第115話~スタンピード編・終~
色んな意味で長かったスタンピード編終了です
「アニー! それにお前ら、イベントボスを倒したのかよ!」
「おうよ! なんとかな! そっちも回避賞やらいろいろ少々されてたじゃねぇか。良かったな!」
「まあな。あのアナウンスのせいでこっちはてんやわんやだ。やれ報酬はなんだだ、やれ俺の記録の方が上だなんてな。ヒュギーの支援賞は自分の方がふさわしいなんて言い出す戦闘職のバカも出だす始末で手の付けようがねぇ。イベ情報のすり合わせは明日以降になるだろうな。……で、メイはどうしたんだ?」
「あぁ……例の鑑定厨とちょっとな……」
やってしまった……いくらなんでもPKはやりすぎた。ゲームオーバーになったらそのままキャラクタ―データも吹っ飛ぶって言うのに……流石にそれはやりすぎた。あいつもあいつなりに時間使ってレベルやスキルを強化してきただろうに。
軽く自己嫌悪に浸っていると頭をぽこんと叩かれた。見上げるとバロンが呆れ顔でこっちを見ていた。
「あほか。アニーから話は聞いたが10対0であの野郎が悪いじゃねぇか。んなもん気にするだけ無駄だろ」
「で、でも、PKはやりすぎたし……」
「あんな害悪プレイヤーがいても百害あって一利あるかないかじゃねぇか。むしろ他のプレイヤー連中が奴の被害にあわなくなったことを喜びやがれ」
「そうそう。メイ君は考えすぎかな。“撃っていいのは討たれる覚悟がある奴だけだって偉い人も言っているんだしゲーマーならそれくらい普通普通! そんな事よりもメイ君! 見てみて! 最高討伐数賞の報酬が凄いんだよ!」
人の悩みをそんな事の一言で片づけると、モルガーナはメニュー画面を開いて俺達に見せてくる。
ちょっとイラっとしつつ画面を見てみると……なんだこれ?
【根絶させし者の証】
歴史的な魔物の群れの侵攻に対し、最も多くの魔物を撃ち滅ぼし者の称号。
攻撃魔法の有効範囲を1.2倍に広げる。
攻撃範囲の中心部に近い程に威力を上昇させる。代わりにその分ドロップアイテム取得率が下がる。
称号者【モルガーナ・サイト・マーリン】
何というか普通に強い。
モルガーナの魔法攻撃は元々範囲攻撃に長けている。それを分かりやすく更に強化するようなそんなスキルだ。
反面のデメリットだけど、これは余りに威力が高すぎて塵も残らないってことか? 根絶って言っているし。
イベント優秀者の特典だからか思っているほどぶっ壊れではないのかな? 流石に全員が得られないスキルだと優劣が付きすぎるし。
「それならルナも貰ったです!」
「あら? そういえばアタシも手に入ってたわね。今思い出してみたらバロンは二つ表彰されてなかったかしら?」
「あぁ? これの事か?」
【打ち倒す者の証】
歴史的な魔物の群れの侵攻に対し、最も高き攻撃を残したものに与えられる称号。
攻撃の威力に補正。補正値はSTRに依存する。
称号者【サオリ】
【防ぎ守る者の証】
歴史的な魔物の群れの侵攻に対し、如何なる攻撃にも屈する事が無かった者に与えられる証。
敵の攻撃に対するダメージカットとノックバック耐性。補正値はDEFに依存。
称号者【ルナ】
【堅牢なる守護者の証】
歴史的な魔物の群れの侵攻に対し、首都防衛に多大なる貢献をした者の証。
戦闘時、味方側のDEFに対し補正。
常時、NPCの友好度の上昇に補正。
称号者【バロン】
【無傷なる者の証】
歴史的な魔物の群れの侵攻の最中、一切の攻撃を受けなかった者の証。
回避時、回避成功の判定に補正。補正値はAGIに依存する。
HPが100%の時、ステータスが上昇する。
称号者【バロン】
そういってモルガーナに続く様に開いたその画面にはどれも普通に強いといった感じの効果だった。
いや、普通に強いどころじゃないな。ルナやサオリのステータスは極振りだ。長所が伸びたの一言で済ますには重みが違う。
「貰ったのはこの称号と、景品としてポーション系アイテム各種とお金ね。結構潤ったわ」
「お財布の中もあったかホクホクだよ!」
モルガーナがドヤ顔で胸を張る。いつものようにアニーが窘めるんじゃないかと思ったが、アニーも同様ににやけている。どうやら報酬は結構な金額らしい。
