第三十四話
「今日は」「私たちの番」
弟子入りイベント四日目。今日はリーノとルーノが特訓相手らしい。座長曰く、二人は主に他のアシスタントや曲芸に関してを担当しているらしいが、いったいどんな特訓なのだろう。アマンダさんの時の特訓では火の輪潜りでも玉乗りも涼しげな顔でこなしていた印象があったけどやっぱりその手の曲芸なのだろうか? まぁこの三日間のぶっ飛び具合を見れば何が来てもおかしくなさそうだけど。
「私たちの特訓は」「鬼ごっこ」
「鬼ごっこ? 意外だな。曲芸とかの練習するんじゃないのか?」
「鬼ごっこの中で」「大体覚えてもらう」
「場所はここの習練場の中」「あるものは全部、使っていい」
リーノとルーノにそう言われ周囲をつぶさに見渡す。上を見上げれば空中ブランコや張り巡らされた綱渡り用の縄。視線を落とせばトランポリン、玉乗り用の玉、輪潜りの輪、etc……。
なるほどね。見方によっては障害物やギミック満載の鬼ごっこ会場とも言えるな。なんていったっけな。周囲の物を活用して町を駆け抜けるあのスポーツ。パルクールだったか? それみたいだ。これもある意味曲芸染みた動きをするともいえるし、その過程で覚えろって事なのか。
「わかった。その過程で体の動かし方や道具やらを覚えろって事だな」
「そんな感じ。最初の鬼はリーノ」「と、ルーノ」
「おう。最初の鬼がリーノとルーノ……っていきなり鬼が二人なのか?」
いきなり2対1ってずるくないか? いや、まぁそれくらいなら猛獣とのふれあいとかマジックの実験台とかさせられるよりはマシか。むしろ楽な部類じゃないかな?
「後輩にハンデ」「40秒待ってやる」
そう言って40秒のカウントダウンを始めるリーノとルーノ。とにかく40秒もあるのだからある程度は距離を稼げるだろう。端まで行ってしまうと逆に逃げ道が無くなってしまうから、壁際を避けて適度に距離を離れアーティさんのマジックの特訓の時に使った大きい箱の後ろに隠れて様子を伺う。
「……2,1,0」「鬼ごっこ、始め」
「「じゃあ……行くよ?」」
呟くように宣言する小さな声が聞こえ、鬼ごっこが始まったことを悟る。気を引き締めて恐る恐る双子のいた所を見てみるが、しかしそこには誰もいなかった。
慌てて周囲を確認するが火の輪潜りの輪、ナイフ投げの的、何処にも見当たらなかった。一体どこに? そう考えた所でふと上を見上げると、張り巡らされた綱の上を走る白い影。ルーノが上から近付いていることに気付いた。
「なっ!? 確かにあるものは全てって言ってたけどさ!」
上からなら物陰に隠れた所で場所が筒抜けだ。直ぐに走り出して逃走を始めつつ考える。上に見えたのはルーノだけだった。ならルーノが別方向から攻めてくるはずだ。
おそらく上と地上の両方から来るのだろうと予想して直進を避け右左折を織り交ぜる。
三度目の左折をした時、目の前に唐突に黒い影が見えた。
「白が目立てば黒に目がいかなくなる」
「っく! 【ステップ】!」
タッチしようとする手をスキルを使って寸前で躱し、更に【セカンドステップ】【サードステップ】と続けて使う事で距離を稼ぐ。だけどリーノもこれくらいの動きには簡単について来られる。直ぐに俺の逃げた方へ方向転換し追跡を開始してきた。
【スキル:成功!】
【スキル:成功!】 【連鎖発生!】
【スキル:成功!】 【連鎖!】
三回の【成功】スキルの発動程度では振り切る事なんて出来ない。更に続けて【ハイステップ】のスキルを【サード】まで発動して【成功】のスキル回数を稼ぐ。これでステータスの上昇量は11。元のステータスの倍以上のAGIを得た事になり、ある程度の距離を取ることが出来た。が、しかし
「黒にばかり目を向けると今度は白が際立つ」
そうやってリーノを振り切る事ばかりを考えていると上空から白い影が降ってくる。どうやら上の綱をこっちまで来てそこから飛び降りたらしい。
正直リーノを振り切る事ばかり考えて今ルーノの事を考えるのを忘れていた。不幸中の幸いか、捕まるより先に呟く声に気付けたお陰で紙一重のところで避けることが出来た。成功スキルで若干でもAGIが上昇していたのも功を奏しただろう。
落下してきたルーノは舌打ちをしつつも地面を転がり落下の衝撃を殺す。何でも無い事の様な涼しい顔でやっているが上に張られた綱の高さは3m以上はある。ほぼ衝撃を殺しきっていると考えるとルーノの技量の高さがうかがえるあろう。多分俺そのまま足怪我するだろうし。
ルーノの技量に驚いてばかりではいられない。ここまでくると片方の注意がおろそかになるって事はまずない。急いで周囲を見回しリーノの位置を探る。だけど習練場のライトの明かりはそこまで光が強くない。ましてや白い衣装を身にまとうルーノを直視した後では白色への印象が強すぎて真逆の黒色が目に付かない。どこだ? 一体どこに消えた?
