第三十七話
筋肉オネェはロマン。バトルガールもロマン。結局は作者の趣味だ。いいでしょう?
「ブルァァァアアア!!!」
突進ジャンプで攻撃してくる野ウサギを鷲掴みにすると野太い声を上げ地面に叩きつけるサオリ。まだレベルが低い為、STRの値はそれほど高くないにも関わらず地面に拳ごと野ウサギがめり込んでいるが気にしてはいけない。サオリの見た目的に全く違和感がないことが恐ろしい。グチャリと全年齢対象ゲームではありえないグロテスクな音が鳴っているが気にしてはいけない。いけないったらいけないのだ。
「ヌハハハ! ミツバちゃん! 潰して、壊して敵をぶっ倒すのがレベル上げよ!」
「うわーサオリちゃん押せ押せだね~? 完全なパワーファイターって感じ。でもボクとしてはこっちの人型の方が戦いやすいよ?」
そう軽く言ってゴブリンの群れを相手に大立ち回りをするミツハ。既に囲まれているにも関わらず、後ろに目が付いているのかという程にゴブリン勢の攻撃を読む。ステータスが低いことを自覚しているミツハは自身から攻撃に移らず、ゴブリンの攻撃をいなして柔術を用いてカウンターを決めていく。
本来ゴブリンはウサギ等弱いモンスターである程度レベルを上げ戦闘に慣れてきたプレイヤーに対する最初の壁であり、そういったプレイヤーでも群れの人型というのは多少なりとも苦戦するのだが、むしろミツバは水を得た魚とでもいう様に活き活きと応戦していた。実際、レベルが低いせいで与えられるダメージは少ないが確実にゴブリンの数を減らしている。しかも本人らはダメージらしいダメージを負っていない。もはやアニーは乾いた笑いが漏れ出していた。
「おいおいおい……強いっていっても限度があるだろ。レベル1の初心者でゴブリンと戦うって言ったときは驚いたが本当に戦えてるって一体どうなってんだよお前の妹はどうなってんだよ」
「だからミツバはリアルチートガールなんだよ。親が護衛術の1つや2つ覚えていた方が良いよねって軽いノリで道場に通わせたらまさかの才能開花。だから、こと体を動かすことに関してはメイ君の完全上位互換と言っても良いんだよ」
「メイもなかなかヤバい奴だったが上位互換とまで言うか。多少は俺も剣道や組手をかじってはいるが、これはうかうかしてられないかもな」
事実こうして経験者二人が駄弁っている間に格闘組が周囲の野ウサギと近寄ってきたゴブリンはほぼ狩りつくしてまった。ゴブリン達は群れが半分くらいになった所で逃げ出そうとはしていたが、ミツバがそれを許す筈も無く追い打ちで殲滅。ゲームうんぬん抜きにして動きが達人のそれである。
ミツバは最初、ゲームとは言えウサギの様な小動物を殺める事には若干の抵抗があった。しかし見た目醜悪で好戦的なゴブリンに対しては慈悲もなく喜々として戦闘を楽しんでいた。
「いや~すごいねこれ。大会とか道場の習練はあくまでも試合としての格闘術だけどこれだったら本当に戦闘しているみたいでドキドキするよ?」
「そうでしょう? 現実でこんな事したら倫理的にアウトでしょうけどゲームだから楽しめる醍醐味よね」
「お疲れさん。想像の斜め上の結果でもう乾いた笑いしかでねぇよ。で、二人はステータスをどう割り振るんだ?」
「アタシは前回同様STR1点特化よ。やっぱり自分より強い敵を殴り潰す快感はやめられないわ」
戦闘を終えた4人は今の戦闘で上がった経験値の割り振りを考えることにした。サオリはニッキニキ時代、やられる前にやれの考えでSTRに特化していた。実際序盤は敵の攻撃力も高くなく先に相手のHPを削り切ることが出来ていた為簡単に進めていた。しかし、敵の数が増え連携が高度になり始めた頃から攻撃を喰らう回数が増え始め、遂にゲームオーバーになってしまっていた。一度失敗したステータス構成だが大ダメージを出す快感はやめられないらしい。
ミツバの方は自分のステータスについて思案する。正直戦いは楽しいがステータスの様なゲーム的な部分は専門外で考えるのが苦手だった。悩んだ結果、この手の物に関してはモルガーナの方が詳しい為任せることにした。
「お姉ちゃん。どうすればいい?」
「よくぞ聞いてくれたよ! えっと、ミツバはパワーよりもテクニック系のファイトスタイルだよね? それにテクニカルスピードファイターなスタイルならDEFとHPにあまり割り振る必要がないから効率面でも利点があるよ。あと、リアルの試合でもイケイケで攻めるよりも要所要所で隙を付いてる感じだし。リアルと大きくかけ離れた戦い方をしちゃうと本当の試合にも支障が出ちゃうかもしれないから出来るだけ同じ戦いかたした方が良いよ。」
「って事はSTRを伸ばすよりもAGI(速さ)とかDEX(器用さ)を伸ばした方が良いって事? 毎度思うけどお姉ちゃん自分の運動神経はボロボロの癖に人の事はよく見えてるよね?」
「驚いたな……初めて残念じゃない所を見たかもしれん。あぁ、お姉さんの案に付け加えるならSTRも多少は振らないと勿体無い。相手に与えるダメージは結局のところ自分のSTRを参照にしているからな。」
