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第三十三話

 

 弟子入りイベント三日目。今日はアーティさんのナイフとジャグリング講座らしい。昨日はあの後もずっと玩具にされて大変だった。長剣めった刺しにされるは水槽に沈められるはで結局最初に言われた選択肢全部こなす羽目になった。

 途中からアマンダさんも参戦して猛獣とマジックのコラボレーションとか言い出した時はマジで逃走しそうになったくらいだ。まぁ逃げようとした瞬間何故か後ろで座長が微笑んでて逃げられなかったけど。

 そうそう。今日は学校には行くことが出来た。初日よりも多少は慣れてきたのかもしれない。普段休まなかったから風邪って事で処理されたらしい。

 男友達はなんか勘違いしてたっぽくてうるさかったけど、それ以上にせんせーがゲームの禁断症状が出てて怖かった。目の下にクマもないし見た目は健康そのものだったんだけど、なんか目だけが笑ってないというか。背後にゲームがしたいってオーラが出てるっていうか。普段もっと健康に気を使いなさいってせんせーに対して言ってる教頭先生も軽く引いてたし。

 

 そうこうしている内に習練場についた。習練場では既にアーティさんがジャグリングをしながら待機しており、俺に気付くとにこやかにこっちを振りむく。


「やぁ新人君。それともメイ君と呼んだ方が良いかな?」

「今日はよろしくお願いしますアーティさん。それと呼び方はメイで大丈夫ですよ」

「そうかい? それじゃあメイ君。こちらこそ今日はよろしくね」


 さわやか且つにこやかにそう言うアーティさんの様子になんだか拍子抜けした気分になる。座長も他の皆もアーティが一番危険だって口を揃えて言うから身構えていたのになんだか一番優しげじゃないか。俺が意外そうにしていたのに気づいたのか不思議そうに尋ねてくる。


「どうしたの? なんだか意外そうな顔をしているけど」

「いや、座長達がアーティさんの特訓が一番危険だって言っていたからちょっと意外だったんです」

「あぁ。そういう事か。僕もそんなに厳しくするつもりは無いから大丈夫だよ。僕、そんなに怖いかな? これでもあのメンツの中では一番常識はある自信があったんだけど」


 そう言って苦笑を浮かべるアーティさんはいっそ弱弱しい印象さえあってこっちが申し訳なくなった。これまでの腹黒座長とかドS女王様とかイカレた爆発マジシャンとかと偉い違いだ。リーノとルーノも座長じゃなくてアーティさんを見習えば良いのに。


「それじゃあ簡単なところから。初めてって言ってたしボール三つでのジャグリングから始めようか」

「アーティさんが一番常識あると思います。えぇ、あんなのとは比べ物にならないですね。唐突に火の輪を跳べって言われないし斬殺やら爆死やら訳の分からん選択させられないし一番常識的です」

「そ、そうかい? じゃあまずはこのボールを持って。まずは右手に持つボールをみだり手でキャッチするように投げる。高さは頭を少し超えるくらいでいいよ。右で投げたらすかさず左手のボールも投げて空きを作る。これを繰り返してみて?」

 

 丁寧に説明をしながら実際に実演して見せるアーティさん。すごい。初めてまともな特訓風景って感じだ。団の中で一番常識的じゃないか?

 軽い感動を覚えながら見よう見まねでやってみる。右手に2つ、左に1つもって言われた通り、右から投げる。

 一つ目ののボールが弧を描き、続けて左のボールも投げ二つ目の弧が描かれる。

 ジャグリングなんてやった事が無かったけどDEX補正で操作性が向上しているせいか、俺でも何とかこなすことが出来た。

 結局十数秒くらいジャグリングを続けた所でボールの軌道がずれ取り零してしまった。ずっと見守っていたアーティさんが小さく拍手をしながら微笑む。


「うん。なかなか筋が良いね。それならもう少し難易度をあげても大丈夫かな。僕とボールのパッシングをしようか。あぁ、パッシングっていうのはお互いのボールの交換し合う事だよ。所謂タッグジャグリングだね。タックジャグの相手をしてくれる人がいなかったから久しぶりだよ」


 そう言って俺の前に立ち同じくボールを構えるアーティさん。タックの相手ってロベールさんは兎も角リーノ達ならやってくれそうな気がするけどな。

 なんかタックを組みたがらない理由でもあるんだろうか? って、あれ?これフラグか?