いや、ルーノの危険もある以上、リーノを見つけるより先に逃げて場所を変えた方が……
「タッチ」
「へ?」
背中に小さな手の感触を感じ恐る恐る振り返ると、必死に探していたリーノの姿があった。いつの間にか距離を詰められ背後を取られていたらしい。
あまりな連携への驚きに言葉が出ない俺を置いてリーノとルーノは両手ををつなぎ勝利宣言を告げる。
「黒が白を際立たせて」「白が黒を引き立てる」
「「ふたりでひとつのシンフォニー」」
「まじかよ……ははっ。完敗だな」
お互いがお互いの真逆色を印象付けてフォローする様に行動する事によって、最大限の効力で印象操作を行う。俺はその術中に見事に嵌ってしまったわけか。曲芸師、パフォーマー、いずれにしてもこの白と黒の双子は技量は俺よりも遥かに上だな。
年下の女子中学生くらいの娘に負けてしまったと言うのに、格の違いを見せつけられたせいか劣等感とかそんなものが湧かない。小さくても師匠的な役割のNPCなんだし負けても仕方が無いのかな?
「次は後輩が鬼」「10秒後に追いかけて?」
そう言ってリーノとルーノは二人揃って駆けていく。逃げる時は二手に分かれず一緒に逃げるらしい。
俺も驚いてばかりじゃいられないな。完敗だったとはいえ今回は1対2で数であっちが有利だったんだ。立場が逆転してしまえば連携もそこまで効力を発揮しないだろう。逃走側が挟み撃ちをしたりする意味もないし。反撃開始だ。
「……8、9、10! それじゃあ、追いかけ始めるぞ!」
___一輪車で轢かれ
「ぐぎゃあ!」
___玉乗りの大玉に轢かれ
「ぐぁあ!?」
___上の綱渡りに逃げられ
「卑怯だぞ! 下りてこい!」
「悔しかったら」「上ってくれば?」
___必死に上ったら空中ブランコで蹴りを入れられ落とされ
「うぁぁあああ!?」
終いにはローブで縛られた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 流石にこれはおかしいだろ!? なんで鬼が逆に捕まってんだよ!?」
「鬼が捕まえる役だけど」「「鬼を攻撃しちゃいけないって言ってない」
「立場逆転する鬼ごっこって斬新ですねコンチクショウ!」
ロープの上に器用に座り俺を眺める双子は余裕綽々といった顔でそう言い放った。ちょっと尊敬したらこれだよ。最初の内は二人で連携して仕掛けを十分に利用して逃げていたと思ったら唐突に反撃に入るんだから。
縛られているロープをなんとか外して未だ上にいる二人に再度抗議。
「上に逃げるのは、まぁいいとして攻撃してくるのは止めてくれ! 玉乗りの玉でも結構ダメージデカいんだぞ!?」
「あんな大きいボールに」「轢かれる方が悪い」
その後捕まえられたら暴力禁止にしてやると言われ、鬼ごっこを続行したが結局捕まえることが出来なかった。あぁでも綱渡りは出来る様になったのが少しうれしかった。
ーーー
「へぇ~。道化師のジョブにするプレイヤーがいるなんてねぇ。しかもDEX特化? STRもDEFも一切割り振って無いじゃん。よくこれで生きてるな~」
無数のディスプレイが設置された部屋の中、部屋の主であろう人物が一人つぶやく。そのディスプレイ群には数10mはあろう大きさのドラゴンと戦うヒューマンの戦士たち。魔法を放つエルフ。鋼を打つドワーフ。獣耳や異形の姿のプレイヤーといった様々な姿が映し出されていた。
いくら変わったステータスをしていたとしても、普通ならばNPCと鬼ごっこをするプレイヤーよりもこのゲームの目玉ともいえる巨大なドラゴンと戦うプレイヤー達の方が注目を浴びそうな物であるがこの人物はそちらには一切目を向けていない。興味が無い訳では無い。既に見飽きてしまい面白味を感じないのだ。
「なるほどねぇ。【弟子入りイベント】で黒猫のサーカス団か。これで大量にスキルが手に入る筈だし、道化師ならこれで一気に化けるだろうね。しかもDEX特化って事は補正の存在に気付いてるっぽいなぁ」
鬼ごっこをするプレイヤー、メイのデータを閲覧しつつプレイ時間の割に高いレベルから推測する。強すぎるステータスで弱いものを倒してもレベルが上がらない。高DEXな人物の成長速度が速いといった設定を施したのは、他でもない製作者である彼である。
一風変わったメイの存在に注目する理由はドラゴンと戦うプレイヤー達に理由がある。
少し昔の話をしよう。彼が最初にこのゲームを日本各地のゲーマーにばら撒いた時、少しでも長い時間このゲームをプレイして欲しかった為に出来る限り引きこもりのニート的な人物を選抜した。その思惑は半分成功で半分失敗。成功のうちの半分は狙い通りその多くのプレイヤーが一日の大半の時間をこのゲームに費やしてくれたこと。失敗の半分は想像をはるかに超える程に彼らが身体を動かすことが不得手だったことである。
