閑話・魔族領1
日間ランキングの今日の結果が嬉しかったので、もっと後で入れようと思っていた話をフライングします。ぶっちゃけ現状の主人公と全く関わりがない話なので読まなくても問題ありません。
Pi Pi Pi Pi ……
飾り気のない白い部屋。ベッドと機材があるだけのシンプルな病室内に心拍を示す電子音が音を鳴らす。
ベッドの隣にはスーツを着た妙齢の男性が一人。苦い顔をしてベッドに横たわる少年に苦言をこぼす。
「健治。また体調を崩したのか……。これで何度目だと思っている。どうしてそんなに体が弱いんだ」
生まれつきだから、仕方がないだろう。小さいころから耳にタコができるくらい聞いた父親の言葉を流し、顔をそらして外を見る。そんな様子を気にすることなく更に父親は続ける。
「仕事を抜け出してくる私の身にもなれ。どれだけ私の足を引っ張れば気が済むんだ。……ともかく普段通りならもういいな。私は仕事に戻る。くれぐれも病院に迷惑を掛けるなよ」
そういって父親は病室を出ていく。自分よりも仕事を優先するのはいつもの事なので、彼……健治も別段なんとも思わなかった。
父親と入れ替わりに入ってくる看護師さんが、出ていく父親に眉を潜める。
「健治君、大丈夫? お父さんももう少し気にしてくれてもいいのにね」
「別にいいですよ。いつもの事なんで。それよりも検診には時間が早いですけどどうしたんですか?」
「あぁ、うん。検診じゃなくて、健治君に荷物が届いてるよ。当選したゲームみたいだけど……いつの間に応募出したの?」
身に覚えがなかった為健治は若干不信に思ったが、今は少しだけむしゃくしゃしていた為気にせず受け取ることにした。何かあってもどうせ迷惑が掛かるのはあの父親だけなのだしと考えながら。
「ここの病室、ネットOKだから安心して楽しんで。健治君にはもう少し娯楽があってもいいものね。それじゃ、お大事にね」
そういって看護師さんは病室を後にした。箱を開けるとヘルメットの様なハードが入っていて、VRゲームの様だった。娯楽の乏しい入院生活中だったため、若干心を躍らせながらもゲームを起動する。
すると、健治の視界は真っ白に包まれた。
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『仮想世界、セルフストーリオンラインにようこそ。まずは本ゲームの___』
女性の音声でゲームについてが説明され、体を動かす練習を試みる。体を動かすことは経験が乏しいため苦手だが、頭の中で想像するだけなら、病院生活で嫌と言うほどやってきている。健治は動かし方を直ぐに覚えることが出来た。
そして、キャラクターメイクを促された時、不意に音声に質問をしてみる。
「ずっと狭い室内にいたから……海が見たいです。一番海に近い場所からスタートできる種族はなんですか?」
「それならば、魔族です。他の種族領は内陸側ですが、魔族領は場所的に海に最も近いです」
出来るだけ広い場所を見たかった健治はそれならばと魔族を選択した。魔族はランダムに形が決まると言われたが、どうせ暇つぶしの娯楽気分だったので軽い気持ちで了承した。
名前も名無しのごんべでもなんでもよかったので適当にもじった。
『それでは、プレイヤー「ジョンド」。良きストーリーを、勝手にどうぞ」』
ひどい始まりの口上を聞きながら、健治の……ジョンドの視界は暗転した。
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ジョンドの視界が戻ると、そこは阿鼻叫喚の惨状だった。魔族の領が酷かったのではない。町のつくりは黒を基調とした石造りの家々。地面も綺麗に整備されて道となっていた。遠くに見える漆黒の大きな城はまさに魔王城を訪仏させた。
では何が阿鼻叫喚だったのか?
