第110話~スタンピード編~
あけましておめでとうございます(超今更)
魔法使い達の中に紛れ込んでいた弓使いは、モルガーナに向けて矢を放った。プレイヤーが同じプレイヤーに向けて攻撃したという事だ。
ましてやモルガーナはINT極振りで防御は俺と同様神に等しい。一応システム的にHPが0になる→LPが0にならないとゲームオーバーにはならないというルールがある以上、射撃一本でゲームオーバーになる事はない。恐らくは毎回大きな功績を上げるモルガーナを妬んでの犯行だろうが、それにしたって明確な攻撃行為であることには変わりない。
既に矢は放たれてしまった以上、どれだけ早く移動しても間に合わない。トランプを取り出し手のスナップをいつも以上に本気を出して投擲する。ダイヤのマークの【トランプマジック】は防御の札。例え俺のスキルがバレるとしても、自ら走るよりもずっと早く到達する筈だ。
だがしかし、魔法乱射の中で投擲したのがまずかった。乱射される魔法の内の何かが当たってしまったのか、折角投擲したトランプが燃えて消えてしまった。嘘だろ!? このタイミングでぶつかるかよ!
今は少しでも悪あがきをする時間が欲しい。【鬼才】スキルを使用! 俺の認知速度が強化され、自分を含めて全ての時間が鈍化していく。
~~~
0’00
時間を稼ぐのは良いけどどうする? ステップスキルで走った所で、この人混みの中既に射られた矢に追いつくことは到底かなわない。かといってまたトランプを投擲してもまた魔法にぶつかって消えてしまうのが関の山だ。
0’02
他に使えそうなスキル……【道化師的移動法】はどうだ? このスキルならモルガーナのいるあの場所まで行く事は出来る。だけど、発動条件である『誰かに自身の存在が認識されている状態、かつ誰からも見られていない死角の中にいる』状態を満たすことが出来ない!
0’05
俺の持っている移動系じゃどうすることもできないし……何かないのか? このままじゃむざむざモルガーナが射られてしまう。
0’07
__ん? モルガーナの隣にはアニーやがいるよな? アニーならAGIに割り振られていて間に合う可能性があるし、DEFとHPが高い分生存確率も高いはずだ!
こうなったら__
0’09
~~~
「アニー! モルガーナの後方! 防御!」
「__っ!?」
賭けるようにアニーへ叫ぶと、アニーはすぐに反応してくれた。庇う様にモルガーナの後ろに移動すると盾を構えて身を守る。
運の悪い事に矢は盾で守っている胴ではなくアニーの左目に突き刺ささる。しかし、アニーはうずくまったり臆することなく、周囲の魔法使い達に警戒を促す。
「全員警戒しろ! 付近にPKが混ざっていやがる!」
「あ、あそこだ! 弓を持ってる奴がいる!」
「うっそだろ!? DEFなんて割り振ってねぇよ!」
「捕まえろ! PKを残してたらガチで今後に遺恨が残る!」
「近接ジョブ! 早く捕まえてくれ!」
我先に逃げ出そうとする魔法使いジョブたちとPKプレイヤーを捕まえようとする護衛の近接ジョブプレイヤー達が入り乱れる。警戒を促したことでむしろ混乱が増してしまった。
PKプレイヤーを捕まえようとする近接プレイヤー達だったが、周囲の混乱のせいで思う様にいかない。もたついているうちにPKプレイヤーは煙幕をはって逃げ出してしまった。
しかも、煙幕に驚いた魔法使いジョブたちは更に混乱状態になってしまい、追いかける所じゃない。
「逃げたぞ! まだそう遠くまで行っていないはずだ! 追え!」
「落ち着け! こんな混乱している状態じゃ見つかるものも見つかねぇ! それにイベントはもう始まってるんだ。主火力のお前らがいなけりゃ近接の負担がデカすぎる! 逃げたPKのことは今はおいておけ!」
「そ、そうだよ! PKから逃げても結局はモンスターの群れに引かれたらゲームオーバーなんだから、今は前を見てほしいよ! それにアニーも早くポーション飲んで!」
オロオロと動揺するモルガーナもアニーと共に場を収めようと働きかける。俺もPKを追いかけるのを断念してアニー達の元へと向かう。
