第109話 ~スタンピード編~
あけましておめでとうございます
不穏な雰囲気を抱えたままに始まったスタンピードイベント七日目。
ログインした俺はいつものように生産職たちの場集合場所に向かう。既に6日もここにいるのでヒュギーのもとに行くのも慣れたものだ。
で、その生産職たちの現場なんだけど……荒れに荒れていた。
「おい! なんでポーションが売れねぇんだよ! 在庫はあるんだろ!?」
「ハッ! ツケも払えねぇ奴に売る物なんざねぇ!」
「ふざけんな! 俺はお客様だぞ!? お客様は神様だろ!? 黙って戦闘職のいう事を聞いていればいいんだよ!」
「知ってるか? お客様ってのはちゃんとサービスに対して代金を支払う人の事を言うんだよ。支払いもせずに物だけ持っていくのはな、泥棒っていうんだよ」
「あ? 武器を新調したい? NPCにでも頼めばいいだろ。今日はアイテムはNPCメイドでなんとかするって話だろ?」
「んなっ! ポ、ポーションは兎も角、武器もNPCメイドだなんてやってられるか! 性能が段違いなんだぞ!? 頼むから作ってくれよ!」
「と言ってもな。今回の件に関してはウチのクランリーダーが全面的にヒュギー側に味方するって言ってるからな。確かエルフの木工ギルドも同じの筈だから、剣も杖も期待しない方が良いぞ。ま、そんなに武器が欲しけりゃ未納の代金を払えって事だな」
「てめぇ、それ以上ふざけたことを言ってみろ! プレイヤーだろうが容赦しねぇぞ!」
「上等だ!こっちだってプライドがあるんだよ。非力な生産職だからって暴力には屈する気はねぇからな!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着け! 流石に生産職に手を上げるのはヤバいって!」
「お前も一回頭冷やせ! いくら何でも戦闘職相手に喧嘩売るのは不味い!」
またか……。何処の売り場を見ても生産職プレイヤーと戦闘職プレイヤー達が言い合いをしている。しかも今日はいつにも増して言い合いが酷いな。一昨日と昨日にポーションの代金が払われていないってヒュギーが愚痴ってたけど、まさかまだ代金が払われていないんじゃないのか? 魔法使いジョブのプレイヤー達が毎回凄い数量のポーションを買い込んでいたけど、ちゃんと払いきれるのか? マナポーションの価格は下がったりなんてしてないんだぞ? ……普通に考えて無理だろ。
「メイ殿! 昨日振りですな!」
「昨日振り。今日はまた一段とギスギスしてるな。会議の方うまくいってないのか?」
「ギスギスなんてモノじゃないですぞ。あちら側のリーダー……マーリン殿は会議を放棄して何処かへと遊びに行くわ、魔法使い勢は皆代金を払い渋るどころか踏み倒そうとするわ……。控えめに言って最悪ですぞ。かくいう小生も、装備を作れとうるさく言われて難儀しましたぞ。全く、どこから小生が生産職だとバレたことやら」
不機嫌そうに肩をすくめつつレプラはため息を吐いた。先頭に立ってまとめ役を担っているヒュギーと違い、子供服__いや、自分の作りたいものしか作らないレプラが装備を作れと言われたのか?
ポーション系アイテムの生産職プレイヤーだけじゃなく武器・装備の生産職もギスギスしているとは聞いていたけど、戦闘職勢はそんなに逼迫しているのか?
「ところで、ヒュギーはどうしたんだ? 代金を踏み倒されて一番困るのは錬金ジョブプレイヤー達を纏めてるヒュギーだろ?」
「ヒュギー殿ならロゼ殿と共に何やら怪しい薬品の錬金をしていましたぞ。戦闘職共にに目に物見せてやると言っていましたな」
「それ、大丈夫なのか?」
アウラウネのロゼさんは薬草だけでなく毒草の栽培にも長けているし、高位の錬金術師ジョブのロゼさんは人間領の薬毒草でも高品質なアイテムを作れる。特にロゼさんはただ高品質なだけでなく、魔族領のより危険性の高い植物を持ち込んできている。
そんな二人が本気を出したら……うん。ヤバい。絶対ヤバい。
思わず背中が冷たくなるが、レプラはどこ吹く風と言った具合にカラカラと笑うだけだ。
「大丈夫ですぞ。種族は違えども、彼女らとて節度とプライドを持った生産職プレイヤーの一人。危険物は作ってもそれで他者を傷つけるといった事はない筈ですぞ。何せこのSSOはゲームオーバーはキャラクターデータのロストに繋がるハイリスクを有するゲーム。故にPKはご法度ですからな」
「確かにPKに対してだけは皆マナー良いよな。大切なキャラデータに直結するわけだし、そこら辺の倫理観はしっかりしてる……って、危険物を作るのは変わらないのか」
「それは勿論ですぞ。そうでもしないとステータスで勝る戦闘職に勝てないですからな」
戦闘職と比べて生産職のステータス補正は低いからな。その分生産するためのスキルの補正は大きいわけだから仕方ないと言える。
仕立て屋のレプラが戦闘に混じっても戦闘職に負けない功績を出せている事もおかしいんだけど、まぁ突っ込まないでおこう。転職する前は魔法使いジョブだったって話だし。何よりレプラだし。
