り合いらしいし、それ以上の事はこっちの方が詳しいと思うぞ。」
そう言ってうなだれるモルガーナの方に目を向けるアニー。ちなみにモルガーナは別にミツバの様に馬車酔い(ギャップ酔い?)している訳では無い。クロウスの町に立ち寄った際、自分の魔法使いの服装備を作ったとても腕の良い生産職がいるとドヤ顔でミツバやサオリを案内してのだが、その作業小屋がもぬけの殻だった為ショックを受けているのだ。
その生産職がどれだけすごい腕をしているかや変人だがとても気が良い人物だったと言ってもいないものは仕方が無い。今頃その凄腕生産職は幼女の為にその無駄に高い生産スキルで無駄に高性能な無駄な物を作成している事だろう。
そんな事を知る筈も無いモルガーナは若干不機嫌そうな声で妹の疑問に答える。
「その半端剣士の言う通りメイ君はリアルでも知り合い、というか私のクラスの子だよ。どんな人って言われると、ううんと。多分純粋な格闘だけだったらミツバの方が強いだろうけど、ゲーム的な強弱ならまだメイ君の方がワンチャン強いかな?」
「あら? 意外ね。ミツバちゃんはノーブルから格闘家になったお陰で力と敏捷性に磨きが掛かっているのに。ということはそのメイって子は相当強いジョブなのかしら?」
「全然?」
「「「は?」」」
自分でミツバよりも強いと言ったにも関わらず、即答でサオリの質問を否定し三人は困惑の表情を浮かべる。面識のない二人は兎も角メイのステータスや実際に戦っている所を何度も見ているアニーでさえだ。
元々アニーはメイの【道化師】のジョブは癖が強くネタジョブとまでは言わないが内心ロマンジョブの域を出ないと思っていた。いくら【成功】スキルでステータスが強化されていきくといってもDEX以外のステータスが半分になっているのだ。
堅実主義で薄く広く汎用性に富ませる事を信条とするアニーにとって自ら危険を背負い込むのはリスクとリターンのソロバンが合わないと考えている。
それだけでなく戦闘技術に関してもミツバの方が経験がある分、もしも戦闘になったらミツバに軍配が上がると思っていた。
それをモルガーナが全く異なる意見を述べ正直理解の範疇を超えていた。
「ゲームに関しては詳しくないけど、ステータスとかジョブって重要な部分ていうのはボクでももう分かったよ? でも、そんなに強くないジョブでボクよりも戦闘力が下だとしても、負けるのはボクなの?」
「俺も戦闘ならミツバの方が上だと思う。どういう事だ?」
「え~。これただの私の勘だよ? 根拠はないけど……確かにまともに戦えばミツバのパンチ一発でメイ君グロッキーだと思うし、格闘家のジョブも特性的にコンボを繋げばステータスにプラス補正入るしほぼ上位互換にも見えるよ? でもメイ君は道化師ってジョブ。トリッキーがとりえだし真面目な戦闘にはならないと思うよ?」
「ううん…よくわかんないや。でも、お姉ちゃんがボクより強いっていうなら……ちょっと会うの楽しみかも」
そういって今も馬車酔いで青い顔でにやっと笑いながら舌で唇を舐める。通っている道場でもそうだったが、ミツバは自分より強そうな相手には喜々として挑んでおり、所謂脳筋的な側面も持っていた。
また、姉の観察眼だけは意外と的を得ている事があり、弱いのに強いという不思議な存在であるメイに対し興味が湧いてきていた。
その様子をみてサオリが「ヤダ!恋の予感かしら?」と頬に手を当てムキマッチョな体でクネクネと邪推していたのだが、アニーもモルガーナもすっと目をそらしていた。もし直視していたら二人も馬車酔いとは違う形で顔を青くしていたかもしれない。
この話を続けていたらサオリがずっとくねくねしていそうな為話題転換するモルガーナ。
「ところでミツバとサオリ…さんは、どっちも格闘家ジョブだよね? ステータス構成に違いがあるのは分かるけど、ほとんど同じなの?」
「え? あぁそうね。格闘家ジョブの補正自体、スキル自体は同一のものよ。STRとAGIの二つに小補正。それとVITにも申し訳程度の微小補正ね。ただ、アタシのジョブチェンジの派生先が格闘家(重)、ミツバちゃんが格闘家(軽)と別系統らしいのよね。それに中級ジョブではないみたい」