俺もメニュー画面を開いてみると、確かにポーション系のアイテムやお金が報奨として増えている。スタンピードのボスを倒したからか、かなりの金額だ。確かにこれは頬がにやける。
「これだけあればアイテム代をツケにしているプレイヤー達もちゃんと支払えるんじゃないか? イベントも無事クリアできたしこれで万事解決じゃないか」
「あー……それがなんだがなー……」
何気なく言った俺の一言で上機嫌だったバロンの様子が一転する。なんだ? まさかそれでも返却出来ないくらいツケにしてたとか言わないよな。いくらなんでも商人ロールをしているプレイヤーも仲介していたんだから貸し倒れにならない内にストップがかかりそうなものだけど。
「確かに戦闘職プレイヤー達はツケを一掃できるほどの報酬を手に入れた。だが、いざ大金を手にしたら惜しくなったらしくてな。一部のプレイヤーが踏み倒そうとしてそっちでも悶着が起きてんだ」
「「「はぁー!?」」」
バロンの言葉に俺達四人が声を上げる。
どうやら、今回のイベントによる騒動はまだまだ続きそうなようだった。
Side:ナイトバロン
「ハァハァ……ひでぇ目に合ったぜェ……」
ナイトバロンは息を荒げながら這う這うの体で逃げおおせた。ハイドスキルを一時的に使用不能にさせられたナイトバロンは閃光弾や煙玉と言った目くらまし系のアイテムを大量に使う事で危機を脱したのだ。お陰でナイトバロンは大きな出費となってしまった。
しかし、その出費を加味しても彼の得られたメリットは大きい。
「成功というあまりにも広く簡単な条件のステータス上昇スキルに、理不尽なスキル。それに、奴のステータスは恐らくはDEX特化。そこにも何か裏があるに違いねェ。どれを言ってもおつりがくるレベルの情報だ。多少を色を付けて……と」
森から抜け安全地帯にまで逃げきった所で唯一の情報ツールであるゲーム内掲示板へ書き込み始める。
書き込む内容は情報は核心的な部分は有償で伏せられているものの、これまでの地雷とテンプレートの情報を根本から書き直す必要がある程の大きな知らせだ。
更には情報ソースであるメイの外見的特徴を始め、これまでハイドでストーキングして得られた個人の情報や性格に関しての誹謗中傷を多分に含んだ煽りも盛りに盛る。鑑定厨と言われる程のプレイヤーであるナイトバロンだ。良い意味でも悪い意味としても彼の影響力は非常に大きい。
拡散されてしまえばもはや明日からスキルやジョブの情報を聞きたがるプレイヤー、書き込まれた誹謗中傷を信じた正義感(笑)のあるプレイヤーが大量に押しかけてしまうだろう。
「ククク……奴には色々してやられたからなァ。ぶち壊してやるぜェ。送信!」
送信する内容を打ち込み終え、いざ投稿しようとする。
【エラーメッセージ:テキストは送信されませんでした】
「あ? こんな時にエラーかよ。通信にラグでも起きたか? 」
舌打ちしつつ再度打ち込みなおすが、またもやエラー。ナイトバロンが苛立ち募らせつつ連打するが、一向に送信される気配はない。ここまでくると流石に不信に思い始めるが、時は既に遅い。
突如ナイトバロンの視界に警告と赤字で表示されたのだ。
【警告:機密情報の意図的な流出を検知。即刻停止を要求します】
【警告:機密情報の意図的な流出を検知。即刻停止を要求します】
「ど、どうなってやがる!? 機密情報だと? 俺は奴から手に入れた情報を拡散しようとしただけだ! 公開データの筈だろ!? そもそもこのゲームはYourSelf! 個々人の自由が尊重されるはずだ! 禁止項目があることなんて聞いてねぇぞ!」
突然の警告メッセージにうろたえながらも反論を返すが、警告は依然やまない。むしろ、けたたましい警告音まで鳴り始めいよいよナイトバロンも焦り始めた。
「落ち着け! 情報の投稿は止める! この情報は誰にも売らねぇ! これでいいだろ!?」
メニュー画面を閉じ両手を上げて降参の姿勢を見せる事でやっと警告が収まる。VRのアバターであるにも関わらずどっと疲れたを感じ思わずナイトバロンはその場に座り込む。