「ハーハッハッハ! 今日も全力の一発でいくよ! 」
今日もモルガーナの一撃から始めるようだ。超広範囲魔法を打つとなってテンションはマックスのようだ。
楽しそうで何よりだけど、よくあれだけの規模の魔法使ってMPが持つよな。撃った後に動けなくなるらしいし、結構危険そうだけど。あ、いやでもよく見るとモルガーナの近くにアニーが控えている。一番の火力プレイヤーなのだし万が一に備えているのだろう。最近のアニーの様子からすると、それだけではないかもしれないけどな。
モルガーナ以外の魔法使い達も、モルガーナが魔法を放ったらすぐに追撃が出来るように準備している。お、珍しいな。魔法使いの中に一人弓使いが混ざってる。
「へぇ、初めて見たな」
「む? どうしたのですかな?」
「いや、あの魔法使いの集団の中に弓使いが一人混じっているだろ? 俺、弓使いのプレイヤーなんて見るの初めてだからさ」
「……メイ殿。それは本当ですかな?」
何気なくいった俺の言葉に、レプラが神妙そうな顔で聞き返してくる。いきなり真面目な様子に変わったレプラに驚きながらも、弓使いを指さしながら答える。
「い、いやほら。魔法使いの中に弓を引いているプレイヤーがいるだろ? 丁度あそこに」
「……妙。それは妙ですぞメイ殿。最近はアニー殿の働きによってジョブの多様性は増えつつありますが、それでも、認知度の高さに比べ、使用率が全く増えていないジョブが1つあるのですぞ。あ、言うまでもない事ですがメイ殿の道化師は論外ですぞ? そもそも認知度0ですからな!」
「一言二言余計だ。で、まさかそれが弓使いだって言うのか?」
「ですな」
レプラ曰く、弓使いは矢は消耗品であり、毎回物凄くコストがかかる上に操作難易度が魔法使いとは比べ物にならない程高いらしい。なんでも、魔法使いジョブには存在する軌道アシストシステムが弓使いジョブには存在しないとか。だから弓使いは自力で射程やコントロールを合わせなければいけない。
その上、ダメージ計算がプレイヤーのSTRなどのステ―タスではなく、弓の強度や矢の品質によって行われる仕様が曲者なんだとか。そのせいでレベルをどんなに上げてもダメージが伸びることはなく、より強いモンスターを倒すためには良い弓矢を調達が必須(当然矢は消耗品)。その為の資金や素材を稼ぐにはより強いモンスターを倒さなければいけないと言う本末転倒、鶏が先か卵が先かと言う残念ジョブだとか。よほどの物好きか消耗品の矢を簡単にどうにかできるような人間じゃないとなるものはいない。
しかも、レプラの知人にいる“よっぽどの物好きなプレイヤー”に属する人物は、今回のイベントには不参加らしく、この場にいる事は考えにくいとのことだ。
「それでも、よっぽどの変わり者ならいるかもしれないんだろ? 」
「木工ギルドが生産職側にいる以上、既に矢を買い付ける事は不可能ですな。元々所持していた可能性も無きにしも非ずですが、イベント七日目にも関わらずストックが残っていると言うのも考えにくい。大体、メイ殿も地雷認定されたプレイヤーやジョブの扱いはご存じのはずですぞ。そんな連中が、地雷と行動を共にするとは思えませんぞ」
言われてみれば……そうだ。あの鑑定厨に地雷と言われてからはあの戦闘職の中にはいられなくなったっけ。全員地雷というワードに対して強い嫌悪感を抱いていた。それなら、なんであの弓使いは魔法使いの中に混ざっているんだ?
いやそれよりもあの弓使いをよく見ろ。
あの射線、どうみてもモンスターの方を向いていないよな。むしろ群れに魔法を当てようと高らかに前口上を叫びながら杖を振るうモルガーナの方に___
「__ステップ!」
気付いた瞬間、ステップスキルを使ってその場を駆けだす。
一体どうなってるんだ!? PKはご法度の筈だろ? なのにどうしてモルガーナがプレイヤーから狙われているんだ!? イベントでモルガーナが目立っていたとはいえ、PKを狙うような事か!?
戦闘開始前はできるだけジャグリングやスキル使用をして成功スキルを重ねステータスを強化してきたから、今の俺の速度は相応に強化されている。
生産職プレイヤー達の屋台を抜け、後方に控えているSSO攻略組のクランレイヤー達の合間を縫うように走る。
だけど、魔法使い達のもとにたどり着くには少しだけ間に合わなかったようで、モルガーナが魔法は放ってしまった。黒い風がフィールドを駆け巡り、いつもの様に最前線を走っていたモンスター達を根こそぎ根絶やしにしていく。
「厄災がモンスター達の陣を崩したぞ! 追撃開始!」
バロンの声の元、魔法使い達が一斉に追撃を始めた。ある者は風魔法を、またある者は水魔法を、各々自分の得意な属性の魔法を放ち、モンスターの群れへと打ち込んでいく。
その魔法乱射の渦に紛れるように、狂気の矢は放たれた。