「たぶんサオリちゃんが力押しのスタイルでボクが手数とカウンター主体のスタイルだからだと思うよ?」
「なるほどな。格闘家と一言で言っても格闘技は多種多様って事か。戦士ジョブにも軽戦士・重戦士となるからおかしくはないか」
「別に初期ジョブの次が必ずとも中級ジョブとは限らないよ。メイ君だって短剣使いの後に中級短剣使いにならずに別系統だけど道化師になったでしょ? それと似た感じだと思うよ」
同系統でのジョブ派生と別系統へジョブ派生を移すことは似て非なる物にも思えるが、その分大器晩成で何か大きい変化が起こるのだろうと適当に納得する。ちなみに格闘家のジョブがSTR、VIT、AGIと三つに補正が係るのは初期の格闘家が見習い相当の為、どの形の格闘家にもなる可能性を考慮した結果だろう。おそらく、格闘家(重)に派生すればAGIの補正が消えその代わりVITの補正が多少上がり、格闘家(軽)に派生すればVIT補正が消えるのだろう。
残りの移動時間、メイって人は道化師なの?と至極当然疑問を浮かべる二人に対し、説明しつつ暇な時間を過ごしていた。
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「うわー人がいっぱいいるよ? 最初にいた町よりも多いよね? これ全部プレイヤーの人なの?」
「確かにほとんどプレイヤーらしいけど、一部NPCが混じってるわね。流石に露店が全てプレイヤーって訳じゃないらしいわね」
「俺も装備の作成を頼みに一度来たことがあるが、前線とはまた違う活気があるな。儲けようとする者、物を増やす者、より良い物を作ろうとする者。まさに切磋琢磨という言葉がふさわしいな」
「そんな事よりもメイ君だよ! たぶんまだ特訓イベントの途中の筈だから絶対茶化したら面白いんだよ!」
4人はメイカーの街にたどり着いていた。全生産職プレイヤーが集まっているのではないか、そう思わせる程の賑わいに驚きを浮かべる三人に対し自分の目的に突っ走ろうとする人物が約一名。修学旅行で予定と違う行動を真っ先に取りたがるタイプだ。最も、その予定を崩しにかかる人物が先生側というのが性質が悪い。実際、教員会議でも修学旅行の際の要注意人物として生徒よりも先に名前が挙がるのだがそれはまた別の話。
だが、実際にメイカーの街は人がごった返しており、この中で人探しをするのは困難だ。どうしたものかと辺りをキョロキョロ見回す彼らだったが、運が良いのか悪運が強いのか、その中の一人に声をかける人物がいた。
「おや、そのとんがり帽子に魔女のローブ。どこかで見覚えが……というか小生の作品ではありませんかな?」
「え? ……あー! レプラ! あの町にいないと思ったらこっちにいたんだよ! いつの間に拠点を移動させていたの? あ、私はこの前この魔女シリーズ作って貰ったモルガーナだよ。【歩く災厄】って言った方が伝わるかな?」
「あぁ思い出しましたぞ! あのフレンドリーファイアの厄災殿ですな? クロウスの町でNPCに絡むプレイヤーにフレファイをけしかけていたのを思い出せましたぞ。あの時は小生が出る前に問題を解決してくれて助かりましたぞ。こちらに移ったのはちょうど一週間前ですな。ふむ、どうやら初期装備と見える御仁もいるようですが、メイカーには装備調達で?」
モルガーナの後ろのサオリとミツバを覗きながら訪ねる。自身も生産職の立場の為常識的な考えだが、実際のところはモルガーナの遊び半分のわがままという残念な話だ。まさか初見でここまで読める程レプラはモルガーナが分かってなかった。まぁレプラがぞっこんのNPCマリーの事であれば速攻で察することが出来るだろうが。ロリコンの読心術は成人女性には通用しないのだ。
「こっちの剣士はアニー、大きい人がサオリさんで小柄な方がミツバ。今回は別に装備の為って訳じゃないんだよ。実はメイってプレイヤーを探してるんだけどレプラは知らない?」
「メイ殿? 知ってるも何も小生と一緒にメイカーの街に来たのがメイ殿ですぞ? そうですか、メイ殿の知り合いの御仁方でしたか。小生はレプラ。仕立て屋ジョブの生産職ですぞ。ちょうどメイ殿を茶化しに……いえ、応援しに行くところですが、一緒に来ますかな?」