「皆一言余計だよ! ミツバ! あれもこれもってやっていると器用貧乏になって結局全部が中途半端になっちゃうから気を付けなきゃダメだよ! そんなことしたらこっちの半端剣士と同じになっちゃうよ!」
自分の良い所を見せるチャンスと張り切ってアドバイスしたは良いが一言多く褒められた為、付け足されたアニーの補足に噛み付くモルガーナ。アドバイスして終わっていたら妹からのささやかな尊敬を得る事が出来たであろうに結局残念という印象で終わってしまう。一言多いという言葉は見事にブーメランになって自身に直撃していた。
とりあえず言われた通りにAGIとDEXに割り振り、少しだけSTRに割り振ってみた。内訳はゴブリンを倒してミツバのレベルは12。AGIとDEXに10ポイントづつに、STRの残りの2ポイントといった形だ。。
ミツバは軽く体を動かし確認してみる。常日頃から鍛錬を繰り返しているミツバは、身体の多少の差異までしっかりと把握できている。先ほどまで感じていた身体を動かすときの何か引っかかる様な違和感が軽減されるのを感じていた。また、拳を前に付きだし正拳突きの型を取ってみると若干ではあるが拳速の方も上昇していることに気付いた。モルガーナの指摘は自身にとてもしっくり来たようで思わずミツバはニヤリと笑ってしまう。
ある程度戦闘を実体験してみて問題はないと判断したアニー達は始まりの町周辺での戦闘を切り上げメイカーの町へ向けて森越えを目指すことにした。
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「うわぁでっかいイモムシ。流石にあれは触りたくないよ?」
「ウフフ。女の子はやっぱり虫はちょっと気が引けるわよね。大丈夫よ。実際に感触がある訳じゃないからちょっとずつ慣れていくといいわ」
「まぁ、確かに素手で触るのは男でも気が引けるしな。パーティを組んでいれば経験値は全員に入るんだ。無理はしなくてもいい」
森の中にてメイも挑んだあのイモムシと戦う四人。メイが隙を付かれ苦戦したあのイモムシだが、高位のプレイヤーであるアニーは剣を一閃するだけで吐かれる糸は切れてしまい、まだレベルはそこまで高くは無いがSTRに特化しているサオリが拳を振るえばまるで苦戦の様子はなかった。イモムシに素手で触るのを躊躇ったミツバに考慮したとはいえ、実際二人だけで戦力的には十分だった。
ちなみにモルガーナも戦闘に参加しようとしたが、木々の茂る中で火属性の魔法を全力で発動させようとして止められた。無駄にリアルな部分のあるこのゲームでは、森林内で火を扱うとエリアが山火事状態になりプレイヤーにもダメージが入ってしまう。流石に他のプレイヤーに迷惑をかける訳にはいかない。当の本人はマナポーションを節約できると喜んではいるが、現状一番のお荷物はモルガーナであることは言ってはいけない。
「にしてもアニーさんの剣さばきキレイですよね? なんか場慣れしてるっていうか日頃から触ってる感じ。剣道場とかの人なんですか?」
「ちょ、ミツバ!? ゲームの中で現実の個人情報を聞くのはバッドマナーだよ!」
「そうなの? すみませんアニーさん。」
「あぁ、ミツバはネトゲのマナーとかも疎いんだったか。他のプレイヤーに聞かなければ、別に俺は大丈夫だ。剣に関しては剣道場関係者って訳じゃないんだが、職業柄荒事は日常茶飯事だからな。慣れてるんだよ」
「荒事が日常茶飯事……ヤの付く職業?」
「を、取り押さえる側の方だ。まぁ荒事って言ってもそこまでデカい山はそうそうないんだけどな。剣道は日頃の訓練の日課だ。ほら、また来たぞ」
先ほど倒したイモムシが仲間を呼んでいたのか、アニーの視線の先には数匹のイモムシの群れがいた。例えばサオリとミツバの二人だけであればいくらSTR特化で火力の高いサオリがいたとしてもゲームを始めたばかりの低ステータスの為、移動阻害効果のある糸の雨の中イモムシの群れに轢き殺されていただろう。油断したメイが糸に捕まり動けなくなったように。
しかしアニーが元々のレベルの高さと場慣れした戦闘センスによってサオリの動きを完璧にフォロー。サオリに糸が及ばぬように切り払い、イモムシまでの道を譲りサオリが殴り潰す。サオリへのヘイトが高まりすぎたら攻撃に参加し数を減らす。先ほどより大きな芋虫の群れであったが全く危なげなく対処出来ていた。というか攻略最前線に身を置いていたりするアニーがここにいる時点で始まりの町からすぐの森で過剰戦力なのだ。アニーの動きを見た見学組の姉妹は戦闘に参加できない不満顔。アニーの動きに関心する顔の二つだ。当然関心する顔の方はしっかり者の妹の方だ。
「やっぱりアニーさんの動きは速いですね? 技術的なっていうより身体能力的に。これがステータス差って奴なんですか?」
「そうだな。俺は割り振れるポイントを平均的になるように割り振っているから数値的には高くはないが、それでもレベルがそこそこ高いからな。それよりも敬語。せっかくのゲームでパーティ組んだ仲間なんだから別にタメ口でいいぞ? サオリにはタメ口で俺だけ敬語だと疎外感があるだろ?」
「そう……だね。じゃ、今からタメ口で話すよ?」
「そうしてくれ。……じゃ、行くか!」
一行が目指すは戦わない都市、メイカーだ。