「あー驚いた。まさか運営が警告を発してくるとは思わなかったぜェ……。まさか、そんなにヤバい情報だったのか? たかだかスキルとジョブ情報だろ……。待てよ? そっちは既にいろんなジョブ情報やスキル情報が出回ってる。これらの情報の拡散をいまさら潰してくるのは不自然だァ」
二度のピンチを切り抜けた事により心に余裕ができてきたのか、これまでの情報を整理し、考察し始めるナイトバロン。彼は優れた鑑定スキルを持つ優秀な情報屋である。情報屋である以上、見聞きした情報だけでなく、ある程度の情報の精度を考察する頭脳も有している。その脳をフル回転させ、運営の逆鱗を考察し始める。
「メイ個人の情報漏洩で警告が出た線はねェ。既に何人かのプレイヤーの情報を掲示板機能にぶちまけてるが運営は一切干渉してこなかった。別の可能性……ステータスか?」
書き込んだ内容からの考察、消去法を繰り返していくナイトバロン。既にメイ本人都のいざこざ等はどうでもよくなり、興味関心は突然割り込んできた運営の行動原理に移っていた。
「攻撃力、防御力、敏捷、これら全てに鑑定スキルが発動しないことから奴のステはDEX特化なのは自明の理だ。ならば何故DEXの情報を秘匿する? プレイヤーに有利となるレベリング効率の上昇を避けたかったからかァ? いや、それだとまだ弱ェ。むしろ運営はインフレを推奨している筈ダ。何か特別な意味でもあるのか? 運営が特別視する何か……」
考察に考察を重ね、推測の中に邪推というスパイスを含ませ思考を加速させていく。しかし、恐ろしい偶然か、それは運営の意図に限りなく近い正解だ。
「DEX。一般的なゲームあるステータス区分であり、Dexterity(器用)を意味するワードだ。だが、それ以外にも意味があるのか? あのメイって奴を思い出せ……道化師、スキル使用特化……いや、これではそのまま器用って意味だァ。それとも異様に高いレベル……? まさかDrop Experience(経験値会得)でもあるまいし、そんな馬鹿な話が……待てよ?」
その時、ナイトバロンに一筋の電流が走る。
「Drop Experience…… DEXがワードの頭文字ではなく、何かの略称の可能性。それはあり得ねぇ話じゃねぇ。ならなんだ? DELUXE、domination(支配)……しっくりとこねぇな。だが考え方は間違ってねェ筈だ」
様々な単語を頭に羅列し、組み合わせていくナイトバロン。集中しすぎているのか、目の前に再度警告の文字が表示されている事に気づいていない。いや、目の前だけではない。もはや、ナイトバロンを取り囲むかのように警告の二文字が表示されている。
だが、その警告の強さがナイトバロンが真実に近づいている事を証明している。
「D、D……Do? だとしたら、次に当てはまるワード……運営のよく使う言葉で類似するもの……スキル? は……!? まさか運営の野郎、そんなバカげた事をっ!? なんだ!? 身体が動かねぇ! それになんだこの警告は!?」
気付いた時にはナイトバロンの身体はスタンが入ったわけでもないのに身動きが取れなくなっていた。
【警告:“非到達プレイヤー”による最高機密の漏洩を確認。漏洩プレイヤーの行動分析……漏洩機密の拡散の危険性が高いと判断します】
「待て! たかだかステータスの略称1つが最高機密だと? いったいそこに何の意味を込めた!? お前ら、いったい何をしようとしてんだ! まさか、最初期に流れたゲーム媒体を使った人体実験だなんて眉唾都市伝説がマジだったとでもいうつもりか!?」
【これまでの蓄積ログからプレイヤー【ナイトバロン】の行動をシミュレート。漏洩情報の拡散により適正な観測の不可能となり、プロジェクトの続行が困難になると予測。プロジェクト:SITA続行の為、対象のアカウントBANとします】
ナイトバロンの質問にはアナウンスは答えない。しかし、無機質に告げられる宣告が、言外にそれを肯定していた。
何か反論する前に、ナイトバロンのアバターは粒子になって消えていく。ゲームが始まって以降初のアカウント削除がなされた瞬間であった。