早々に死なれては困ると慌てた彼はDEXに対して、気付かれない程度に行動補助の効果を付与した。その仕様に気付かなくてもある程度はDEXに割り振ってくれる様に誘導する為、成長速度上昇や消費MP減少といったおよそ器用・効率的から連想される様々な追加効果を付与した。少しでも生存するプレイヤーが増える様に。
だがしかし、彼の予想は斜め上方向に覆される事となった。
元々効率重視の偏った思考であるプレイヤーの多くが運動能力を上げる事よりも動かなくても勝てる道を模索し始めたのだ。その結果がポイントをHPとDEFにつぎ込んだ者と後方火力につぎ込んだ者のコンビによる役割分担でのゴリ押しだ。
実際にこの戦法は数多くのエリアを解放し、実用性が証明された。この型のプレイヤーの数を増やすことによって更にその安定性を増やした。
「でも、それじゃつまんないよねぇ。量産型テンプレートなんてつまらない。一風変わったオリジナリティの方が需要有るって」
そもそもこのゲームを作ったのはそんな量産型プレイヤーを見る為などではない。故にメイの様な類を見ないプレイヤーは新鮮だったのだ。
ふとドラゴンとの戦闘を映しているディスプレイを覗いてみると、竜尾の一撃により崩壊するタンクの壁と逃げ惑う後方火力達。ここ数日間ほぼ毎日繰り広げられる光景だ。
この戦法に負けるのが悔しくて配置したドラゴンは今日まで無敗記録を更新し続けている。大人気ないとは言っていけない。運営による正当な権利のバランス調整だ。それくらい運営の当然の権利である。
「こいつら毎回同じ戦法で潰されてるんだからいい加減学習すればいいのにね。だから嫌なんだよ思考停止したテンプレは。やっぱ格闘家とかそっち系の人間にゲーム配布した方がいいのかな~」
多少は身体を動かす事が出来る人間の方が面白いプレイングを見る事が出来るし。と一人呟く。しかし、無許可無特許安全証明ゼロのゲーム故、公けになるのはまずい。
格闘家の様なゲームとは無縁の位置にいる人種では情報漏洩の危険がある。こういった物に騒がない人間を探すのも意外と大変なのだ。むしろメイ達現在のプレイヤーの様な警戒せずに使用する人物が珍しいともいえる。
「現存のプレイヤーの数も少しずつ減ってきてるしなぁ。やっぱデータ消去後の100日のキャラクリ禁止が大きすぎるかな? でもそれくらいしないと緊張感でないし……少しだけ緩和しようか……」
現時点でキャラクター削除されたプレイヤーは100人を超えている。これらの元プレイヤーを放置するのも勿体無い。取り敢えずの処置として彼らのキャラクター作成禁止期間を解除する事を決めた。
今後の方針を決めた彼は再度ディスプレイに目を落とす。双子の曲芸師にボロボロにされるメイを見つつ彼はクスリと笑う。
「でも今一番面白いのはキミかなぁ? レベルとスキル次第では、僕の嫌がらせを倒すのはキミかも知れないね。……最もそこまで高レベルになるのはその大陸では厳しいだろうけどね」
今僕すごいシリアスに決まったわぁ~、と自分に酔っている彼は気付かない。と言うか忘れている。
『弱いステータスの方がレベルが上がりやすい』の【弱い】というのが、テンプレ勢がガン上げしているSTR・DEF・INTと言った戦闘に直接影響のあるステータスの事を差している為、メイがいくらレベルを上げてもDEXに振っている間は一切関係が無いという事を。『DEXが高い方がレベルが上がりやすい』と自分で設定した事と、メイ本人は自覚しているその意味を。
「フフフ。『レベルを上げれば上げる程にレベリングが困難に』なるんだ。まぁ頑張ってくれたまえよ? と言うか苦戦してくれた方が見応えあるしね」
作った本人もステータス参照なのかレベル参照なのかを盛大に勘違いしていた。
まぁ、この設定自体が例のテンプレ勢の特化厨に対する嫌がらせで、ノリと勢いで作ってしまったのだから詳しい設定の内容を忘れていても無理はないのだが。
オーバーテクノロジーと言っても過言ではないゲームを作った彼は、意外と心が狭くて抜けていた。
ーーーあとがき
(´・ω・`)伏線張るの下手ってバレちゃう……
後半に出てきた人が言っているテンプレ勢と言うのはアニーの言っていた自称攻略組の事です。また、言っている事の何割か作者の本音とご都合主義が混在しています。
多少の無理な設定と展開には目を瞑って貰えると助かります。