「ほんとに!? 行くよ!」
思いもよらないレプラの提案に嬉しそうに即答するモルガーナ。都合の良い展開に地味にモルガーナのリアルラックの高さが見える。
レプラの示したメイの居場所は街のはずれの芸能職通り。その中でも場所代の比較的高いエリアだった。エリアに近づくにつれ段々と建物が小奇麗で格調高い造りになっていく為、どちらかと言えば質実剛健といった商業エリアとの違いに目を見張りキョロキョロと見渡す一行。学校でも多少ゲームの話をするモルガーナでさえメイが若干富裕層チックなエリアにいる事など知らない為驚いて言葉が出ない様子だった。
驚く様子が予想通りだったのか、レプラはエルフの中でも背が小さく童顔な顔で悪ガキの様にニヤニヤと笑う。背の低さがコンプレックスのわりにこういう時の表情はどう見ても子供にしか見えない。
「すごいでしょう? いや、特訓イベントをでサーカス団を薦めたのは小生ですが、ここまで成長するとは予想外でしたぞ。今では芸能ジョブのトップを張っていますぞ! まぁ非戦闘系の中でも芸能ジョブなんて生産ジョブの一割もいないのですが……」
「メイって人がすごいんだかすごくないんだかよく分からないよ?」
「いや、凄くはあるんだぞ? 凄くはあるんだが、芸能系統は非戦闘系の中でも。生産系、商業系にも属さないからな。踊り子、吟遊詩人、音楽家、何方かというとバッファーにも関わらず戦闘に直接的に関与するステータス補正がないジョブで、人口的には最下位だからな……」
「一応道化師もDEX以外半減だからね……。分類的には非戦闘系になるのかな?」
SSOのプレイヤーはジョブを大きく分けて戦闘系、非戦闘系に分けており、吟遊詩人や踊り子等は非戦等に属する。理由はステータスの上昇がレベルを上げた時の2ポイントだけの少なさと、ジョブによってはSTR・VIT・AGI・INTを一切の補正が掛からない使用。この二つの点からいくらバッファーと言えども戦闘には不向きだろう、という考えから非戦闘ジョブという部類に入った。非戦闘ジョブにも戦闘プレイヤーを支える生産系、流通を支える商業系はまだプレイヤーがいたのだが、戦闘に参加できないバッファーになる人物はそうはいない。また、自分から不特定多数のプレイヤー達の前で踊り歌う物好きもいなかった。
結果、そんな芸能系ジョブの人口は少なく、そのトップと言われても……という所である。
「……まぁ、トップは事実なのならそれでいいんじゃないかしら?」
「ん~……ちょっとモヤモヤするけど。ホントにボクより強いの?」
「強いとは思うんだよ……でもメイ君は何処に向かってるんだろう?」
「まぁ、最近のメイ殿はほぼサーカス団員。としか小生は言えないですな。昨日NPCにパシられてジャグリングしながらお使いに行っている所を見る限り……」
「……あいつは一体何をしてるんだ?」
「あの時のメイ殿は完全に目が死んでましたぞ……っと、着きましたぞ。ここが黒猫サーカス団のショー会場ですぞ。メイ殿も出演する筈ですぞ」
一同は芸能ジョブの中でも大きなステージ会場の中に入り、始まりを待つ。まさか特訓イベントでスキルを増やして戦闘力を上げると言う話の筈がショーに出演してるなんて誰も予想できる筈も無く、またゲームの中でサーカスショーを見るという奇妙な状況に皆そわそわしていた。
しばらく待っていると、ブザー音が鳴り、閉じていたカーテンが開く。ステージ上にはタキシード姿の人物が一人。背筋を伸ばした綺麗な礼をして頭を下げていた。頭を上げると、微笑を浮かべつつよく通る声で話し始めた。
「ladies&gentleman! 本日は我が黒猫のサーカス団のショーへお越し頂き、誠にありがとうございます。それでは、まずは手始め。ピエロと麗しの双子の贈る曲芸ショーから!」
そう宣言し、舞台から立ち去る男性。入れ替わりにゴテゴテと奇抜な服を着た人とそれぞれ黒と白の色が違うがデザインは同じ服を着た瓜二つの女性が出てきた。