余談であるが、不当にアカウントを削除された怒りのままに、SNSで情報をネットにアップしようとしたナイトバロンであったが、ついぞアップされることはなかった。
Side:GM
『本当に良かったのですか?』
「何が?」
『プレイヤーを運営の都合で削除した事です。彼はまだ憶測と邪推の域を出ていませんでした』
「憶測とはいえ彼はDEXの意味の正回答にたどり着いてしまったからね。プロジェクトに影響が出ても困るし、所謂“お前は知りすぎた”ってやつだよ。死人に口なし。気にしない気にしない」
ヘラヘラと質問に返すが、その目は一切の笑みを浮かべていない。部屋の中に存在する無数のディスプレイの内、彼が見つめる先には先ほど彼が削除したキャラクターのユーザーが投稿したSSOの情報。様々なアプリやサイトを駆使して情報拡散をしようと試みているようだが、全て彼の手によって削除されていく。
「この人もしつこいなー。どれだけ投稿しようとしても無駄なのに。こっちも観察対象から消えた人間を監視するのは時間の無駄なんだけど。ナビィ代わってー」
『……わざわざご自身で監視せず、最初からAIに任せて良かったのでは? このやり取りこそ時間の無駄なのでは?』
「ごめんごめん。一応、初めて除外した観察対象だからね。自分の目で見ておきたかったのさ。最も、彼程度ではどうあがいても僕の求める”SITA”には到達出来なかっただろうからいいんだけどね」
『話を戻しましょう。今後の展開はどうするのですか? 本イベントでプレイヤー達のレベル水準は既定値まで底上げが出来ました。しかし、プレイヤー【メイ】の手により計画本来のプランからは逸脱しております。軌道修正は如何しますか?』
「それを言わないでよ……今回のイベントでメイ君のSITA値が5%も下がって凹んでるんだから。折角唯一の95%オーバーだったのに……。まぁ、その代わり他の子達もSITA値が高水準になったから結果オーライかな。
そうそう。ナビィの指摘については大丈夫。既に種火は撒かれている。本来の人族と魔族の対立の方が分かりやすくてよかったんだけど……ま、どうとでもなるよ。見てごらん?」
彼が言った先には、ツケを踏み倒そうとする戦闘職プレイヤー。嫌がらせにアイテムを暴利で売ろうとする生産職プレイヤー。初めて現れたプレイヤーを狙うプレイヤーの存在に疑心暗鬼に陥る人々。怒り、憎悪、嫉妬、敵意、悪意、そして__対立。
およそ楽しそうとは言えないギスギスとした黒い光景が映る。
『良い趣味をお持ちですね』
「君にそれを言われるのはちょっと遺憾だね。……まぁ、否定はしないけど。ともあれ、そろそろ次の段階に進もうか」
そう言うと、彼はキーボードを再度叩き始める。
「土壌は出来上がった。種も種火も十分に撒いたし、水と油も100点満点に注がれた。これをもってプロジェクトの下地の完成とする。そして……ここからが、プロジェクトSITAの本番だ」
ゲームマスターはグニャリと口を三日月にすると、彼はエンターキーを叩きつけた。
計画の第一段階は、突然の出来事に対する順応性による主人公適正の観察。
その実プレイヤーを仮想世界という非現実を実感させるためとと第二段階へと移行するためのデータ採取。またプレイヤーの精神面の適応準備の段階。
第二段階は、五感的な異世界管においての主人公適正の観察。
その実、第一段階で収集したサンプリングデータを元に、プレイヤーの五感すべてを没入させる、いわば土壌形成の段階。プレイヤーの仮想世界への完全適応を待つ段階ともいえる。
これらは言ってしまえば全て計画の為の下準備に過ぎない。つまりゲームマスターの計画はまだ始まってすらなかったのだ。
ではこれから始めようとしている計画の第三段階とな何か。段階の呼称は【IF:Confict 】。対立から得られるデータとは如何に__
【ダンジョン・オブ・セブンシン ロックを解除します】
【タワー・オブ・トゥエルヴゾディアック ロックを解除します】
【グレイブ・オブ・グレイトオーシャン ロックを解除します】
次は日常編をしつつ次の編のプロローグ的な話です。