左目に矢を受けたって事は、アニーは部位欠損ペナルティのせいでは視覚の半分を失っている筈だし、頭部へのダメージ補正でHPも相当ヤバいはずだ。下手をすればHPが全損してLPゲージに移ってしまっているかもしれない。
実際、動揺しているモルガーナが自分のHPポーションをアニーに押し付けているくらいだし。
もう大丈夫だと判断し鬼才スキルを切るとズキリと頭が痛みが走るが、ごく短い時間だったお陰かいつもよりも痛みが少ない。
「アニー! 大丈夫か?」
「メイ! 俺は大丈夫だ。ギリギリだったがHPも0になってない。見てくれよ。この矢、一番低品質な奴だ。俺のステでこれだけのダメージをたたき出すって事は、ヘッドショットボーナスがやたら高いんだろう。後で情報共有の必要が__っと、脱線になるな。さっきは助かった。お前が声をかけてくれなかったらモルガーナはマジでヤバかった」
「もう! そういう問題じゃないよ! 私を守ってあなたがゲームオーバーにでもなったら意味がないよ! 一本や二本じゃHPが回復しきれないって、いつの間にそんなステ上げてたの! はやく追加のポーションを飲んで! メイ君もありがとう! 助かったのはメイ君のお陰だよ」
何があっても対応できるように満遍なくステータスを割り振っているアニーがギリギリと言うのなら、おそらくモルガーナならば耐えきることが出来なかっただろう。
故意か過失かは定かじゃないけど、狙いは頭部のヘッドショット。
もしアニーが防がなかったらHPが全損していただろうし、さらに追撃が撃たれていたらモルガーナは間違いなくLPが0になってゲームオーバーとなっていたはずだ。身近に湧いた危険行為に思わずごくりと唾をのむ。
「とにかく、速く後衛組の混乱を収めないと今度は前衛の近接組らがあぶねぇ。支援無しじゃ必ず限界が来る。メイはどうする? このままこの場にいると、その……」
「いや、今回は俺も途中まで手伝うよ。援護に向かうなら手がいるだろ? それに、この装備には隠蔽効果が付与されているからバレやしないさ」
「すまない。助かる。このまま前衛に突っ込むぞ」
「わ、私もいくよ!」
こんな大変な時に地雷だなんだっていうやつもいないだろうから大丈夫だろう。モルガーナもついてくると言っているが、肩が少し震えているのが目に見えて分かる。自分が狙われていたんだから当たり前だろう。
そんなモルガーナの様子を見てアニーが心配そうに眉を寄せる。
「大丈夫か? 不安なら城壁の中に戻っていてもいいんだぞ」
「ううん。今日は七日目で丁度一週間の区切り。何かあるなら今日だし念の為残っていたいよ。それに、アニーやメイ君の近くにいたほうが安全だよ!」
都市内であれば戦闘中のこの場よりはマシかもしれないけど、狙われた以上一人になるのは避けたほうが良いか。それくらいだったらアニーや俺が近くにいたほうが守りやすい。確かに三人で一緒にいたほうが良いかもしれない。
それならパーティーを組んだ方が安全だな。ステータス画面を開いてパーティー申請を二人に送る。
「パーティー申請を受諾してくれ。スキルでヘイトを俺に集中できるから、少しは二人の負担を減らせるはずだ」
「良いのか? 確かに俺達は楽になるが、その分メイの負担が大きいだろ」
「そうだよ。いくらメイ君のスキル群でも、元の耐久は私と同じでしょ?」
「大丈夫大丈夫。紙耐久なのはいつもの事だし、なんだかんだで普段はソロだからな。なれてる」
そういう事ならと二人は申請を受諾してくれる。パーティーが組まれたことを確認すると、スキル【星輝姫の祝福】を発動。二人を指定して、俺の方が目立つようにヘイト調整を入れる。
これでスタンピードの群れの中に突っ込んでも狙われるのは俺に集中する筈だ。
ポーションで回復したアニーが剣を構えて先頭を切っていく。部位欠損ペナルティは未だに続いているだろうが、アニーならば大丈夫だろう。
むしろモルガーナの方が心配だ。AGIを割り振っていないのであればアニーの速度について行けないかもしれない。
と、思っていたらモルガーナがアニーの背中に乗りかかった。。え? それでいくのか?