「じゃあ、僕から行くよ? 」

「あ、はい。お願いしま___」


 言い終わる前にヒュンと風切り音がなって剛速球でボールが飛んで来、速すぎて身動きも取れないまま俺の顔の横を通り過ぎる。五感全ての反映される没入型VRゲームではないから風なんて感じない筈なのに通り過ぎる瞬間なんか冷たいものを感じた気がした。

 タラリと冷や汗が流しつつアーティさんの方を見てみるとキョトンとした顔で俺を見返してきた。


「どうしたんだい? ちゃんと取らないと危ないよ?」

「ちょっとまっ!?」

 

 絶対にジャグリングでは必要の無いであろうプロ野球の投手もビックリな速度で投げられたボールは、今度は避けようのない俺の体の真ん中に飛んで来る。

 どうしようも無い為、せめて体に直撃は避けようと右手を前に出すが、絶望的な筋力と耐久のせいで耐え切れずに後ろに吹き飛んでしまう。

 

「え!? ちょっとメイ君?! ちゃんと取らないと危ないよ!?」

「これは手で取るとかってレベルじゃないんですけど……」

「フフフッ。やはりこうなりましたか」


 振り向くと普段の微笑よりも少し口角が上がって笑みを浮かべる座長の姿。肩を震わせているから笑いをこらえている様だが、「やはり」ってことはこうなる事が分かってたのか? それなら早く言ってくれよ……いや、ずっと皆が言ってたな。

 

 「フフッ。いえ、すみません。ずっと見ていたのですが、あんなに私たちが忠告をしたにも関わらずメイさんが余りにもアーティを信頼している様でしたからね? しばらく黙ってみていたのですよ」

「ずっと見ていたなら助けて欲しかったですけど信じてなかった手前言える立場じゃない……。って、手首!手首変な方向曲がってる!?」

「大変だ! 急いで手当をしないと!」


 ボールを取ろうとした方の手をふと見てみると手首がぶらりと垂れていた。慌ててステータスを見てみるとHPは0になりLPのゲージが表示されているだけでなく、バッドステータスとして部位破損(右手首)とかいうのが付いていた。どうやら一定時間右手を使用不可になって無理して使おうとすればダメージ判定があるらしい。

 このゲームは痛覚には繋がってないから痛みなんてある訳ないけど、それでも骨折とか脱臼みたいな怪我も存在するのか。なんだその無駄なリアリティーは。この分だと斬られ方次第では部位欠損とかもありそうだな。

 慌てる様子のアーティさんからポーションを受け取ると一気に呷る。すると、間もなくしてブラブラしていた手首に芯が入ったようにしっかりと動くようになった。ステータスを再度確認してみると部位破損のバッドステータスの文字は消え、LPの表示もHPの表示へと戻っていた。

 これはLPが100/100の時に回復系のポーションを飲んだりすることでHPのステータスに戻るって認識でいいのかな? とにかくよかった。まさか戦闘でもなんでもなくジャグリングの練習でゲームオーバーなんかじゃ未練が多すぎる。


 「これで分かったでしょう? 確かにアーティはアマンダの様にサディスティックでもありませんしロベールの様に非常識ではありません。むしろ一番良心的ではありますね。ですが如何せん本人のスペックが高すぎますからねぇ。サラリと要求してくるハードルが自分基準なのですよ」

「今回で身に染みて分かりましたよ……」

「そ、そんな事無いよメイ君!? ほ、ほら?」


そう弁解するように捲し立てるとさっきと同様の剛速球で座長に向かってボールを投げる。危ないっ!と口にする前に座長は涼しい顔でキャッチすると軽く投げ返した。腕と手首のスナップだけで、ほぼ同じ速度で。


「ね?」

「ね?じゃねぇ! そんなの出来るのは一部の人間だけだ!」

「確かにメイさんには難しいかもしれませんねぇ。見た所貧弱……いえ、あまり乱暴事は得意では無いようですから」

「余計なお世話です!」


 職業的にも筋力も耐久も低い自覚はある。だけど、それを考慮してもこの二人強すぎないか? 下手な戦闘職プレイヤーよりも強いって言われても信じれるぞ。

 なんだったら数分【成功】スキルを連鎖させてからのハンデ貰って戦っても勝てそうなビジョンが見えない。サラッと毒吐く座長にしてもなんでそんな涼しい顔してアーティさんに付いて行けるのかもう理解できない。


「そもそもアーティ。毎度言っていますがいくら全力の方が見栄えが良いからといってこれではジャグリングでは無くキャッチボールです。ジャグラーなのですからこれくらいのさじ加減くらいは覚えて欲しいものです」

「うぅん。僕としてはこれくらいやっても大丈夫だと思うけどなぁ。善処するよ」

「まぁ、この程度の怪我であれば十分回復できるレベルですし加減するのであればナイフを使った芸の練習も大丈夫でしょう」

「は?」


 回復できるレベルって俺一撃でHPが解けてたんですけど? LPが十分残ってたとしても2,3回耐えれる自信ないんだけど、この座長はどうして更にハードルを上げてくるんだ。ほんとに死ぬかもしれないんだけど。

 俺の心配を察したのか安心させるようにナイフを取り出して振って見せる。


「大丈夫! これはちゃんと刃を潰した練習用だし今度は十分速度を落とすから! ほら!」


そう言って習練場に設置されている的にナイフを投げて見せる。確かにさっきのボールよりは大分速度が下がったけど、それでもナイフがとんで来ると考えると気が引けるな……。そう考えていたが、ダンッと音を立ててナイフは的に深々と刺さった。刃はつぶしてるって言ってなかったか?


「……まずは一人でのジャグリングとナイフの投擲から教えてください」


この日、アーティさんとだけはジャグリングを共同でしないと誓った。





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