奇抜な服の人物は手を大袈裟にふりコミカルに歩いている事から恐らく彼が道化師なのだろうと一同は判断する。そして、その道化師が誰であるかも。
「……あれ、メイ君だよね?」
「あ、あぁ。仮面をつけてるから顔が分からないが、たぶんそうなんだろうな」
「なんだか彼、道化師が板についてるわね……。よっぽどの数講演したのかしら?」
メイと思われる人物はボールを三つ使い数秒ジャグリングして見せ決めポーズ。そしてそれに納得がいかなかったのか、双子に蹴とばされ地面を転がった。転がる様子もコミカルに大袈裟で、観客達に笑いが起こり始める。
次に双子達が上に吊られた大繩の上を綱渡り。縄の上で二人で飛んでみたり、跳ねてみたりと細かく芸を見せ、観客に更に賑わいが起こり始める。その賑わいの様子を見て自分もやってみると挙手する道化師。それに、『面白い、やってみろ』とばかりに腕を組み鼻を鳴らす双子。3人は一切言葉を出さずボディランゲージでの会話だったが、それでも大体何を言い合ってるのか察することが出来た。
ドラムロールと共に綱を渡り始める道化師。フラフラと危なっかしく見えながらも一歩、また一歩と進み続ける。時折調子に乗って縄を踏み外して観客が息を吞むが、とっさに片手で縄に捕まり難を逃れる。空いている方の手で観客に手を振って余裕を見せている所から察するに予定調和なのだろう。手を振っている時、こちら側を見て一瞬手が止まったが直ぐに持ち直した。もしかしたら一同に気が付いたのかもしれない。
渡り切るまであと少し! といった所で急展開。それまで黙って見ていた双子が急に妨害し始めたのだ。ボールやボーリングのピンな様な物、果てはナイフまで持ち出して二人掛かりで道化師に投げ始める。これには道化師も予想外だったのか、これまでよりも慌てた様子を見せ、必死になって避けて見せる。だが、不安定で逃げ場の無い綱の上ではどうしようもなく、結局綱から落っこちてしまった。
ステージの床をゴロゴロと道化師が転がり落ちると、これまでなっていた緊張感のあるドラムロールがまるで残念賞とでも言う様な気の抜けたBGMに代わり、更に観客に笑いがどっと起きた。皆、口々にドンマイ! 次があるさ! と慰めの言葉を道化師にぶつけていた。
「メイ君、凄いね! 本当に道化師やってるよ! でもあんな高さから落ちて大丈夫かな?」
「今の動き……五点着地よね?」
「……あぁ。転がり方をコミカルにしてるせいで分かりにくいが、足、膝外、太股、そして逆肩。落下の衝撃を綺麗に消してやがる。しかもそれを転がるコミカルな要素に見せてるだと? 自衛隊の演習見学に行ったときに軽く見たが下手すりゃ本職よりも上手くないか?」
5点着地とは高所から飛び降りた際の着地法の事で怪我をしない為、あるいは最小限に抑える為に着地の衝撃を身体の各部位に分散させる技だ。実際に自衛隊の訓練項目に入っていたり、パルクールのプレイヤーが建物から建物へ移る際などにしれっとやっていたりする。他にも某格闘漫画にて扱われていたりと意外と知っている人は知っている技だ。
しかしただ転がれば怪我をしないという訳でもなく、前提条件に『よく訓練した人物が5点着地が可能な状況下で行ったら』という言葉が付く。いくらゲームの中であっても多少は落下ダメージが入るだろうとか、特別な訓練の経験がある訳でも無いただの高校生に出来る筈がないだとか、それこそ難癖はいくらでもつけれるだろう。
だが、実際に無事っぽいのだから仕方が無い。
5点着地の事を知っているアニーとサオリは成功した事実に驚き言葉を失っていた。知らないモルガーナとミツバの二人も驚きの様子を浮かべている二人の様子に、おそらくこれは凄い事なのだと理解の様子を浮かべる。柔道も習っているミツバは受け身に関しても道場で日々鍛錬している為、自分にはまだできない事だと察する。そして自分もまだできないであろう技術をサラリとやってのけたメイに対し更に興味を抱いた。
一同の驚きをよそに、予想の斜め上の成長の一端を見せるショーは更に続いて行った。
たぶん観客のほとんどはNPCです。だってわざわざ見に来るプレイヤーなんてそうそういないですもんね。
誤字修正しました。
予想道理→予想通り