「さぁ! 出発だよ!」
「ちょっと待て。なんでお前はさも当前のように俺におぶさっているんだ?」
「だって私のAGIじゃ追いつけないし、メイ君がヘイト集めてくれるならメイ君の世話になる訳にいかないでしょ? 」
「だから! なんで何の断りもなく背中に乗ってるんだ?」
あ、ちゃんと断れば良いんだ。
「もう! 他に適任がいないからいいんじゃないかな! お願いします!」
「一言多い!……って言ってる場合でもねぇか。お前はしっかり捕まってろよ! それとメイ」
「なんだ?」
ふと話を振られてアニーの顔を見ると、こんな時にも関わらず、いたずらっ子のようにニヤリと笑っていた。
「俺もジョブチェンジしてな。ちょっとは強くなったんだぜ? ちゃんとついて来いよ!」
「は? って早ぁ!?」
前のサオリの速さを思い出す俊足でアニーは前線に向かって駆けだした。しかも、背中にモルガーナを乗せた状態でだ。いくらモルガーナが要求STRの低いローブ系の装備をしていると言っても、相当STRとAGIが高くなければあれだけの速度は出まい。
最近は高速で移動するのが流行りなのか? 慌ててステップスキルを使って後を追いかける。
「速い速い速い! おーちーるー!」
「だから最初にしっかり捕まってろって言っただろう! あんま喋ると舌噛むぞ」
「こんなに速いって思わないよ! 目が回りゅっ……舌噛んだよ」
なんだか混ざらない方が良さそうな会話をしながら爆走する二人を後ろから援護する。トランプマジックでスペードマークの短剣を増やして、進行方向を邪魔するモンスター達に向けて片っ端から投げつける。急所を狙うのは何も弓矢だけではない。
ゴブリンやオークといったモンスター達の眉間に短剣が刺さると、簡単に粒子と化して消えていく。このように、ヘッドショットボーナスでダメージが上がるのは何も弓矢に限った話ではない。どの武器にも言える事だ。
だけど、俺の場合は成功スキルによってステータスが強化されている。急所部位以外では一撃では倒せず、ヘッドショットを加味しての一撃だ。
対してあの矢はどうだっただろう。使われた矢が低品質って事は、たとえ弓の方が上物だとしても大してダメージは期待できないはずだ。
にも拘らずアニーのHPをギリギリまで削るってのはどうなっているんだ? それだけヘッドショットボーナスが大きいという事なのだろうか?
だとすれば、このPKがもっと本腰を入れて活動しだしたら……いや、もしもを考えるよりも今を何とかするほうが先か。
さっき使ったスキルの効果でヘイトは俺に多く集まっている。向かってくる敵に向かって投擲、投擲、投擲。
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
【クリティカル:成功!】【連鎖!】
【クリティカル:成功!】【連鎖!】___
前線にたどり着いた為に、背負っていたモルガーナをアニーが下ろす。前線の様子と言えば、後衛の支援が無くなったせいで後手に回り押され始めているようだ。
盾職がヘイトを稼いで押さえ込んでいるお陰で何とかなっているけれど、それも時間の問題だろう。
モルガーナがアイテムボックスから杖を取り出して詠唱を開始する。
「アニー! 10秒守って!」
「了解! 近くの近接組の奴ら! 厄災が魔法を使うぞ!」
「「「なんだって!?」」」
「ちょ、何で皆一目散に逃げるのかな!」
これまで何度も広範囲超高威力の魔法をぶっ放してるんだからみんなのこの反応は仕方ないと思う。確か、フレンドリーファイアだろうが魔女の魔法はダメージ軽減されないって言い始めたのはモルガーナ自身だろうに。
皆が逃げて手薄になるかと心配したけれど、代わりにアニーが1人前に立った。俺も援護しようと思ったけれど、アニーがそれを制す。
「大丈夫だ。メイは他の奴らを手伝ってやってくれ」
「そうか? なら分かった」
堅実に自分の限界を見極めるのが上手いアニーがそう言うのであれば、本当に大丈夫なんだろう。
ならばと思い、俺は他のプレイヤー達の方へ向かう。投擲の度にトランプを補充していたのでそろそろMPが危うい。普通に斬って回ろう。
両手に短剣を握り、すれ違いざまに急所となる首を切り裂く様にして走り抜けていく。既に聞き流してもまだうるさく感じる【成功】スキルのアナウンスをBGMにモンスターの数を減らす。
ちらりと横目でアニーを見ると、本当に一人でモルガーナを守っていた。前に見た時よりも格段に動きの切れが良くなってる。何かしら良いスキルでも手に入れたんだろうか?
「十秒! 撃つよ!」
詠唱を終えたモルガーナが風属性の低位魔法を放つ。MPロストペナルティで倒れない様に、かつ何度も放てるように低位の魔法を選択したんだろう。スタンピード開始時に放っていたあの魔法程の範囲も威力も無く見える。
しかしそこはINT極振りのモルガーナ。低位の魔法であろうが問答無用でモンスター達を排除していく。しかも、プレイヤー達の負担が最大限まで減らせるように、最高効率の軌道で放ったらしい。目に見えて前線が楽になってる。
運悪く逃げ遅れたタンクの一人がHPを大幅に削られながら吹っ飛んでなければ、モルガーナのドヤ顔も格好付いたんだろうな。
「いける! これなら勝てる!」
「なんだか拍子抜けだったな!」
「ちょっ馬鹿! それフラグ!」
プレイヤーの中からそんな会話が聞こえてきた束の間。それなら回収してやろうとでも言わんばかりにスタンピードモンスターに異変が起こる。
魔の森の方からやってきた巨大なドラゴン。それもワイバーンのような中位のモンスターなどではなく、エリアボスなどにも採用されている本物のドラゴンが、10体以上も現れたのだ。
人の反応速度の限界は0.1秒と言われています。それを熟考で上回るとか絶対負担ヤバい。