「ゴブリンになるとかハズレじゃねぇか! 手足のリーチが違って扱い難い!」
「まだマシじゃねぇか。俺なんてスライムで人型じゃ無い種族なんだよ!動けねぇ……」
「なんでオーク……。動きが遅くてめんどくせぇ」
ランダムで魔族の形が決まるだけあって、一発狙いの連中が大混乱となっていたのだ。このゲームの仕様上、キャラクターの操作はプレイヤーから発せられる生体電気や脳波といったモノを感知し、反映される。それはつまり人型、正確に言えば自分の身体に近い方が操作が簡単という事になる。
ならば、小柄な体系のゴブリンならば? 鈍重なオークならば? 人型ですら無いスライムならば?
答えは簡単。操作ができない。
「どうしよう。軽い気持ちで来ちゃったけど、なんか怖い。これはちょっと失敗したかな?」
「ちょっとちょっと! そこの人型の兄さん!」
声のした方を振り返ると、青いスライムがぷよぷよと弾み必死に近づいてきていた。
「僕に何か用ですか?」
「あぁ。用って程でもないんだけど、見た所兄さんはちゃんとした人型らしいな。羨ましいぜ! 俺なんて見てくれよ。こんなスライムボディ、扱いにくいったらありゃしないぜ」
そういって体を伸ばしたり縮めたり、器用に動かして見せるスライム。阿鼻叫喚の声を上げる連中と比べて操作に慣れているようにみえる。
言われてみると、魔族にしては自分の操作に違和感がない。そう考えたジョンドは自分の身体を調べる。
種族を見るにはどうすればいいか四苦八苦していると、目の前のスライムが声をかける。
「もしかしてステータスか? 魔族ならステータスって声出して意識すれば、機械がそれを拾ってくれるぜ」
「そうなんですか? 【ステータス】」
ステータス
NANE 【ジョンド】 Lv.1
魔族:アンデッドヒューマン
HP 50
MP 5
STR 4
DER 6
INT 4
AGI 3
DEX 4
スキル
【既死者の体】
毎秒、HPが回復していく。
【瘴気の手】
攻撃した相手、攻撃された相手を毒状態にする。
【進化】
条件次第で上位の種族へ進化が可能。
補正詳細▽
種族補正:アンデッドヒューマン
1.常時、HPに2倍の補正
2.常時、STR・AGIに1割減の補正
3.光・聖属性のダメージ増大
「アンデッドヒューマンとか言うらしいです」
「マジか! アンデッド系という事はHPがやたら多いって感じかな? ヒューマン型って事は操作が楽だろうな。ちっくしょ~羨ましいぜ!」
スライムはポヨポヨと弾み感情を表現する。どうやら意外とレアな種族になったらしい。思わぬ幸運にありがたいと思いつつ、病人の自分がアンデッドになるとは笑えないと自嘲する。
「なぁ兄さん!フレンドになってくれよ。俺は【コットン】。テンプレ的にいうと悪いスライムじゃないよ!」
「ん~。まぁいっか。僕は【ジョンド】。今日始めたばっかりです。よろしくお願いします」
人とスライムでは歩く速度が違い過ぎる為、コットンを肩に乗せ歩き出すジョンド。取りあえず適当に町を歩き出す事にしたようだ。
「ところでジョンドはどうするんだ? やっぱ内陸の方に行って戦いとかやるのか? 一応魔族プレイヤー達は内陸側にいるっていうヒューマンとかエルフとかの方へ向かっているらしいけど」
「ん~。どっちかというと、海が見たいな。だから他のプレイヤーとは逆の方に行きたいです」
「お?そうか? じゃあ海に行くか。アンデッドで海が見たいってカリブがモチーフの海賊映画みたいだな!」
そう言いつつ、二人は行き先を海へ変えて歩き出した。
他のプレイヤーとは違う道を行く。それもまた、プレイヤー自身の物語の1つである。
VRMMOでスライムの体を操作するってどんな感覚なんでしょうね? 作者も想像が付かないまま書いています。
魔族プレイヤーの補正の方が強いのはご愛敬ということで許してください。




